ほらふきたぬき堂ふらふら徒然日記帖2003年8月


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7月の日記帖

日記のbucknumber


9月2日(火)

●板橋区の児童館の非常勤職員のための
講習会の講師として、講演のようなものを午前中に。
とはいえ、あそんでいた。
児童館は午前中に幼児と母親のための
クラスを持っていて、
そのときの即戦力ネタを御指導戴きたいというわけである。
ぼくはいつも思うのだけれど、
即戦力として、もっとも、有効なのは、
遊びネタをたくさん知識として得ることよりも、
遊びのセンスというか、スピリッツをこそ、
理解できれば、後は勝手に自分でネタ集めはできると思うのだ。
だから、ぼくのネタはやるのだけれども、
(もちろん一番自分の遊びが理解できているので)
スピリッツ伝授のつもりであそんだ。
少なくとも、ぼくの超個人的スピリッツであるけれど。
それが伝わったかなあ。
だといいのだけれど。
この秋は、北海道の十勝界隈の図書館4館で、
ツアーのように行ってくるけれど、
やっぱスピリッツだよなあ。
遊び心についてのことなんだよなあ。
こどもとあそぶときの、ほんの心構えみたいなことかな。
まあ、いっしょに遊んでいただいているぼくとしては。
こどもの事なら何でも知っているというわけでもないのでね。
超個人的こどもに遊んでもらう方法。
みたいなことかなあ。
こどもたちは、シビアですからね。
こいつとは遊んでも面白くねえやと、おもったら、
あそんでくれないものね。

9月1日(月)

●原稿仕事。
チャイルド本社で来年度から連載するイラストエッセイの
原稿の試験原稿を書く。
他にも内容見本を整理して、
見通しを起てる。
これをしておくと、あとあといいのだ。
このエッセイは、以前に学研の保育雑誌ラポムで、
やっていたのを、引き続いて書こうと思っている。
ぼくが保育園や、こどもたちとの日々から戴いた話を
ひろいものとして、書いていくのだ。
ささやかな分量だが、
ぼくにとっては大切なページになるだろう。
それから、世界文化社のプリプリという保育雑誌に
来年度は、中川ひろたかさんとふたりで、
歌の絵本のようなページを連載するので、
それのイラストとか、コメントとかを書く。
まだタイトルが決まらないので、
いろいろと考えているのだが、
ピーマンが
「オレが考えちゃおう」
と言っていたので、
やばいのである。
さあどっちが先にいいタイトルを出せるかな。

8月31日(日)

●雨模様の中、計画していた親戚のこどもたちと
うちのこどもたちの楽しみにしていたプールへいく。
原稿を持ってはみるが、
やはり、こどもたちにはねかなわない。
でも、冷たいぞ。
水温低し。
ぶるぶる。

8月30日(土)

●オアフに持っていって、毎晩読み直していた原稿の
最後の手直しをして、某社に送る作業をしていた。
結局一夏かかってしまった。
他にもいろいろあるのだが、
かなり掛かり切りになってしまった。
ぼくは、描くのは早いほうだと思っていたのだが、
ひとつの物語を推敲して吟味して、
練り上げていくというのに、
これだけのエネルギーと時間が必要だとは、
実は初めて気づいた。
絵本よりも場面数が俄然多い分なのだろうか。
迷いがあるためであろうか。
でも、直せば直した分、面白く効果的になっていくのだから。
やるしかないのだ。
●でも、午後に早くも睡魔が襲いはじめて、倒れた。

8月24日(日)から29日(金)

Aug 24 [sunday]

●今日から純粋なる家族の夏休みである。
夜のフライトでオアフに飛ぶのだ。
国外脱出である。
国外逃亡である。
たかとびともいうなあ。
でもなんにしろ、
リーズナブルなツアーなので、
ぼくら家族は、ノースウエストの搭乗口へ向かう。
JALには、考えてみれば乗ったことがない。
今回は、こどもが半額なので、
都合3人分の費用しかかからない。
海で泳ぎたいというのが、今年の家族の一致した意見だったのだ。
しかし、沖縄は全て断られ、
グアムとかは知らないし、意外と高いしで。
今回は、新婚当時の思い出の場所に、
行くというのもいいよなあ。
といいつつ、オアフに決めたのである。
とくに、ハナウマ湾という入り江での、
シュノーケリングが目玉なのである。
●さて、あまりにも早く成田に着きすぎたので、
ぼくらは、待ち合いで早くも難民化していた。
ふたりのこどもは「ころころ」「ぼんぼん」
なんかを読みふけり、
ぼくは、となりで、詩をかいていた。
静かな旅のはじまりである。
家族でハワイを旅をしようという方には、
今回のこの道中はとても参考になりますね。
なにしろ、失敗ばかりですから。
●さてさてオアフ島まで、6時間ちょっと。
やっぱりエコノミーは狭い。
特に、ぼくの後ろに長身のアメリカ人が座ったので、
彼のひざがごつごつと、
ぼくの背中を刺激する。
もう寝られないじゃないか。
映画上映はビジネスクラスだけという差別的待遇の後、
やがて、日付変更線を越え、
大平洋の雲の上を、飛んで、
時は戻って、24日の朝に到着した。
入国審査に横綱の武蔵丸さんがいた。
帰国ですね。
大きな身体を揺らして、
心持ち嬉しそうでした。
さて、ホノルル空港は曇り空で涼しかった。
ここも気象異変なのだろうか。
車で、宿泊先のヒルトン・ハワイアン・ビレッジに到着。
でも、部屋には入れないので、
じゃぶんと、勝手に海で遊ぶことにした。
チェックイン前は、プールにも入る権利がないのだ。
そういう細かいことは、
いつだって、後から判明するのだ。

