脳症と解熱剤と漢方薬

ここに書いたことは、他で公表されている資料などを参考に私的に考えをまとめたものです。したがって必ずしも証明されたことばかりではなく、また薬局薬剤師の立場からは証明の出来ない大掛かりな調査を必要とするものも含んでいます。私個人的には現在の風邪治療に対する問題提起、インフルエンザ脳症を心配されている親御さん、あるいは悲しいけれどインフルエンザ脳症に遭遇してしまった子供さんをお持ちの親御さんに対して疑問を解く手がかりになればと思っています。疑問、問題点、ご意見などありましたらメールでお知らせください。

 

ここ数年小児のインフルエンザによる脳症が問題となっています。インフルエンザ脳症とは小児がインフルエンザにかかり、治り始めたころに突然、嘔吐や高熱や興奮状態に陥り重い脳障害を起こす病気です。短時間で死に至るかあるいは後遺症をのこすことがあります。また脳炎・脳症はインフルエンザのみならず、手足口病、水ほうそう、はしか、風疹などウィルスが原因の疾患全般に起り得ると思われます。そしてこの脳症は解熱剤の投与によって引き起こされている可能性があります。アメリカでは1970年代に小児の急性脳症であるライ症候群が問題になりました。1980年代にはアメリカ当局の詳細な調査・研究によりライ症候群の原因はアスピリンであることが疫学的に証明されました。その結果、小児に対してアスピリンの投与が控えられるようになり、ライ症候群という脳症の発生はほとんどなくなりました。現在インフルエンザ脳症はライ症候群を除けば、ほぼ日本にだけ限定され、また突発性発疹関連の急性脳症もほぼ日本にしか存在しません。このことは日本においてアスピリンの投与そのものは減ったが、他の解熱剤が多く使われていることと関係しているのではないかとの意見があり、私もそのように思います。平成11年12月21日に以下のように厚生省より発表がありました。

平成11年1月から3月までにインフルエンザの臨床経過中に脳炎・脳症を発症した事例に対してアンケート調査を実施し、解析が行えた181例(うち小児170例)について解熱剤の使用の関連性について検討を行った。

その結果、ジクロフェナクナトリウム又はメフェナム酸が使用された症例では使用していない症例に比較して死亡率が高かった。

しかしながら、インフルエンザ脳炎・脳症においては発熱が高くなるほど死亡率が高くなることが知られており、ジクロフェナクナトリウム又はメフェナム酸はこうした重症例の解熱に使用される傾向にあることを踏まえ、さらに統計的な解析を行ったところ、これらの解熱剤とインフルエンザ脳炎・脳症による死亡について、わずかではあるが有意な結果を得た。

本研究は、今後更なる研究が必要であり、これらの解熱剤とインフルエンザ脳炎・脳症による死亡との関連性については、結論的なことは言えない状況と考える。

解熱剤における死亡症例数

 

全症例数

死亡例数

死亡率(%)

解熱剤使用せず

63

16

25.4

アセトアミノフェン

78

23

29.5

ジクロフェナクナトリウム

25

13

52.0

メフェナム酸

66.7

その他の解熱剤

22

22.7

複数の薬剤が投与されている症例があるため、症例数の合計は181にならない。

ここでいうジクロフェナクナトリウムは商品名ボルタレン、メフェナム酸は商品名ポンタールのことです。これを読んでおわかりかと思いますが、ボルタレンとポンタールは危険かもしれないが、重症例に使われることのほうが多く、薬物が原因なのかインフルエンザが重症だったためか、いまひとつはっきりとしたことが言えないので、もう少し考えようと言うことです。実際には現場の医師の判断に委ねられ、「灰色」だから「使わないのか」、「灰色」だから「注意しながら使うのか」ということになります。これでは子供をもつ親の不安を解くことにはならず、何かの参考になればと思い、以下に私個人の意見を述べます。

 

風邪とインフルエンザは異なるか?

