
2000年7月1日(土) 晴れ
病気のときはミカン缶
7月は、息子の高熱とともにはじまった。
どこかでもらってきたものか、それとも寝相の悪さがわざわいしたのか、ふだんより咳がひどいなあと思う間もなく39度近い熱を出して一日中不機嫌。
ちょっと寝てはぐずる。またちょっと寝てはぐずる。ようやく眠ったと思ったら5分後には目を覚ましてぐずる。……といった具合で、結局午後〜夜をずっと過ごす。
汗と涙と鼻水で脱水症状にでもなったら…と心配するが、ふだんなら目の色をかえて食べる豆腐もトマトも、野菜ジュースでさえも受け付けてくれず、せめて水だけでもいいから飲んでくれ…と祈るような気持ちでいたら、相方が「ミカン缶あったんじゃない?」と言い出した。
そういえばミカン缶があった。相方が買い物に行った時に安売りをしていたとかで大量に買ってきたのがしまってあった。
昔から、果物の缶詰といえば病気の時にだけ出てくるものである(貧乏)。これなら食べてくれるか?ビタミンCだし…と出してみると、量はともかくそこそこ口にしてくれて一安心。
今日は相方の職場が臨時の休日となっていたのだが、助かった。こんな時に一人だったらもう変になるところだ(夜勤だし)。救急車とか呼んじゃったかもしれない。
つらくなったら交代してもらえたし、ほんとに助かった。
朝ちょっと仕事しただけで、結局一日何もできず。台所にさえ立てなかった。息子を抱きながら本を読むのがせいいっぱい。ずいぶん前に買ったままになっていた「スクール・カウンセラー」(ミネルヴァ書房)を読み進む。面白い。
2000年7月2日(日) 晴れ
おそるべし、ヲタクの血。
ゆうべくたくたに疲れたので、朝は相方に頼んで少し寝坊。
8時すぎにノコノコ起きて出ていくと、息子が相方のひざにおとなしくすわって「仮面ライダークウガ」を見ているではないか。元気になったのか?と思いきや、そうではないらしい。ちょっとしたことでぐずるし。
彼いわく「ぼくはザ・サンデーとか報道2001とか見たいんだけど、チャンネル変えるとコイツが怒るんだよ」。
確かに最近の息子は自己主張がはっきりしている。夕方でも、何の気なしにつけているアニメなどを「あ、ニュースの時間だー」などと言って変えると文句を言われることがある(何を言ってるのかわからないが、文句だということだけわかる)。
今回もそれらしい。しかも、デフォルトで不機嫌なので泣きわめく。”ザ・サンデー”くらいでこれ以上わめかれてはたまらないので息子につきあって彼も「クウガ」を見る羽目になったらしい。
そして案の定、興味を示した様子。
ニュース大好き人間なので、積極的には見ないかもしれないが今後は私が「タイムレンジャー」や「クウガ」を見ていても勝手にチャンネルを変えたりはしないことだろう。
ああ、それにしても息子よ。おそるべし、ヲタクの血。
息子の様子を見たがいまいちな感じだったので、迷った末に教会はお休み。久々に3人で行けると思ったのだが…本当に残念。
昼、外に出かけたいとぐずってわめいて泣いたので車で連れ出したら5分で寝るし。そんでつれて帰ってきたら駐車場にとまった瞬間に目を覚まして怒るし。
まったく、具合の悪い時の息子よ。君ほどの暴君を私は知らないぞ。
夕方、相方が出勤してからふたたびぐずりはじめた彼はプチトマトばかり大量に喰らい、そしてコテンと眠った。人騒がせな。
本を読みながら野球観戦。ジャイアンツに3タテくらうなんて、なさけないぞ。しかし東出までケガをしたとは…痛すぎる。エラーもするが守備がうまい、というカープの背番号2&遊撃手の伝統を守る(?)貴重な選手だというのに。
今日の朝日新聞に載っていた筒井康隆さんのトークエッセー、すごく面白い。”ディスカッションの部屋”のネタになる。
いしいひさいちだけを目当てに購読している朝日だが、今年に入ってから柳瀬尚紀さんだの三谷幸喜さんだの筒井さんだの、大好きな人たちがいっぱい連載をはじめている。これではますますやめられないではないか。
2000年7月3日(月) 晴れ
ささきいさおの説教
実家に帰った時、カセットテープをひっくりかえしていたら「東映特撮ヒーロー主題歌集」というテープを見つけた。
いわゆる”スーパー戦隊シリーズ”の主題歌・挿入歌などを集めたものである。
車に持ち込んで今朝、出勤しながら聴いてみたらまあなんと、ささきいさおの声のいさましいこと濃ゆいこと。
「秘密戦隊ゴレンジャー」の主題歌集は曲がやたら多くて、さすが人気番組って感じ。最初に出たLP(持っていたのだ)には入ってなかった新しい曲(バリドリーンの歌とか)も入っている。
ところが、そのあとに入っていた「ジャッカー電撃隊」の曲はあんまりたくさんないのだ。
で、子どものころは意識してなかったことがよくわかった。
「ジャッカー」はすごく渋い話で、主人公たちがサイボーグ戦士になる葛藤とかをまじめに描く意欲作だったのだが、当時の私をはじめとするガキどもにはあんまり受けなかったのだ。
ということは、視聴率が落ちる。テコ入れのために後半とったギャグ路線とか、ビッグ・ワン宮内洋の起用などで持ち直した(らしい)が、低予算は免れなかったのだろう。うーん、大人の世界って大人の世界って。
