●失われた時を求めて
全13巻読破記念に〜

2001年1月から取り組んだこの膨大な小説を、年内に読めればと考えていたが、思いがけず早い7月21日夕方に全巻読み終えたが、自分でもよく読めたな〜という思いはあまりなく、何となく読み続けてきてしまったな〜と意外とあっけない幕切れで、それでももちろん嬉しい気持ちはあるが、そもそもの始まりは昨年のデパートの古書市に1巻が定価の半値で売られていて、友人から「訳が読みやすい」と聞いてもいたし、その装丁の美しさ、気品に惹かれ手に取ってみると、字体も大きく読みやすそう〜取りあえず1巻を買おう、そういうわけで1巻は家の本棚の積読棚に保存されていたが、この1月にそろそろ登場でもいいかな?と考え読み始めることになり、だいぶ以前に買って途中で挫折した、ちくま文庫全巻は近くの古本屋にとても安く買われていく運命本となり、果たしてこれを読めるかな〜とでも確か1巻は意識したせいかとても速く読め、2巻を普通の価格で買い、まだその時点では最後までどうかな?と自信はなかったが、3巻目辺りに入ると案外読破できそうかな〜という気になり、半分の7巻目ではもう絶対読めそうだし、読みたい、先が知りたい、読まずに入られない、プルーストを愛さずにいられない気持ちが高まり、毎日少しでも読む事が日課になり、多忙でも数ページは読むという日々、その間古本屋に行った時は、必ず売りに出ていないか探したが、さすがにやっと最終13巻目が配本されたばかりなので、古本は無理と言うもの、これを買う方は読むつもりで買っているのだし、運良く安かった古本での1巻目は、1巻目で挫折したか、お金がどうしても必要な方など理由があったと思うので、もう古本は期待せず新しい物を買っていったが、途中読み終えてしまって、買いに行けない時も2週間位あったので、13巻を6ヶ月と少しで読み終える事となった。
とここまでの。無し書き方風のようにプルーストの文体は、句読点なしの一気文が多く、それがまた私には〜金井美恵子も真似しているのかな文体?で大きな魅力の一つ、延々と綴られる波のうねりのような文体に惹かれたが、訳者の鈴木道彦氏も長い文には苦労なさったと思うが、瑞々しい若若しい訳で、きっとこの訳でなければ読破は無理だったろう。と同時にこれは字数換算すると大変お買い得な本で、最近のタレント本、改行ばかり、字も大、行間たっぷりで1500円!という激怒の価格と比較すれば、ほぼ全巻改行微小の驚くぎっしり字数なので、1冊4500円としても装丁の良さもあるし、普通の本の3冊分価格と思えば、決して高くない事は断言したい。将来あなたのお子様、恋人、父母が読むかもしれないと期待すれば買っても満足する本なのである。

人に平等に与えられている物は
「時間」と「死」だ。どの国、どの時代でもこの二つは決して変わらない。その事をこの小説は改めて考えさせてくれる。独特の文体も、彼がそういう時の刻みを意識しているように思え、それは映画「見出された時」にも撮られている「海」のイメージにつながっていく。海に関する記述は、前半にいくつかあり、人魚の事も書かれているし、装丁も澄んだ海の青さの色、ライトブルーだ。人類が始まった時から存在している、母のイメージの海は時を越えて永遠に波を産みだしているという、時のイメージも感じ、喘息持ちだった彼はきっと静養場所などで海を見る事が好きだったと思う。驚いた事は今いつも飲んでいる仏のお水、コントレックスらしいお水の事が書かれていたこと。歴史のあるお水だとは知っていたが、まさか記述があるとはと意外な出会いだ。

