| 昭和18年2月12日静岡市に生まれたらしい!(両親の話だと) | |
| 1歳〜 42歳頃 |
1歳・食べた物を直ぐに吐いてしまう 3歳・両方の耳から膿「重症の中耳炎、一日おきに病院へ 4歳・毎日の様に夜お腹が痛くなり、お腹をさすって居たそうです。 5歳・生まれながらにして脱肛、外痔、内痔、発病、座薬と全身にお灸「背中には特大の1pぐらいのが4箇所」お寺で最初 お灸をして、自宅で一週間に1回程度お灸をして貰う。 7歳・10mの空井戸に落ちる、父が現場から飛んで来て声を掛け梯子を繋げ助けられた。今でも頭に凹みが有る、それ で今でも記憶力が優れない? 11歳お灸も全身、温泉の源泉水、症音波治療、病院を転々と探す 12歳・貧血で倒れ,学校長期休学「内科診察」十二指腸部分が異常に細く手術しかないと宣告された 家族会議、当時は大手術の部類、何とか外の方法で治療する事になった。 14歳・盲腸で手術で入院 盲腸の手術、自宅〜3分ぐらいの香川外科で、初めてお見舞いで頂いたケーキの美味しさ今 でもその時の美味しさは出会っていない。初めて頂いた父のお味 噌汁も 美味しかった。 15歳・父、肺がんで他界65歳、大好きな父、いつも病院に連れて行ってくれたやさしい父だった。 17歳・痔の手術は1回目 18歳・就職後2ヶ月目で倒れる「十二指腸潰瘍悪化」 19歳・十二指腸潰瘍の為、胃の三分の二を摘出、食道と小腸を接続 20歳・輸血による後遺症「B型肝炎発病」会社長期休む。 24歳・痔の手術2回目 25歳・結婚・貧血、肝炎で倒れる 26歳・たびたびの貧血で検査、血を造る機能が低下、造血剤で様子を診る。 27歳・15万人に1人ぐらいの心臓病「WPW症候群」を発見(普通の人より1ヶ所寄り道するらしく)で先天性らしい悪くなる 時は前触れとして、末端が冷たくなり、しびれてくる 30歳・会社の昼休みバレーボールで遊んでいてサーブを受けた時左小指を骨折手術、しかし関節の上下が出来ず 2ヵ月後、2回目の手術麻酔が効かず痛い終了後も痛みが取れず痛み止め3回したが効かずこれ以上打てませ んと注意を受けてしまった「その痛みは今でも思い出される」リハビリの痛さにあきらめ、今では第二関節から直 角に曲がって居る。 33歳・再び痔の手術3回目、3ヶ月後4回目手術行う。 38歳・胃がんと宣告、2ヶ所の病院で検査、結果薬での治療でOKがでた。 42歳・耳の鼓膜90%無くなる、音を失う 43歳・左の鼓膜再生の為の手術1ケ月後、高音80%回復、毎日音の高さが異なり精神不安定 46歳・右の鼓膜再生に為、手術1年後、両方の耳で風の音を確認できた。 59歳・左耳の下リンパ腺癌敵出手術「顔面麻痺をも宣告されていたので覚悟しての手術」 夜9時頃、全身麻酔から覚め顔を動かしてみる、自分の意志で動かせる、又命を貰った。 62歳・自転車で昼転倒「右足の膝が腫れてきた」病院が3時からなので腫れてきた膝を冷やして時間を待って病院へ 自分では歩けなくて車で行ってもらう、検査の結果、膝のお皿「膝蓋骨骨折」言われギブス全治3ヶ月二階が寝室 の為階段が上り下りが「夜中トイレが2時間おきで」MRI検査も車椅子で移動、乳がん検査の予約も重なり別の病 院へ車椅子で何と大変な事、トイレの私、車椅子専用のトイレを探すのも大変無い時は狭いトイレに入るのに一 苦労凄い経験をしました。 66歳 左右足静脈瘤で手術左3箇所(ストリッピング)ストリッパーという器具で血管を引き抜く、7箇所(硬化療法) 注射療法(硬化剤を注射で瘤をつぶす)8月15日退院これから2が月ぐらい弾力ストッキング24時間履き続け 様子を見る、血の流れが変わり持病であるWPW症候群?原因か胸に重苦しい痛みを感じてきた。 |
