番地なしの写真家便り 写真編6 戻る
「英語」
「戦闘食」
私にとっての戦闘食は写真展期間中のコンビニ弁当。
そして、暗室時の食料である。鍋にしろ焼き魚にしろ、サラダも肉も2食分作るので
ある。2食といっても基本的に一日一食なので、二日分なのである。
体調の関係で、一日の元気な時間が少ないので、一食で持つし、料理を作る時間
を節約出来るのである。
あと暗室中に小腹が空いた時のために、チョコレートが暗室に常備している。
パンも良いのだが、賞味期限が短いのだ。(ピザパンが好きです)
冬はストーブをつけているので、
ミニーズという6個入り300円くらいのミニカップヌードルを食べることが多い。
一般サイズのカップ麺を食べるとチト、腹に来て集中力が鈍るのである。
夏はバナナの場合も多い。バナナはトライアスロンの選手も使うと聞くが、
本当に便利なもんですよ。
「情報オタク」
写真展の時、札幌の大学写真部の男の子に「日本の写真界って閉鎖的ですよね」
と言われた。日本の写真界って何なのだ。45歳の私でも実態が浮かばないぞ。
それ以前に、そんなこと気にする前にやる事があるのでは、、、、。
赤提灯で政治家の悪口言っているような物なのだ。
相変わらず、女の子は元気である。知り合いの子が来た。
今、カメラマンをしてるという写真を始めて2年と言う。う〜ん凄い。
「写真好き」
雨なのに一組の客が来てくれた。
写真が好きな調理師と保育士のカップルである。二人とも撮らないが、写真を見る
のが好きだという。正直言って、私にとって大事な人は家族や世話になった人でも
あるが、一番大事な人は私の写真を評価してくれる人であると思っている。
RCプリントだが3枚買ってくれた。私のRCは千円と安い値段かも知れない。
ただ、褒めてくれるだけの人よりも、買ってくれると本当に嬉しいのである。
これは死後有名になったが、生きてる間は画家の為の資料販売とやってたらしい
アッジェも同じ気持ちだろうと思う。アッジェは40で写真を始め、死ぬまでパンと
ミルクだけだったと言う。その点、私は安酒、安煙草ながら人生を楽しんでいる。
皆さんも気に入った写真があったら買ってやって欲しい。若い者の中には、一年
後は写真を辞めてるかもしれないのに、アーティスト気取りで高い値段をつけてい
るものも少なくない。そういう時は関西風に値切ろう。私は金はないが、欲しい写
真は欲しいと言っている。ただ、現実的に金はないので物々交換でお願いしてい
るのだが、、、。
作品が欲しいと言ってやるのは若い者にとっても、最高の評価だと思うのだ。
幸福、裕福、贅沢を目指そう。自分だけでなく、バーチャルなものでなく、
本当の喜びが生まれるものだからさ。
写真という芸術、文化をやっていても胡散臭い奴も、勘違いしてる奴も、
それすら気付かぬ奴も、自治体もいる。
今日来たカップルは狸小路の路上展にも来てくれると言う。
最高に勇気が湧いてくるのだ。
「空気」
普段、当然のように空気の中で生活をしている。
しかし、写真展は私にとって厳しい環境なのである。私の家は湖と水芭蕉の群生
地に挟まれ湿気が多く、平均90%はある。写真展の会場と宿泊場所にした寿郎
社のビルの中では喉と目が乾きまくり、風邪をひきやすくなるのである。
スポーツドリンクをかなり飲むことにもなり、下痢にもなるのである。
(まあ、紀伊国屋のトイレはウオシュレットで助かったが、、、)
寝場所が寿郎社のソファーなので腰も辛かった。とはいえ、ホテルでもベッドが
腰に悪いし、乾燥にやられるのである。本当に写真展はつらいのである。
このところ、写真集関係で露出が多いせいか、展が記事にならなかった。
物販が進まず、紀伊国屋と寿郎社には悪い事をした。
「 」
写真展で多くの人と話した。書きたい事、書かねばならない事とも多く出合った。
しかし、家に帰ると、また荒らされていた。
何も書く気力はなくなった。北朝鮮やイラクとどう違うのか。
警察にもパトロールの強化を頼んだ。
「写真展」
明日搬入である。思ったより作業が手間取るが、、、疲れた。
で、早めに寝て、残りは朝やろうと思った。
しかし、何しろ今日は連休中の日曜でもあり、来客も多く、チト辛い。
で、忘れていた。今日が誕生日であったことを。
