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■足久保の地名と伝説【重箱墓場】■
昔足久保では献上茶を作り、お茶が他地区より高く売れたので、いい暮らしをしていました。ある時、献上茶が取り止めになり、人々は名主の新五郎のせいだと言って、家に押し掛けて、外から釘を打ち家中焼き殺してしまいました。その時、乳母と下女が八十岡の奥へ逃げたので探しながら、山の上の人達に『マダカー(まだ見つからないか?)』と声をかけ、その場所がマダカと言う地名(山の名)になっています。やがて乳母が腰をかけているところを見つけ、その場所を『うばが沢』。また、追い掛けた人達に下女が胴を斬られてしまった沢を『胴切沢』と言います。後年になり、哀れと思った人が新五郎のお墓を建てました。形が重箱に似ているので、重箱墓場と言い、今でも八十岡の墓地に残っています。
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