| 明治36年 |
1月1日栃木県芳賀郡茂木町に生まれる |
| 大正 5年 |
この頃より短歌をはじめる。小堀鞆音に師事、歴史画を学ぶ。
川端画学校に入門 |
| 昭和 8年 |
第14回帝展に「正岡子規」で初入選 |
| 昭和11年 |
秋の文展鑑査展に「光琳と乾山」で入選 |
| 昭和15年 |
紀元二千六百年奉祝美術展に「畑時能」で入選
安田靫彦に師事、院展へ移行する |
| 昭和16年 |
再興第28回院展に「阿部比羅夫」で初入選 |
| 昭和17年 |
第29回院展に「忠度」で日本美術院賞第三賞を受賞
以降院展に入選を重ねる |
| 昭和19年 |
東京美術学校(現東京芸術大学)の講師となり26年まで勤める |
| 昭和21年 |
「閑日」で日本美術院賞(大観賞)を受賞 |
| 昭和22年 |
「片岡山」で日本美術院賞(大観賞)を受賞 |
| 昭和23年 |
「古今集撰集の人々」で日本美術院賞(大観賞)を受賞 |
| 昭和30年 |
「上師部」で日本美術院賞(大観賞)を受賞 |
| 昭和31年 |
「正倉院」でで日本美術院賞(大観賞)を受賞
日本美術院同人となる
|
| 昭和42年 |
法隆寺金堂壁画再現模写に安田班の一員として従事 |
| 昭和45年 |
日本美術院評議員となる
名古屋造形短期大学顧問教授、日本美術院理事をつとめる |
| 昭和47年 |
日光東照宮陽明門の天井画「昇り龍」「降り龍」を復元
国宝「伴大納言絵詞」の模写を手がける |
| 昭和63年 |
5月11日歿 享年85歳 |