さて、それはさておき。
「見よ!ゴレンジャー」という曲がある。
バリキキューン登場後のエンディングだったやつである。
ささきいさおがあの暑苦しいというか濃ゆい声で「見よーッ!無敵の戦士ゴレンジャー!」とか叫びまくるのだ。
そんなに見よ、見よって偉そうに言われてもなーと思っているうちに、「超人機メタルダー」の主題歌「君の青春は輝いているか」のことを思い出してしまった。
よりによって特撮の主題歌で「ちっぽけな幸せに妥協していないか〜」とか「ありのままの自分を太陽にさらすの〜だ〜」とか言われてもなあ、と頭をかきつつ私はこれを”説教の歌”と呼んでいたのだ。
しかも、「メタルダー」は放送途中で日曜朝に時間帯が変わり、なんと朝っぱらから説教を聴かされる羽目になった。
当時からつきあっていた相方が「うーん、なんか”腐った讃美歌”って感じだね」と不思議なたとえをしたこの歌について思い出してみると、やっぱりささきいさおの声は説教向きなのか?とか思う。
ああ、だからみのもんたの番組に出ててもしっくりくるのかしらん。
アニソンといえば、もうすっかり影山さんの声に慣れてしまった私。昔のアニソンは好きだけど、あのころにはもう戻らなくてもいいやーとかも思ってみたりする。
息子、少し(というかかなり)回復。朝っぱらから散歩につきあわされた。片側は田んぼ、片側は用水路という農道(アパートの前の道だ)をよろよろ走るのは心臓に悪いのでやめてほしいと思った。
2000年7月5日(水) 晴れ
知能検査
というものを、私はあまり好きではない。
もう少し正確に言うと、知能検査の”結果”として数字が出てくるということがいまいち気に入らないのだ。
IQ(知能指数)とかMA(精神年齢)とかの数字が、いったい本人の何を表しているというのだろう。知能とは何か。精神とは何か。
ただ、検査そのものを毛嫌いしているのかといえばそういうわけでもない。何でもそうだが、使い方しだいだと思うし、検査の限界をよく知って活用すれば有用なデータになりうるとも思う。
今日はひさびさに検査器具を手にした。
ふつうに生活していれば、あまりお目にかかる機会はないだろう。
今回は「器具を購入したので、検査の簡単な解説とかやり方とかを教えてほしい」と依頼されたのだった。
子供用の知能検査器具としてはなかなか充実した内容の”WISC−III”である。もっとも、白状すると私は実はこのWISC(ウィスク)を一世代古いバージョンでしか使ったことがなかった。だから私にとっても初めての体験。
とは言え、前の職場でも検査が必要な子のぶんは一手に引き受けてきた(というか、引き受けざるをえなかった)ので、大体の構成はわかっている。新しいバージョンも内容はそれほど変わっていなかったが、図版がカラーになっていたのには驚いた。
まるっきり新しい課題はひとつだけ。他は、挿し絵や設問が時代を考慮したものに変わったり、というくらいのリニューアルである。それほど戸惑いはなかったが、それでもやっぱり数年のブランクはブランクだ。手際が悪くなっている。
なんでも続けてやらなければ下手になるのだなあと実感した。
出入りの本屋さんに注文してあった「戦闘美少女の精神分析」(斉藤環、太田出版)が届いた。めっちゃめちゃ面白い。この本のテーマそのものに親和性が高い私自身の要因もあるとは思うが、とにかく面白い。重要な示唆をたくさん得た。
結局帰宅するまでにほぼ8割がた読みすすみ、もったいないのであとは金曜日に、と職場に置いて帰った。
カープ、今日はひどい負け方。やはりけが人が多いとつらいのだろうが…見てるほうもつらいぞ、あれでは。
2000年7月6日(木) 晴れ
のどがいたい
現在、渋いハスキーヴォイスになっている。
どうやら息子の風邪が感染ったらしい。今のところのどに来ているだけだが、養生しないと次々に他の症状も出てくることうけあいである。
寝込んでいるヒマはまったくないので、不本意ながらせき止めとビタミン剤にてドーピング。とにかく喉が痛くて咳がひどいのでそれをなんとかしようという努力をしてみる。
夕方から用があったので息子をおばあちゃんちに預かってもらい外出。
しかし、朝起きてから出かけるまで一体なにをしていたか自分でよくわからない。何もしてなかったような気がするが、単にボーッとしてただけなのか?
はっきり自覚していることといえば、前日に洗ってとりこんであった大量の洗濯物を畳んで整理したくらいだ。お昼も何を食べたのかよく覚えてないし…なんか危険だぞ。
もしかして、ちょっと鬱サイクルに入りかけているところかもしれない。やる気がないし、ボーッとしてるし。
いかん。なんだかほんとうに不安になってきた。一日何してすごしたのだろうか私は。
夜も半ば上の空状態で台所に立つ。
息子の相手は相方にまかせて、とりあえずやることだけやろうとしたが、できたかどうかわからない。
でも、カープが今日は勝ったことだけちゃんと理解した。金本は4試合連続ホームラン、すごい。ロペス4安打6打点もすごい。だけどピッチャーはよくなかった。苫米地のアグレッシブな投球には期待してるのだが。落合さんにほめられるなんてよっぽどのことなんだよ。頑張れ!