まあ、45歳だから嬉しくもないし、今後の事を考えるけじめのきっかけにしか、
感じられないし、日々は繋がっているので、まあ、大したことではないが、、、。
展の会場は紀伊国屋である。本屋である。夕張には文房具屋とコンビニしか
ないし、図書館は隣町といって良いほど離れている所である。だから、入ったこと
は2、3回しかないのである。だから、活字、本好きな私としては紀伊国屋は
楽しみでもある。と言っても、会場費用無料なのに、タダ読みは、、、
不味いっすよね。
日経新聞の読書欄?で取上げられたそうだ。
田舎に暮らしていると全国区で紹介されると素直に、単純に嬉しい。
そして、持ち出しなしで作ってくれた寿郎社に少しでも報えるのではと思う。
「写真展」
写真展と言うと一般の人はその期間中が華というか、メインと思われる。
確かにある意味そうだが、作家として一番忙しく、重要なのは準備の時である。
しかし、風邪と腰痛が出てる馬鹿はどうしようもない。
北海道最後の展かも知れないのにヘロヘロなのだ。
栄養剤飲みまくっているのだ。で、思った。
小さなガラス瓶で売るより、でかいペット瓶で売れよな。
「東京の本屋」
竹田津さんから手紙を戴いた。すでに東京に行っていた時に写真集を買ってくれ
ていたそうだ。大きな書店だったが、美術書の所に大きく扱われていたという。
竹田津さんからも褒められた。ジャンルは違うが迫力ある写真の方なので嬉しい。
また、瀬戸さんも褒めていたと大西さんからメールがあった。
瀬戸さんのロールペーパーをそのまま使ったプリントの技術と発想には驚いた。
本当に嬉しい。延期の連続で疲れ果て、本が出来ても何の感慨もなかったが、
やっと少し実感が湧いてきた。
「蜂」
暗室の準備はしたのだが、やはり、風邪と腰が痛くて、途中であきらめ、寝ていた
のだが、また蜂にやられた。今年3回目の蜂である。今度は右足の甲である。
前回は膝をやられ、パンパンに腫れ歩くのも困難であった。
写真展の前である。痛さも酷いがまっ青になっている。
「献本」
写真集が出来た時に困ったのが献本である。私や寿郎社もお世話になった人は
大勢いるので、すべての方に献本したい。
しかし、それ以上に、ともに貧しいのだ。本の完成は予定の倍の時間かかった。
かなりの経費が食われている。自費制作が出来る余裕のある立場なら、多くの
人に贈れる。しかし、、、そこで雑誌、新聞等で紹介いただける部課に行くので
ある。ただ、現在は小泉選挙でスペースがなく本当に困っているのだ。
いっそ、着払い伝票を同封して、掲載いただけない場合は返送してくださいと
やろうかと思った。それぐらい勿体無いのである。
一応、迷惑をかけている親には贈ったが、弟にさえ、、、節約したぐらいである。
献本出来ない理由を分って察してください。
本を出すと大金が入ったように思う人も多い。ハリポタやトットちゃんではないのだ。
部数は言えない位少ないのである。(正統派の写真集としてはごく普通だが)
印税が70%ぐらいなら、どれだけ幸せだろう。しかし、実際は低い。
撮影にかかった経費は印税の10〜20倍だ。
空知管内で私は多少知名度がある。田舎ゆえ仕方ないが、多くの人は
著名=金持ちと固定観念をもたれている。だから、ウチに来ると、ここで生活され
ているのですか?と真面目に真剣に疑っていそうな顔で聞かれる。
(雨漏り、床抜け、窓はビニールである。北の零年のロケセットの方が良い。
北朝鮮と変わらないだろうし、夕張メロン以下と新聞に書かれた事もある)
本当の事情を言っても、その手の人達は頑張ってくださいで終わる。
写真に関心がなく初対面の人と話すのは疲れるが、この場合、よけいに物凄く
疲れるのである。事情があってギャラリーにしているが、他の写真や炭鉱関連の
イベントに参加できないだけでなく、独自の企画も作れないのだ。
作品を作っている人間は余裕のある公務員でもボランティアでもない。
経費がかからず、ギャラを貰える文化人でもコメンテーターでもない。
金にならない作品というものを作っている生活力の弱い人間なのである。
「新聞記事」
写真集のページに載せたが、北海道新聞に寿郎社の社長が人間遺産と書き、
友人達にウケている。確かに化石とか、よく言われるが、私も笑った。
