| 高知パチンコ倶楽部会長が管理。高知県最大のパチンコサイト。高知パチンコ店新台入替情報を中心にパチンコ台を画像付で紹介するパチンコレトロ台、パチ屋での実践状況を書いた会長のブログ。相互リンク募集中! |
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| 更新日:2010年09月05日日曜日 |
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| パチンコレトロ台 1925年〜 |
〜1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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| 懐かしのパチンコ台 俺が愛したパチンコ台たち |
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| カチ遊!? 2009年2月号に当サイトが紹介されました 「なつパチNo.10 スーパーコンビ」 P1(20090125発行) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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羽根物として当時タマイ系列にあり、タマイ本店?(本町店:ジャングリラの下にある浜幸本店の道を挟んですぐ西側にあったが現在は閉店してなくなったが)にあり、よく仕事帰りに打ったものだ。 役物内に入った玉が、縦方向に回る回転体に付いている磁石にタイミングよくひっつき、そのまま上部中央にあるVゾーンに入賞すれば大当りするというもので、磁石にひっついても途中で振り払われて落下したり、運良く上部まで運ばれても中央Vゾーンではなく左右のハズレゾーンに振り分けられたりでなかなか面白かったのだが、当時は回転体の磁石にうまく吸い付き、上部まで運ばれV入賞手前にきた時点で台をド突くと、うまいことV入賞したもので、結構、店員の配置を気にしながら台をド付いた記憶がある(笑)。 また、大当り終了後、まだ回転体に玉がひっついた状態で上昇中にチャッカー入賞すると連チャンするという現象が起きた。今では考えられない光景なのだが。 |
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大当りは「7」が揃った時のみ。横3ライン・斜め2ラインの計5ラインが有効となる。 レクサスシリーズは単発回しが基本。スタートチャッカーに玉が入賞したら、ストップボタンで打ち止めし、ドラムが停止したら打ち始める。という繰り返しでドラムを1回転ずつ回していくのだ。つまりは保留玉を点灯させないということ。保留玉が点灯していない状態で大当りとなると、大当り終了時に保留玉連チャンを発生させる期待があるからだ。朝イチから保留玉を点灯させないで大当りした場合、最高4連チャンまで、それ以降は2連チャンが期待できた。 当時、セントラル高知店(現在のディーボ桟橋店)にあって、単発回しで連チャンをさせて、投資1万円2千円でドル箱を18箱積んだ事があり、結局その日は11万円の勝ちとなり、自身初の10万円勝ちしたことを今でも憶えている。 いやぁ今では考えられない気の遠くなるような単発回し打ち。今では絶対にあり得ない(笑)。 |
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液晶ディスプレイはセイコーエプソン社製。脱衣モノ麻雀ゲームのように大当り中は女の子が服を脱いでいく。当時としては過激でこんなのがよくパチンコで許可されたものだと喜んだものだ。また、予想以上の大ヒット機種となり販売台数は30万台を超え、当時の副社長まで工場に出ていたという逸話がある。 連チャンは大当り終了後、各保留玉に1/16の高確率に書き換えられる事で発生する。大当り中にアタッカー入賞球がVゾーン通過から0.5秒以上かかってしまった場合、一瞬エラー画面が表示され、これが保留玉情報を書き換える事になっていたようだ。要するにアタッカー中央のVゾーンに連続して球を入賞させていれば保留玉の書き換えが行われていたということだ。連チャン・3連チャン、そして4連・5連チャンもよく発生していた。 当時、セントラル高知店(現在のディーボ桟橋店)にあり、よく打ったものだ。当時はラッキーナンバー制で「白・撥・中」の三種類のいずれかで大当りするとラッキーとなり、持ち玉で続けてプレイ出来た。 |