こんな日もあるか…うーむ。
三谷幸喜さん脚本の新しいドラマ「合い言葉は勇気」がはじまったので観た。合間に流れるダルマのCGがかわいい。内容もさすが、面白い。どうなっていくんだろう。わくわくする。配役が絶妙なのも期待大。でも今回は西村雅彦さんが出ていない(少なくとも今のところは)ので少しさびしい。
ふだん、ドラマは全くといっていいほど観ないのだが「古畑」以来三谷さんの脚本にベタ惚れの私。こればっかりは例外だ。久米宏さん、ごめんなさい。これから木曜には会えません。
2000年7月11日(火) くもり
仕事アンド行楽
依頼されたおしごとで、はるか新宮(しんぐう)市まで出かけた。車でゆうに2時間はかかるところだ。
このごろは、もともとの専門であった発達障害の話をさせていただく機会が増えてきて、嬉しく思いながらももっと勉強しなくちゃなあという思いにかられることが多い。
今回も、発達障害について学校で知っておきたいいくつかのことを中心に、講義のネタを考えていった。いまいち準備不足を感じつつも、熱心に聞いていただいてありがたかった。
さて、仕事で遠くに行くのはとても楽しいことなのではあるが、今回はさらに楽しいことがあった。
たまたま相方の休みとうまくぶつかったので、家族3人で朝早めに田辺を出て、ゆっくりドライブがてら山の中を走り、一緒に昼食をとったりとちょっとした小旅行。
息子も久々のお出かけに上機嫌。大人二人は思いがけず新宮で本格的なインドカレー(ナンも美味しかったー)に出会ってホクホク。
私が仕事をしている間は近くのデパートのおもちゃ売り場、ゲームコーナーに子ども広場みたいなところで遊んでいてもらい、終了後ふたたび合流。
そして帰路はお気に入りの”熊野川温泉さつき”に寄ってリラックス。
ここは3回目だったが、いつもお喋りに興じるオバちゃん軍団に占領されていて一度も入れたことのなかったハーブバスにようやく、入ることができた。
やっぱり平日の、しかも夕方早めの時間はすいてるなあ。極楽。
なんか、仕事だったはずなのにこんなに遊んでよかったんだろうか、とか思うと少し複雑な気持ちもあるけどそこはそれ。仕事はまじめにやったし。
…と、自分に言い訳しつつ…今夜はよく寝られるといいなあ。でもなんか蒸し暑いっす。
2000年7月12日(水) 晴れ
かくし芸大会?
仕事のあと、職場の人たちと”暑気払い”ということで焼肉屋さんへ。
体調を崩していた人や、旅行に行っていた人などが復活してみんなが揃ったのを祝う意味もかねて、にぎやかにやった。
駅前のお店に行ったのだが、これが…もう…美味しくて…大変だった。はあ。
だいたい、焼肉なんて大学時代によく行った「1000円で食い放題!」みたいな、いかにも貧乏学生の味方的冷凍輸入肉が積んであるような店ばかりがほとんどだったから、焼肉が美味しい!と感じた記憶はあまりない。
でも今回は感動した。
焼肉で感動したのは生まれてからまだ3度目くらいである。今回は久々の感動。
そして、とにかく嬉しかったのは日頃から熱望してやまなかった石焼きビビンパをとうとう食べられたことだ。
前の職場でいっぱい仲良くして下さっていたT先輩が、一度連れて行ってくれた渋谷の韓国料理屋さんではじめで出会った時はあまりの旨さに衝撃が走ったほどだったが、しばらくその感動は記憶の彼方であった。
あれから、なかなか再会できぬ石焼きビビンパに会いたくて会いたくてたまらなかったのだが。
ああ嬉しい。ああ美味しい。ニラとシーフードのチヂミとかもあって、お肉もすごく柔らかくて美味しくてもう、しあわせ。
お腹いっぱいになったあとは二次会でカラオケへ。
明日があるのでそれほど長居はできなかったのだが、今日のカラオケは凄かった。
シャウトし、踊りまくり、めちゃめちゃテンションの高いW先生。”ひとりデュエット”の高度な技を披露してくださったT先生。
なんかみんな、すごい芸の持ち主である。物まねも出たりして、新春スターかくし芸大会みたいに大変なことになってしまった。
もー笑いすぎで顔の筋肉痛いです。
超歌のうまいM先生はコーラスを即興でつける達人。前にご一緒した時もすごく楽しかったんだけど、今回も才能を発揮しまくりであった。
私もM先生と一緒に歌わせてもらって、なんかすごくいい気持ちだった。
久々で、ほんとに楽しかったです。はああ。石焼きビビンパ美味しかったし、歌うのもたのしかったし、なんかしあわせ。
2000年7月13日(木) 晴れ
玄米フレークシェイクが…(泣)
雪印にはじまる一連の乳製品騒動の余波がこんなところにきていたとは。
モスバーガーの夏限定メニュー、玄米フレークシェイクの話である。モスは昨今の事件への消費者の気持ちを考慮して、乳製品を使ったメニューの販売を当分中止することにしたというのだ。
ああん、そんな殺生な。
確かに牛乳や乳製品に対してみんなが神経質になっている今日この頃ではある。しかし…だ。わかってはいても「そんなあ」と思う、これこそが勝手な消費者心理であることもわかってはいるのだが。
シェイクだけではない。大好きな”すぱもっち”ことスパイシーモスチーズバーガーなどのチーズ関係メニューも販売自粛中だ。
基本的にモスの姿勢は間違っていないと思うし、人気メニューを一時的にせよ扱わないことにするという決断は潔いとも思う。モスのファンとしては拍手したい気持ちもある。
それでも、ああ。夏だけのメニューなのに。
と、いつまで嘆いていても仕方ないのでもうすぐ販売開始する(これまた夏メニューの)ナンカレードッグを楽しみに待つことにしようと思う。
今日は異常に眠い一日。ゆうべは帰宅後しっかり睡眠をとった筈なのだが。体調の問題なのか?
