小学生のためのページ.....その3


小学生のとき王子田楽をやって、
どうじに、おみこしの「おはやし」もやったお兄さんやお姉さん達

東京の新しい"みこしばやし”のたんじょう!
王子ささらばやし


ああ、そうそう、おじさんはもう一つやってきたことがあります。

王子田楽をふっこうしよう、と考えた時、おじさんは、せっかくふえをならうんだからこどもたちが楽しくやっていけた らいいなあと思って、みんなでそろってふえをふいておみこしについて行く、そういう、おみこしのおはやしの会「王子 ささらばやし」というのを作りました。

それまで、ここ王子は東京の中なので、おみこしのおはやしと言えば「江戸(えど)ばやし」というものにきまっていました。 でも、おじさんは「江戸(えど)ばやし」をやるやりかたも知らないし、また、そういうりっぱなどうぐを買えません。そう いうわけで、おじさんは、おみこしの動きにあう曲をじぶんでさっきょく(作曲)して、[王子ごんげんばやし」と名づけました。 ふえ、たいこ、かね、ササラでえんそうするかんたんなおはやしです。

昭和58年8月7日の王子田楽ふっこうのおどりをおえたそのあと、おどったこどもたちや、笛をふいたものたち、それにあれ これおせわ(世話)をしたなかまのおとなたちは町へ出て、おみこしが来るのをまちながら、みんなで[王子ごんげんばやし」を えんそうしていました。

おじさんは、しんぞうがドキドキしていました。なぜって、きいたことがない音楽なんかやって、おみこしの人たちがおこりだ すかもしれないのです。

  やがておみこしがつぎつぎやってきました。そして、その中の一つのおみこしがおじさんたちのほうめがけて、じわじわ、じわ じわ、よってくるのです!... おこってる、おこってる。こまった... と、ひやあせがながれました。ほどなく、目のまえまで 来たそのおみこしは、かついでいるみんなの手で高く高くもちあげられました。

「サーセ!!!,サーセ!!!,」とみんな大声をそろえています。...そのときです。いっしょうけんめいふえをふくおじさんの耳もと でそのおみこしのせきにんしゃの人が大声で言いました。「けいい(敬意⇒そんけいするきもち)をひょうし(表し⇒あらわし) てんだよ!!!」。おじさんは、うれしくて、うれしくてたまらなくなりました。目の前でゆれるおみこしが、きゅうに、日の光 の中にまぶしくみえました。
  (ごんげんばやし、は東京の「ソイヤ、ソイヤ」のかけ声みこしに良くあいます。)


 
   王子に生まれた、おみこしせんもんのおはやし


   おみこしの人たちがよろこんでくれた。
(左から、高木ひろし、高木あきら,渡辺こうきちおじさん) おじさんたちがやった、はじめての、おはやし。
ゆかたも、おそろいにして。(左から、 加藤ふくひと、岡田みのるおにいさん、でんがくおじさん)



この年からあと、どうぐ(楽器のこと)にくふうをくわえて、あまりお金をつかわ ないでもできる楽器づくりをはじめました。

うちわのようなひらべったいうちわだいこというものを買ってきてそれにひもをつけて、かたからつりさげてたたく「ひらだい こ」というのをいくつも作りました。

また、まわりでお父さんやお母さんたちだれでもが楽しめるように、ちいさい板をかさねて、それにすずをつけ、チョンチョン とうちならすカッチャラという楽器をはつめいしました。もちろんササラもつかいます。

どりょくさえすれば、たくさんお金をつかわなくても、どこの町にもたのしいおはやしが作れるのです。こういうことをあちこ ちの町でやって、いろいろなおはやしがいっぱい生まれたらいいのになあ、と思っています。

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夏・王子神社本祭。みこしの宮だし ......... 春・赤羽ばかまつり。おみこしについて

 王子田楽のこどもたちや、かぞくの人たちが,やっています。 ササラもつかって。
(また、「王子ささらばやし」として、江戸ばやしと「きつねの行列・きつね踊りにもとりくんでいます。)



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王子田楽衆代表   でんがくおじさん