二〇〇七年九月二〇日

「シューマッハー経済学と食料主権」 

                 横浜商科大学 尾関 修

 

 

目次

はじめに

第一章 食料主権とは何か

第一節 食料安全保障と食料主権

第二節 ヴィア・カンペシーナ(農民の道)の経済学

第二章 WTO(世界貿易機関)と食料主権

第一節 ドーハ開発アジェンダ

第二節 自由貿易協定・経済連携協定

第三章 食料主権の危機

第一節 TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定

第二節 換金作物と食料自給率の低下

第四章 食料主権の復活に向けて

第一節 伝統的知識と農民の権利

第二節 地域主義と食料主権

おわりに

 

はじめに

 

シューマッハー(19111977)は、「経済には二つの重要な要素がある。それは食糧(Food)と燃料(Fuel)で、その外のものは二次的である[]と述べたことがある。今日でも、この二つは国際経済の主要問題となっている。食料は、人間にとっての燃料であり、食料の自給は、燃料の自給と同様に重要であるにもかかわらず、多くの国がいずれの自給率をも低下させているのが現実である。日本も例外ではなく、いずれも極端に低下している。

食料の自給や燃料の自給という概念は、アダム・スミス(17231790)やリカード(17721823)の経済学にもジョン・ロック(16321704)のいう自然権[]として存在しているが、貿易の規模が小さく自給率の低下はアダム・スミスやリカードの時代は問題とならなかった。しかし、今日のハイエク(18991992)やフリードマン(19122006)の経済学では、市場原理による国際分業が優先し、食料の自給や燃料の自給という自然権は侵害され、極端な自給率の低下を招く国が多く出てきた。そこで、この自然権を復活させようというのが、小農民や小作人、先住民の国際的連合であるヴィア・カンペシーナ(農民の道)の主張する食料主権であり、脱石油と環境保護を掲げる国際的連合であるオイル・ウォッチの主張するエネルギー主権であると考えられる。

シューマッハーの経済学は、化石燃料、自然の許容限度、人間性を自然資本として保護する必要を説いている。これは、自然権を掘り下げる結果となっている。二一世紀は食料や燃料の質を問題にしなければならない時代となり、自然権の意味もより深くなった。人間は自然の一部であり、人間に生まれながら備わっている自然権は自然の権利ということになり、自然の許容限度に通じる。食料の汚染は、自給率の低下と同様な自然権の侵害である。食料の量を確保するため、質を問わないことは許されないのである。

シューマッハーは、第二次大戦の時期にイギリスの農場で働く経験を持ったが、戦後の五〇年代六〇年代にはイギリス土壌協会の会員として、有機農業に取り組んだ。この時期は、安い石油に依存する、農業の工業化と呼ぶのが相応しい「緑の革命」が進行した時代である。一九六三年にフィリピンの国際イネ研究所(IRRI)で多収穫品種「IR8」が開発され、ミラクルライスあるいはハイブリッド米とも呼ばれ、単位面積当りの収量を画期的に向上させることになったが、多量の水や化学肥料、農薬を必要とし、土壌の塩類化と湛水農薬汚染などを生んだ。深刻な自然権の侵害であった。今日では、遺伝子組み換えのイネが登場し、「第二の緑の革命」と言われている。イネゲノムを解析し、ゴールデンライスを開発することは、WTO加盟国のTRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定を通じて、巨大多国籍企業であるアグリビジネスによる種子支配が進むことを意味している。文字通り食料の自給を脅かすものであり、食料主権の復活が切実なものとなっているのである。

このような問題意識から、自然や農業を重視するシューマッハー経済学と食料主権の関係に焦点を絞って考察していくことにしたい。シューマッハーは、油田の発見が減少し石油生産が頭打ちとなるピークオイルにも触れ、石油に依存する大規模近代農業が大きな影響を受けるとした。[] 昨今の石油価格の高騰は、世界の石油生産のピークが現実化しているためといわれ、食料の安全保障と食料主権に大きな影響があるが、この問題は次回にエネルギー主権との関係で論ずることとし、今回は指摘するにとどめたい。

 

第一章 食料主権とは何か。

 

第一節 食料安全保障と食料主権

 

FAO(国連食糧農業機関)の提唱で、一九九六年世界食料サミットがローマで開催され、世界の食料安全保障の達成と二〇一五年までに八億人の栄養不足人口の半減を目指した政策声明 (ローマ宣言) 及びその具体的な方策を示す行動計画が一八〇を超える世界の首脳らによって採択された。 食料主権(Food Sovereigntyとは、この世界食料サミットにおいて、アジア、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパの小中規模の自作農や小作農、農業労働者、女性農民、先住民、漁民などの農民団体一〇〇の連合組織で、小規模家族経営による持続可能な農業を主張するヴィア・カンペシーナ(Via  Campesina 農民の道)というNGO(非政府組織)が、国や地域の食料自給を目指し、WTOの進める農産物の自由化に反対して提起した基本的概念である。

この会議で表明された食料主権とは、国家の権利であるばかりでなく、自分自身の食料と農業の形をはっきりさせる庶民の権利であって、「持続的な発展の目標を達成するため、国内の農業生産を保護し貿易を規制する権利であり、自力に頼る限度を決める権利である。市場での農産物のダンピングを防ぐ権利であり、地域の漁業組合に水産資源を管理する優先権を与えることである」[] この食料主権と地域再生の主張は、シューマッハーがいうところの、農業保護は歴史上例外どころか常態であったという事実[]と合致しているといえよう。食料主権は、貿易を否定するものではない。むしろ、安全で健康、環境的に持続可能な農業生産に役立つ貿易政策の形成を促進するものである。[] ヴィア・カンペシーナは、その後この主張を具体化し、明確にしていった。

二〇〇三年一月のヴィア・カンペシーナの声明[]では、食料主権は、第三国にダンピングすることなしに自分自身の農業と食料の政策を定義する庶民、国家、連邦の権利であるとし、具体的に次の七項目が掲げられた。

@人々に食料を供給するには、地域の農業生産を優先し、小作農や土地なし農民が土地、水、種子、資金を得ることができることが重要である。

Aこのためには、土地改革に加えて、遺伝子組み換え作物に反対すること、伝統的種子の確保、公共財としての水の持続可能な配分などが必要である。

Bまた、自作農や小作農が食料を生産し、消費者が何を消費するかを決める権利、それがどのように作られ誰によって作られるかを決める権利が必要である。

C低価格の農産物や食料品の輸入を防ぐ国家の権利が必要である。

D生産コストとリンクした農産物価格が必要であり、これは国家や連邦が、極端に安い輸入品に課税する権利があり、持続可能な農業生産を促進し、構造的余剰を避けるため国内市場において生産を制限できるときに実現される。  