2000年7月14日(金) くもり/晴れ
無題
とても悲しいことがあった。
しばらく何も書けそうもない。
とりあえず、車の運転だけは気をつけようと思う。
2000年7月19日(水) 晴れ
とは言っても…
何も書かずにいるのも、心の底に澱がたまっていく感じで気が重い。
明日が息子の誕生日なので、ケーキを注文しに行ったり掃除をしたりと雑事に追われる一日だった。
なんか、日常のことに紛れてしまうようなことだったのかなあ私の悲しみは、と思うとなおさら情けないような悔しいような寂しいような気持ちだ。
ゆっくり落ち込んでいられればいいのだが、今回はどうも鬱の波とシンクロしなかったようで、どよーんと暗くなる感じはあまりない。
ないほうがいいのだ。
日記もまた、少しずつ書いて行くことにする。
書くこと、表現することはたぶん、私にとってひとつの癒し的意味合いを持つはずだからだ。
2000年7月20日(木) くもり
息子生誕2周年記念
の今日は、相方も仕事があったし、何だかんだとせわしないので今年はファミレスでやることにした。
近所にあって、子どもへのサービスがいいので時々利用するファミレスから、お誕生日のカードが届いていたからだ。
相方の母と妹、それに私たち家族の5人がいつものメンバーである。誰かしらの誕生日にはこうしていつも食事をともにする。
でも、外食ははじめてである。喜ぶ息子。
しかし、(息子にとっての)異変は食事のあとに起こった。
店のお兄さんがでかいパフェと、キャンドルが3本も立ったでかい燭台を持って現れ、彼の前にどかどかと置いていったのだ。
それだけではなく、さらには「みきおくん お誕生日おめでとう」とか書いたプレートが置かれ、カメラを構えるお兄さん。
「はーいみきおくん、笑ってー」
凍り付く息子。
しかし、その手にはパフェ用のスプーンがしっかりと握られていた。フライングでかじりついたパフェのクリームを顔につけたまま、スプーンを握ったまま、真顔で硬直している姿を写真に撮られてしまった。
…ものすごく面白い写真である。
帰宅後、おばあちゃんからの誕生日プレゼント(ビニールプール、お魚すくいセットのおもちゃ、それに海水パンツなど)に狂喜する息子を後目に、ケーキ屋の友人Mくんに注文していたケーキで盛り上がる大人4人。
ケーキのプレートにはこう書いてあったのだ。
「おたんじょうびおめでとう 大人たちに負けずに1/3の権利を主張せよ!」
これではまるで檄文ではないか。だいたい小さなプレートにチョコでこんなに書き込むのは相当苦労したはずだ。まったくもう。
友人Mよ、私は確か「おたんじょうびおめでとう」とだけ注文したはずだったが。
道理でケーキを受け取りにいった時に「ワイが心をこめて書いたから」とか言うはずである。
まあでも、檄文的おたんじょうびプレートはともかくとしても、さすがに超うまいケーキ。息子よ、君のおかげだ。来年以降もよろしくどうぞ。
2000年7月21日(金) 晴れ
やっぱりお役所ってやつは…
警察のことである。
っていうか、交通安全協会っていうのかな。なにしろ車庫証明が必要なので出かけていったのだが、昼休みで誰も人がいない。こっちも昼休みしか出られないんだっつーに。
きょうび、そのへんの役所でも昼休みに誰かいてくれて、急ぎの客には対応してくれるところがあるというのに、警察ったらなんだか”最後のお役所”って感じだ。
普通仕事してたら昼休みしか出られないんだっていうこと、わからないかなあ。
私の今の職場も一応お役所系なのでお昼は休むことになっているけれども、緊急の何か(電話相談とか)があれば話は別だ。「昼休みですから、1時以降にかけてください」とか言わないぞ。
手続きしてほしかったら仕事休んで来いっていうんだろうか。お上意識ここに極まれり、って言い切っちゃうのもどうかとは思うが、そんな気になるのは確かだ。
結局、事情を話してお昼過ぎに行かせてもらったけど。
帰宅後は、月曜日にすることになっている講義の準備。
簡単なアウトラインだけ先に送り、もたつきながら直前まで準備するのがいつものパターン。今回も限りなくそれに近いのではあるが、明日は家族で出かけることにしているし、日曜日は友人宅で食事の約束をしている。
今日のうちに少しでも手をつけておかなければ、ということで珍しく、殊勝にも3日前からの講義原稿づくり。遊びが入るとやっぱり動機づけが違うなあと、つくづく。
2000年7月22日(土) 晴れ
息子、川遊びを初体験する
とにかく暑い。ほんとに暑い。そして風がない。
エアコンも効かないような暑さから逃げ出そうと、家族3人で山のほうに出かけた(どっか行こう、とは言ってたのだがどこに行くかは決めてなかったのだ)。
もっとも、みんなして寝坊したりダラダラしたりして結局家を出たのは昼過ぎになってから。相変わらず動きの遅い人たちである。
夏休みに入って最初の週末、しかも”海の日”から連休になるので観光客がいっぱいいそうな海方面は却下。とにかく山へ山へ。
時間も遅いし近場で、ということになり結局龍神へ。
龍神にある、有機栽培小麦を使って石窯でパンを焼いているお店”もんぺとくわ”に寄る。何度かパンは買ったが中で食べたのは初めて。
おいしいパンにおいしいミルク。おいしいコーヒー。面白い店名は、この店をやっているご夫婦が農業をやりながら営んでいるからだそうで、小さな小屋みたいな店なのだが実はけっこうな有名店。