| 今振りかえる記憶!幼児期の環境! | |
| 戦争中は空襲になると私をおんぶったまま防空壕で寝起きしていたそうです、「自宅の地下に父が防空壕を作り家族を守ったそうな!食べる物も少なのに、直ぐ吐いてしまう、衰弱していく私は育たないかもと言われ、山羊の乳、豆乳、蜂の子、栄養になる食材は口コミで探して食べさせたそうで病弱ではないけど、内臓に疾患のある子供だったらしい、 *3歳の時から、、耳垂れが酷く、当時少ない病院の中「日赤病院へ7時ごろ家を出て12時ごろまで半日もの時間を掛け母は1日置きに通院したそうです。 *私の記憶では4,5才だと思いますが、日赤病院には兵隊さんとかが、あちらこちらに横たわっていて、待合室は患者で足の踏み場も無く、暗くて怖くて母の手にしがみ付いていた事、日赤耳鼻科の先生は中村先生、病院は怖かったけど先生はとてもやさしくてニコニコして良く来ましたね、お利巧、お利巧と頭をなでてくれました、子供ながらに安心して見ていただいた。 静岡を離れる時、先生にご挨拶に伺いました時「規慧ちゃんの耳は今の医学では完治出来ないから一生自分で気を付けて髪を長くし耳を冷やしてはいけないよと言われて、お別れをしてきました。 詳しい病気の事について言われなかったけど・・・ 其れが42歳、突然、音が聞き取れなくなり、動く事が出来なくなりました、中村先生はいつの日か寿命が来るのをわかっていたのかも?それから病院を3箇所回り最後に優秀な耳鼻科の先生を紹介して頂いて直ぐ入院、左の耳の鼓膜が90%解けて、右が30%溶け出しているとの事、 放置するとばい菌が脳に入りやすく脳膜炎になりやすいとの事、 手術をお願いしました、手術方法は「自分の筋肉を剥がし取り鼓膜に貼る「障子に穴が空いた時のように障子紙を当てて張り合わせる感じで再生するそうです」100%音が聞こえる保障は無いけど脳膜炎になるよりはいいので、そして、3年後、音が50%回復したので右の耳の手術です、 当日主人に病院まで送って貰う車の中で前回の辛い経験が有るので手術するのはいやだと愚痴ったら「主人に良くなると言われたのでしょ、世の中には手術しても直らない人が一杯いるんだよ、頑張りなさい」、この一言で目が覚めました、 そして一路、病院へ13年目で痛みが無くなり、音の感じも正常に近く?になったかな! 今でも中村先生から言われた耳を冷やさないでは守っている *耳の中を通る風の音は、はっきりと聞こえる、春、夏、秋、冬と風の冷たさで季節を感じる、この幸せは病気と出合ったから感じるので今では 感謝している平成21年術後20年、やっと、この頃高音、低音やっと耳疲れしなくなった * 平成14年6月19日(水)左耳下ポリープ手術「1週間後の細胞検査で」癌を検出〜ガーン」耳前から首に掛けて≒15pの傷7月15日より会社復帰、会社に出たからには休んではいられない自分にも負けられない自分に勝つ事は病気にも勝つ事だ。 |
| 最近心臓病「WPW症候群」の発作に恐怖! | |
| 心臓病は疲れたり、イライラしたり、が重なると突然苦しくなる、厄介!冬に多く薬は常時持つことにしている。最近発作の間隔が狭くなりつつある。6月に↑手術してから又生きる事に強くなったようだ、少し新しい命を貰った、仕事から離れた事で心臓病は落ち着いた「ストレスが大きく影響しているようだ」 |