E農業政策の選択に庶民が係ることができることが必要である。

F農業生産と食料において主要な役割を果たす女性農民の権利を認識すること。

 

これらを見ると、食料主権の概念は、国家と庶民の自然権を意味していることが分かる。その中には既に遺伝子組み換え作物に反対することが謳われており、少数のアグリビジネスの種子支配[]に対抗しようとするものであることが分かるのである。また、国連機関のFAOの食料安全保障の概念を超えている。食料安全保障は、すべての人は毎日食べるものが十分になければならないということを意味しており、その食料が何処から来るか、どのように作られるかには言及していない。これに対し、食料主権の概念は、自小作農や、集団所有の農場、漁業組合などを支持し、これらの部門を規制の少ないグローバル経済の中で大規模化し工業化することを支持しないものである。農業の大規模化や工業化は、石油依存の進行を意味するが、昨今の石油価格の高騰は、世界の石油生産がピークを過ぎ需要に供給が対応出来なくなったことが背景にあり、ヴィア・カンペシーナの方針は時宜を得たものとなっている。ヴィア・カンペシーナの、このような経済学は、どのようにして生まれたのだろうか。

WTO(世界貿易機関)の農産物自由化交渉の中で、農業をある程度保護している食料輸入国で構成するG10(ブルガリア、台湾、アイスランド、イスラエル、日本、韓国、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス、モーリシャス)は、農業の多面的機能の支持国(フレンズ国)と呼ばれ、農業分野における非貿易的関心事項の具体的配慮、特に上限関税および関税割当の一律的・義務的拡大への反対や柔軟性のある関税削減方式などを求め、農業の多面的機能の重要性を主張している。

農業の多面的機能の内容としては、@洪水・土砂崩壊の防止、A生物多様性の保全、B地域社会の維持活性化、C伝統文化の保存などがあげられる。ヴィア・カンペシーナの主張する食料主権は、このような食料輸入国の主張する農業の多面的機能とも密接に繋がっている。[]

食料主権や農業の多面的機能の概念は、農業が工業とは違うところから来ていると考えられる。シューマッハーは、農業と工業の違いは、農業は生命を扱い、工業は生命あるものを排除することであるとしている。シューマッハーの哲学では、生命のあるものとないものでは、存在の次元が異なるのである。それ故、「農業の基本原理と工業の基本原理とは両立せず、相対立するものであることは疑問の余地がない」[10]として、農業を工業の一種と見なすようになったとき、バランスは必ず破れてしまうと述べた。また、シューマッハーは、農業の目的は少なくとも次の三つであるとしている。[11] 

@   人間と生きた自然界との結びつきを保つこと。

A   人間を取り巻く生存環境に人間味を与え、これを気高いものにすること。

B     まっとうな生活を営むのに必要な食糧や原料を作り出すこと。

 

農業の多面的機能は、食料生産だけでなく@ABのいずれも強調している。シューマッハーは、農業保護が歴史上例外どころか、常態であったとしているが、その背景にはこれらの目的が存在していたのである。ヴィア・カンペシーナの食料主権は、地域農業[12]や有機農業、小農経営や家族経営を重んじ@Aを前提としていると考えられるが、とくに、まっとうな生活を営むのに必要な食料の生産というBを強調し、国家や地域による農業保護を求めている。先にも述べたように、これは必ずしも歴史に反したことではない。逆に、ピークオイルによる石油価格の高騰により、食料主権を復活し、食料の安全保障を求める時代になっている。

一九六六年にシューマッハーによって設立され、第三世界で活動するITDG(中間技術開発グループ)は、ヴィア・カンペシーナの活動と食料主権の概念を支持している。[13] ITDGが提唱した中間技術への関心は、世界の隅々から、農作業のやり方や小規模の経営や製造業の改善に現に取り組んでいる人々から湧きあがってきたのであり、世界の貧しい農民や家族経営者たちが支持したことを考えると、ヴィア・カンペシーナの経済学とシューマッハーの経済学が結びつくのは必然ではなかろうか。

 

第二節 ヴィア・カンペシーナ(農民の道)の経済学

 

食料主権は、ヴィア・カンペシーナによって提唱されたものであるが、ヴィア・カンペシーナの経済学のよって立つ基盤は何だろうか。ヴィア・カンペシーナとは、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカの小中規模の自作農や小作農、農業労働者、地域女性農民、職人組合、先住民社会の運動や組織と協同し、これらの部門の基礎的利益を守る国際的運動である。それは、自治的で多元的運動であり、政治的経済的その他の関係から独立している。それは、自治が厳格に尊重される国家的地域的代表組織から成っている。 ヴィア・カンペシーナは、次ぎの七つの地域で組織されている。ヨーロッパ、東北東南アジア、南アジア、北アメリカ、カリブ、中央アメリカ、南アメリカである。アフリカの組織とも協力している。

二〇〇四年六月のブラジル、サンパウロでの第四回国際会議に参加したヴィア・カンペシーナのメンバーをみてみると、大きな広がりがあることが分かる。[14] 各大陸のほとんどの国から参加しており、いずれも全国農民連合、小作農民全国連合、農業労働者連合、家族農業連合、先住民連合、農村女性連合とかを名乗っている全国組織である。世界各国の自小作農、農業労働者、先住民、農村女性が集まって声を上げていることが分かる。

ブラジルの土地なし農民の運動の代表で、ヴィア・カンペシーナの論客である経済学者ジョアン・ペドロ・ステディル(1953)は、「もし人々が自分自身の食料を生産しないならば、真に自由ではないという思想は、マルティ、ガンジー、チェ・ゲバラの政治的教義の中やイスラムの教えの中にさえ存在する」[15]と述べている。各国が比較優位に立つ産品を重点的に輸出することで経済厚生は高まるというリカードの比較生産費説による農産物の自由化という経済的教義に対抗して、食料主権の概念は、自治を求める運動の中に自然権としてあったのである。ジョアン・ペドロ・ステディルは、今日では、単なる土地改革では不十分であり、寡占的な多国籍企業であるアグリビジネスにも対抗し、とりわけ伝統的な種子の自家採集が保障されなければならないとしている。

