
川合玉堂 掛軸 「初音 椿の絵」
本紙寸法 30.0cm×28.7cm
鑑定書
*在庫ございます(H23.11.10現在)
| 明治 6年 |
愛知県に生まれる |
| 明治20年 |
14歳で望月玉泉に入門する |
| 明治23年 |
玉堂と改めて幸野楳嶺の画塾大成義会に参加。四条派を研鑽する。 |
| 明治28年 |
第4回内国勧業博覧会に『長良川鵜飼』で三等銅牌を受ける |
| 明治29年 |
橋本雅邦に師事、東京に移住する
日本絵画協会絵画共進会でも『孟母断機』『家鴨』などで受賞を
重ねる。 |
| 明治31年 |
日本美術院の創立に師雅邦とともに参加。日本絵画協会評議員
となる。その後、日本絵画協会の日本美術院との連合絵画共進会で
銀牌、銅牌などの受賞を重ね、評価が高まるとともに新設した
私塾長流画塾も盛んとなる |
| 明治40年 |
東京勧業博覧会に『二日月』で一等賞を受賞
開設された文展に第1回から審査員をつとめる |
| 明治42年 |
門下生による研究発表団体下萌会を結成
大正7年から15年にかけて活発に発表展を開催する。 |
| 大正 4年 |
東京美術学校教授となる |
| 大正 5年 |
第10回文展に『行く春』(重要文化財)を出品 |
| 大正 6年 |
帝室技芸員となる |
| 大正 7年 |
東京美術学校日本画科主任 |
| 大正 8年 |
帝国美術院会員となる。帝展に『雨後』『宿雪』などを出品する。 |
| 大正13年 |
淡交会の結成に参加。のちに『峰の夕』を出品する |
| 昭和 3年 |
昭和天皇即位式大典にあたり『悠紀地方風俗屏風』を制作 |
| 昭和15年 |
文化勲章を受章 |
| 昭和16年 |
朝日賞を受賞 |
| 昭和18年 |
第6回新文展に『山雨一過』を出品 |
| 昭和19年 |
戦争が激しくなり東京奥多摩の御嶽に疎開する
戦後は春の第1回日展から『朝晴』『屋根草を刈る』などを出品
歌集『多摩の草屋』三巻を刊行 |
| 昭和32年 |
東京都青梅市で歿。享年83歳。 |
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