最近、風邪とインフルエンザは違うと強調されていますが、風邪の中に症状の激しいものがあると考えるべきだと思います。私達が一般に風邪と呼んでいるものは、「風邪症候群」と言って一連の症状の集まりを言います。くしゃみ、鼻水、鼻づまり、のどの痛み、咳、痰、頭痛、発熱、悪寒、倦怠感、筋肉痛、関節痛ときに下痢、腹痛などです。これらの症状があれば原因がインフルエンザウィルスであろうとライノウィルスであろうとアデノウィルスであろうと風邪症候群です。この風邪の中で原因がインフルエンザウィルスの場合をインフルエンザと呼ぶだけです。ただしインフルエンザの場合は、症状が激しく重症化することが多いので気をつける必要があります。

 

発熱と炎症は何故おきるか?

初めに解熱剤を云々言う前に、解熱剤を投与する理由となる発熱・炎症について考えてみたいと思います。発熱とは外部から体内にウィルスなど異物が侵入した時、熱のセットポイントを高い方に移動させて、そこまで熱を上昇させることを言います。ここで言うセットポイントとは、脳の視床下部の体温調節中枢で設定されている温度のことで、体の状態に応じて上がったり下がったりします。通常セットポイントは37℃前後に設定されていて、いわゆる平熱と呼ばれる温度になります。ではなぜ熱を上昇させるのでしょうか?熱を上昇させる理由は2つあります。1つは熱によってウィルスの増殖を防ぐこと(ウィルスは熱に弱い)、もう1つはウィルスを食べる白血球(好中球やマクロファージと呼ばれるもの)を感染細胞(インフルエンザの場合呼吸器系がほとんどだと思います)に集めやすくすることです(白血球の活性化)。また炎症は熱感、赤味、痛み、腫れなどを指しますが、これは白血球(インターフェロンやNK細胞と呼ばれるものが中心になる)が感染部位に集まり、感染細胞ごと攻撃している状態です。つまり発熱や炎症は生体を護るための防御機構だと考えられます。また後で述べる解熱剤の作用を分けるために、発熱は中枢における生体防御機構(体全体を標的にした防衛)、炎症は抹消組織における生体防御機構(ウィルス感染細胞=局所を標的にした防衛)と考えておきます。

 

熱のセットポイント

ウィルスなどが体内に侵入すると、視床下部にある体温調節中枢では、敵の力がこの程度なら、ここまで体温を上昇させようと判断して、異常体温レベルを設定してセットポイントを移動させます。例えば「ウィルスの力が弱いので38℃まで上げればいいだろう」や「ウィルスの力が強いので40℃まで上げないとやっつけられない」などです。こうして異常体温が設定されると、体は体温を上昇させることに全力を注ぎます。まず体から熱が逃げないように、体表面の血管を収縮させて放熱を防ぎます。これにより体表面の温度は下がります。これが「悪寒」です。またぶるぶる体を震わすことは、骨格筋を収縮させて熱の発生を助けるためのものです。これが発熱前の「首・肩凝り」の原因です。体の熱産生の70%は骨格筋の収縮によると言われています。

このようにして異常体温レベルまで体温を上昇させて目的を達すると、今度はセットポイントを平熱に戻して熱を放出する段階に進みます。体表面の血管を拡張させて熱を放出し、汗腺を開いて汗を出し、気化熱により体温を下げます。これが発汗により熱の下がる理由です。風邪の初期に、温かいうどんを食べて、蒲団に入ることで、汗が出て風邪が治った経験はありませんか?これは上に書いた一連の生体反応を気づかないうちに助けた例です。

 

解熱剤が危険な訳

では解熱剤はなぜ危険なのでしょう?例えば異常体温レベルが40℃に設定された風邪の場合、体温が一旦その温度にまで上昇しなければ、体に侵入したウィルスを効率的に撃破することはできません。解熱剤の作用は体の状態に関係なく(寒気があっても無くても)、体温調節中枢に作用して熱のセットポイントを引き下げることです。したがって、寒気がある間に解熱剤を使用すると、体が必要としている体温まで上昇することなく熱を引き下げ、生体防衛反応を中途で終わらせることになり、体の中にウィルスあるいはその代謝産物が残る可能性があると思います。体力がある大人の場合、死に至ることは稀ですが、それでも解熱剤の作用が切れると再び発熱したり、あるいは悪寒だけが残ったりして風邪の症状が長引いて治りが悪くなります。体力や免疫力が発達途上の小児の場合、生体防衛反応を中途で終わらせることにより体内に残存したウィルス由来の何らかの因子により脳症になるのではないかと考えられます(ウィルスが脳症の直接的な原因かどうかは現在のところ不明です)。