パン好きの息子も大喜びでパンをかじり、ミルクをしっかり一人前飲み干す(しかも相方のコップにまで手を出す)。
パウンドケーキを2本買ってから、川のほうへ。
まあ川にはどこからでも降りられるのだが、できるだけ上流に行ったほうが水もきれいだし冷たいだろうということでもうしばらく上がった。
実は思惑に反してかなり龍神も暑かったので日陰になっているところを探しながら、比較的水の浅い河原へと降りる。水の大好きな息子はすでに興奮している。
誕生日のお祝いに買って貰った水着に着替えさせるつもりだったのだが、お構いなしに服のままずんずん水の中に入っていく息子。
上がったら紙おむつがものすごいことになっていた。ぶわーっと水を吸って、もう、とにかくもう。
帰りは温泉に寄って、一息ついたあとで噂の”果無山脈”(はてなしさんみゃく)まで行ってみようと相方が言い出し、挑戦するも道がよくわからず断念。
ふだんならしばらく粘るところだが、今日に限ってはそうも言っていられなかった。なぜなら今日からオールスター戦。さっさと帰宅して観戦せねばならぬ。
2000年7月23日(日) 晴れ
ソーメン太郎
というのは、商品名である。
こんなまぬけなものを誰が考えたのか知らないが、とにかく、卓上に置く”流れるプール”みたいな物体だ。
そして、名前からもわかる通りこれは”流し素麺マシン”なのだ。頭いてー。
竹かなんかに流してこそ風情があるというものだが、ミニ”流れるプール”でぐるぐる回る素麺には情緒のかけらもない。
情緒はないが、笑いは取れる。困ったものだ。
実はこのマシンは私の後輩たちが結婚祝いにと連名で
送ってきやがった送ってきてくれたものである。
届いた時は一体なにごとかと思ったが、2人だけではそーめんなど流してもしょうがないので使う機会は全然なかったんである。
ところが一昨年、うちで夕食の集まりをやった時にひとりの友人(何を隠そう、息子の誕生日ケーキにものすごいメッセージプレートを書いてくれたケーキ屋のMくんである)がめざとくそれを見つけた。
で、これは一度みんなでソーメン流しをせねば、ということになったのであった。
そんなわけで、去年はうちで開催したソーメン大会だったが、今年はその友人Mくん宅を提供してくれるということで、おじゃました。
面子は4月にカニ鍋をつついた(
4月の日記参照)6人+1人(2歳児)である。
例によってオールスター戦を見ながらそーめん、そして用意してくれていた手巻き寿司をぱくつく。みんなで食べるってほんとに美味しい。
最後はMくん作のケーキで締め。すごい豪華な夕食会だったような気がする…。
ところで、今日は教会で婚約式があった。
相方の同級生で今は奈良に住んでいるNさんが、婚約者を伴って来ていたのだ。
結婚式の本番は彼女の所属教会でやるそうで、では婚約式はNさんが育った教会でやりましょうということのようだ。
これ、実は私たちも同じパターンであった。われわれもこっちで婚約式をやり、その約半年後に私の地元で結婚式をやったのだった。だから、なんかなつかしかった。
…どうでもいいが(いや、よくない)明日の準備がまだ全部終わっていない。やらなければ。
これからやる。泣きながらやる。しかたないもん。自業自得だもん(いつもの通り)。
2000年7月24日(月) 晴れ
こんなことでは
いかんではないか。
なにしろ今日は午前中に講義をするため出かけなければならなかった。
午後ならば、当日の朝から”最後のあがき”をしている時間もあるのだが、今日頼まれていた講義はなんと午前中だったのだ。
ああそれなのに、結局最後の詰めが甘く、直前まで原稿チェックをする羽目に。
講義慣れした偉い先生はそんなことないんだろうが、こちとら駆け出しの単なる心理屋である。立派な講義なんてできっこないし、アドリブも利かない。
だいたい、人が20人以上いたらそれだけで緊張して舞い上がってしまうような小心者なのに今回はなんと70人もいるのだ。ひええ(だったらもっとしっかり準備しろ)。
今回も、こないだと同様地域の特殊学級を担当しておられる先生たちの研修会。今住んでいる田辺市は”和歌山第二の都市”なので学校も多い。だから先生も多い。研修会の規模も大きいのだ。
案の定、緊張して舞い上がってわけのわからぬままいつもの通り時間を超過して冷や汗もので終了。はああああ。話がうまくなりたい。
まあ、とりあえず笑いは取れたと思うのでよしとしよう(何だそれは)。
それにしても、目の前に知ってる先生が座ってくれてたのでそれだけは助かった。はあ。
息子は午後からおばあちゃんちへ。相方は夜勤で入れ違い出勤(私は午後から出勤したのだ)。
帰宅後、相方が買ったものらしい「スポーツとは何か」(玉木正之著、講談社現代新書)が転がっているのを発見。息子が寝てくれたので思いっきり読む。すごく面白い。
一気に読み終わり、読み足りなかったのでもう3回目くらいになるが「百器徒然袋−雨」(京極夏彦著、講談社ノベルズ)を風呂で再読。何度読んでも榎木津探偵の破天荒ぶりは面白すぎる。
これを”探偵小説”というのはいかがなものかと思わないでもないが、探偵が主人公なのだから探偵小説だと言われればそれまでだし…ううむ。
久々の読書モードで気持ちよく疲れた。
2000年7月25日(火) 雨
車を洗うと…
雨が降る、というが本当である。
この夏ずっと雨は降っていなかったのに、昨日相方に車を洗ってもらったらとたんに雨が降った。しかもかなり激しく。
