「 く 」。Ficus の系統学 ( ”いちじく” ってか ? しょうもな ! )

栽培植物起原学セミナー  2005 年 10 月 14日(金) 河原 太八

紹介する論文

S.L. Datwyler and G.D. Weiblen (2004) On the origin of the Fig: Phylogenetic relationships of Moraceae from ndhF sequences. Am. J. Bot. 91: 767-777.
(この前の「バウンティ号の叛乱」で紹介した論文の,すぐ後に載っていた論文です)

イチジク属 (Ficus) を中心としたクワ科 (Moraceae) の系統関係をあつかった論文を紹介しますが,前半部でなぜFicus が注目されるのか理解してもらうため,植物と昆虫の共生関係についていくつかの例をあげて,解説をします。

「花」の進化

いわゆる「花」は被子植物で成立した。 植物は基本的には移動しないので,他の個体との遺伝子交流のためには,花粉が何らかの方法でほかの花まで移動する必要がある。 もっとも多いのは昆虫に運んでもらう(虫媒)方法で,次いで多いのは風に乗って運ばれる(風媒)である。 このほか,数ははるかに少なくなるが,鳥類や哺乳類などの高等動物に依存するもの,花粉が水によって運ばれる種など,様々なものがある。 このうち風媒と虫媒で,花や花粉の形態を比べると一般的に次のようになる。

【 風 媒 】 裸子植物は基本的に風媒で,被子植物ではイネ科植物がその代表となる。 花は目立たず,緑色のものが多く,花弁や萼が無い場合が多い。 雌ずいは羽毛状に分かれたり,表面に突起を持つことが多い。 花粉の表面はさらさらしており,互いにくっつくことは無い。 虫媒に比べると葯が大きく,花粉の量が多い。

【 虫 媒 】 普通にイメージする「花」で,花弁(や萼)は赤・黄・青・白など鮮やかな色をしている。 またふつう,昆虫を誘引するための香りや,花に来た昆虫の報酬となる蜜を出す。 雌ずいは,先端に花粉が付着する部位があり,しばしば粘液状の物質をだす。 花粉の表面も粘着性で,ものに付着しやすい。 「花」は昆虫との共進化によって成立したものであり,特定の昆虫だけに送粉を依存している種や,植物と昆虫の双方に形態的な特殊化が起こっているものも多い。 なかには植物のフェノロジー (Phenology, 季節的な成長や開花のパターン) と昆虫の生活環が一致しているものや,昆虫がその生活の場を全面的に依存し,一種対一種という絶対的共生関係を築いているものもある。

  花と昆虫の共進化について多く見られるのは,花が送粉を昆虫の特定の種(あるいはグループ)に依存するという現象である。 この古典的な例として,昆虫の存在が予言されたことがある。 マダガスカルに分布するランの一種 Angraecum sesquipedale (この種は日本でも観賞用に栽培されています)は,約30cmに達する距(きょ)を持ち,その底に蜜をためる。 これを見て C. Darwin は1862年に,それだけの長さの口吻を持つ蛾がいるに違いないと書いた。 その41年後,マダガスカルでそれまでにアフリカで知られていた蛾の大型の亜種が発見され,Xanthopan morgani praedicta と命名された(Rothschild and Jordan 1903)。 さらに同属のA. longicalcar の距はもっと長く40cmに達するため,より口吻の長い大型の蛾がいると考えられている (Kritsky 1991)。
  註:sesqui: one and a half, pedalis: foot long (about 30cm). praedicta は予言された。 longicalcar, long + l. calcar (spur, 距)

  このようにラン科は虫媒で,昆虫を引きつけるために様々な工夫を凝らしているが,とくにOphrys 属はハチやハエ,甲虫の雄が疑似交尾をすることによって受粉することで有名であり,植物種と昆虫の種が一対一で対応している。 この属の種には,対応する昆虫の雌が出すフェロモンにそっくりの香りを出すものもあり Chemical mimicry (化学擬態)と呼ばれている。