Aug 25 [monday]

●朝食チケットがあるので、
指定のレストランへいった。
考えてみれば、愛想の悪いウエイトレスは、
ぼくらがチップを置かなかったことに由来していたのだ。
それに気づいたのは、帰る日で。
チケットなので、ぼくらは、チップを置かなくていいと、
勝手に考えていた。
そうして、毎朝、不愛想な朝食となる。
いやはや、チップという習慣は、部外者にはやっかいである。
●いきなり、ハナウマ湾のシュノーケリングへでかけた。
ハナウマは、現在環境保護のために、
観光業者の団体なんかの乗り入れを禁じている。
だから、行きたいひとは、自力で、行くのだ。
ツアーもあるのだが、ただ単に、タクシーで連れていくだけだという。
そんなら、旅行会社にもらった「ワイキキトロリーバス乗り放題チケット」
というのがあるから、これで行こうよ。ということになる。
このバスは、ワイキキ周辺を巡回している観光バスで。
どうやら、便利らしい。
目的のハナウマ湾にも、至近まで辿り着き、
そこから、タクシーで行けばすぐだし、安いだろう。
というわけで、急いで乗り場に向かう。
午前8時発である。
一度乗り逃すと、45分は次が来ないので、
あわてて、乗り込んだ。
そこは始発で、運転手のマイケルは、
気さくに話しかけてきた。
彼は丁寧に乗客全員に話しかけて、
知っている限りの日本のことを持ち出していく。
出発時も全員に呼び掛けて、チェックして出発。
ところが、ぼくは、急性腹痛で、すぐにワイキキビーチの
交番前で下車。
唸ってトイレへ。
呆れる家族たち。
ごめんね。
しかたなく、面白そうなマイケルのトロリーを逃して、
次のを待った。
次は、イタというポリネシア系のドライバーのトロリー。
このひともおしゃべりが面白かった。
いつものように、けたたましく笑うぼくを、
こどもたちは、恥ずかしそうなのである。
やがてハナウマ湾へのアクセスポイントの、
ショッピングモールで下車したのだが、
タクシーなんてどこにもいないのだ。
イタがいうには、
「モールの電話でタクシーを呼ぶ」
ということらしい。
そんなことできないよ。
と悲鳴をあげていると、
イタが
「OK」
といって、無線でタクシーを予約してくれた。
なんていいやつだ。
喜んで、安心して、イタに礼をいって、トロリーは去っていった。
ところが、ここからが大変なのであった。
すでに午前9時半をすぎていた。
10分経ってもタクシーは来ない。
20分経ってもタクシーは来ない。
25分経ったころ、トロリーが来た。
ぐるぐる巡回しているから、そりゃ来るのだ。
来たのは、朝一に乗ったマイケルだった。
「あれ。ふじもとさん。なにしてるの」
何してるのったって、ハナウマに行きたいから、
ここで待ってるのだ。
「ハナウマ行のバス22番は、あっちのバス停だよ。
ここには何も来ないよ」
「いやいやタクシー待ってるのよ」
「タクシー来ないでしょ。あとちょっとして、
来なかったら、22番に行ったほうがいいよ」
親切なんだけど、22番バス停は、かなり遠い位置なのだ。
「thank you」
「good luck ね」
45分待って、目の前にリムジンが停車した。
誰が、ショッピングモールにリムジンで来るのかなあ、
と思っていると、ドライバーが降りてきて、
「ふじもとさんでしょ」
というではないか。
くちもあんぐり。
目をぱちくりしている藤本家のみんな。
「だいじょぶよ。タクシーと同じだから」
言われるがままに、リムジンに乗り込んだ。
なにしろ、このまま新たにタクシーを頼んでも、
また、待たされるのだろうし。
予約通りに来てくれたのだ。
車内は、もちろんテレビも、バーも設置されて、
9人は乗り込める広さだ。全長9メートルはある。
通常のリムジンよりは長いやつだ。
息子は、「豪華豪華!」などと喜んでいる。
ハナウマ湾まで、15分くらい。
かなり離れたモールだったのだ。
料金は10ドルなので、チップを足して、12ドル渡した。
未知の町中で、彷徨う家族を救ってくれた割には、
リーズナブルである。
まして、リムジン。
「帰りはどうするの」
というので、もちろんお願いした。
ワイキキまで30ドルで帰れると言う。
なんだかな。
●さてさて、このあともまだなかなかハナウマ湾にはたどり着けなかった。
入り口で入場制限をしていたのだ。
聞くところによると、3時間待ったというひともいるらしい。
ということは、3時くらいになるじゃないか。
泳ぐ時間なんてありゃしない。
炎天下の中、ようやく入場。
もう12時である。
環境保護ビデオを15分間見てから、
眼下のハナウマ湾へ降りていった。
ホテルをでたのが、7時台だったから、
ものすごい長い旅である。
シュノーケルをつけて、
海に入る。
10年前のあの透明度がない。
残念なことだ。
もう少し沖にいけば、状況は違うのだろうが、
足ひれのないシュノーケルでは、ちょっと近付けない。
しかし、この状況では、保護活動も当たり前だ。
よくみると、珊瑚も死滅している。
死んだ海だ。
魚たちはしたたかに、それでも、泳いでいたので、
我が家のこどもたちは、それだけでも、
喜んでいた。
波打ち際までも、魚たちが現れて、
ピカピカの海だったあの頃を知っているので、
ちょっと落差が激しくて、悲しかったのだが、
ここが、あの美しさを取り戻してくれるといいなあと感じた。
なにしろここの環境破壊に無知だったぼくは加担していたのだ。
10年前。ぼくらは、観光業者のいうままに、
「ごはんつぶを、まくと、魚が来るよ」
なんてことを、やっていたのだ。
そりゃもうたくさん来たけれど、
その挙げ句が、この海なのだ。きっと。
実は、10年前の来湾の後に、
ここへは、観光客が入れなくなったと言うのを知った。
そしてその理由が、観光客の持ち込むゴミや
日焼け油・エサごみなんかだというのを聞いてから、
気になっていたのだ。
その汚れ加減と、
新たなる環境保護活動の実際を
見てみたいと言う思いもあった。
それでも、こどもたちは、海を身体で味わった。
息子も娘も、泳ぐことに関しては、
親の僕達よりも、よくできるので、
みんなで、ふわふわと浮いて、海を見た。
入場制限のおかげで、少しは回復してきているらしい。
それだけが救いである。
また、何年か後に、来てみたいものである。