実は今度の週末(金曜日〜日曜日)まで、教会の全国大会というのがあって(学会みたいな感じである。全国から人が集まって、分科会とかやったりするのだ)滋賀県の長浜に行くので、そのための段取りで大わらわなのだ。
こんなことでもなければ家族で旅行などできないし、必ず参加すべしというものではないのだが、場所が比較的近いこともあり出かけることにしたのだが…
思いのほか、いろいろと面倒である。やっておかなければいけないことが多いのだ。しかもほとんどが自分の怠慢からくる自業自得とくればもう、やけくそでやるしかないではないか。
しかし、することが多すぎていかにもぬかりがありそうである。いや、きっと何か忘れることだろう。
そんなわけで、今日は一日息子を連れてバタバタ。
それでも、夕方出勤する相方には会えるだろうと思っていたのに帰ったら彼はもう出かけていた。
私にはわかる。10日ほど前に近所にできたマンガ喫茶に行ったにちがいない。くそう、私が頭パニックになっているというのに!とぼやきたくもなるが私がぼやぼやしていたためにため込んだ仕事なので誰にも文句は言えないのであった。
ああ、くそう。ゲームしてえよー。8月のドラクエ7まで我慢、と思ってたけど何か買っちゃおうかしらん、とか思う。オフィスの家賃払ってお金もないのに。はああ。じっと手を見る。
2000年7月27日(木) 晴れ
ぐちゃぐちゃな一日
まったく、ぬかりまくりの人生である。
明日から3日間留守にするので、いろいろなことを片づけておかねばならないのだが…はっきり言ってそれらたくさんの用事は私の手に余る。
私を含めて、多くのADHD者は物事を先送りにしてしまう。その結果、もうどうにもならなくなってから必死で取り戻さねばならない羽目になるのがわかっていながらそうしてしまうのだ。
月曜日の午前中は別の仕事に行っていたので、その分の埋め合わせとして半日だけ出勤。
相方は夜勤明けで寝ていたので、朝のうちの洗濯機を回し、プラスチックゴミをまとめてから家を出る。
頭の中がぐちゃぐちゃでどう整理していいかわからなかったので出勤途中でマクドナルドに寄り、コーヒーを一杯飲みながら「やること一覧」をメモしていく。
これがないと私は何もできないのだ(それなのに、肝心のメモをなくしたり忘れたり捨ててしまったりする)。
午後からは自分のオフィスで面接予約が入っていたので時間通りに、つまり午前中いっぱいで退勤する予定だったのに11時(の予約に40分も遅れて)来た人が一人でペラペラ喋っていったのですっかり予定が狂い、イライラして職場を出たら携帯電話を忘れたことに気づく。
いつも通っているカイロプラクティックの先生が、オフィスのパンフレットを置いてあげるよと言ってくださっていたので、「木曜日のお昼休みに伺います」と約束していたこともあり、焦りまくって白浜方面へ。先生からは立派なアレンジフラワーをお祝いにいただき、感激。
とんぼ返りでオフィスへ。お昼を食べる時間はないので途中でローソンに寄り、あたためて食べるスナックを買ったが車でしばらく走ってから、あっためてもらうのを忘れたことに気づき、結局お昼は抜き。
面接を終えて職場へとって返し、携帯電話だけ持ってダッシュ。自宅に帰って洗濯物を取り込む(相方が干してくれていたのだ。ほんとはコインランドリーに持っていくつもりだったのだが)。
4時から美容院の予約を入れていたので自転車に飛び乗り、髪切りに。「1時間しかないのでとにかく短めに、さっぱり切ってください」とだけ注文し、45分で終わらせてもらう。
午後7時からまたオフィスでの面接予約が入っていて、もうそれほど時間がない。帰宅してから大急ぎで部屋の掃除と明日からの荷造り。これもチェックリストを作り、詰めたものをチェックしていかないといけない。
8時に面接が終わり、記録の整理や掃除をすませて8時半。夕食も食べ損ねていたので、息子を迎えに行く道中ミスタードーナツに寄り、飲茶セットを注文。さらにドラッグストアに寄り、旅行で必要なものを2,3購入。
相方の実家で預かってくれていた息子をお迎えに行き、帰宅したのが10時半。
気がつけば、案の定いくつかやりそこねたことがあったが、もう気力がない。私にはこれでいっぱいいっぱいなのだ。ぬかりがあるのはいつものことだし、半ば諦めの境地である。
明日の朝、燃えるゴミを出すのだけは忘れないようにしなければ。もういい加減に寝よう。これを書き終えて夜中の3時になってしまった。
2000年7月28日(金) 晴れ
滋賀・長浜にて
きのうは嵐のような一日だったが、今日も家を出るまでは嵐のようだった。
7時前に目が覚めたのでまずは(息子が起きてくる前に)シャワーを浴び、一番の懸念であるところの燃えるゴミをまとめはじめる。
自分の身支度に荷造りの完成に最後の洗濯、そして冷蔵庫を点検…などなど。なにしろ私には家事能力が皆無なので、二重三重にチェックしないとろくに何もできないのだ。
流し台を洗って布巾の漂白をして、最後のメールチェックなどなどをして9時。相方が夜勤から帰ってきた。
なんだかんだで、それでも10時になる前に家を出ることができたのだが、さすが週末、道がけっこう混んでいる。和歌山までは私が運転することになっていたのでハンドルを握った。
そして、自動車道を途中で降りて和歌山市へ。5月に譲っていただいた車の名義書換えができぬままずっと気になっていたのだが、この機会に手続きをしに行ったのだ……が。
なんとここで例によって私がしょーもないミスをやらかしたことが判明。