現在、メディアでは乞食という言葉は載せれないが、経緯には使われている。
まあ、服とか靴とか買わないし、贅沢は何もない。靴なぞ、スニーカーとサンダルと
長靴、一足づつしか持っていない。スーツもネクタイも革靴も持っていない。
別にイイ男でもないし、(よくトム・クルーズとかに間違えられるが)エエカッコしても、
ここは六本木でも青山でもないし、金で買えるブランド物を買うより、創作をしてる
方が遥かに楽しい。(本当は友達と飲んでいる時が一番幸福で贅沢だと思ってる)
残念なのはスーパーの惣菜や刺身類が半額になる時間は寝ている時間なので
それだけが、口惜しい。あの半額のシールは物凄い魔力を持っていると思う。
(大体午前中が事務系の仕事。午後は酒と食事。そして、睡眠で夜に起きて
写真を焼く。事情がありギャラリーをしているが、暗室中に客が来られると
非常に困るので、こういう生活パターンになったのだ)
金が全くなく、、、、と言いつつ、焼酎とタバコだけはやめられず、灯油なしで
冬を過ごした事がある。水割りやママレモンも凍る。昼間は外の方が暖かいのだ。
事情はあるが、好きなことをやっているので、貧乏は仕方ないと思っている。
まあ、お陰さまで写真集の評判は良い。延期の連続で疲れたが、一安心している。
「字」
苫小牧の知人に送った写真集が戻ってきた。
当たり前である住所が違うのである。メールで知らされた住所は春日町である。
私は自分なりに漢字で春日町とノートに書いていたのだが、封筒に書き写す時、
あまりに字が汚くて、若草町と読め、若草町と書いてしまったのだ。当然の然で
そんな町なぞ苫小牧にあるわけない。郵便屋さん、ごめんなさい。
アホの風間が悪いのである。
(政治家の言う民営化になったらこんなサービスはなくなるのだろうな。私は税金
の無駄遣いが嫌いだから、多くの民営化を求めている。しかし、落下傘候補の
多くは官僚である。絶対天下りと無駄遣いは減らないと思うのだ)
私は子供の頃は、キカナイ性格だったという。字を覚えたのは学校に上がる前に
自己流で覚えたそうな。で、学校の綺麗な字は、、、、。で、汚いままである。
何しろ、自分の字を読めないくらいなのだ。(この手の失敗は月に数回ある)
おまけに平仮名がばかりである。だからワープロやパソコンは本当に助かっている。
年上の人へのワープロ文字は失礼に思うが、読めないよりはマシである。
今回の写真集で私に申し込まれた人には貴名を書かせてもらい署名をさせて
もらっている。その字を見た寿郎社の社長は上手いと言った。
ワリと私の書は誉められる。ただ、それは、、、一般の人にである。
馬の鬣を筆にしようとして噛まれたぐらい書は好きだが、実際は平仮名もまとも
に書けないのである。専門家がみたら、素人が誤魔化している字である事は
一発でわかる。ただ、ボールペンやマジック等硬いもので署名すると下手すぎる
ので、筆で誤魔化しているだけなのである。
私は炭鉱遺産を壊すなとか首長や知事に働きかけていた。
そういう時は水戸黄門とかに出てくるような巻かれた和紙に筆で書いていた。
おかしなもので、あれで書くと自然に字の末とかが、昔の歌人の字のように
長く延びるのです。おまけに、侯(そうろう)とか、そういう言葉が自然に書かれる
のである。まあ、越後屋を(笑)諌める文書だから、仕方ないが、、、(笑)。
夕張のというか、田舎の人は大人しい。だから代わりに、嫌われても、ナニ言わ
れても構わない余所者の私が意見していた時代があったのだ。
(そのせいか、夕張市から仕事を貰った事が無いが。笑)
一時は筆も色々持っていたのだが、売ったり、やったりで、、、今回は筆ペンで
書いた。それしかなかったからだが、15年ぐらい使ってる筆ペンで体と意思の
通りに動いてくれる。このぺんてるの筆ペンは気に入っている。インクが無くなれ
ば、インク部だけ交換できるのである。細字と中字を使い分けているが、
普通の筆ペンと違って、かすれ字も使いやすい。お勧めである。
「デジカメ」
蜂に刺された足を携帯のカメラで撮っていて思った。
シャッターの音が無理やり出ている。
盗撮防止のため、デジタルにはついているという。
銀塩カメラはシャッター音やショックを小さくしようとしてるのに、、、。
なんか、笑ってしまった。
「NY」
