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■(^^)踏み込んでますね〜!それだけの結果がちゃんと出ている写真が届きました。
ボクの好き勝手な文章に苦々しく思うことが多々あることでしょう。そのエネルギーがこうして”良い方向”へさようすると、結果には相応に...いや、予想以上に自分を深める方向へと向かうものです。
お仕事帰りに被写体を見つけ、自分が描く情景になることを確認と観察を繰り返す...”ロケハン”ですね。カメラを持ってのロケハンは、イメージなどが決まった後行う順番。カメラを持たずにイメージづくりをするのがその前の段階です。そうしたイメージと現場の状況がロケハンのうちに解るので、いざ本番!というときに余裕を持って撮影に集中できるというわけですね。ましてや、こうした夕景どきともなれば、思いの外暮れるスピードが速くて、現場であれこれ考えている時間はほとんどありません。この経験はキットこれからの撮影に役立つものになったことと思います。
■(^^)思う夕空の色合いが美味く撮れたということです。空の藍色加減については、人それぞれで違うと思います。この場合空の色が目的で、それが叶ったというもの。
どうしてもカメラで色を出そうとすると”何かを犠牲にする”ことになるのが今のカメラの宿命。思うに撮影したときは肉眼で見る限り実際亜もっと明るくて線路や桜並木の部分もよく見えるような感じだったのではないでしょうか?全体が暗いのにライトアップされているサクラの明るさは意外とカメラには眩しい(強い光)存在に感じるはず。となればオートなら絞りが強くなるか...あるいはシャッタースピードが速く設定されるはずです。また、ISO感度がどのぐらいに設定されているか...等々、カメラの最終確定には多くのセットアップが関わっています。
例えば肉眼で見えた空の色を出そうとすると...簡単な鳳凰は「露出補正でプラス」を加えること。ところが、ライトアップで明るくなっているサクラは逆に明るくなりすぎて、淡いサクラの色は犠牲にせざるを得ません。それを割り切った上でどこまで夕空の色に持っていくか...という判断をしなければ...とか。
と言う感じで...犠牲もどこまで譲るか...犠牲を覚悟してでも”何”を撮りたいか...が基本軸だし、それと同時に一緒に写り込む者達をどう絡ませたら軸と相まって自分gアイ地番伝えたかった結果にまとまるか...この結果が一枚の写真と言えます。
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