  これほど極端でなくても,花の形態やサイズ・フェノロジーが訪花昆虫の形態やサイズ・行動と密に対応している例が数多く知られている。

  植物と昆虫の共進化の例として,送粉以外の場合もある。 よく研究されているのは,植物がアリに体の一部を巣として提供し,その見返りとして護ってもらう(被食防衛)ことで共生関係にある「アリ植物」である。 なかには,お互いなしでは生存できないほど相手に依存している,絶対的な相利共生関係もある。 東南アジア熱帯域を中心に分布するオオバギ属 (Macaranga : Euphorbiaceae, トウダイグサ科) は,こうした絶対共生型のアリ植物種を数多く含んでいる。 オオバギ属のアリ植物は共生アリに巣を提供するだけでなく,餌(栄養体)も提供している。 一方共生アリは,栄養体を主な餌として利用し,植物を植食者から防衛し,植物上のみで生活をしている。 オオバギ属のアリ植物の共生相手となるアリの大半は,シリアゲアリ属(Crematogaster: Myrmicinae)に属している。 オオバギ-シリアゲアリ系では,1種のアリ植物はその種のみ,あるいはその種の近縁種を含む少数の種群に特殊化した1-2種のシリアゲアリ種と共生関係をもつことが分かっており,高い種特異性を示している。

  さらに,送粉と生活場所の両方にわたって相互依存する場合が知られている。 一つは新大陸に分布するユッカ (Yucca: Agavaceae リュウゼツラン科) とユッカ蛾であり,もう一つがイチジク (Ficus: Moraceae クワ科) とイチジクコバチ(こちらは新旧両大陸に分布)である。 どちらの場合も,雌が胚珠に産卵しこの産卵行動が送粉をともない,幼虫は果実の中で胚珠(種子)を餌とする。 ユッカ蛾では果実から出た雌雄が交尾し,その後雌が花粉を集めて送粉するが,イチジクコバチでは果実の中で交尾するため,雄は一生涯果実(イチジクなので果嚢とよぶ)から出ることはない。 また最近第三番目の例として,トウダイグサ科のカンコノキ属がホソガによって送粉されることが,加藤真博士によって報告されている。

論文の内容

Introduction

  クワ科は37属からなるが,花序の形態・受粉様式・繁殖様式が非常に多様である。1,100種の多くは,独自の花序の形態と,イチジクコバチとの絶対送粉共生で知られるイチジク (fig, Ficus) である。イチジクの花序(イチジク果,果嚢)は,単性花の並んだ壷型をした花床で先端部は総包片で閉じている(ostiole, 小孔)。イチジク果への進化経路は科内で花序の形態が多様なため様々に推定されている。Corner (1978) はAntiaropsisSparattosyce に似た壷型の花床からイチジクが進化したと考えたが,Berg (1989) は集散花序 (cymose) を祖先と仮定した。最近の分子の研究から,Poulsenia またはCastilla との近縁関係が示されているが,イチジクの姉妹群を求めるには分類群のサンプリングが不十分であり,この科で詳細な系統関係を明らかにする必要がある。
  分子系統学の研究から,クワ科はバラ目に属し Cannabaceae アサ科,Cecropiaceae,Celtidaceae エノキ科,Ulmaceae ニレ科,Urticaceae イラクサ科,を含む "Urticalean rosids" である(バラ目はこれらのほかに,Rhamnaceae クロウメモドキ科と Rosaceae バラ科を含む)。"Ulticalean rosids" は単性の胚珠,乳液,葉の鍾乳体,葉腋の対になった花序,単性花といった点で,他の rodids と異なっている。Urticaceae + Cecropiaceaeがクワ科の姉妹群であるが,クワ科とは樹皮のみで乳液を出し,透明な Latex,直生の胚珠を持つ点が異なる。