Aug 26 [tuesday]

●ヒルトンからワイキキは、ちょっと離れている。
砂浜を歩いて、そこまで行こうか。
という企画。
リュックに飲み物をいれて、
ぼちぼち歩く。
息子は泳いで行くと言うので。
ゴーグルだけして、波に打たれながら、横移動していった。
ヒルトン目の前は、デュークカハナモク・ビーチという。
彼は、「サーフィンの神様」といわれたひとで、
逆立ち乗り、ボードからボードへの飛び乗りまでできたという。
スイマーとして、1912年のストックホルム・オリンピックで、
100メートル自由形にて世界記録で金メダル。
1920年の大会でも優勝したそうだ。
すごいひとがいるものだ。
少し歩くと、アメリカ陸軍の博物館のあるフォートデルーシ・ビーチ。
広いビーチで、ここが一番綺麗だ。
珊瑚が砂に埋もれているものの、
魚がいた。
続いて、アウトリガー・リーフオン・ザ・ビーチホテルと、
ハレクラニホテルの前を通り、シェラトンワイキキホテルの前の
グレイズビーチ。
ここは、砂浜がない。
防波堤の上から釣りをしていた。
そして、ロイヤルハワイアンホテル前に到着。
ここは。昔泊まったことがある。
ワイキキでも老舗のホテルで、
別名ピンクパレス。
今で言うセレブ御用達のホテルだ。
でもなんか今は、普通に見えてしまう。
ホテル前の浜辺に、湘南となんも変わらないジャパニーズが
いっぱいだ。
ジャパナイズされているというべきか。
でも、全体的に現在のワイキキの日本人含有率は、
かなり減ったと聞く。
テロ・SARS・不景気なんかで、激減らしい。
取っ手変わって、韓国・中国が増えてきているような気がする。
道ゆくひとを見ていると。
●ワイキキの中心街には巨大DFSがある。
ガレリアといって、巨大免税デパートだ。
昔は、海外で免税品を買うというのは、
関税率が高かったから、メリットがあったけれど、
今は、そんなに重い思いをしなくてもいい。
妻は、ぼくたちが海で遊んでいる間、
繁華街のほうへ散策に出かけたが。
とくにこれといって、という感じで帰ってきた。
今はむしろ、ハワイのコンビニ「ABCストア」のほうが盛況だ。
ここで、土産もまあいいかなという、気になってしまうのだ。
ぼくはここの「スパム握り」が気に入って、
お昼はいつも、こいつを食べた。
要するに、まぜ肉ハンバーグを俵結びの大きめのに、
海苔で巻いたものなのだ。
それを暖めて食べる。
これはうまい。
そのうち日本でもローソンが始めるだろうなあ。
●夕御飯は、マジックショーへ。

Aug 27 [wednesday]