通常、解熱剤と呼ばれるものは、薬物の種類により程度の差こそあれ「解熱・鎮痛・抗炎症」作用があります。発熱や炎症が生体防衛反応であるとすれば、これらの反応を阻害することになる解熱剤は自然治癒力を妨害していると考えられます。そして先程述べた解熱作用よりも抗炎症作用のほうがさらに問題だと思われます。

 

抗炎症作用が危険な訳

炎症とはウィルスが感染した部位を白血球が攻撃している末梢性(局所)の反応です(発熱は中枢での異常体温レベルの設定)。したがって解熱剤による抗炎症作用は、白血球のウィルス攻撃そのものを止めることになり、やはり解熱作用と同じように生体防衛反応を妨害することになります。なぜ抗炎症作用がより重大かと言うと、それは今までに使われてきたアスピリンとアセトアミノフェンの比較から推察されます。小児に対する解熱剤で最も安全とされているアセトアミノフェンは体温調節中枢に作用して放熱促進により解熱させます。抗炎症作用はアスピリンと比べて極めて弱いとされています。これに対してアスピリンの作用は中枢性の解熱作用と末梢性の抗炎症作用を持ち、特に抗炎症作用は強いとされています。先に述べたアスピリンとライ症候群の疫学調査も含めて考えると、ウィルスの感染において、炎症を抑えることが特に危険なのではないかと考えられます。先に載せた厚生省の調査でも、薬物は抗炎症作用の強いボルタレンとポンタールになっています。ただアセトアミノフェンでも急性脳症が起きていることを考えると、アセトアミノフェンを使用しても100%安全とは言えない状況です。それはアセトアミノフェンに抗炎症作用が弱いながらも存在することが関係しているのかもしれません。

 

解熱剤一覧

分類

薬物

薬理作用

ピリン系

 

アンチピリン・スルピリン・イソプロピルアンチピリン

解熱作用はアスピリンやアセトアミノフェンよりやや強い。抗炎症作用はアスピリンに見られるような性質は弱いが、急性炎症の抑制作用を持つ。

非ピリン系

@アニリン系

アセトアミノフェン・フェナセチン

フェナセチンは体内でアセトアミノフェンになって作用を現す。体温調節中枢に作用して解熱、抗炎症作用は極めて弱い。

 

Aサリチル酸系

アスピリン・サリチルアミド・エテンザミド

アスピリンは中枢性の解熱作用があり、特に末梢性の抗炎症作用が強い。サリチルアミドの解熱作用はアスピリンよりやや弱いが、エテンザミドは作用も強く、持続性である。

 

Bアリル酢酸系

インドメタシン・ジクロフェナクナトリウム

抗炎症・解熱作用は強力。

 

Cプロピオン酸系

イブプロフェン・ケトプロフェン・ナプロキセン

イブプロフェンの抗炎症・解熱作用はアスピリンよりかなり強い。

 

Dフェナム酸系

メフェナム酸

抗炎症・解熱作用はアスピリンよりやや強い。

 

現在使われている解熱剤を見ると、抗炎症作用を必ず併せもつことがわかります(薬の作用から考えると当然のことなのですが)。ここでひとつ注意しなければいけないのは、サリチルアミドです。サリチルアミドは表に示したようにアスピリンと同じサリチル酸系に分類され、総合感冒薬「幼児用PL」に含まれています。ライ症候群で問題となったアスピリンの活性本体(代謝産物)はサリチル酸です。サリチルアミドは体内でサリチル酸には変化しないと言われていますが、その作用はアスピリンと非常に似ていると認識する必要があると思います(サリチルアミドは薬効を発揮する前に肝臓で代謝されて効果がなくなると言われています。しかしサリチルアミドがサリチル酸に似た構造をしていることから効能書では類似薬として扱っています)。