  クワ科は,すべての柔組織で乳状の latex を持つ,単性花,倒生の胚珠,集合した石果(痩果)という特徴を持つ。生活形は,高木・灌木・半着生植物・よじのぼり植物・草本を含む。花(花弁や萼)は退化し,存在する場合,花弁は4から5に分かれた花被片でしばしば膜状となる。花糸は蕾の中で内曲しているか直線状である。内曲した花糸(しばしば,urticaceous と呼ぶ)は,それに対して蕾の中で葯が押しつけられている雌蕊状の構造と関連している。こうした雄蕊は,開花時に外へ弾け花粉を放出し,風媒の特徴と考えられている。まっすぐな花糸はしばしば(常にではないが),昆虫による受粉と関連している。雌花の花被はしばしば花たくと合生しているか密着しており,食植生の昆虫から花を護る構造と考えられている。
  クワ科は5つの属に分けられている (Table 1)。Ficeae (イチジク連)は凡熱帯に分布する約750種を含み単型的(ひとつの属のみ)である。両性の花序をつける雌雄同株か,雌花異株(雌の花序をつける個体と,両性の花序をつける個体がある)であるが機能的には雌雄異株である。Artocarpeae は経済的に重要な Artocarpus (jackfruit, breadfruit) を含む12属87種からなる。様々な構造の単性の花序(総状・穂状・頭状・球状・円盤状・単生)をつける雌雄同株または雌雄異株である。Berg は Artocarpaceae が他のクワ科の連 (tribe) と違って均質性を欠くため,形態的変異から3つの亜連 (subtribe) に分けられることを示唆した。
  Castilleae は8属からなり,新熱帯 (neotropics) 全体と熱帯アフリカの一部に分布する。この連は,ほとんどの種で総包片のある円盤状から球状の花?の単生の花序をつけ,中隔のある木部の繊維,自己刈込みをおこなう分枝を持つ。雌雄同株,雌雄異株または雄花異株である。
  Dorstenieae の8つのアフリカ・新熱帯の属のうち主なものは,約100種からなるDrostenia である。この連は,雌花がしばしば花床に埋没し,花の間に楯状の苞をもち,多くの種では鉤状の毛を持つ円盤状または球状の両性の花序をつける。生活型はほとんどの属で着生であるがDrostenia では草本から亜低木である。ほとんどの種は雌雄同株であるが,雌雄異株・雄花異株もある。
  クワ連の8属は,約70種を含む。いくつかの種は両性の花序をつけ雌雄同株であるが,ほとんどが雌雄異株である。花序は比較的単純な,総状花序・穂状花序または球状の頭花である。ほとんどの種が,明らかに風媒と関連した urticaseous stamen をもつ。しかし植物体や花序の形態に大きな変異を持ち,属の定義はややあいまいである。このグループでは,これまでに40の属名が報告されている。いくつかの属は,より満足でき調和の取れた分類をするため拡張されてきた。クワ連の分類の混乱はよく似た形質 (plesiomorphic features) を保持しているから,と言われている。
  我々はクワ科の系統関係,繁殖形質の進化,イチジクの受粉共生関係の起原について研究した。植物で目や科の解析に有効であることがわかっている,葉緑体のndhF 領域を使った。クワ科の葉緑体DNA解析から,1)イチジクの姉妹群を含む,連の系統関係 2)繁殖様式と受粉様式 (pollination syndrome) の初期の変化 3)イチジク果の起原に関連する祖先的形質 4) fig pollination の起原についての分子分岐年代の推定,が得られた。