譲ってくださった方は、もう早くに書類を揃えてくれていたのだ。私のほうで何が必要かも全部書いてくれていたし、だから”書類が揃っていること”だけは確認していた。
それなのに、おそれていた通り”何か”が起こった。私はこういう事務手続きを一度ですんなりパスした経験がほとんどない。大体において何か忘れたり足りなかったりするだめな奴なのだ。
なので、今回も心の底から「ぜったいに一度でうまくいくはずない。もう一回は最低でも足を運ぶ羽目になるはずだ」という思いが離れなかったのだが、やっぱりその通りになってしまったのだった。
結局、先方が書類を揃えてくれてから私が手続きをしにいくのをモタモタしているうちに、「最近3ヶ月以内の日付のもの」という条件を満たしていない書類がでてきてしまったのだ。
ひどい話である。一体どうすればいいのか。失礼千万ながら、もう一度お願いしにいくしかない。何もかも私がもたついていたせいなのに、迷惑をかけてしまう。
私の人生みたいである。
ひどく落ち込んで、もう何もかもおしまいのような気分になったが泣きながら家に帰るわけにもいかず、あとは相方に運転してもらって高速に戻った。相方にもすごい迷惑をかけてしまった。
こういうのっていやなんだよなあ。多分、単なる間抜けなミスにすぎないのかもしれないのだが、こういうミスが引き金になって「私なんてこの世にいない方がいいんだ」とか極端な方向に気分が向かってしまうのだ。
ま、いずれにしても人並み以上に迷惑かけまくりの人生なのであるが、とにもかくにも無事到着。
ホテルに着いてからは忙しくてめまぐるしくてあまり何か考えている時間はなくなってしまったのだが、くよくよしないで済む反面、真剣に反省しないですませてしまうかもしれないという不安も。
一日目は夕食からはじまり、夜の礼拝のみ。相方の高校時代の同級生のK牧師の話。声が通って論点が明確でわかりやすい。寝不足だったので心配していたが、居眠りせずにすんだ。懐かしい顔もたくさん。子どもたちも多く来ていたので息子は大喜び。興奮してなかなか寝なかった。
夜、カープの元投手で、32歳の若さで亡くなった津田恒美さんの生涯をえがいたドラマをやっていたので観た。
津田さんの最後の登板を私はよく覚えている。前年の成績がいまいちだったこともあって、ひとつもアウトを取れずにフォアボールを連発して点を取られ、降板する津田さんに私はテレビを見ながら罵声を浴びせた。
そしてそれが、津田さんの姿を見た最後になってしまったのだ。まもなく登録抹消が、そしてそのシーズンの終わりには退団が発表された。新聞には「病気療養に専念するため」としか書いておらず、それを読んだ時にはまだ私は「まったくもう!」とか言っていたのだ。
まさか数年後のスポーツニュースでその死を知ることになるとは露ほども思わずに。
あの最後の登板が一体どういう状態であったのか、あとから本を読んで知った時にははげしく後悔した。べつにテレビのむこうにいる相手に私の罵声が届いたわけはない。けれど、おそらくあのとき自分が球場で試合を見ていたらどうだったろう。
おそらく、他の多くの観客たちとともにひどい言葉を浴びせていたことだろう。
いろいろな思いがうわーっとわき上がってきて、思わず涙が止まらなくなってしまった。
ホテルの大きなお風呂が夜中12時まであいているということだったので、急いで入りに行った。男性群2人(相方と息子)はもうすっかりおやすみモード。まあ無理もないか。
私ももう寝る。
2000年7月29日(土) 晴れ
大会2日目
いきなり寝坊。
なんとプログラムはいきなり6時半からはじまるのだった。朝の祈祷会というか、要は外に集まって簡単な話を聞いたり、みんなで祈ったりするのだ。
しかし起きられるはずもなく、アラームもかけてあったはずだったのに(相方が起きて止めたらしい)目覚めたのが6時25分。相方はおらず、息子はまだ寝ている。そんなああ。
大慌てで着替えて顔を洗い、息子も起こして着替えさせる。幸い息子は寝覚めがよかったので上機嫌。朝から元気に外へ駆けていってくれた。はああ。朝からこれではいかんではないか。
朝食はホテルらしく、ビュッフェスタイル。ミルクが美味しい。パンも美味しい。
しかしセーブしなければいけない。なにしろ朝食のすぐあとに”讃美アワー”という、聖歌を歌いまくるプログラムがあり、その中で私が今行っている教会のメンバーが一曲、前に出て合唱することになっているのだ。
腹いっぱいでは歌えないので、コーヒーのおかわりは我慢。
日頃の練習の甲斐あって(といっても、私は練習さぼりがち。すみません偉そうに)、合唱は好評だった。私は歌うこと自体けっこう好きだが、聖歌とか讃美歌をみんなで歌うのはその中でもかなり楽しい。今回も楽しかった。
とは言え、”本番”が終わったので一安心したのも事実。あとはプログラムを楽しむことに専念できる。
次に、精神科医の柏木哲夫先生の講演。
クリスチャンで精神科医で、という立場でおしごとをしておられる先生の話はすごく興味深く貴重で面白かった。もうこれだけでも長浜まで来た価値ありという感じ。
午後は5時まで自由時間なので「お風呂に入りに行こうか」とか「息子をプールに入れて遊ぼうか」とかいろいろ相談していたのだが、なんと昼食後いきなり息子が昼寝に突入。
私も少し眠かったので、午前中に買った柏木先生の本を読みながら添い寝…してたらなんと4時になってしまった。何にもできなかったよー。