●ホテルのプールを渡り歩く。
海はそこにあるのだが、
こどもたちは、淡水好み。
なんでかなあ。
せっかくなんだからと、
海にも向かう。
シュノーケルで、潜ると、意外と魚たちがいた。
でも、ここもやはり死んだ珊瑚が砂に埋もれていた。
観光地だからなあ。
こどもたちが大きくなるに連れて、
今度は、こういう海じゃなくて、
ちょっと、もうすこし、違うところを目指してみたいものだなあ。
でも、まあ、それなりにナマコなんかをみつけると、
ふたりとも喜んでいた。
潮の身体をまた、淡水で醒まして、
アラモアナ・ショッピング・センターに行くことにする。
あそぶのは、今日でおしまい。
みんなのママは、ショッピングがしたいのだ。
せっかくのトロリーバス乗り放題なので、
今度はイエローラインにのろうと、バスの停車位置へ向かう。
指定の場所はパークサイドホテル前。
しかし、15分待っても来ない。
嫌な予感がしつつ、
それでも、他の家族も現れるので、
間違っていないと確信して待つ。
ところがである。
30分して来たのは満員で、
次のに乗ってくれという運転手。
いやはやである。
ところが1時間後にやってきた2台目も乗車拒否。
こどもたちは、歩道に座り込みはじめる。
もうこれはいかんなあ、と判断して、
走り寄ってきたタクシーをつかまえる。
先頭に待っていた家族はこうして、
ようやくアラモアナショッピングセンターに到達したのだが、
戦意喪失・飢餓状態ですぐさまフードコートへ向かったのである。
ロコモコは辛くないカレーソースのハンバーク目玉焼き添えとでもいおうか。
お腹がすたいときにはいい。
たくさんのブランドショップが並び、
たくさんの品物が並び、
MACYSなんていうデパートもあるのだけれど、
何か買うものがない。
こどもたちにも、買いたいものがあったら、いってね。
というのだが、動かない。
結局、ウインドウ・ショッピングなのである。
それより夜風のほうがうれしい。

Aug 28 [thursday] - 29 [friday]

●朝7時45分。
チェックアウト後にバスで空港へ。
JALの利用者は降りてというので、
僕達は座っていたら、
ぼくらだけになった。
みんなJALなのだ。
NORTHWESTの案内のひとがいて、
でも、かなり親切に荷物のところまで案内してくれた。
荷物は一足先に届いていたのだ。
そそくさとセキュリティを通過。
でも、ぼくは、手許のマッキントッシュで再チェック。
何度も赤外線を通された。
パソコンはうるさいのだ。
聞くところに寄ると、JALのセキュリテイはもっと厳しくなっていて、
すごい時間がかかるそうだ。
僕らはすんなりと、通過して、待ち合いへ。
なぜか娘は、ここのDFTでビーフジャーキーを購入。
割高なのに。
おまけに食べはじめた。
この人は、ビーフジャーキーが大好物なのである。
帰りのスチュワードのマイケルがとてもいい笑顔で、
好感を持った。
今回のマイケルたちはなかなかナイスガイである。
むっつりのスチュワーデスが多いなかで、
爽やかなひとであった。
日本語もいい感じ。
JALでなくてもいいもんね。
知らないけど。
●放映映画は「コア」というアルマゲドン的地底アドベンチャー。
展開はもうまったくアルマゲドン。
映画館まではいかないけど、
それなりに見れました。
脚本のオリジナリテイがどすんと最後にあれば、
まねっこって言われないのになあ。
2本目は、「彼女が欲しいもの」と訳せばいいのだろうな。
思春期の女の子が離ればなれになった父親と再会し、
親子関係を再形成するまでのホームドラマ。
この出来のがいい。
娘を持つ父親としては、
こういう映画の見方が、
ちょっと普通とは違ってしまうのだけれど、
無理にひねらずにストレートに締めくくってくれたので、良し。
●というわけで、一睡もしないままに、午後1時に成田に到着。
日付けは29日になっている。
環七で吉野屋の牛丼を家族で初めて食べて帰着。
爆睡するが、4時に目がさめてしまう。

8月23日(土)

●まずは、絵コンテである。
それだけに集中するので、ここに書くことは
極端に少なくなる。
日本テレビの「24時間テレビ」なんかが始まる。
ぼくのこどものころは、
手塚治虫新作長篇アニメがこの枠の中で、
放映されるのが楽しみだった。
今は、マラソンがメインだけれど。
それに、メイクアウイッシュ的な役割も果たしている。
そういうことに、ぼくみたいな不勉強なものが、
気づいたりする上では、いい番組である。

8月22日(金)

●わわわ。
絵コンテを北竜湖で描こうなんていうのは、
無理な話であった。
おかげで、わさわさ描いている。
保育園向けの通信だって、
夏開けには、配らないといけない。
来年の絵本企画だって、整理整頓しなくてはいけない。
2004年の4月からの連載各種の準備だってあるし。
実は、たいへんなことになっているのだ。
でも、ひとつひとつ。
一歩一歩です。
はあはあはあ。

8月19日(火)〜21日(木)

