西邑画廊 Nishimura Gallery                   03-3278-1420 本文へジャンプ
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伊東 深水 (いとう しんすい)


明治31年   東京深川に生まれる
明治44年 鏑木清方に入門する
大正 3年 再興第1回院展に《桟敷の女》で入選。
画家としての道を歩み始める。
大正 4年 第9回文展に《十六の女》で初入選
大正 5年 第3回院展に《乳しぼる家》で入選するが、年間展覧会出品から離れ、
挿絵や口絵の仕事に打ち込み社会的な評価を得る
大正11年 平和祈念東京博覧会に《指》で二等銀牌を受賞、中国を旅行する
大正13年 帝展に《おしろい》《昼さがり》《女五人》で入選を重ねる
昭和 2年 第8回帝展に《羽子の音》で特選。画塾を開設
昭和 4年 第10回帝展に《秋晴》で特選。美人画家としての地位を確立する。
昭和 5年 東京・池上に画室を新築、朗峯画塾と命名する
昭和 6年 日本画会評議員となる
昭和 8年 帝展審査員をつとめる
昭和13年 川崎小虎らと日本画院を結成、同人となる
昭和14年  人物画の研究をめざす青衿会を結成 
昭和18年   海軍報道班員として南方に赴く 
昭和20年   長野県小諸に疎開
昭和20年〜
 昭和24年
青衿会展に《鏡獅子》《髪》などを出品するとともに日展で審査員をつとめる 
昭和23年   《鏡》で第4回日本芸術院賞を受賞する 
昭和24年  鎌倉に画室を新築、疎開先から戻る 
昭和25年  青衿会と児玉希望の国風会が発展的解消
両会員を中心に日月社が結成され顧問に就任
日展運営会参事になる
昭和32年   日本橋・白木屋にて最初の回顧展開催 
昭和33年  日展評議員、日本芸術院会員、日展理事となる 
昭和44年  日展顧問となる。神奈川県葉山町に転居する 
昭和47年  5月8日歿。享年74歳。