インドのヴィア・カンペシーナの地域代表であるカルナータカ州の農民連合は、毎年ガンジー(18691948)の誕生日(一〇月二日)に農産物自由化に反対する集会を持つ。インドの貧しい農民はガンジーの教えに忠実なのである。二〇〇五年の二月には、カルナータカ州マイソールで、インドのWTO加盟が農民の生活に及ぼす影響に抗議して地域自治(グラム・スワラージ)を求める大集会が持たれている。「村落共同体や小さな町に住み、自分たちの農場や手仕事からの生産物によって公正な生計を営む、自治的で自立し、自己組織された自営の人々の連邦、というのがガンジーのビジョンだった」[16] と、イギリスのシューマッハー・カレッジの創始者であるサティシュ・クマール(1936)は述べているが、これはヴィア・カンペシーナのビジョンでもあると考えられる。

メキシコの「土地の大学」の創始者であり、ヴィア・カンペシーナの論客であるグスタボ・エステバも、非暴力とガンジーの伝統を信奉している。分権主義と分権化を正反対の概念とし、中央の指示の下に地方が動く分権化ではなく、すべての組織が中心であるような自治的な組織作りを分権主義として目指している。[17] これはガンジーのビジョンと一致するだけでなく、シューマッハーのビジョンとも一致している。シューマッハーも中央から地方へおよぶ一枚岩の組織でなく、それぞれが浮力を持った風船のように企業家精神を最大限に発揮できるような組織を提唱している。

ヴィア・カンペシーナによって主張されている食料主権の概念は、過ってイギリスの植民地であったインドにおいて国産愛好を奨励したガンジーのスワデーシ運動や、手紡ぎ車(チャルカ)や手織り布(カディー)をシンボルとした自立の思想、自治獲得のスワラージ運動とつながっている。現にグスタボ・エステバは、我々は民族独立というよりスワラージという参加型の透明性のある自治を望んでいると述べている。カルナータカ州の農民運動もスワラージを唱えており、ガンジーのビジョンは、今日でも生きていることが明らかとなってくる。サティシュ・クマールは「地域経済は、村落共同体を不安定にしかねない外部の市場圏への経済的依存を避け、不必要で有害で無駄が多く環境を破壊する輸送を避ける。それぞれの村落は自らの需要の大半を満たしうる強い経済基盤を築き、共同体の成員たちは皆、自らの地域の物品やサービスを優先するべきだ、とガンジーは信じた」[18]と述べている。食料主権を主張するヴィア・カンペシーナの経済学は、ガンジー経済学[19]の流れの中にあるのではなかろうか。石油に依存する食料の輸送や貿易がますますコスト高となり、フードマイルを下げることが問題となっている今日、地域経済を重んじるガンジー経済学が見直されているのである。

 

第二章 WTOと食料主権

 

第一節 ドーハ開発アジェンダ

 

二〇〇五年一二月に香港で開かれたWTOの第六回閣僚会議に対して、ヴィア・カンペシーナは非暴力の抗議行動を行っている。二〇〇三年九月にメキシコのカンクーンで開かれたWTOの第五回閣僚会議に対する抗議行動に続くもので、農産物の自由化に反対し食料主権を主張する抗議行動だった。香港での抗議行動には、WTO加盟後の香港の中国人も参加した。中国の農家の直面する問題は、ヴィア・カンペシーナと同じだというのである。「WTOの活動は、結局は、投資家、特許を持っている者、多国籍企業など、既得権を持っているものの利益を生むようにできており、市民の利益のことは考慮されていない。そのWTOが、世界において強力な権力を持ち、世界政府のようになっているのは危険なことである」[20]と、アメリカのNGOであるIFG(International Forum on Globalization)のビクター・メノッティも述べているほどである。

一九九五年に発足したWTOにおける最初のラウンド(多角的貿易交渉)であるドーハ・ラウンドは二〇〇一年一一月に第四回閣僚会議が開かれたカタールのドーハで立ち上げられた。ウルグアイ・ラウンドが先進国に有利であったという第三世界の貧しい国々の不満に配慮し、今次交渉は「ドーハ開発アジェンダ」(DDA)と名づけられ、農産物や鉱工業品の関税と補助金の引き下げが交渉の焦点となってきた。しかし、第五回、第六回の閣僚会議でも合意を見るにいたらず、二〇〇六年七月、G6(アメリカ、EU、ブラジル、インド、日本、オーストラリア)の閣僚会議は、交渉の中断を発表した。これについて、FAO(国連食糧農業機関)は、「交渉は貧困国と小農民の必要性に関連した貿易問題に取り組むと期待されたが、途上国の利益を十分に考慮することに失敗、公正貿易よりも自由貿易に焦点を当てた。そのビジョン、過程、成果における公正の欠如のためにラウンドは崩壊してしまった」[21]と声明を発表した。農業補助金の多いアメリカ、EU、日本のうちアメリカは他の国が受け入れられるレベルにまで農業補助金を削減しようとせず、EU、日本は農産物の関税を他の国が受け入れられるレベルまで下げず、先進国は自らの輸出条件を改善するために第三世界の市場開放を要求したと、FAOは国連機関としては異例の激しさで先進国を非難したのである。日本に対する非難は必ずしも当っていないが、石油に依存する大規模近代農業に補助金を与え続けるアメリカとEUについては非難されてしかるべきだった。[22] 

先進国と発展途上国、第三世界の対立から凍結されたドーハ・ラウンドの再開を目指し、発展途上国の集まりであるG20(アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、チリ、中国、エジプト、インド、メキシコ、ナイジェリア、パラグアイ、フィリピン、南アフリカ、キューバ、パキスタン、ベネズエラ、インドネシア、タイ、タンザニア、ジンバブエ)の閣僚級会合が二〇〇六年九月、ブラジルで開かれた。会合にはWTO事務局のほか、アメリカ、EU、日本も参加した。しかし、アメリカが国内補助金の追加削減を拒み、日本などに大幅な関税削減を迫る姿勢を緩めなかったので、交渉決裂が必至となった。アメリカは農産物関税の平均六七%の引き下げを提案した。G20とEUが提案する平均引き下げ率はそれぞれ五四%と三九%であった。アメリカは、五四%以下の削減での妥協はあり得ないとした。また、アメリカの農業補助金の七五%は、米、トウモロコシ、小麦、大豆、綿花などの貿易商品を石油に依存して生産する大規模農民に与えられ、小規模家族農民には与えられていない。この補助金がこれら商品の生産コスト以下での輸出を可能にし、とりわけヴィア・カンペシーナに代表される第三世界の集まりであるG90(LDC(後発途上)とアフリカ・カリブ海・太平洋諸国を中心としたグループ)の小規模家族農民の農業生産と生計に破滅的影響を与えている。持続可能な開発と貧困撲滅を目指すG90だけでなく、アメリカ、EU、日本に対して農産品の大幅な市場開放や農業補助金の引き下げを強硬に求めてきたG20も、これまでの姿勢を転換することはないだろう。