●今日から「なんじゃもんじゃ村の夏休み」である。
朝7時半に池袋の東京芸術劇場横に集合。
親子・保育士・こどもたち・スタッフ混成部隊である。
出発してから気がつくと、高坂までぼくはしゃべり通しだった。
何を話したのかな。
まったく。
バスでトークライブみたいにしていたのだ。
●昼前に到着したから、ゆっくり弁当を食べた。
そうして、だんだんと、みんなが集まってくる。
現地集合組もいるからだ。
今回はワークショップが充実している。
□「きくちゃんのロープワークアスレチック」菊地一英プレゼンツ
□「カヌー体験」井口恵子ライフセーバー
□「たぬきの森のお散歩&おえかきTシャツ」藤本ともひこプレゼンツ
□「森のクラフト」岩本順二プレゼンツ
□「森のおかしやさん」三浦彰子プレゼンツ
□「とんちゃんの森の御休み何処」湯浅とんぼプレゼンツ
である。
ここに野外活動男のトシヤと、海苔屋のノリダー、名古屋のイチローなんかが
サポートであそぶわけです。
●ぼくなんかは、さっそく御散歩。
北竜湖の周遊道を歩く。
道すがらで、カブト虫・くわがたをゲット。
ようく見て歩こうね。
という散歩なので、逃がしたけど。
湖では、タイコウチを見つけた。
ただ残念なのが、
ブラックバスの稚魚がたくさんいたことだ。
これでこの湖も、魚がいなくなるだろう。
まったく、どこのばかものが、
こういうことをするのだろうか。
ある種の釣りの楽しみのためだけに、
固有の生態系を壊してしまうというのは、
まったく愚かなことである。
こんな人気のないところで、
こういうことをしてしまう日本人体質が悲しい。
●夜は、ジャングルジャム・プロジェクト・夏ライブになった。
ノリダードラム・たぬきベース・わんちゃんギターというシンプルな構成。
とんぼさんもいるので、
最後は「あおぞらきぶん」ね。
●そして、夜は、おとなたちだけで、飲むのであった。
スタッフも参加者も区別なく、
ひとつ屋根の下で、酌み交わすのである。

8月20日(水)
●夏だ。サマーだ。北竜湖だ。
というわけで、ほんとに太陽が眩しい。
だから暑い。
ぼくは朝から、涼しい森の木陰で、
Tシャツに墨で絵を描きはじめた。
みんなも、三々五々やってきて、描いていく。
描いたそばから、ロープに干していくと、
壮観な眺めになっていった。
森の中がギャラリーのようだ。
●夕御飯前に野沢温泉ツアーとなる。
ぼくは案内人となる。
大湯は、野沢温泉街の真ん中あたりにあって、
檜の匂いと肌触りがうれしい共同浴場(滞在者無料)である。
いかんせん熱いのだが。
のんびりとした温泉街の夕暮れ時に、
遅れてきた夏を感じた。
●夜は焚き火をした。
キャンプファイヤー慣れしたスタッフが多いので、
ついつい教育キャンプ的方向性で、
焚き火も考えがちだが、
ぼくは、そういう気はさらさらない。
プログラムを作る気はないし、
だから終わりの時間も決めていない。
そういうことよりも、ゆっくりと火をみつめるということだつていいと、
思うからだ。
でも、火をみていると、あそびたくなるのだから、
面白い。
きくちゃんが遊びはじめ、
わんちゃんが歌いはじめる。
山賊ヒロタさんが、ぼうぼう火を燃やし、
満天の星がきらきら輝いていた。
おばかな花火師たちが、
良い子はまねしてはいけない技をみせたり、
マシュマロを焼いて食べた。
そういう成りゆきで、
みんながしたいとおもうことをやればいい。
それでないと、みんなのための焚き火ではないからだ。
ここにいるみんなのための、焚き火だから、意味があったのだ。

8月21日(木)
●午前中に雨。
外でやろうとおもった遊びを宿泊施設内でやった。
「たんけんビンゴ」である。
このあそびはいろんなバリエーションがとれるから、面白い。
詳しくは福音館書店おおきなポケツト2000年の6月号を参照下さい。
妖怪カードと併用したから、
なかなか面白くなった。
それでいいのだ。
あっというまに、幸せな日々は過ぎた。
参加の皆様。
スタッフの皆様。
企画者の皆様。
そのすべての御家族の皆様。
それから北竜湖山荘の皆様。
ありがとうございました。
取り立てて大きな怪我なく事故なく病気なく。
無事終わりました。
来年はパワーアップして、
期間延長で、と犬飼わんちゃんもいっています。
おっとそのまえに、「なんじゃもんじゃ村の秋祭り」が
11月2・3日にあるのですね。
秋の山里もいいのですね。これが。
幸せだなあ。

8月18日(月)

●少しサイズを大きくして絵コンテを描く。
そうすると、細部が明確になる。
読みやすくて、繰り返しに耐えるようなもの。
末永く読み継がれたいから、である。
あっという間に時が経つ。

8月17日(日)

●教育画劇からの転送でファンレターというようなものが届いた。
「でんでんのぼうしやさん」の
感想手紙と、手作り絵本続編「てんてんのぼうしこうじょう」であった。
わが意を得たりの感想だったので、
ここに一部を掲載します。いいよね。