Discussion

Taxonomic implications
  著者たちの提唱した分類はAppendix 参照。Moreae s.l. は,なお Paraphyletic で形態的にも多様。

Breeding system coevolution

  雌雄異株が雌雄同株から進化したという伝統的な考えとは異なり,クワ科では異株が祖先型で,同株が科の中で独立に2回から4回生じたという結果になった。同株の系列は,単性の花序をつける Artocarpeae, Castilleae と両性の花序をつける Dorsteniae, Ficeae の二つにきれいに分かれる。このような花序の構造から,同株は科の中で4回進化したと考えられる。雌花異株の花序と種子を食べ花粉を運ぶ昆虫との相互作用で生じた Ficus の機能的異株は,少なくとも2回生じ同株への後戻りが数回おこった。顕花植物ではまれな雄花異株が Castilla (Castilleae) と Helianthostylis (Dorstenieae) で報告されており,クワ科では起原が二つあることを示す。雄花異株と雌花異株はこの科ではもっと一般的かもしれないが,サンプリングが不十分なためそれを推定するのは困難である。

Pollination syndrome evolution

  Moreae(クワ連)の plesiomorphic condition は蕾の中で湾曲した葯である。花糸の伸長に伴い葯が破裂して花粉を空中にばらまく。風媒に対するこの適応はイラクサ科では一般的である。クワ連のいくつかのメンバー (Bagassa, Sorocea, Maclura sect. Cudrania) は直線状の花糸を持ち,広義のクワ連で1ないし2回の "urticaceous stamens" の喪失があったことを示している。Bagassa は風媒と関連した下垂した雄花序をつけるが,Sorocea は風媒または虫媒を示す明らかな特徴を持たない。雌花序にある多細胞の突起は,菌糸体の培地となるような栄養のある物質を出す。この分泌物と菌がポリネーターの報酬となっているのかもしれない。
  Drostenieae の多くの種は花の構造と香りから虫媒と考えられ,いくつかのアフリカの種では甲虫の訪問が観察されている。しかし送粉者のない場合でも種子をつけることがDrostenia で知られている。Trilepisium では強い香りが,花序の中で繁殖するかもしれない甲虫を引きつけることが知られている。新熱帯の Dorstenieae ではBrosimum alicastrun が風媒を示唆する "clouds of pollen" を雄花序からだすが,小型の様々な昆虫が訪問することも知られており,別の研究者はBrosimum の花序が虫媒に適応していると考えている。
  Artocarpus integer では雄花序につく菌を食べるタマバエによって,受粉されているようである。タマバエは菌糸体の分泌物をエサとし菌糸体の中で繁殖する。昆虫は夜に出される強く甘い香りに引かれるのかもしれない。雄花序での採食と繁殖の過程で,昆虫は粘る花粉をとりあげしばしば雌花序に運ぶ。タマバエが雌花序にいる頻度は低いが,花の香りに引かれるのだろう。しかしタマバエの食べる菌は雌花序には存在せず,タマバエの訪問時間が短いので受粉は「だまし」によると見られる。菌の生育はArtocarpus 花序の構造によると考えられる。隣り合う花の花冠は融合し外皮を形成し,花柱は先端の小さな孔から抽出する(雌花序では菌が生育できない)。この構造は,食植生の昆虫が雌花序の柔らかい組織に侵入するのを制限するためであろう。我々は旧熱帯の Artocarpeae と対照的に,新熱帯の下垂し尾状花序に似た雄花序をつける属は風媒に適応したものと考えている。いっぽうArtocarpus は風媒と考える研究者もおり,近縁のParartocarpusPrainea については何も知られていない。フィールドでの調査が必要である。
  Berg (1990) はCastillieae の総包片が食植生の昆虫が花を食べるのを防ぐための適応という仮説を出した。この連の約半分の属では,受粉様式がわかっていないが,Castillia, Antiaropsis, Naucleopsis, Perebea, Poulsenia では,アザミウマ (thrips) による受粉が報告されている。同じアザミウマの種 (Frankliniella diversa) がCastillia, とPoulsenia を訪問する。アザミウマ受粉は雄花序で繁殖する昆虫と関連がありそうである。花粉が幼虫と成虫の両方の主要なエサである。Artocarpusでの状況と同じように,雄花序をまねる香りを出す雌花序に誘引される。アザミウマ受粉が Castillieae で一般的かどうかは研究が必要であるが,Castillieae の受粉に結びついた形質がイチジク受粉の進化を考えるために重要である。

Origin of the fig

  アザミウマが受粉するCastilleaeとFicusが姉妹群であることは,虫媒が共通祖先の形質であることを示す。共進化の研究からFicusとCastilleaeの花芽の原基を囲む総包片と虫媒との間に関連があることが認められた。イチジクの発育過程で花?は花を包むように伸展し,密に圧着した苞が小孔を形成する。多くのCastilleaeの総包片は心皮を環状に取り巻き,そのなかから柱頭が伸びてくる。心皮が部分的に被われるだけでも,食植生の昆虫の防御となり,特定の送粉者に依存する (pollinator specificity) ことへの助けとなる。Castilleaeの雄花序は花粉を食べるアザミウマに繁殖場所を提供し,それらは花の香りにひかれて雌花序にはいり受粉する。対照的に,内部の花(と果実)を完全にふさぐ小孔の苞は,イチジクの送粉者のわなとして働く。イチジク果の祖先型は,現在のCastilleaeに似た部分的に閉じられた総包片を持つ花だと想定される。イチジクのように小孔によって完全に閉じられたかたちは,特殊化した寄生的なHymenopteraによる受粉と関連しており,これが絶対共生の進化へと導いた。Ficus が姉妹群と比較して種の多様性が極端に大きいことは,特殊化した送粉者とそのホストの共進化によって説明でき,このことは種分化の早さを比較することによって研究されている。
  分子時計はFicusがCastilleaeから約8300万年前に分岐したことを示唆しているが,これはイチジクコバチの塩基配列から得られた,共生が8750万年前にはじまった (Machado et al. 2001) という値に近い。Ficusは白亜紀に起原したと考えられているが,現在のような多様化が生じたのはMachadoらが考えたより最近のことかもしれない。

Conclusions

  イチジクと送粉者相互関係の共進化については多くの文献があるが,イチジクの起原についてはよく分かっていない。ndhF に基づく我々の新しいクワ科の分類は,イチジク受粉の進化の系統的な枠組みとなる。Castilleae がFicus と姉妹群にあることは,白亜紀の祖先の虫媒と花をとりまく総包片が,おどろくべき送粉共生と関連していると言う見解に分子的な基礎を与えるものである。しかし,どのようにしてイチジクと送粉者のライフサイクルが同調するような,極端な雌蕊先熟が進化したのか,いつどこで Aganoideae (ハチの連)がイチジクのスペシャリストになったのか,といういくつかの側面は謎のままである。発生の研究と分子生物地理が,これらの問にヒントを与えてくれるであろう。