●グル・ダット特集● インド
☆「紙の花」 ’59
日頃から、下品な映画は嫌いな、東大総長が、88年インド映画祭で見て、雑誌、本で絶賛したダットの作品。幻のインド大巨匠がついに世紀末に見られた。
日頃から、インド映画は下品な物が多いという偏見を持っている私は、半信半疑でホールへ到着。インド初の、シネスコ画面、結果は来週見る予定の「渇き」も控えているので、中傑作!総長、ご推薦に厚くお礼を申し上げます。年末の多忙でない家事の合間をぬって、上陸して良かった。
●グル・ダットの経歴。
1925年インド生まれ。古典舞踊、絵画、音楽、デザインなどを学ぶ。20才から5年間助監督を勤め、’51年「賭け」で監督デビュー。その後10年位、10本位の映画の監督、脚本、主演。「紙の花」は最後の監督作。39才で、不倫問題の悩みなどで、自宅で自ら命を絶つという波乱の人生監督。
世界一映画を多く製作しているらしいインド映画界の内幕と家族のお話。グルの半自伝映画。148分がそれ程、長く感じられない、グル監督、脚本、主演。ポイントは、パイプ、手編みのマフラー、雨、風。前半〜人気監督(シンハ)の栄光と挫折、妻子と義父母。そして、ホークス映画のように、雨の中あまりに唐突に木の影に潜む女、シャンティ(グルの私生活上の不倫相手女優)が登場、何者?孤児らしく、監督と愛し合うが、一人娘が父を取り戻そうと、密かにシャンティと会い、二人を引き離す。後半〜シャンティは映画界を引退し、田舎で先生になるが、シンハは別居中の妻に、娘も裁判で取られ一人暮し、アル中への道突入。たちまちホームレスのようになってしまい、映画界の残酷さを知る。
数年後、シャンティは映画会社の社長の意向をくみ、復帰、シンハも一緒にと頼むが、彼は拒否、彼女は再び大女優へ。シンハは、エキストラの仕事で、娘の結婚のお祝いを買おうとするが、スタジオでシャンティに出会い呆然!さ迷い歩き、セットの椅子で急死。
初めの15分位で、ジャン・ルノワールを強く連想し、特に風景映像でその後もア〜というルノワール印象だ。ゆったりした仏感あるインド映像で、上品、穏やか、モダン、たっぷりの叙情性、微シュール感。モノクロの風景、木々、雨が効き、物語性も高く、インドではこんなに風が吹くのか?という程、カーテンが揺れ、ラスト、シンハは埃舞う風の中を、フラフラ歩く。
前半のシンハは、ちょっとキザでパイプを常にくわえ、W・ホルールデンの映画?忘、を思い、それが落ちぶれるとタバコになるので、パイプは富の象徴か。グルと相手役の女優、ラフマーンは、私生活で恋愛三年目、まるでドヌーヴとマストロヤンニのように、目だけで愛、言う事無しコンビで、見ていて愛の破片が飛んできそうなほどの熱だ。
ワーヒーダー・ラフマーン、容姿は、ビビアン・リーから気の強さをひいたような美人で、グルが夢中になるのがわかるし、グルも落ち着いた渋いハンサムだと主観で、お似合いすぎるカップルで、運命の二人だろう。私生活では、グルは三人の子持ち、39才で何も自殺まで〜と思うが、この映画にもあるように、いろいろ問題を抱えていたのだろう。人気監督だったが、明かに繊細、自滅タイプの表情で、後半のホームレス姿が、パイプより似合う気がする。
インド映画は、マサラ物、映画祭で見た90年代の普通の物2本、サタジット・レイは見ているがあまり記憶無し。で、こういう映像が、50年代に撮られていた事が信じられない思いだ。
シンハの娘は、インド上流風寄宿舎女子校生活で、パパの事でいじめられたりしているが、実家に戻っている母は、11じ半までゆうゆうと寝ている優雅さで(16年もしてないわ)、娘への愛も稀薄ママだ。この母の実家は裕福で、映画人をけなす父母がいるので、シンハは余計に不仲になったのだろう。
美術はタイトル・ロールに妙な像が写るが、これは多分撮影所のシンボル像だと、ラストに判明。スタジオのセットもリアルで撮影の様子が理解、楽しい。
妻の実家にらせん階段があるが、今年のインドホラー「真犯人」もらせんだったので、インド建築では多いのか?家も広く、暑いせいか窓が多い気がし、風でカーテンがよく揺れる。
シンハは落ちぶれると、部屋に椅子もないが、シャンティが訪ねると「最新のソファ」といい、丸い缶の上に服をのせて勧めるなど、気品あるユーモアもいくつかあったし、シンハが着ていたチョッキを、シャンティは見つめるが、あれは彼女がプレゼントしたマフラーをつなげて、シンハが手直しした物かしら?そこまで、よく見ている方いる〜カラーなら判明可と思うけれど〜
音楽はマハラジャ系、ミュージカルシーンもあるが、下品な大声、踊りつきではなく、手のアクション位で、歌も牧歌的、歌曲風で、多少感傷的でもあるが、いやらしさがなく許せる。ヴァイオリン、チェロなどクラシック的な音も入り、マハラジャとは天と地の差だ。
後半の後半は、もう二人の心に目が行ってしまい、泣いている方もいたが、私はドアの向こうにひっそり去るシャンティの姿と、シンハに目が釘!涙も出ない緊張感ある映像に金槌!