夜もまた別の講演があったのだが、息子が退屈しはじめたので相方と一緒に連れ出したら、ロビーで友人のSくん(町田教会の牧師)に会ったので3人して話し込んでしまい、聞けず。
今日こそは早めに、ゆっくりと風呂に入るつもりでいたのだが、夜のプログラムが終わったあとでみんなしてロビーに集まっていたので友だちのMちゃんだの牧師のHさんだの元神学生のKくんだのと話に花が咲いてしまい、結局またしても11時になってしまった。
風呂から出たところにゲームコーナーがあったので”ぷよぷよ通”と”パズルボブル3”をプレイ。しばらくゲームにご無沙汰だったため、やっぱり腕が落ちててショック。
エレベーターの中で、他教会の方で全然面識のないおばさま方から「歌すごくよかったですよ」と言っていただいてうれしかった。
2000年7月30日(日) 晴れ
2泊3日って短いなあ…
あれこれ準備して、楽しみにしていたのにもう終わってしまった。
日曜日だったので全員で礼拝。閉会式を終えてお昼には解散である。
帰りはどうしようかと相談していたら、相方の同級生K牧師やYさんたちが昼食に誘ってくださったのでみんなで食事。ようやく、落ち着いて話ができたのでよかった。
同じ教会から来た人たちは観光してから帰るということだったが、うちは幼児連れなのでパスして彦根へ直行。途中、米原から新幹線に乗るというYさんを降ろして米原駅付近にあまりにも何もないのに驚いたが、それはさておき高速へ。
多賀SAにてハンドルをゆずってもらい、大津まで運転。都会の高速の渋滞(を自分が運転するの)ははじめてで、けっこう緊張した。
大津からはまた替わってもらい、私が本屋さんに寄りたかったので例によって梅田のジュンク堂へ。ここは地下に駐車場もあるので便利だ。
2週間ほど前に朝日新聞の書評欄に載っていた「片づけられない女たち」(原題:Women with Attention Deficit Disorder)を探すのが目的だったのだが、それ以外にもいろいろ購入。
ADHD関係の本は前に来た時よりけっこう揃ってきている。他にも障害児教育関連の新しいトピックを扱った本がようやく出版されてきていたのでけっこうな出費になってしまったが、満足。
NHK教育”プチプチ・アニメ”枠でやっているお気に入りのクレイアニメーション「ニャッキ!」の絵本(探していたのだ)も首尾良くみつけ、これも購入。
本を買うとしあわせになるなあ。
本屋に長居して(…といってもたった2時間。私の感覚では半日以上いなければ”長居”とは言わない)8時すぎに大阪を出て、途中岸和田のSAに寄る。
べつに休憩しなければならない理由はなかったのだが、息子が少し退屈して騒ぎ出したので。そしたらなんと、さっき長浜で分かれた”観光組”に出会う。すごい偶然。
彼らは途中で渋滞に遭ってこの時間になってしまったとのことだった。で、遅くなってしまったのでここで夕食をとっていたのだ。
お先に失礼して帰宅。台風の影響か風が強くて雨も降っている。
なんと、出がけにひとつ窓をあけたままだったことが判明。板の間だったので助かったけど、雨が降り込んでびしょびしょ。帰るなり雑巾がけ。はあ。
なにしろとにかく疲れた。買ってきた本を読みたいけど、もう明日にしよう。職場で読もう。もう寝ます。おやすみ。
2000年7月31日(月) すごい変な天気
頭がぼんやり
しているのはまあ、いつものことなのではあるが今日は並大抵ではない。
今日は朝から二人とも出勤だったので、ゆうべのうちに息子はおばあちゃんのところへ泊めてもらっている。
そこそこ寝たはずなのだが…ハードだった3日間、いや、その前日を含めた4日間のツケなのだろうか、眼が痛い。頭がすっきりしない(のはいつものことだが)。
まあ、いってみれば教会の人たちの集まりというのは特殊な”場”である。昔から教会のキャンプに参加したあとなど、一種独特の適応不全状態というか時差ボケに似た感じがあったりしたが、あれと同じようなことが今回も起こっているのだろうと思う。
同じものを信じている人たちと過ごし、全員での祈りをもって朝がはじまり、聖書や神様や教会の話をして過ごすのだから日常生活に戻った時に一瞬しっくりこないのは当然といえば当然だろう。
まあ、徐々に日常へと戻っていくだろう。生協の注文書も書かなければいけないことだし。
きのう買った「片づけられない女たち」を早速読み始める。非常に興味深い。こういう書名の付け方は善し悪しで、最近ありがちな「○○な人たち」みたいな本の一種かと思われてしまうこともあるだろうし、難しいところだ。
内容は原題が示す通り、主にADD(ADHDを含むが、女性のADDは多動を伴わないことも多いのだ)を持つ成人女性が仕事や家庭生活の中で具体的にどういった問題に直面するかについて書かれている。
どれもこれも他人ごとではないので、他の本を読む時とは気合いの入り方からして違う感じである。
久々の出勤でぼけてはいるがどうにか一日を終え、出張から戻った上司にいろいろ話を聞いてもらっていたら遅くなってしまった。
でも、なんとか整理がついたかな。明日からもう8月だ。また日常生活がんばろうっと(日常のあれこれが私にとっては一番苦手なのだ)。
息子をお迎えに行き、帰宅。車の中で寝てくれたのできのう買った「眠れぬ森の美女たち」(香山リカさんのはじめての”小説”、河出文庫)を一気に読了。

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