ここまではアセトアミノフェンとアスピリンの違い(なぜアセトアミノフェンが比較的安全だと言われているのに脳症が起ることがあるのか)を考えるため、他の解熱剤との比較も含めて、解熱作用と抗炎症作用を区別して書いてきました。しかし風邪の発熱と炎症は生体反応として表裏一体のものなので、話しを「熱」に戻して進めていきます。

 

熱の影響

子供が発熱すると、親は脳への影響を不安に思います。しかし先に書いた「熱は生体防衛反応」であることを思い出して落ち着いてください。「解熱剤を使うのは親を安心させる目的もある」と言う医師もいるからです。発熱に対して過剰な心配をしないことが大切です。高温の車内で起きる熱症や風邪が原因であっても41℃を越える熱が何日も持続しない限り脳への影響はないと考えられています。例えば風邪で39℃の熱があっても、子供が元気で食欲もある場合、解熱剤の使用は控えるべきだと思います(実際39℃の熱が出ていても飛び跳ねている子供もいます)。風邪の発熱は通常長くても3日ほどで下がるので、それ以上熱が持続したり、子供がぐったりしている場合は受診する必要があります。一般に「ひきつけ」と言われる熱性けいれんは子供が高熱を出した時に起るけいれん発作です。これは脳症とは異なり、脳の発達が不十分で刺激に対して敏感になっているためにおこるものです(この刺激は熱に限りません。数年前某アニメーションの点滅画像によりひきつけをおこした例があります)。したがって重大な後遺症を残すものでもなく、大人になると起らなくなるものです。また熱性けいれんをすでに起こしてしまった時に解熱剤を使っても何の役にも立たないことも付け加えておきます。

 

対策は?

風邪による発熱時に解熱剤は使わない方が良いというのは上に述べました。では実際にそのような状態になった時、何の手当もしないで熱が上がりきって自然と治るのを待っていて良いのでしょうか?親は現実にそのような行動がとれるのでしょうか?そして自然に治癒するのを待って本当に脳症にならないのでしょうか?などさまざまな疑問があります。すべての疑問の解決になるかどうかわかりませんが、私はここで漢方薬を使うべきだと思っています。市販のアセトアミノフェン配合薬を飲むことを思えば、漢方薬を家に常備しておいて一服飲んでから小児科に走っても遅くはありません。

漢方薬が風邪に効くの?と思われた方、意外でしょうが、漢方薬は風邪を治す薬なのです。漢方薬は慢性病を治すイメージが定着していますが、急性熱性病(いわゆる流行性感冒みたいな病気)の治療法を書いた「傷寒論(しょうかんろん)」がもとになっています。傷寒論は今から約1800年前に中国で編纂された書物で(このときに編纂されたのであって、治療法はそれよりさかのぼること1000〜2000年の間に作られたと考えられています)、病気の症状をとらえて、この症状にはこの薬を使えば治ると言うように非常に簡単に書かれています。例えば「背中が凝って汗が無く寒気がする場合は葛根湯(かっこんとう)で治る」と言う具合にです。そこに「なぜ?どのようにして治る?」などの理論は存在せず「この場合は、これで治る」という事実のみを記しています。今も昔も人の発熱のメカニズムや熱性疾患の病態は変わらず、ウィルスもその当時から存在していたことを考え併せると、1800年を経た現在でも、当然漢方薬による急性熱性病の治療は生き続けていることになります。後の世に書かれた多数の「傷寒論の解説書」については、その時代の理論を加えて説明していますので、科学の発達によって時代に合わなくなっているものもあります。

私はインフルエンザと解熱剤についてはその危険性を現在の理論で考え、治し方としては理屈抜きの漢方薬を使うべきだと思っています。なぜなら漢方薬による治療は自然治癒力を助けて、自己の免疫力で回復することになるので、ウィルスの種類やインフルエンザの型に振り回される必要がないからです。

私が言う風邪とインフルエンザを区別する必要がないというのは、最初に述べたこと以外に、@「外からの侵入者」に対する体の免疫反応は基本的に同じだということ、A熱のない鼻かぜや咳だけが数日続いた後で、突然急性脳症になることもあるので、普通の風邪を甘くみないということ、B漢方薬を使う場合は病名ではなく体に表れている症状(寒気が強い、咳がでる、鼻水がでる、のどが乾く、体が熱いと自覚するなど)によって薬を決めるので、風邪らしき症状に対しての処置は同じだということを含んだ意味なのです。

 

温かいうどんと葛根湯は似て非なるもの?