◆こどもに「もういっかいよんで」という気にさせる本は、
セリフは短くて、でも絵のあちこちにしかけがあり、
複数のストーリーが同時進行している本のように思います。
読み聞かせる側としても、
「でんでんのところに、とんぼがぼうしをくださいと、
やってきました」
なんて、見ればわかることをいちいち読むのは苦痛です。
こどもは耳で聞きつつ、全体の絵の細部からも、
すごい情報を受け取っていますから。
(中略)
虫にはかなりうるさい彼(続編を考えたお子さん)なので、
ゾウムシもチェックしていて、
「ゾウムシ いつのまに ぼうしゲット?
あ、カブト お届けしてるー。
えー なんでひとりでふたつもー。
あ、ちがう。2匹いるー」
とひとりで本をながめつつ、たのしんでいます。
小さい子はそれなりに、字が読める子もそれなりに、
いろいろ発見があるのだなと思い、たのしく見守っています。
これからも、何度も読んで、ながめてたのしい絵本を描いて下さい。
こどもと絵本のつづきを考えるたのしい時間を共有できました。
ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそありがとうございます。
そこまで味わってくれるというのは、
作者名利につきますね。

8月16日(土)

●ぼくは絵本にしても童話にしても、
文章からかくということをしません。
ぼくは絵コンテをかきます。
絵コンテというのは、画面をかいて、
そこに文字ものせてしまうのです。
だから、ぼくの場合、絵と文を同時進行で描いていくのです。
映画のようなシーンが頭によぎるのを
すかさず掴まえて、絵コンテ用紙に定着させていくわけです。
でも、頭の中では、シーンはどんどん組み変わり、
エンデイングが先に、よぎったりで、
じつは脳内パニックになります。
そういうのを、ひとつずつ逃すことなく交通整理して、
紙にのせていくのです。
息も絶え絶えだったりもします。
でも、そういうのが、60パーセントでもうまく組み上がると、
レゴの家が出来た時みたいに嬉しいのでありますね。
まあ100パーセントというのは、
まずないのです。どうあがいても、
諦める他はありません。
そしてまた、それを見たひとが、
「いいねえ」なんていってくれると、
ぼくはまたまた、木に登るわけです。
それが幸せなわけです。

8月15日(金)

●この秋の新企画本の打ち合わせを、
某編集Hさんと午前中たっぷりした。
話す度に、より効果的で面白いものになるので、
打ち合わせは、面白い。
「そうだよね。そのほうがいい」
「これは、このほうがいいですねえ」
「じゃあこういうのは」
なんて。
うぐぐ。
具体的にまだ言えないシークレットなので、
これ以上は書けないのですが。
この秋冬は、見逃せないぞ。
うぐぐ。
さあ、また書き直して面白くするぞ。
幸せなことだなあ。

8月14日(木)

●来週に行く「なんじゃもんじゃ村の夏休み」という
宿泊型親子の自然遊びの企画の打ち合わせを
新宿滝沢別館でする。
企画 遊び工房らいおんバス
主催 千早こどもの家保育園
なので、らいおんの代表犬飼(わんちゃん)。
千早の代表(山賊)広田さん。
そして、野外活動・スポーツ遊びの達人菊地一英(きくちゃん)。
そして、ぼくの4人で打ち合わせ。
宿泊先の飯山市のロケーションについて話した。
結局は、ライオンで「がはは」と酒宴になった。
それでいいのだ。

8月13日(水)

●来年度の「プリプリ」(世界文化社)という保育雑誌の
連載のための打ち合わせで、高輪プリンスホテルに行く。
ぼくが作詞をして、中川ひろたか(ピーマンおじさん)が作曲をする新シリーズ。
という企画なので、まずは顔合わせというわけ。
ピーマンがここ高輪で「絵本カーニバル」に
出演するので、その前に会おうというのです。
さて、新シリーズは、なんと毎月1曲伴奏譜付き掲載新作書き下ろしなのである。
こどもたちが、つい歌っちゃうというような「日常ソング」
をやりたいねえと。話していたのが事の始まり。
ピーマンに言わせると、
「まっすぐなうただよな。そういうのは」
というこで、三軒茶屋ライブで出会った世界文化社の
Y編集長にそんな話をしたら、
「いいですねえ」
とビビッドに反応したわけです。
4月の記念すべき1曲目は「みんなちきゅうのこども」です。
イラストも描いてしまいます。
12曲できたら、1冊の楽譜絵本になるといいなあ。
と勝手に考えていますが。
まずはどんな歌たちがとびだしますか。
お楽しみであります。
しかし、こういう発表の場があるというのは、
幸せなことだなあ。

8月12日(火)

●家族の誰かが夏風邪などを
宿していると、
じっとしている。
ぼくもじっと本を書いている。
静かな夏休みである。
ぼくが小学生の頃の夏は、
クーラーがないから、
家のいちばん風通しのいいところに寝転んで、
マンガを読んでいた。
新しいマンガもそうそう買えないから、
持っているのを読み返す。
その間はまた物語の世界に没入してしまうから、
暑さも忘れてしまう。
今は、自分の書いている物語世界に没入してしまう。
書き直しも繰り替えしに近いから、
こどもの頃と変わらないことをしているのでした。
あのころのトキメキを思い出して。
幸せな日々に。