WTOの発足から一二年あまり、先進国政府と穀物メジャーと呼ばれるカーギルやADM(アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド)などの巨大多国籍企業であるアグリビジネスがあらゆる努力を傾けてきた最初のラウンドであるドーハ開発ラウンド交渉の失敗は、先進国・多国籍企業主導の貿易・投資の自由化モデルそのものの挫折、失敗といえる。アグリビジネスの利益ではなく、第三世界の多様な民衆と地域社会の利益である食料主権を最優先する新しい農産物貿易のあり方が模索されていることがわかる。

 

 第二節 自由貿易協定・経済連携協定

 

ドーハ開発アジェンダが難航したため、先進国や発展途上国の各国政府は、多国間交渉より二国間交渉を現実的と考えて、FTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)やEPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)を、WTOを補完するものとして推進してきた。

FTA(自由貿易協定)は、物品の関税及びその他の制限的通商規則やサービス貿易の障壁等の撤廃を内容とするGATT(関税及び貿易に関する一般協定)第二四条及びWTOのGATS(サービス貿易に関する一般協定)第五条で定義される協定である。現在一六六の件数に達している。これに対し、EPA(経済連携協定)は、FTAの要素を含みつつ、締約国間で経済取引の円滑化、経済制度の調和、協力の促進等市場制度や経済活動の一体化のための取組みも含む対象分野の幅広い協定であるが、日本の場合は農産物、相手国は自動車や鉱工業品など重要保護品目の輸入をどこまで自由化できるかが焦点となっている。

二〇〇二年の日本シンガポール経済連携協定では、日本は農産物を開放しなかったが、二〇〇四年の日本メキシコ経済連携協定では、小泉総理大臣が「農業鎖国はできない」として、官邸主導で農産物の輸入拡大をした。この結果、豚肉牛肉、鶏肉、オレンジ果汁、オレンジ生果について、低関税枠などが設定された。そのかわりに日本は、自動車用などの鋼板の関税撤廃や、自動車の無税枠(七年目に完全自由化)などを獲得している。同じ国の中でも、利益を得る人と損失を被る人は別の人なのである。また、生命があるかないかで存在の次元の異なる農業と工業が取り引きされることになる。豚肉、牛肉、鶏肉の輸入増加で、食料の自給率は一層低下し、農業鎖国などから程遠い。

現在、EUは、第三世界と呼ばれる貧しい国の集まりであるACP(アフリカ、カリブ、太平洋)七六カ国に経済連携協定の締結を迫っている。この経済連携協定は、包括的な自由貿易協定であり、EUからの輸入品に対する貿易障壁を取り除くことを要求している。また、投資、サービス貿易、政府調達の広範囲な自由化、競争原理と知的所有権の受諾を含んでいる。 ACP諸国とりわけアフリカでは、このような協定の締結の用意はないといっている。これらの国は、EUとの協定の前に地域統合や地域開発を強めることを求めている。しかし、EUは、二〇〇七年末までに締結しなければ、ACP諸国からの輸出品に対する高関税を再導入すると脅している。EUは、グローバル・ヨーロッパという戦略に基づいてラテンアメリカやアジア諸国に対しても経済連携協定を要求している。ヴィア・カンペシーナは、このような経済連携協定は、ACP諸国の幼稚産業と小規模農業を破壊するものとして反対している。何百万という小作人、小農民、漁民が被害を受け、工業労働者も職を失うことになるというのである。

シューマッハー経済学は、地域主義を提唱している。ここでいう地域主義とは、「多くの国家を自由貿易制度に組み入れる地域主義のことでなくて、それぞれの国の中ですべての地域を発展させるという、反対の意味のものである」[23]としている。自由貿易協定や経済連携協定は、シューマッハーのいう地域主義の反対のものであることは明らかであり、自由貿易制度に組み入れる地域主義は、北米自由貿易協定(NAFTA)に見られるように、アメリカからの補助金による安い農産物の輸入によってメキシコの地域農業が打撃を受けたような例が多いのである。[24] 自由貿易制度は、安い石炭や石油を背景に発展してきたのであるが、世界の石炭や石油の生産がピークを迎え、高い石油や石炭の時代となっている今日、自由貿易制度は見直されて来ている。

 

第三章 食料主権の危機

 

第一節 TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定

 

 ACP(アフリカ、カリブ、太平洋)諸国に限らず、日本のように食料自給率の低い国にとっては、自由貿易協定や経済連携協定の進展は、食料主権の危機を意味する。これに加えて、ヴィア・カンペシーナは、WTOのTRIPS(Trade-Related aspects of Intellectual Property rightsすなわち知的所有権の貿易関連の側面に関する)協定が、遺伝子資源と生物多様性の私有化を促し、自然資源への共同体の伝統的権利や先住民の女性の伝統的知識を奪うことになり、それは、GM(遺伝子組み換え)種子の開発メーカーである米モンサント社、米デュポン社、スイス・シンジェンタ社、独バイエル・クロップサイエンス社などの巨大多国籍企業(アグリビジネス)の利益に優先権を与えることになると主張している。[25] アメリカは、WTOのTRIPS協定を通じて、世界のすべての国々に生命や遺伝子を特許にする制度を押しつけようとしているのである。

ヴィア・カンペシーナは、早くからTRIPS協定を批判し、植物や動物だけでなく、種や菌などの微生物、すべての生物とその部分、さらに生物を生み出す自然のプロセスなどを特許の対象としてはならない、と主張してきた。TRIPS協定は、人間の健康を守ると同時に、被害を受けやすい立場にいる第三世界諸国の零細農家と地球環境を守ることができるように、改訂されるべきだというのである。