そして光りと闇と影の印象が強かったのは、ホモセクシュアルとレズビアンの人を描いているせいだろうか、まだ当時はタブー観が強かっただろうが、それをあえて書いている、その巻は闇や影の感覚が大きく、それでもこれを書きたかったのだという思いは、よく理解できる。映画でJ・マルコビッチが演じたゲイのシャルリュス男爵の個性は大変克明に書かれているし、当時のそういう裏の社交場の様子なども初めて知った。
9巻からは彼の死後の発刊なので、初めは多少文体に違和感を覚えたが、段々普通に読めるようになり、私は7巻から10巻辺りが一番面白く、特に恋愛の心の機微をよくここまで克明に延々とかけるなと感服してしまい、その辺りでは読まずにいられない読書となっていた。映画の原作になっている11、12、巻「見出された時」では老いについての言及が、またまた厳しい視線と、ウィット、ユーモアに富んだ観察眼で、これは全編を通して言える事だが、老いの記述シーンでは多いに笑えて、私の老いも想像でき、彼の遊び心も知った気がする。
そういう点を考えると、この小説は長いけれど難解な個所はほとんどなく、言葉も易しく、極端に言うと現代とは違う仏社交界のゴシップ+思想、哲学なので、例えばドストエフスキーのように、もしかしたら頭を抱えて深刻に読む小説では決してない。大きな物語と言うより、人々のその時の心模様について、書き手私が感じたさまざまな思いを、まるで時が停まったように日々書き綴っている感覚なので、「どこから読んでもよい」とも言えるが、以前文庫で途中から読んで挫折したので、やはり今回の全巻通読を初めての方にはお勧めしたい。一度通読しているなら、またいつか読みなおす時はどこからでも好きな巻をとなるだろう。こういう雰囲気の長編小説はまだ読んだことはなかったので、数多い海外小説の世界の一つの収穫だった。まだ出会っていなかった呟き大群のような小説で、ほぼ一人称形式の「私」とは一体誰なのか?プルースト自身なのだろうか?など疑問は尽きない。
好きな一つは自然系が良く書かれていて、特に植物の記述が多く、この小説の中の植物を調べるだけで本が1冊書けると思うし、その他芸術系を初め、さまざまな事象に関する記述はあまりに膨大で、音楽、絵画、小説、お料理、服飾、政治など、これでは注釈が詳細になるはずだ。
人物としては、映画に出るシャルリュス男爵と語り手とアルベルチーヌに興味を持ったが、どの人物も浮き出るような感覚で描かれているかと思えば、そうでもないサラリ感もあるので、その辺りの主要人物分析なども面白いと思う。全巻通して思えば、海の波の渦巻きに巻かれるように読み通したので、この感覚の読書は生涯初体験となった。
読破できたもう一つの理由は、HPで同じように読んでいる方が二人いらしたので、密かに励みにもなっていたと思うので感謝を捧げたい。また、こういう長い小説は学生時以来なので、それを思うと感慨深く、いつかまだ読んでいない長い小説に挑戦してみたいが、好きな本でも読書は気力も必要なので、あまり老いを感じない時期までにと思う。トーマス・マンなども再読したいし、あまり読んでいないトルストイなどもいずれ手に取ってみたい。読書は映画より快感だ。

●彼女(たち)について私の知っているニ、 三の事柄  金井美恵子
タイトルはゴダールの映画
「彼女について私が知っているニ、三の事柄」をもじったもので、山田宏一の「映画について私が知っているニ、三の事柄」も同様だ。金井氏も自ら書いているように楽しんで書いた小説で、明確な笑える個所の多いお馴染み一気長文小説、実名で作家などの悪口めいた事や、映画好きな氏のこれまたお馴染みの映画に関するお話やお料理なども口語会話的文体で、出てくる街も氏が住んでいる目白界隈など、小説でも現実感の多い、ある家族とその周辺の人々のゴタゴタ劇のようで、ゴダールに娘がいる事を初めて知る。
流行のキャラ、うさこ、キティなども、氏と同居の姉、久美子氏も独身で子供とは縁がないと思うが、まるで子供がいるような感覚でこれらの物について書かれているので、作家は情報収集も欠かせないのだな〜とどこでこのように現実グッズ話などを仕入れてくるのかしら?ブランドなども本当に詳しく、映画マニアでもあるが雑誌などもかなり読みこんでいるのかな?「ババシャツ」という呼び方、私も娘に教えられて知ったが、そういう日常物についても言及されているし、私も嫌いな矢野彰子の話し方についての件から淀川長治氏に展開し、フリッツ・ラングへ〜となったり果てしなくお話は続くのである。
姉妹作は
「小春日和」と後書きにあるが、13年前に読んだのですっかり忘れていて、もう20代初めの文体には決して戻れないのでしょうか。家族、友、恋、結婚についての溢れる感情が延延と綴られている読みやすい、余りの現実感にかえって非現実を感じてしまう小説。
TOPへ INDEXへ