熱のセットポイントの項で「風邪の初期に、温かいうどんを食べて、蒲団に入ることで、汗が出て風邪が治った経験はありませんか?これは上に書いた一連の生体反応を気づかないうちに助けた例です」と述べました。これはじつは漢方薬の作用そのものなのです。例えば葛根湯は「背中が凝って汗が無く寒気がする」時に使いますが、これは体に侵入したウィルスを撃破するために体温を上昇させようとしている生体防衛反応が症状として表れたものです。この時、何もしなければ体は体温を上昇しようとがんばり続けます、そして目的の体温まで上昇しなければ何日でも治らないのです。しかしここで葛根湯を飲めば体は温まり、目的の体温まで速やかに上昇させてくれます。そして目的を達した後、平熱に戻すために発汗がおこります。これが葛根湯を飲めば発汗して治るという意味で、「目的を達した後」とは体温の上昇により活性化された白血球でウィルスが撃破されたことを示しています。生体防衛反応を助けるとはこのことで、葛根湯はうどんと同じ効果があるのです。

どうでしょう、温かいうどんと葛根湯が似ているということがわかりましたか?最近、小児には解熱剤を使わない医師が増えてはいますが、もっと積極的に体に働きかけ、早く治癒過程にもっていくべきだと思います。

漢方薬と解熱剤の発汗の違い(例えば体温39℃・セットポイント40℃の場合)

漢方薬

解熱剤

体温39℃(セットポイント40℃)

体温39℃(セットポイント40℃)

漢方薬服用

解熱剤服用

体温40℃(セットポイント40℃)

体温39℃(セットポイント37℃)

目的の体温に達したので

薬で設定を下げたので

体温40℃(セットポイント37℃)

実際の体温と設定体温の差2℃分が発汗する

実際の体温と設定体温の差3℃分が発汗する

発汗

発汗

目的の体温に達していないので、再び発熱

 

いかがでしょうか?発汗は余分な体温を捨て去るための生体反応なので、解熱剤を使っても汗は出ます。しかし解熱剤を使った場合、発汗に至るまでのひとつの重要な過程が抜け落ちているように思います。

 

常備薬としての漢方薬

では家に常備しておくと便利な漢方薬はどのようなものでしょうか。ここで「常備が必要なの?」と思われた方、ぜひ子供さんのために常備することをお勧めします。それは漢方薬を飲むのが風邪の初期であればあるほど効果が大きいからです。風邪の漢方薬は、その症状に応じて十数種類ほどを使い分けます。しかしこれらを常備することは不可能ですし、またその必要もありません。小児の風邪、特にインフルエンザで発現する可能性の高い症状を治す薬に絞って手元にあれば良いのです。それは葛根湯(かっこんとう)・麻黄湯(まおうとう)の2種類です。鼻を詰まらせて、悪寒がしたり、頭痛がして風邪かな?と思った時は温かい葛根湯を飲ませます。また喘息のような咳をして、熱が高く、体の筋肉や手足の関節が痛むものは麻黄湯を飲ませます。どちらも汗が出ていない時に使うもので、汗が出てくるのを目安に、状態を見ながら服用を続けるか止めるかを判断します。漢方薬の服用だけで治すことが可能ですが、不安があれば、ひき始めの初期治療として漢方薬を利用し、それから病医院に走っても構わないと思うのです。私はこれが自宅で可能なインフルエンザ対策であり、子供を脳症から護る第一歩だと思うのです。現在小児科医になる医師が少なく、夜間における救急医療体制も十分とは言えない状況を考えると、漢方薬を常備していれば、風邪の極めて初期に飲むことが可能ですし、それを行うことで病状も回復に向かうはずです。勢いのある急性病における時間のロスは非常に致命的だと思います。

葛根湯や麻黄湯も温かいうどんと同じ考え方です。では葛根湯や麻黄湯ではなくてうどんを食べれば?と思われた方もいるでしょう。葛根湯や麻黄湯とうどんの違いは体を温める強さにあります。インフルエンザのように力の強いウィルスの場合、急激に高熱のセットポイントが設定されるので、非常に強い悪寒が起ります。このとき温かいうどんだけではセットポイントまで体温を上昇させることができません。そこで漢方薬の出番になります。葛根湯や麻黄湯に含まれる「麻黄」という生薬には交感神経を興奮させて体温上昇を体の中から助ける作用があります。このように強い悪寒のある時に、たとえ体温計によって発熱していることを確認できたとしても解熱剤(家にあった坐薬を使用することがあるようですが)を使うことはやはり誤りなのではないでしょうか?