最近の例として、タイとアメリカのFTA(自由貿易協定)交渉を見てみよう。アグリビジネスの米モンサント社は、タイの政府内部で、GM作物の屋外栽培実験を許すようにロビー活動を行っていた。タイ農産物の輸出競争力の強化には、GM農業が不可欠というのである。タイの環境相が抵抗していたが、タイ政府はGM製品輸入の自由化に抵抗する準備があるわけではなく、輸出のための大規模モノカルチャー農業を優先する考えである。これに先立ちEUやインドは、WTO交渉の場で、TRIPS協定に基づいて多様な農産物・飲食料品の地理的表示の厳格な国際的保護を求める提案を行なっていたが、TRIPS協定を主導するアメリカは、これを保護主義の一形態にすぎないと断固拒否している。タイと米国とのFTA交渉においても、アメリカの考えが押し付けられることは確実である。タイはGM作物の一般栽培を禁じ、義務的な表示制度も導入したが、ここでもアメリカの基準を強いられることになる。このため、タイとアメリカとのFTAは、タイの農業と農民、さらには生物多様性にとって、深刻な脅威となる恐れがあるとして、二〇〇六年一月タイ全国のNGOや住民組織、農民などのネットワークから約一万人の人々が集まり、タイとアメリカのFTA交渉の即時中止を訴えて集会を行った。このためもあって、このFTA交渉は予定の日程内で締結にいたらずに終了した。
RIPS協定によって保護されるGM作物は、アルゼンチンやブラジルに見られるように、作物生産と輸出の急速な拡大に寄与することがある。二〇〇四年に、アルゼンチンはGM大豆を一六二〇万ヘクタール作付けした。ブラジルは、当時は非合法だったにもかかわらず、およそ五〇〇万ヘクタールにGM大豆を作付けした。アメリカのGM大豆の作付けは四七六〇万ヘクタールだった。アルゼンチンで栽培される大豆のうち九五%がGM大豆で、その多くが自家増殖種子により栽培されているといわれている。雑草退治のために耕起を繰り返すモノカルチャー的作物栽培のために土壌流失が著しく、生産力が低下していたアルゼンチンの穀物・大豆生産は、除草剤耐性GM作物の導入により、とりわけ大豆の生産と輸出を急速に拡大してきた。自家採取種子の利用により種子コストが低いことも有利に作用した。米モンサント社は、特許料を支払わない大豆を積んでいる船を輸入港において差し押さえるとした文書をアルゼンチンの輸出業者に送付しているが、生産者は通常の種子のコストに比べて、遺伝子組換え大豆では一〇%以上、遺伝子組換えコーンでは最大三〇%まで多い金額を支払わなくてはならない。遺伝子組換えコーンの収量は、通常のものに比べて一ヘクタールあたり一〇%から二〇%の増収となり、種子のコストを補償することになってはいるが、確かではないのである。
GM種子によって拡大するモノカルチャー農業は、多様な食料作物を作ってきた小農民を巻き込み、雇用と食料安全保障を脅かす結果となる。それとともに、森林破壊による耕地拡大や、それに伴う洪水災害の頻度も増した。多様な農産物を手にできなくなった人々は、輸入に頼らざるを得なくなった。単一化する作物・品種の大規模栽培は、天候や病気などの災害の際の危険分散を不可能にした。除草剤耐性GM作物の導入は土壌を固くし、地力を減退させ、病虫害にも脆くなった。その上、除草剤耐性雑草も出現した。ますます多量の肥料と農薬を使用することなくしては収量を維持できなくなり、飛行機を使った大量の農薬散布の危険にさらされる近隣小農民を追い立て、食料主権はますます脅かされているのである。しかし、石油に依存するモノカルチャー農業は、石油価格の高騰によって困難にぶつかっている。

 

     第二節 換金作物と食料自給率の低下

 

WTOの進める農産物自由化は、アメリカやEUの補助金を受けた穀物の輸入の増加となって現れた。ACPなどの第三世界では、それまで米や小麦、トウモロコシを作っていた農民は、やっていけなくなり、果樹や野菜などの換金作物に転換するように現地政府だけでなく国際機関からも指導されることになった。しかし、換金作物への転換は、食糧自給率の低下を生むことになった。第三世界の国の中で換金作物の栽培が推奨されることになり、換金作物のモノカルチャーが拡大した。フィリピンのバナナ、インドネシアのエビ、エチオピアのコーヒー、ガーナのカカオ、タンザニアのサイザル麻、セネガルのピーナッツなどが見習うべきものとされた。第三世界の国の政府は、このような換金作物輸出への依存から脱却するために、食糧の自給化を図った。しかし、このような試みに対し、世界銀行などによって、単一の換金作物を生産する方が効率的であるという理由で、換金作物の輸出国にとどまるように勧告された。リカードの比較生産費説による国際分業論が横行したのである。

その結果、第三世界の人々の生活のための米や小麦、トウモロコシなどの主食用作物が不足することになった。アフリカ五一カ国のうちで、穀物自給率が九〇%を超えており、自給しているといえるのは、スーダン、ブルキナファソ、ウガンダ、ニジェール、チャドの五カ国しかない。中東の一〇カ国では、シリアとトルコだけである。アジア二一カ国の場合は、タイ、ミャンマー、ベトナム、ラオス、カンボジア、インド、ネパール、パキスタン、パングラディシュ、中国の一〇カ国は、ほぼ自給しているといってよいが、インドネシア、フィリピン、北朝鮮、スリランカ、モンゴル、韓国、マレーシア、日本、台湾、ブルネイ、モルディブは、自給できていない。
 第三世界は、換金作物の輸出で得た収入で、それまでは自給していた米や小麦、トウモロコシなどを輸入することになった。例えば、セネガルでは、換金作物であるピーナッツの輸出で得た収入の一部でタイやカンボジアから主食の米を大量に輸入している。フィリピンは、バナナの輸出で得た外貨で、ベトナムなどから米を輸入している。
 第三世界の国内の人々は、それまでは自給していた米や小麦、トウモロコシ、また、果樹や野菜までも輸入作物として購入せざるを得なくなった。メキシコでは、農業分野も完全に自由化することを合意した北米自由貿易協定(NAFTA)の結果、トウモロコシの輸入が急増し、NAFTA締結の前は、干ばつ年には二〇〇万トン、そうでない年は輸入ゼロだったが、いまは六〇〇万トンも輸入しているこのため、NAFTA成立後は、メキシコ国内のトウモロコシの価格は大幅に下落し、食っていけなくなった農家から、アメリカへの不法移民が急増した。ところが、最近では、トウモロコシからのエタノール生産がブームとなり、メキシコのトウモロコシ価格は暴騰している。これもピークオイルの影響である。

