道路情報 ![]()
7月29日に発生した豪雨災害のため、新潟県から只見町に入る国道252号線(六十里峠)は通行止めとなっております。会津若松方面から入る国道252号線は、10月17日より暫定 1車線の片側通行が可能となっております。(車高2,8m以上の車両は通行不可)
冬季閉館のお知らせ![]()
只見町河井継之助記念館は、平成23年11月13日を持ちまして、今シーズンの営業を終了いたしました。ご来館いただき誠にありがとうございました。
来シーズンの営業は平成24年4月下旬を予定しております。来年度も宜しくお願い申し上げます。
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<河井継之助について>
河井継之助は名を秋義と云い、蒼龍窟と号した。越後長岡藩に生まれ幼児より聡明にして豪胆、神童と云われた。文武に秀で陽明学を修め、水練、馬術、槍術に長じ特に砲術の研究を深めた。
27歳のとき、江戸に学び斎藤拙堂、古賀茶溪に師事するとともに福地源一郎らとの交流を深め、佐久間象山の門をたたくなど勉学に励んだ。
さらに備中松山の山田方谷の教えを受けた。また横浜、長崎などに遊学して広く世界の動きを見聞した。
慶応元年(1865年)39歳の時、郡奉行となりその後、御番頭、町奉行、御年寄役を歴任し、同四年には家老上席となり政務を担当した。継之助は、この間に藩政を改革し、藩財政を確立するとともに兵制を改革するなど長岡藩をして奥羽の雄藩としての基礎を作り上げた。その非凡な才能は多くの人の注目を集めた。
<只見町塩沢が終えんの地となった>
慶応四年(1868年)正月、鳥羽伏見の戦いで始まった戌辰戦争は、関東、東北、越後に拡大されていった。朝敵の汚名を受けた会津藩とその同盟軍は苦しい戦いを余儀なくさ
れた。
継之助は事を平和の裡に解決しようと東奔西走し、小千谷・慈眼寺において、西軍の軍監岩村精一郎と談判に至ったが決裂。長岡藩はついに参戦を決意した。継之助は、長岡藩軍事総督として藩をまとめあげ、奥羽越列藩同盟と共に善戦したが、7月25日の戦いで左膝下を負傷した。
継之助が負傷したことにより長岡軍は総崩れとなり、再起を図るため、千数百名とともに国境である八十里峠を越え会津に向かった。山越は難渋を極め山中に一泊し、8月5日会津領である只見村に到着。傷の手当てを受けたが、すでに傷口は化膿し、破傷風を患っていた。
8月12日、会津城下を目指し出立。その途中、容体の悪化により、只見・塩沢村の医師矢沢宗益宅に投宿した。
継之助は、すでに死期を覚悟し、従者松蔵に死後の準備を命じ、その夜静かな眠りに入った。
慶応四年(1868年)8月16日であった。

<河井継之助の墓>
塩沢・医王寺の墓所は、ダビの後で拾い残された細骨を村民が集めて建てたものである。
当時西軍の目が光っていたため、文字は刻まず、形式も祠の様式にして西軍の目をごまかすという細かい配慮がはらわれていた。
現在の墓は、昭和12年(1937年)一部補修され、昭和53年(1978年)7月長岡市の篤志家により再補修し整備されたものである。昭和58年4月1日、只見町の史跡に指定されている。
毎年8月16日塩沢医王寺で墓前祭がおこなわれる。
<塩沢について>
塩沢は、新編会津風土記(1809年)に「村中に塩の井戸があり,村名の由来となった」とあるとおり、塩の生産地としても有名である。伝説によると、弘法大師が塩がなくて困っている村民を見て、錫杖をつき塩の井戸をつくったという。
塩沢地区は、戦後始まった只見川電源開発によって下流に滝ダムが建設されることになり、昭和36年(1961年)人家と耕作地の多くが水没した。河井継之助の終えん家は、この折、現在地に移転されたものである。
司馬遼太郎は、昭和49年(1974年)ここを訪れ、風光明媚な塩沢が継之助の眠る地にもっともふさわしいところであるとして「山水相応蒼龍窟」という揮毫を残している。
<ガトリング砲について>
ガトリング砲とは、1862年米国人リチャード・ガトリングが南北戦争の最中に発明した最初の機関銃で、1分間に200発もの弾丸を発射できる当時最強の兵器であった。
継之助は、日本に3門しかなかったガトリング砲を武器商人スネルから2門1万両で購入した。長岡城攻防戦では、継之助自ら射手として西軍に対し、大手門の土手を盾に乱射したと伝えられている。
河井継之助記念館所蔵のガトリング砲は、当時使用された機種1868年型をもっとも忠実に再現したものである。

入館料金
[大人]300円(250円)
[小・中学生]100円(80円)
( )内、団体割引後料金
[団体割引]20名様以上
開館期間 4月下旬から11月まで
(冬季閉館 11月中旬 ~ 4月下旬まで)
休館日 9月15日までの火、水、木曜日 休館
開館時間 午前10時から午後4時まで。
只見町の観光地図byいわなの里
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お問い合わせ先
968-0411福島県南会津郡只見町塩沢字上の台850-5
河井継之助記念館 TEL0241-82-2870