今ここで2種類の漢方薬しか載せませんでしたが、これはインフルエンザに対する最大公約数的な非常に大雑把な方法なのです。本来は症状に合わせてもう少し詳細に漢方薬を選ぶことが大切です。したがって近くで信頼できる漢方薬局を見つけて、気軽に相談できるようにしておくことをおすすめします。

 

漢方薬を飲んでそれから?

漢方薬を飲むと同時にしなければならないことは、充分に休息して体を冷やさないということです。ウィルス退治が発熱によって行われているので、発熱を邪魔する生活態度は慎む必要があります。水分補給はジュースやアイスクリームを控えて温かいお茶や葛湯などを飲み、氷枕などで冷やすことも必要ありません。また食事は消化の良いものにします。油っこいものなど消化に悪いものを食べると、その消化のために胃に血液が集まります。すると体温を上昇させるために全身を巡らなければならない血液量が減るので、体温上昇の効率が悪くなります。大人の場合も同じく例えば葛根湯を飲んだ後、冷えたビールを飲んだり、外に遊びに出ては風邪を治すことが出来ないのです。これは当然の結果と言えます。

病院で点滴観察中にインフルエンザ脳症が発症したケースもあります。点滴の中に解熱剤が入っていなかったとしても、静脈に液体を投与することは体温の上昇を阻害するのではないかと思います。現時点ではっきりしたことは言えませんが、脱水症状との兼ね合いも含めて、点滴の影響について国内外の調査をするべきだと思います。

 

抗生物質は必要?

細菌とウィルスは異なる生命体です。抗生物質は細菌の増殖や生命維持に必要な部分に作用して、増殖を抑制したり殺したりする薬のことです。この細菌の生命維持に必要なプロセスがウィルスには存在しません。したがって抗生物質はウィルスに対して働きかける場所が無いのです。抗生物質がウィルスに効かないというのはこういうことなのです。インフルエンザも当然ながら、風邪の原因の90%以上がウィルスなので、風邪に抗生物質は必要ないのです。もともとウィルスによって抵抗力が落ちて、そこに細菌が感染(二次感染)するのを防ぐ目的で投与されていました。しかしこのような予防投与が必要なのでしょうか?日本の乳幼児に多いとされているインフルエンザや突発性発疹に続いて起こる急性壊死性脳症の原因は不明です。しかし急性壊死性脳症を発症した例には、解熱剤や抗生物質の服用が多いということがわかっています。これも今後調査するべき事項だと思います。

抗生物質は細菌を殺すと言いましたが、これは風邪の原因菌だけを指すのではありません。人の腸の中にいる腸内細菌も同時に殺してしまうことがあります。抗生物質の副作用の下痢は、腸内細菌のバランスが崩れたために起っていると考えられます。腸内細菌は腸の中で人に必要なビタミン類を作って提供してくれています。風邪の時のビタミン不足は少なからず体の免疫力に影響するように思います。また「腸管免疫」という言葉があります。これは腸内環境を整えることで体全体の免疫が高められることを指しています。例えば、便秘の解消、乳酸菌類など善玉菌の補給、食物繊維の摂取などが体の免疫力を高めます。したがって風邪の時の抗生物質は、菌の存在がはっきりしている以外は、むしろ体の抵抗力を弱めると考えるべきです。

 