オーストラリアの旱魃は終息したが、ウクライナやロシアで旱魃の影響が広がっているため、小麦価格は一一年ぶりの高値を付けながら急騰している。米の国際価格は下落しているものの生産量も上がっておらず、通貨危機と凶作に見舞われた時のインドネシアのように米輸入が困難になることもある。また サブサハラ・アフリカの国々では拡大する米の消費に生産が追いつかず、米の輸入が急激に増加している。いずれにせよ第三世界の貧しい農民は、輸送コストのかかる輸入作物は高くて買えないのが現実である。輸送コストは、石油価格の高騰でますます上昇しているのである。
 
主食である米や小麦、トウモロコシを輸入に頼る第三世界では、旱魃が発生したり換金作物の国際価格が暴落したりすると、たちまち飢餓や貧困が起こる結果となる。現在、深刻な飢餓に直面している、ケニア、エチオピア、ソマリアなどを含む『アフリカの角』と呼ばれる地域では、史上最悪の旱魃が続き、人々の生活が根底から揺らいでいる。九〇年代後半、旱魃及びエルニーニョ現象による大雨のため農作物やインフラに深刻な被害が生じたケニアは、サトウキビ、トウモロコシ、パイナップル、綿花、小麦、豆類、紅茶、コーヒー、サイザル麻、除虫菊などの換金作物を生産しており、食料のほとんどを自給していた国であるにもかかわらず飢餓が発生した。一方、エチオピアは、
コーヒー、チャット、オイル・シーズなどの換金作物を輸出し、穀物・穀類、燃料製品、自動車などを輸入している国である。大きな輸入超過を抱えているところへ、九〇年代末の旱魃による農業生産の落ち込みや、主要輸出品目であるコーヒーの世界的な価格低迷により、大きな打撃を受け、飢餓が発生したのである。また、換金作物のモノカルチャーは、石油に依存しており、コストの上昇は避けられず、大きな困難に直面している。

 

第四章 食料主権の復活に向けて

 

第一節 伝統的知識と農民の権利

 

  一九五〇年代に始まるハイブリッド種子による「緑の革命」、一九九〇年代の遺伝子組み換え種子による「第二の緑の革命」による大規模農業の発展に対して、二〇〇三年六月、インドのハイデラバードに集まったアフリカ、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカからのヴィア・カンペシーナなどの小農民、小作人、先住民、市民などの団体の代表は、次のような結論に達した。[26]

@ 生物多様性と伝統的知識を守り育てるために、先住民、地域社会の決定的重要性を認識する。

A 伝統的知識に基づいた持続的システムを再生し、育て、活性化し、再建する必要と地域社会の価値観に向かって行動を導く必要を認識する。

B  種子交換、収穫祭、生物多様性祭り、その他表現を通して生物多様性の豊かさを共有し、祝う地域社会の様式を活性化する必要を認識する。

C  多様な地域社会と文化の自由と個性を尊重する。食料主権は、この文化の自由の一部である。

D  生物資源や自然資源と伝統的知識に対する地域社会の権利を法的に認めることが、この自由にとって不可欠であると確信する。

 

 伝統的知識の保護、農民の権利、公正で平等な参入の権利、利益の共有、地域社会の権利、その他の関連する論争は、貿易関連の論争ではなく、WTOの枠の中で論じられることではないというのが、会議の結論であった。しかし、実際には、WTOのルールは、これらの非貿易的な論争に介入している。WTOの目を通して、これらの非貿易的な論争を見ることは誤りであり、多くの人々を社会的文化的に排除する二重基準とアンバランスなルール作りを強めることになるというのが、会議の結論だった。

 ここで、伝統的知識とはなんだろうか。ここでいう伝統的知識とは、人類と自然を何世代にも渡って維持してきた科学的知識と考えられ、いまでも先住民や農民、職人、伝統的治療師、漁民、地域の女性の世界では生きているものである。経済生活に限らず、社会構造全体、生活と文化を支えているのである。しかし、略奪的な植民地主義と工業化によってすっかり侵食され、一連の脅威にさらされている。市場とメディアが間違った食物情報を流し、消費者の嗜好に影響を与え、外国の食文化を導入し、伝統社会の地域経済を掘り崩している。外国への出稼ぎ、特に若い世代の出稼ぎは、伝統的知識の体系の継続性の崩壊や必然的衰退をもたらした。これは、地域社会の自尊心を失わせることになった。伝統的知識を保存し保護する必要は明らかである。

 では農民の権利とは何だろうか。何千年という間、種子を保存し、再生産し、交換し、売るというのは農民の特権であった。最近は、利益追求の工業原理が農業にも押し付けられ、農民の権利は特許や知的所有権によって脅かされている。それ故、食料主権と世界の何十億という人々の持続的生活を守るためには、農民の権利の復活が緊急に必要である。農民の権利に対する最大の脅威は、TRIPS(貿易に関する知的所有権)協定である。TRIPS協定は、WTOの加盟国に農民の権利より米モンサント社などアグリビジネスの種苗業者の権利を優先する生物に関する知的所有権を強制している。これは、農業の基本的原理に反している。種苗業者の権利は拡大されるべきではなく、農民の権利が優先されなければならない。そもそも農民の権利は、WTOで扱われる問題ではないのである。

 公正で平等な参入と利益の共有とはどういうことだろうか。これは、特許と関係ない固有の権利と考えなければならない。TRIPS協定に見るように、生物について特許を認めるアメリカ式の特許制度は、生物の略奪行為(バイオパイラシー)を引き起こし、地域社会から地域の生物資源に対する所有権を奪うことになる。そして、利益の共有の要請を無視し、地域の農民や先住民の社会の文化的伝統を守り維持することを妨げる。生物に関する特許は、生物多様性と伝統的知識に対する脅威であり、特許保持者に資源の利用に関する排他的権利を与え、地域社会から資源の利用に関する決定権を奪うものである。

 農業に対する遺伝子工学が、世界の飢餓を救うというのは、幻想ではなかろうか。[27] 反対に、工業的に生産された種子に依存し、農民社会を食料主権や地域農業から遠ざけることによって、遺伝子工学は、新しい形と規模の飢餓と欠乏を生み出すと考えられる。

