西邑画廊 Nishimura Gallery                   03-3278-1420 本文へジャンプ
本文へジャンプ

川合 玉堂 (かわい ぎょくどう)




  川合玉堂 掛軸 「初音 椿の絵」 
本紙寸法 30.0cm×28.7cm
鑑定書 

*在庫ございます(H23.11.10現在)

明治 6年   愛知県に生まれる
明治20年   14歳で望月玉泉に入門する
明治23年   玉堂と改めて幸野楳嶺の画塾大成義会に参加。四条派を研鑽する。
明治28年 第4回内国勧業博覧会に『長良川鵜飼』で三等銅牌を受ける
明治29年 橋本雅邦に師事、東京に移住する
日本絵画協会絵画共進会でも『孟母断機』『家鴨』などで受賞を
重ねる。
明治31年 日本美術院の創立に師雅邦とともに参加。日本絵画協会評議員
となる。その後、日本絵画協会の日本美術院との連合絵画共進会で
銀牌、銅牌などの受賞を重ね、評価が高まるとともに新設した
私塾長流画塾も盛んとなる
明治40年 東京勧業博覧会に『二日月』で一等賞を受賞
開設された文展に第1回から審査員をつとめる
明治42年 門下生による研究発表団体下萌会を結成
大正7年から15年にかけて活発に発表展を開催する。
大正 4年  東京美術学校教授となる 
大正 5年  第10回文展に『行く春』(重要文化財)を出品
大正 6年  帝室技芸員となる 
大正 7年  東京美術学校日本画科主任 
大正 8年  帝国美術院会員となる。帝展に『雨後』『宿雪』などを出品する。 
大正13年  淡交会の結成に参加。のちに『峰の夕』を出品する 
昭和 3年  昭和天皇即位式大典にあたり『悠紀地方風俗屏風』を制作 
昭和15年  文化勲章を受章
昭和16年  朝日賞を受賞 
昭和18年   第6回新文展に『山雨一過』を出品 
昭和19年   戦争が激しくなり東京奥多摩の御嶽に疎開する
戦後は春の第1回日展から『朝晴』『屋根草を刈る』などを出品
歌集『多摩の草屋』三巻を刊行
昭和32年 東京都青梅市で歿。享年83歳。