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平和の「麻雀物語」に次ぐ史上2番目の液晶ディスプレイ搭載機。大当り絵柄は「7」か「オールフルーツ」のみ。縦・横・斜めの8ラインの内、1ライン以上に「7」が揃うか、9箇所全ての出目枠が「フルーツ」(同一絵柄のフルーツじゃなくてもOK)で埋め尽くされると大当りとなる。当時は5ラインの内、1ラインしか大当りが有効にならなかったが、この機種は8ライン全てが大当り有効となる画期的な機種であった。なかでもオール「7」で大当りすると、大当り終了後、5分間くらいオール「7」になった画面が表示されるという噂があった。しかし、オール「7」で大当りする確率は何億分の1の確率と言われており、実際には見たことがない。 連チャン性は大当り終了後、保留玉2〜4個目を1/16の大当りに書き換えてしまう事で発生したが、連チャン促進打法はなかった。もちろん大ヒット機種となり、平和の「麻雀物語」を抜く、販売台数30万台を大きく上回ったようだ。 当時、セントラル系列の21世紀若松店(現在のスパーク若松店)にあって、よく打ったものだ。当時はラッキーナンバー制で2ライン以上の「7」か「オールフルーツ」で当るとラッキーとなり、持ち玉で続けてプレイ出来た。ちなみに我が家にもこのフィーバーパワフルVの実機があったのだが、長年ほっておくと液晶画面がダメになってしまい不燃物に出してしまった。 |
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連チャンは大当り中のアタッカーVゾーンへの5個以上連続入賞させる事によって、保留玉3〜4個目にメモリーの書き換えが行われ発生した。保留玉3個目で当り、連チャンした場合、大当り終了後の保留玉1個目で3連チャンが発生しやすく、3連・4連チャンする事がよくあった。 そのためホールはアタッカー上の釘を曲げて調整することで連チャンしやすくする事が可能であった。これが警察当局の標的となり、当時は逮捕者まで出る事態となり、 日本遊技機工業組合から連チャン機自粛が発表され、ホールから一斉に撤去される事になった。代わりに人気が低迷していたCR機市場に同年5月に強力な連チャン性を持つ「CR花満開」が登場し、一気にCR機が盛り上がった。 当時は平和会館土佐道路店(現在の平和土佐道路店)にあって、よく打ったものだ。とにかく一度当ると連チャン以上はあたり前のような錯覚に陥ったものだ。あの衝撃な事件さえなければ…と、今でも惜しまれる台だ! |
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「パチンコ必勝ガイド」というパチンコ雑誌で永久連チャン打法が発覚。これを元に「春一番」を専門に打つプロ集団「梁山泊」がマスコミで取り上げられた。店側から出入禁止などの仕打ちを受けながらも全国のホールを回り、億単位を稼ぎ出したと言われている。 連チャン性は数珠繋ぎ連チャンで、4つのモードの中の1つが1/8の天国モード。残りの3つのモードは1/235となる。各モードの切替えは大当り中に何度も行われ、大当り終了時にモードが決定される。 永久連チャン打法とは、@現在のモードをデジタル上部の飾りランプの点滅パターンから判断。A大当り中のBGM(八木節)と大当り画面の切替えタイミングの関係から、モード移行パターンを割り出す。B特定のパターに入ったら、後は最終ラウンドまでアタッカーフルオープン繰り返す。これで天国モード突入となる。というものだったが、イマイチこの攻略を理解出来ず、結局身につかなかったが、大当り終了後に天国モードの見分けは出来た。ランプパターンが「強→弱→消」と3段階に変化すると天国モード突入のサインだった。 当時、タマイ瀬戸店にあって、ラッキーナンバー制のため「三・五・七」の三種類のうちのいずれかで当らないと、持ち玉で続けてプレイ出来なかったが、タイムサービスというのが店にはあって、@開店から30分間。A12時から30分間。B15時から30分。C18時からの30分。D21時以降。に大当りするとラッキーとなり持ち玉で続けてプレイ出来た。14時半前後に大当りして天国モードに突入したら15時まで台を放置し、15時になったら打ち出して即大当りを出し、ラッキーナンバーにしてもらうという打ち方をよくしたものだ。 また、あまりにも連チャンしてドル箱を積み上げると、店員がやって来て「台が故障しているようなので…」と言って、営業時間中にもかかわらず強制的に打ち止めさせられた事が度々あった。今では考えられない話しだが。 ちなみにこの実機も自宅に所持していたが、長年置いて置くと液晶がダメになってしまい、これも不燃物行きとなった。 |