  

第二節 地域主義と食料主権

 

 先にも述べたように、シューマッハーは、自由貿易協定や経済連携協定のような地域主義とは反対の意味での地域主義が、今日すべての大国で解決を迫られている重要課題であると一九六八年の講演で述べている。「今日多くの小国に見られる民族主義や自治と独立への要求とは、このような地域の発展に対応する、まさに論理的・合理的な動きである。とくに貧しい国では、地域の発展が成功しない限り、つまり首都ではなく、農村での開発努力が行われない限り、貧しい人たちには希望がもてない」[28]というのである。この農村での開発努力を保障するのが食料主権であると考えられる。地域の発展にとって地域農業が重要であることはいうまでもないが、その地域農業が農業の工業化や農産物の自由化によって立ち行かなくなっており、地域の市場に依存する家族経営が立ち行かなくなっている現実がある。

 シューマッハーは、「今日の経済学による政策というものは、開発の真の受益者であるはずの貧しい人たちを素通りしてしまう。巨大主義とオートメーションの経済学は、十九世紀の環境や思考の『遺物』であって、今日の問題を何一つ解決する力がない。まったく新しい思考の体系が必要になっている。モノではなくて人間に注意を向ける思考の体系が求められているのである(モノはあとから自然についてくる!)。その思考の精髄は『大量生産ではなくて大衆による生産』といえるだろう」[29]と述べている。今日の開発の真の受益者であるはずの貧しい人たちとは、今日でも小農民、小作人、先住民、女性農民などヴィア・カンペシーナに集まっている人たちであるといってよい。農業における巨大主義すなわち規模の経済は、大規模農業やモノカルチュアを生み出し、農業におけるオートメーションは石油に依存しており、省力化を目的とした機械化や化学肥料や農薬に頼る化学化を生み出し、除草の手間を省く遺伝子組み換え種子の利用を拡大している。

ガンジーの言葉である「大量生産ではなくて大衆による生産」は、シューマッハー経済学の核心になっている。米輸出大国であるタイの農村でも、化学肥料と農薬によって大量生産された米はまずいので低価格で輸出に回し、地域農業の有機農法によるおいしい米を高くても買って食べるようになっている。[30] このような地域農業を守るのが食料主権なのである。地域農業とは、伝統的知識と地域で自家採取された種子による農業であり、もともとは有機農業である。タイに次ぐ米輸出国となったベトナムでも、米の国際価格の低迷から、国策である米の大量生産から、果樹、野菜、家畜、魚などの多角経営に転換する農家が続出している。[31] 地域農業の基本である自給自足の家族経営が復活しているのである。化学肥料と農薬に依存するイリ米を普及してきたインドやバングラデシュでも、地域農業と有機農法の復活は著しい。こういった中で、食料主権を求める声は大きくなっているのである。

地域農業は、有機農法と結びついて復活してきた。[32] また、今日ピークオイルが現実化し石油価格が高騰しているので、石油に依存する大規模な近代農業より有機農業が見直されている。[33] 国際有機農業運動連盟(IFOAMInternational Federation of Organic Agriculture Movements)によると、有機農業の役割は、生産加工流通消費のいずれにおいても、生態系および、土中の最も小さい生物から人間に至る有機体の、健全性を持続し強化することである。このため、特例を除いて家畜への投薬も禁じている。多くの国々・地域では、有機農業は法律によって定義され、農業や食品製造における「有機」という単語の利用は、政府によって統制されているが、国際有機農業運動連盟による「有機農業の原則」は,予防的管理,伝統的知識,社会的・生態学的公正など幅広い内容を含んでいる。伝統的知識に依存し、地域内循環を原則とする地域農業は、本来有機農業なのであるが、石油に依存した、農業の工業化の波の中で、影響を受けてきたのが現実の姿なのであろう。

「地域主義」が、まったく正反対の意味に使われるように、「ローカリゼーション」という言葉もまったく正反対の意味に使われるので注意を要する。グローバリゼーションに対抗する意味でのローカリゼーションは、地域農業など地域の自立を意味するが、グローバリゼーションを促進するローカリゼーションは、多国籍企業のコカコーラやマクドナルドなどの現地化を意味している。[34] 食料主権は、多くの国家を自由貿易制度に組み入れる地域主義やグローバリゼーションに対抗し、それぞれの国の中ですべての地域を発展させ自立させる地域主義やローカリゼーションと結びついていることが分かる。シューマッハー経済学と食料主権とは、深く結びついているのである。

 

おわりに

日本においても、食料主権の危機が意識されるようになっている。しかし、戦後の日本の農業政策は、食料主権の放棄を進めてきた歴史である。一九五三年七月、朝鮮戦争が休戦すると、アメリカは日本に再軍備の実施と食糧増産の打ち切りを要求して来た。日本は財政投入による食糧増産をやめてアメリカの機械化され化学化された大規模農業による余剰農産物を円貨で購入し、アメリカはその円貨を積み立て、その八〇%をアメリカの軍事計画実施のために日本での物資、サービスの調達にあて、残り二〇%は日本の工業の援助のため贈与し、日本の防衛産業への投資に当てるという内容のMSA(Mutual Security Act)協定を提示した。たまたまこの年は水害のため米は一〇〇万トン、麦は一五〇万トンの輸入が必要だったこともあり、日本政府はMSA協定を受け入れ農業政策を大転換し、米麦を中心とした増産対策(食糧自給)の放棄と小農保護政策を転換していった。再軍備と食料主権の放棄が組み合わさっていたのである。日本の農業政策は、農業の方向を「産業としての農業の確立」に見出だし、「効率化」を実現させる誘導政策を進めた。その中心になったのが一九六一年に制定された農業基本法だった。その政策は、全国一律に農業の工業化を補助金で進めるものだった。日本の米作は、米と麦の輪作を基本として行われてきたが、これが崩れ、化学肥料と農薬に頼った米の単作に転換していく結果となった。食糧管理法により米価を国家が決め、農家の収入を安定させるという方法が一九九五年までの長い間取られてきた。新食糧管理法によって、米価も市場で決まることになったが、自然、健康、子育て、地域社会などを共通のテーマとする農家と消費者との関係が広がり、「商品としての米価」から、地域農業や有機農業による個別的な関係の中の折り合いによって決められる「関係性としての米価」[35]が無視できなくなっている。農産物の自由化がWTOによって進められる一方で、世界の石油生産が頭打ちとなるピークオイルが現実化し石油価格が高騰する中で、日本の中でも、食料の安全保障のため、地域主義と食料主権の復活が緊急の課題となっているのである。          以上                                  