8月11日(月)

●福音館書店の「おおきなポケット」とは
長い付き合いである。
1994年からの連載だから、
10年といってもいい。
今年は「かきかきポケット」といって、
なんと書き込んで楽しむページを連載している。
来年も続投が決まったので、
ネタを集めなくちゃいけないので、
その打ち合わせをする。
できれば、単行本にもしたいのだが、
どうなるかなあ。
そして、来年のおおきなポケット2004年10月号で、
特集を描く。28ページ。
テーマは「あそび」
内容はまだ極秘。
いままでにないものとだけ書いておく。
ぼくの「あそび」についてのとりあえずのまとめになるものだ。
しかも、小学生が等身大で読めるものになる。
ちょっと、すごいんだよ。これが。
発刊まで待て。
そして、すぐさま単行本にしないとね。
ね。

8月10日(日)

●今度は娘が発病した。
やはり39度だ。
ふらふらだ。
秘蔵のまんが「秘密探偵JA」望月三紀也著なんかを
彼女の枕元に置く。
ジッと読んでいた。
風邪にはまんがである。
●次の発熱は誰かなあ。
楽しみにしたりして。

8月9日(土)

●みんな元気になったので、
「お風呂の王様」というスパに行く。
娘がお気に入りで、
もう何がなんでも行くというのだ。
台風が関東に最接近するというときに、
我が家はお風呂やさんで、
雨と風の露天風呂していた。
しかし、息子のリハビリにはなりました。
なんとも朝風呂は幸せなことである。

8月8日(金)

●ケロポンズの「えかきうたCD」に以前中川ひろたかさんと、
雑誌で連載していた「とんちきえかきうた」が、
収録されたらしい。
ぼくは、風の便りで聞いただけなので、
未確認なのだが、世に出直すにはいいのだろう。
完成品は送ってくれるのだろうか。
ひかりのくにさんらしいから、
お返事下さいね。
秋に出るんですか。
たのしみだなあ。
幸せだなあ。

8月7日(木)

●今はケロポンズで有名な、
増田裕子女史から新作CDの「おにぎり」が届く。
ケロポンズ絶好調である。
作詞家としてのぽんちゃん(平田明子)が光る。
ジャケットには、どうみても裸の大将とその母がいる。
そういう潔さが嬉しい。
「おにぎり」といえば、大将だよな。
しかし。ぽんちゃん。
ちょっとすごいね。感動だ。

01おにぎり        …オープニング。全国のおにぎりやさんのテーマソングだ。
02オサルデサルサ     …「ピュー」っていう歌詞が秀逸。バカらしくって、かわいい。
              「ピュー」って何。トランペット贅沢だなあ。
03旅はケロポン世はケロリ …ぽんちゃんの合いの手が色っぽいぞ。
04ロックじゃんけん    …ジャパニーズロック。カタカナロックのだらしなさは懐かしさ100パーセント。
05南国のうた       …「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ」って何。なんなの。気になるなあ。
              おじいは猫なのかな。気になるなあ。しかもハワイアン。
              これは最高傑作だ。
06まかせてください    …新沢としひこ兄がぽんちゃんに捧げた歌だね。
              ああ ぽんちゃんって 素晴らしい。
07荒野のカウボーイ    …小林旭の世界をケロポンズがやると、劇団の地方巡業の香りがする。
              女形の小林旭におひねりひとつ。
08はっぱ         …こもりうた。平田明子の繊細な言葉の世界がかいまみれる。
09ぼくらのタンザニア   …アフリカに行った経験から生まれたんだろうな。
              「ふっふっふっふっふっ」というコーラスは秀逸。
10もちもちやっほい    …わらべうた。これは小さな子供達がおぼえてうたうといい。
11はるなつあきふゆ    …こういうのは、こどものうたの定番です。
              幼児のキャンプソングにいいね。
12ふれあいポンチ     …新沢流裸の大将放浪ソング。調子はクレイジーキャッツみたいでもある。
13りんご         …増田裕子の素の声がきける。静かでストレートな歌。
              増田裕子ソロアルバムにだっていける歌。
              ふたりがうまく融合してきた感じがする。
14Wonderful Life     …やけに素直なエンディング。この歌の後には、アンコールだね。
              そういうお約束なのだ。きっと。
恒例の感想特集でした。
この夏を楽しくしてくれる一枚です。
幸せだなあ。

8月6日(水)

●シャーロック・ホームズの「まだらのひも」を読む。
ルパンの「奇巌城」を読む。
学ぶべきこと多し。
アレンジ過剰の音楽ではなく、
むしろシンプルな4人編成のロックバンドのごときだ。
そうなのだな。
ぼくたちの読みたいものは。
ぼくの書きたいものは。
幸せの予感。

8月5日(火)