抗インフルエンザウィルス薬について

最後に抗インフルエンザウィルス薬にふれたいと思います。平成10年末に抗インフルエンザウィルス薬として「塩酸アマンタジン」が認可されました。これは抗性物質とは異なりウィルスに効く薬です。しかしアマンタジンはA型インフルエンザのみに有効でB型には効果がなく、長期服用で不眠、めまいなど神経系の副作用もあり、高度な耐性ウィルスを出現させるなど欠点があります。平成12年にはA・B型インフルエンザウィルスに効き、耐性ウィルスが出現し難いと言われている「ザナミビル」が認可される予定です。期待されている薬ではありますが、副作用などまだまだこれからだと言う気がします。

 

まとめ

人の免疫は3段階に分かれており、第1のバリアは弱酸性に保たれた皮膚、強酸性の胃、粘液を分泌して異物を排出させる粘膜などがあります。第2のバリアは、第1のバリアを破って体内に侵入した敵を非特異的(抗原(=菌やウィルス)の種類に関係なく)に攻撃することです。これは既に述べた好中球、マクロファージ、NK細胞などによって行われます。第3のバリアは更に生き残った敵に対して抗体を作って攻撃することです。抗体は特異的な免疫反応(一つの抗原に対して一つの抗体しか役に立たない)です。

また昨今、ワクチンの有効性が問題になっています。ワクチン接種は抗体を作るために行われるのですが、実際はインフルエンザの感染に備えて、予め「抗体の設計図を体に覚えさせる」ために行います。抗体は初めての感染においては作ることができないというのがその理由です。したがってワクチンを接種すると抗体が常に体に存在するのではなく、抗原が侵入した時に速やかに抗体を作ることができる(免疫応答)状態にしておくということです。

ここでワクチンに対する問題があります。ひとつは新型ウィルスにはワクチンが存在しないということ。もうひとつはインフルエンザに対するワクチン接種を受けていても、実際に感染した後、抗体を作る速度よりインフルエンザの増殖速度のほうが速いと言われていることです。

したがってインフルエンザが大流行するのは、一定間隔で新型ウィルスが現れて抗体が役に立たない、あるいは抗体を作ることができる状態でもその速度が間に合わないからと考えられています。しかしその抗体というのは免疫システムで言えば第3段階に当たります。私がここで述べてきた漢方薬による治療は、ウィルスの種類や型に左右される必要のない第2段階の非特異的な免疫システムを働かせることなのです。そして解熱剤を飲むことはこの免疫システムを妨害している可能性があるのです。

これまで解熱剤を中心に述べてきましたが、解熱剤を使用しなかったにもかかわらず、死に至る症例があることを考えると、解熱剤は発熱を阻害する一要因でしかないように思います。みなさんのまわりで発熱を阻害すると思われる行為はないでしょうか?私は冷たい飲料水の摂取、氷嚢などによる冷却、点滴などがその類似行為のように思います。発熱が「悪者」扱いされている現代医療が定着する以前は、これほどまでに「冷やす」という行為は行われていなかったはずです。

極端ではありますが、脳の低体温療法は良い例だと思います。低体温療法は、脳が損傷を受けた時、体温を33℃前後にすることで更なる脳神経細胞の損傷を防ぐというものです。この方法で脳の保護は可能ですが、低体温を維持している間中、免疫力低下による感染症と戦わなければなりません。このように「体温を下げること」と「免疫力低下」とが非常に密接に関係していることがわかります。もちろん脳の損傷が起ってしまった時は、脳を保護することが最優先されることは言うまでもありません。

漢方薬は一般的な感覚として古臭いと思われる方がいるかもしれません。しかし風邪を治療するうえで非常に大切なことが、生活上の注意を含めて、たくさん詰まっているように思います。もしかしてものすごく単純で簡単なことを我々現代人は見落としているのかもしれません。「灯台下暗し」の言葉にあるように、一度足元を見直してみる必要があると思います。

 

1.発熱に対して必要以上に心配せず、解熱剤の投与は控える。

2.体力が消耗しないようにもっと積極的に漢方薬を使って短期間で治す。

3.体の自然な反応を助けるため、むやみに冷却しない。

「風邪は万病のもと」とは、色々な病気が発熱、咳、痰など風邪に似た症状で始まるということです。風邪症状が長期間持続するようでしたら、風邪以外の大きな病気が隠れていないか調べる必要があります。いずれにしても子供の様子をよく観察することが大切なのではないでしょうか。

以上(平成11年12月)