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3つのモードがあり、各モードの大当り確率は@天国モード 約1/37。A通常モード 1/247。B地獄モード 1/988。大当り終了後、それぞれのモードに1/2で天国。1/3で通常。1/6で地獄へと振り分けが行われる。朝イチ(電源投入後)は通常モードからスタートとなるため、朝イチからならんでみんな打っていた。ホールによっては午後や夕方、夜になるといったん電源を切って、再度電源を入れてくれるホールもあったようだが、逆に閉店しても電源を切らないホールもあった。電源投入後の出目は常に「十両・金星・小結」であった。 当時は平和会館土佐道路店(現在の平和土佐道路店)にあって、よく打ちに行ったものだ。リーチはノーマルロングリーチとノコッタノコッタリーチの2種類だったが、結構ノーマルリーチで当り、ノコッタノコッタと軍配が回転しはじめると生ツバをのみこんだものである。 |
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大当り絵柄が「赤7」で16R当りで次回大当りまでの時短突入。「青7」で16R当りの100回転時短付。その他の絵柄(ゴリコップ・スペースナイト・忍者くん・ダイナマイコ・マイティボーイ・モグラ)で15Rラウンド当りの30回転時短となる。UFO出現→UFOスクランブル出現→愛のエンジェルビームリーチになると大当り期待度大幅UPとなり生ツバものであった。 タマイ瀬戸店にあって、俺のオヤジ、もちろん俺もお気に入りの機種であった。ハラハラダイナマイトリーチ・イケイケにょい棒リーチ・気まぐれデビルリーチもUFOスクランブル出現によって大当り期待度大幅UPとなった。 |
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従来の「海モード」をはじめ「マリンモード」・「沖縄モード」を搭載。沖縄モードではハイビスカスが光り、「キュインッ」と音がすると大当り確定となり2回音がすると確変当り(SADでは通常は45回転時短確定)となる。また、台枠フラッシュと共にミスマリンちゃんの声が聞こえたり、グジラが出現すれば大当り確定となり、サムや巨大魚群が出現したり、枠外で揃っていた絵柄がスライドしてきて大当りすると確変当り(SADでは通常は45回転時短確定)となる。「3・4・1」の三つ揃いで2R突確もある(SADでは搭載されていない)。 沖縄モードでのリーチはノーマルリーチの他にシーサーリーチ、タイフーンリーチ、マリンちゃんリーチ、ジェットスキーリーチなどがあり、おなじみの一旦停止後に再始動することで大当りが確定する機能も顕在だ。 タマイ瀬戸店にあって、お気に入りの台としてよく打っていた。一度大当りすると3連・4連は当り前。まぁそこが遊パチの良いトコなんだけどね。自己最高は18連チャンしたことがあった。 15R当りはサムが出現すると自動的になるが、それ以外の大当りでも15R昇格し、2回続けて15R昇格もよくあったが全大当り中の確率からすると4%程度となっていた。 |
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| 現在サイトを徐々にリニューアルしております。特にパチンコレトロ台については作業に時間を要するので気長にお待ちください。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 自称高知パチンコ倶楽部会長であるミスターは1969年に高知県高知市で産声をあげ、1988年4月より高知県内のパチンコ店を主な活動拠点として放浪を続けている。 今までパチンコ店から3度ほど警告・監視を受けた事があるが出入禁止になったことはない。 昔のSANKYOの「レクサスシリーズ」や平和の「物語シリーズ」ではよく保留玉連チャンで稼がせてもらったものだ。 