●家の防虫・防腐作業のために、
検査部隊が軒下をあけると、
柱がシケって腐っていた。
ぼくが古本やスーツケースなんかを並べていたせいもあるらしい。
あわてて、外に出して、
処分する本などを物色していた。
ということをすると、
ついつい読んでしまうことになる。
もう2度と読まないことを考えると、
処分の水際でだらしなく誇りにまみれて読書がはじまるのである。
なんで買ったのかわからないものとか、
もうずいぶん前からあるけど、
読まない本もあって、
いるもの・いらないものは順調に分けられていく。
そんななから救出したものの中に、
「コナン・ドイル」ディクスン・カー著/早川ミステリ
「名探偵登場1・2・3」早川書房編集部編/早川ミステリ
を発掘。でも、名探偵登場の4・5・6はない。
どうやら、いっぺんに買わなかったらしい。
1冊1100から1300円だものね。
でも、買いのがしたのを再発見するのは難しいものだ。
しかし、読みはじめると、これが止まらない。
考えてみれば、モーリス・ルブランとか、
江戸川乱歩。海野十三。野村胡堂。横溝正史。
などの作家たちが一時期大好きであった。
あんまりの本の山に妻に怒られるのもしばしばである。
しかし、読みたいものが、もうすでに、
存在していないことが多くて、
どうしても、見つけたら購入保存。
という習性が身についている。
●この夏は、これをきっかけに、
あらゆる本屋に走りはじめている。
シャーロック・ホームズは新潮文庫で手に入るし。
ルパン物も、創元推理文庫が充実している。
江戸川乱歩の少年物の資料もほどほどあるし。
横溝正史も文庫が復活している。
唯一、野村胡堂だけが、手に入らない。
「銭形平次」で有名な作家なのだが。
ぼくにとっては、少年冒険小説のひとなのだ。
「岩窟の大殿堂」という本のことを
小林信彦さんが、「小説世界のロビンソン」で
絶賛していたのを悔しい思いで読んでから、
読みたくて仕方ない。
どうやら、国会図書館までいかないとだめらしい。
だれか持っているひとがいたら、
貸して下さい。
●さてさて、ジュールベルヌや、HGウエルズまで手を広げて、
ぼくの本棚は、もうまるで夢見る少年文庫である。
幸せだなあ。

8月4日(月)

●息子の熱は下がらない。
だのに、昼間は薬が効いているからかなのか、
元気で、「カービーのエアライド」なんかを
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらやっている。
ゲームが終わると、だからがくんと熱が上がるのだ。
ほんとにしょうもない。
●ずいぶん描き直しを続けている絵童話の
新シリーズ企画Aは、この日、
転機を迎えた。
記念すべき第1巻目として書いたものが、
どうしても、1巻目的に読めないのを、
ぼくも薄々感じていた。
面白いんだけど、3巻目でもいいような出来だった。
そしたら、編集のHさんたちも、そう考えていたようで。
夕方にメールが来た。
同じことを考えていたわけだ。
つまりは、新たに1冊書き下ろしになった。
シリーズの第1巻に相応しい新鮮な1冊になるように。
でも、それでいいのだ。
妥協はしないのだ。
描くのだ。
描くのだ。
幸せだなあ。

8月3日(日)

●しかし、熱が下がらない。
家族は諦めて、静かに本を読んだり、
借りてきたビデオを観たりしている。
本当は、今日は郊外の遊園地のプールに行こうと、
言っていたのだが、しかたない。
親戚で仲良くしているみんなといっしょに行く予定だったから。
こどもたちは、がっかりである。
でも。
まあ。
そういう夏のひとときでもある。
ぼくはといえば、引き続き絵童話を書いている。
AシリーズとBシリーズのどちらも
1巻目を描いている。
どちらも、出版日など、
具体的な計画が立っていないので、
決まったら、ここで報告したい。
とにかく、この夏は。
ああもうほんとに書き続けている。
そういう夏なのだなあ。
幸せな夏だなあ。

8月2日(土)

●息子が夏風邪になったので、
家族はもろとも自宅待機である。
夏だというのに、
体温が39度あるというのは、
地獄のようである。
身体を触ると、熱い。
思えば、数年前は、
ぼくのほうがすぐに夏風邪を引いていた。
過去の内科医院の診察カードをみると、
頻繁に通っていたのが分かる。
強くなったなあ。
今は、看病なんかしている。
でも、どこかのお医者さんが言っていたけれど、
こどもが病気の時くらい、
親はいっしょにいてあげるほうが、
医者より、薬より、大切なんだと。
とすると、親としての人生にとって、そういう時が必要だから、
こどももたまに風邪を引くんだろうか。
でも、こどもたちとの、こういう日々だとて。
幸せだなあ。

8月1日(日)

●先日の川遊びで、
シュノーケリングに目覚めてしまい。
池袋のマリングッズの店へ行く。
取りあえずは、マスクとシュノーケルがないと、
潜れないので、家族みんなのをそろえる。
これを車に積んでおけばいいのだ。
でも、都内の川はとてもじゃないけど、
潜って楽しい川はない。
大島とかに行くといいのだが。
そうだ。海もいいなあ。
でも、これで気分は、
シュノーケリングなのだ。
お風呂で試そっと。
幸せな42歳である。

copyright tanukiss 2003 fujimoto tomohiko