崇高な愛の諦め、二人は軽く抱き合った位で、プラトニックだよね?見た方はどうか〜この極限愛におののき、震え、まさに総長好みの映像だ、絶賛納得と、東大で上映会はいかが〜と思ったり、タイトルの「紙の花」を思わす、ラスト、シンハの放浪歩が哀愁、叙情満開で、148分が流れるような幻のインド初鑑賞だった。次の「渇き」を見るのが恐いほどの震撼。
●3月に未公開作含む、10作品の上映決定!企画 蓮実総長
☆「渇き」’57
これはグルの代表作と言われている。特に後半は、内省的・アート歌謡映画で、終わって拍手もあったので傑作と言っていいだろう。「紙の花」も良かったが、こちらの方がグルの繊細さが出ていた。2作見て50年代インドにこんな映画を撮る監督の存在に驚く。
貧しい詩人(になりたい人)と娼婦の恋、その家族と友人のお話で、よく考えると荒唐無稽観も多いが、そこが魅力の一つになってもいる。一番光ったシーンは、総長が記している所とは違い、二人の幻想・夢・雲のようなモヤ・モクモクシーン。曲がりくねった天への階段、レース布が下がり、風船が浮かび、大満月が輝く中で、二人は歌う。フェリーニ幻想みたいなので、同時期監督だから、グルは見ていたかもしれない。
このシーンのシュールさは、カラーだったらさぞ綺麗だろうと見惚れてしまう。グルは階段、風、布、舞う紙好きだと知る。
これもグル主演だが、顔を良く見ると、マストロヤンニからイタリアをひいて、アラン・ラッドに目元が似ている顔で、相手役の女優、ラフマーンは、妻子ある彼を自殺へ追いこんでしまう事が納得できる美しさ、妖しさで、娼婦役のせいか「紙の花」よりお化粧が濃く、さらに魅力が増加。
詩人の良き友人にコメディアン床屋が出るが、この役はホークス的脇役だと思いつつ、そう言えばこれも「紙」も、男女が偶然出会う少し奇妙な設定でもあるので、グルは案外ホークスファンなのか?この床屋のおかげで彼は幸福を手にいれるのである。
「紙」より一人歌が多く、歌詞も思考的なので隣の方は半分寝ていたが、その歌詞はよく考えられていて、人物の心を上手く表現しているし、グルの歌もうまいので、インドでは俳優は演技より声と歌かなと一瞬思ってしまい、スクリーンテストではまず歌手性をみるのかなと。ここでは、歌は多いが踊りはほとんどない。
「紙」の紙吹雪き同様、詩人が書いた紙が風で舞い、助かった詩人は娼婦の家へ急ぐが、彼女の部屋のカーテンがまたもや大きく揺れ、これは何かの前兆シーンとして、いつも使用しているのかもしれない。他の映画でもそうなのかな。
そのカーテンの揺れで娼婦はハッとして外を見ると、インド服白いロングドレスのキリストのような彼が、門の所に夢のような存在で立っている。二人は抱き合い、ここではないどこかへ行こうというハッピエンドだが、こういう映画を二人で撮っていたので、どこへ行ったらいいのだろと悩み、グルは自殺したのではないか。もっとお気楽作なら、生き延びて娯楽作も創ったかもしれないと思う才能監督だった。
2作共に、流れるような歌声が印象的で、物語性も大きい良き50年代インド。ついに見られたグル監督。
料金、2本計5時間で2000円は、普通の三本分として、この素晴らしい内容、お買い得映画鑑賞だった。
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