  注 



[] バーバラ・ウッド、酒井懋訳「わが父シューマッハー」御茶ノ水書房一九八九年刊、二二九頁。

[] ジョン・ロック(16231704)は、人間は誰も、自由な意思に基づいて、思想、宗教、生き方、生活のスタイルを自由に選ぶことができると主張した。個々の人間に生まれた時から備わっている自然権は、市民の生活に強力な王権で干渉し、人々の財産まで奪うことができた絶対主義の国家権力に対抗する思想としてロックが生み出した主張。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9

[] E.F. シューマッハー「宴のあとの経済学」一九七九年、長洲一二監訳、伊藤拓一訳、ダイヤモンド社、一九八〇年、二〇頁。

[] E.F. シューマッハー「スモール イズ ビューティフル」一九七三年、酒井懋訳、講談社学術文庫、一九八六年、一四五頁。

[] ジェイムズ・ロバートソン「シューマッハー双書:二一世紀の経済システム展望」一九九八年、石見尚・森田邦彦訳、日本経済評論社、一九九九年、四一頁。ロバートソンは、食料主権と同じ構想を示している。

[] Via Campesina, WHAT IS FOOD SOVEREIGNTY ?” 15 January 2003  viacampesina.org/en/index.php?option=com_content&task=view&id=227&Itemid=135

[] 日本消費者連盟編「食料主権」二〇〇五年、緑風出版、四九頁。

[] 山崎農業研究所編「食料主権」二〇〇〇年、農山漁村文化協会、一七四頁。

[10] 前出、E.F. シューマッハー「スモール イズ ビューティフル」一四四頁。

[11] 同上、E.F. シューマッハー「スモール イズ ビューティフル」一四七頁。

[12] 中村尚司「地域自立の経済学」一九九三年、日本評論社、一四二頁。

[13] Michael Windfuhr and Jennie Jonsen, FIAN International, Food Sovereignty Towards democracy in localized food systems” 2005, ITDG Publishing, preface

[14] 北アメリカ:メキシコ七団体、カナダ二団体、アメリカ二団体が参加。

中央アメリカ:エルサルバドル二団体、コスタリカ二団体、ホンジェラス二団体、パナマ一団体、ベリーズ一団体、グアテマラ一団体、ニカラグア一団体が参加。

カリブ:キューバ一団体、ドミニカ一団体、ハイチ二団体、ウィンドワード諸島六団体。

南アメリカ:ブラジル四団体、チリ三団体、コロンビア四団体、アルゼンチン四団体、ペルー二団体、ボリビア四団体、エクアドル二団体、ベネズエラ一団体、パラグアイ四団体。

東アジアおよび東南アジア:タイ一団体、フィリピン二団体、東チモール一団体、韓国二団体、マレーシア一団体、ベトナム二団体、インドネシア一二団体、日本一団体。

南アジア:ネパール四団体、バングラデシュ3団体、インド一二団体、スリランカ一団体が参加している。

ヨーロッパ:ドイツ二団体、イタリア二団体、ベルギー三団体、ポルトガル一団体、フランス二団体、イギリス一団体、ルクセンブルグ一団体、オランダ一団体、スウェーデン一団体、ノルウェー一団体、オーストリア一団体、スペイン四団体、スイス二団体、マルタ一団体、ハンガリー一団体が参加。

アフリカ:マダガスカル一団体、セネガル一団体、マリ一団体、南アフリカ一団体、モザンビーク一団体が参加している。

[15] INTERVIEW WITH João Pedro Stedile, director of the Movimento dos Sem Terra (MST)

 http://www.zmag.org/content/showarticle.cfm?SectionID=48&ItemID=3817

[16] サティシュ・クマール「君あり、故に我あり」二〇〇二年、尾関修・尾関沢人訳、講談社学術文庫、二〇〇五年、二四二頁。

[17] Interview with Gustavo Esteva The Society of the Different http://www.inmotionmagazine.com/global/gest_int_1.html

[18] 前出、サティシュ・クマール「君あり、故に我あり」二四三頁。

[19] 尾関修「シューマッハー経済学と国際経済論」国際経済学会第63回全国大会(二〇〇四年一〇月一〇日)http://www.fbc.keio.ac.jp/jsie/17-3_Ozeki_full.pdf

[20] ビクター・メノッティ、IFGInternational Forum on Globalizationhttp://www.parc-jp.org/main/a_mec/95/060331koenkai_report

[21] ドーハ・ラウンドは貧困国・小農民の利益無視、大国・企業優先のために崩壊

http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/globalisation/agritrade/news/06080901.htm

[22] ケビン・ワトキンズ「農業貿易と食料安全保障」一九九五年、古沢広祐訳、一九九八年、現代企画室、一二頁。

[23] 前出、E.F. シューマッハー「スモール イズ ビューティフル」九五頁。

[24] 農業情報研究所米国・中米諸国自由貿易協定米議会承認は難航必至」200312http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/globalisation/regional/news/03121301.htm

[25] 貿易協定における女性たちの権利に関する国際フォーラム宣言、二〇〇三年九月

http://www.jca.apc.org/attac-jp/cancun01.html

[26] How TRIPS threatens biodiversity & food sovereignty http://www.grain.org/rights/tripsreview.cfm?id=16

[27] ユルゲン・トリッティン「グローバルな正義を求めて」二〇〇二年、今本秀爾監訳、二〇〇六年、緑風出版、一九二頁。

[28] 前出、E.F. シューマッハー「スモール イズ ビューティフル」九五頁。

[29] 同上、九六頁。

[30] NHKテレビ『アジア・米は何処へゆくのか』二〇〇一年九月。

[31] 同上

[32] 中島恵理「英国の持続可能な地域づくり」二〇〇五年、学芸出版社、九〇頁。

[33] 石井吉徳「豊かな石油時代が終わる〜人類は何処へいくのか〜」二〇〇四年、日本工学アカデミー;丸善、三五頁。

[34] Tim Lang and Michael Heasman, “Food Wars” 2004, Earthscan, p.158

[35]新食糧法が開く「関係性としての米価」が「商品としての米価」を動かす時代http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/1995/9512.htm