崋山・椿山の画風を継いだ最後の人
白井烟嵓
はじめに、
を語るために、まず最初に江戸時代後期に活躍した、
文人画家渡辺崋山からの画系のつながりを論じておかなければなるまい。
渡辺崋山ー椿椿山ー野口幽谷ー松林桂月ー白井烟嵓とつながる画系である

白井烟嵓は愛知県豊橋市花田町に生まれ、松林桂月に師事し、
桂月同様帝展・文展・日展に出品した作家として知られる。
日展では、第5回「雲行雨施」で特選となり、翌年、無鑑査出品となり、
以後、社団法人日展となってからも、昭和43年まで委嘱作家として活躍する。
日本南画院・日本画会など多くの展覧会にも出品し、豊橋文化賞を受けるとともに、
渡辺崋山顕彰の功績により田原町町政功労者としても表彰され、遺品は田原町に寄贈された。

昭和38年に師であった桂月が亡くなると、それ以後一切師を持たず弟子も取らず、
ひたすら孤高の画道を歩み続けた。
晩年になってもその探究心は依然として衰えず、油と水が反発する性質を利用して、
対象を白く抜く「白猫水墨」の技法を編み出す。
華椿系の流れにあって昭和という現代につながる作家であった

田原町博物館平成14年秋の企画展
「白井烟嵓展ー崋山・椿山の画風を継いだ最後の人」の本図録より