タマイでは「春一番」で大連チャンをさせホールから「ちょっと台が故障しているようなのでこれで終了して下さい」と言われ、営業中に強制的に打ち止めさせられたことが度々あった。今はそんなことはないのだろうが…。また、某パチンコ店で意図的に大当りさせていただき「やっぱりパチ屋って…」怖くなったこともあった。詳細は自分の身も危なくなりそうなのでやめとくが。 最近は新装開店や新台入替しても昔のように釘が開いていたり、ドル箱たくさん積上げている光景はなくなったように思う。まぁそれが本来あるべき姿というか、そういう確率になっているのがパチンコなのだが…打ち手にとっては期待を裏切られた気分になってしまう。特にセントラルディーボ系はそういったサービスは全くないように思う。パチンコ店の経営もギリギリなのだろうが、これでは客離れに拍車をかけるだけ。40個交換から等価交換(ほぼ等価=27個交換)に移行したのも、こうした現象を引き起こしている原因の一つだと思うが。まぁパチンコ店も次から次へ発売される新台を常に入替、流行に乗り遅れてはならないということがあり、結局その代償は客であるパチンカーにはねかえってくるという、まさにパチプロ(死語?)が存在できないような世の中になっている。だが、そんな時代に「遊パチ」という低確率(約1/100)の台が登場したのはパチンカーとしては嬉しい出来事であった。 現在は資金がないという理由とリスクを最小限に抑えるために、遊パチを打っている。 「高知パチンコ倶楽部」とタイトルを付け、高知パチンコ店新台入替情報やブログなどを掲載しているが、はたしてどのくらいのパチンカーが見てくれているかはわからない。出来れば高知のパチンコ店情報や各自のパチンコ談をブログにコメントしてもらえると嬉しいです。 by 高知パチンコ倶楽部 管理人 追伸:相互リンクも受付けています。また、2007年11月24日に高知パチンコ倶楽部会長のブログを開設。 |
| ●当パチンコサイトの遍歴 |
| 2009年01日25日「カチ遊!? 2月号」の「なつパチNo.10 スーパーコンビ」コーナーに執筆掲載される。 2008年08月25日「カチ遊!? 9月号」の「なつパチNo.9 フィーバーパワフル」コーナーに執筆掲載される。 2008年06月25日「カチ遊!? 7月号」の「なつパチNo.7 黄門ちゃま」コーナーに執筆掲載される。 2008年05月25日「カチ遊!? 6月号」の「なつパチNo.6 春一番」コーナーに執筆掲載される。 2008年03月25日「カチ遊!? 4月号」の「なつパチNo.5 麻雀物語」コーナーに執筆掲載される。 2008年02月25日「カチ遊!? 3月号」の「なつパチNo.4 スーパーブラザーズ11」コーナーに執筆掲載される。 1998年09月01日〜2008年02月22日の総アクセス数が「111,111」HITとダブルフィーバーしました(^^) 2007年11月24日「高知パチンコ倶楽部 会長のブログ」のタイトルでブログを開設 2007年09月11日「高知パチンコ倶楽部」にサイト名変更。 |
| 2003年09月01日〜2007年09月10日までのサイト名「パチンコ大王の世界へようこそ!」への総アクセスは「102931」件でした。 2003年09月01日 「パチンコ大王の世界へようこそ!」にサイト名を変更。 |
| 1999年03月01日 広文社発行 「おとなのインターネット3 パチンコ一発逆転ガイド」に掲載されました」P122 1998年09月01日〜2003年08月31日までのサイト名「ミスターの世界へようこそ!」への総アクセスは「43200」件でした。 1998年09月01日 「ミスターの世界へようこそ!」のタイトルでホームページを公開開始。 |
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| 240 | 200 | 190 |
| 150 | 120 | 100 |
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| 80 | 67 | 64 | 55 |
| 50 | 40 |
| 500 | 300 | 153 | 120 | 100 |
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