(平成12年8月一部変更)

追加

本年(平成12年)7月2日に大阪の御堂会館で行われたNPOJIP記念シンポジウム「解熱剤で脳症にならないために」に出席しました。そこで得たデータからインフルエンザ脳症に至る過程を見てみたいと思います。

まず、熱性けいれんと急性脳症についてです。「熱の影響」の項で書いたようにこの二つは異なると言いましたが、それを裏付けるものです。

山口大学のIchiyamaらは熱性けいれん20人と急性脳炎・脳症23人の脳脊髄液のTNF−α、IL−1β、IL−6の3種のサイトカインを測定した。脳炎・脳症のうち22人でいずれかのサイトカインが上昇していた。熱性痙攣の20名は全例正常値であった。

つまり、サイトカイン類が急性脳症に何らかの関係があり、熱性けいれんとは異なるということです。

 

Larrickは、解熱剤の存在下にエンドトキシンでマクロファージを刺激し、前述のTNF(サイトカインの一種)の遊離を調べた。アスピリンやインドメタシンなどの強い解熱剤では、その濃度を増やすにしたがってTNFが増加した。この事実等から、TNFがライ症候群の発症に関与しているとの仮説を提唱した。

つまり発熱を起こす物質が存在している時に、急性脳症に関係があると思われるサイトカインの一種がアスピリンやインドメタシンを投与すると上昇するということです。

 

Treonの文献によれば、健康人にエンドトキシンを静注した場合に、解熱剤イブプロフェンを併用するとTNFなどのサイトカイン類が4倍増加した。さらに、エンドトキシンとアスピリンの投与でラットにライ症候群患者に認められると同様の生化学的、組織学的な変化が認められた。

メフェナム酸(ポンタール)やジクロフェナクナトリウム(ボルタレン)以外の解熱剤(ここではイブプロフェン)でも、急性脳症に関係があるサイトカイン類を上昇させるということです。また動物実験になりますが、ラットにおいて発熱物質とアスピリンでライ症候群が再現されるということです。

 

「解熱剤が危険な訳」の項で「体力や免疫力が発達途上の小児の場合、生体防衛反応を中途で終わらせることにより体内に残存したウィルス由来の何らかの因子により脳症になるのではないかと考えられます(ウィルスが脳症の直接的な原因かどうかは現在のところ不明です)」と述べましたが、上記シンポジウムのデータからこれに補足をします。

解熱剤を使用することで、以前述べたようにウィルスを排除する免疫反応が阻害されます。生体中にウィルスが残存することで、生体はさらにウィルスを排除しようとして、炎症を起こすサイトカイン類を高濃度に増加させます。その結果、脳・心臓・肝臓などの臓器を損傷するのではないかと考えられます。つまり生体のもつ自然な発熱・炎症(免疫反応)を解熱剤で抑えた結果、さらに炎症を起こす物質を増加させるという皮肉な結果をもたらしている可能性があるということです(車に例えるとアクセルとブレーキを同時に踏みながら、エンジンが焼けてしまうような感じでしょうか)。また子供は大人に比べて免疫反応つまりウィルス排除の力が激しく、これが子供に脳症が多い理由のひとつかもしれません。大人はすでに免疫の老化が始まっている?かもしれません。

*サイトカイン

サイトカインとは、細胞という意味の「サイト」と、作動因子という意味の「カイン」の造語です。1969年感作リンパ球を抗原で刺激したときに放出される物質をリンフォカインと呼んだのが、この方面の研究の始まりです。その後の研究によりサイトカインにはインターロイキン(IL)、増血因子、増殖因子などいろいろなものが含まれるようになりました。当初サイトカインの機能は免疫系の調節、炎症反応の惹起、抗腫瘍作用などが中心でしたが、最近では細胞増殖、分化、抑制といった生体の恒常性維持に重要な役割を果たす物質であることが明らかになっています。

平成12年11月追加

 

おことわり

漢方薬の服用によりインフルエンザ脳症が確実に予防できるという意味ではありません。プライマリィケアあるいはセルフメディケーション(家庭における初期の手当)としての参考にお役立てください。

個人的見解

小児の風邪には漢方薬が最も安全だと考えています

 

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