写真集の感想のところにNYにいる時啓さんの文章を書いた。
寄稿してくれた方は同時に出版社が写真集を送ってくれた。
しかし、東京の先輩達とNYと時間差がないのである。
確かに成田〜NYは1日もかからないだろうが、初めての海外通信ということで
私も出版社もその速さに驚いた。
で、一応、写真集の文章はすべて英訳してある。
夕張がテーマだし、私は夕張に暮らしているが、地元の反響は東京や札幌に
較べてイマイチ。NYで売った方が良かったりして、、、。
「蜂」
刺された足は更に酷くなり、膝の上30cmからつま先まで5cmの所まで腫れている。
右足だけ象の足である。車の運転さえ厳しい。(寝ている時ジャージの中に入って
きて膝を刺されたのだ。その時はもう痛くて寝れなかった)
そこで、ただ辛い思いをするより活用できないかと考えた。
で、撮影しようとした。お気軽撮影用のカメラがないので、携帯でとろうと思った。
初めての携帯カメラであり、初めてのデジタル撮影なのである。
なんとか写っていると思うが、、、しかし、操作がわからないのである。
カメラを終わらせる操作がわからない。
ツアーのために買ったものだが、三日しか使っていないので、わかるわけがない。
以前に一度無人島に行くためにプリぺイトを買ったが、30分しか使わなかった。
で、こんな小さいのに凄い機能だし、画面が綺麗だしで、半分に折ってやった。
友人のプロカメラマンに言わせるとデジカメはフイルム代はかからないが、
パソコンとか初期投資がかなりかかったそうだ。そして、その整理に多くの時間が
かかるそうだ。そしてデジタルのランニングコストがいくら安くても、みんなが使うと
何もメリットはないそうだ。ついでにクライアントからもデジだからと撮影代を叩かれ
るそうだ。な〜んもメリットないのではないかと思う。
おまけに写真が下手になるという。
確かにズームによって、フットワークをしなくなり、駄目になったもんな。
パソのメールは物凄く安く、助かっているが、その数倍以上迷惑メールくるしね。
私はテレビも新聞もない暮らしを十年以上してたが、何も困らなかった。
若い人と接していると使いこなすべき情報に飲まれているように感じる。
で、みんな似たような写真。もしくは他人と差別化するためだけの写真。
売れたもの勝ちかもしれないが、そういうヒトはすぐ消えていく。
やっぱり、本当にやりたいものを撮り、それを評価される喜びには勝てないだろう。
シンプルisベスト。バーチャルより、リアルな幸福な人間関係で行こうと思った。
とはいえ、蜂には本当に参っているのである。
「喜び」
写真集に関して延期の繰り返しで疲れ果て、出来た時も喜びはなかったと書いた。
しかし、好意的な反響が届くようになり、やっと喜びが感じられるようになってきた。
ゲラを見て、寄稿してくれた先輩達はデザインが鈴木一誌ということもあり、ある程
度のものは予測していたそうだが、想像をはるかに越える出来だと言ってくれた。
長野さんは今年の十指に入ると言ってくれた。本当に嬉しい。
「寿司」
以前、チラシ寿司を作ってみようとインスタントの寿司の素を買った事がある。
しかし、それを作る前に炊飯器が壊れた。貰いもんだが、液晶の画面のついている
割と新しいやつだ。昔使っていたシンプルな奴は長持ちした。これはカメラも同じの
ような気がした。昨日、久しぶりに米を炊いたのだが、寿司の素のことを思い出した。
それは冷蔵庫の上にあった。飯が出来て混ぜる時、知人がきた。でバタバタして、
タイミングは悪かったが、寿司の素を振りかけ混ぜた。
その瞬間、写真を思い出した。そう停止液に使う酢酸そっくりなのだ。
驚いた。
で、当然考えた。この寿司の素を写真に活かせないかと。
酢酸を寿司に混ぜるのはいくら私でも、間違っても、絶対にやらないモン。
「娘」
若い頃、世話になった?洞爺の陶芸家菊地さん家族がきた。
?をつけたのは朝4時から菊地さんの父さんのアスパラ刈りを手伝っていたからだ。
もちろん、農作業は楽しかったし、新鮮で夜露のついた生のアスパラを齧れた事は
大きな喜びだったが、肝心の菊池さんは起れなかった事が少なくなかったからだ笑。
一番下の娘であるさやか20歳も来た。この前会った時は16歳であるが、
足にマニュキュアを塗っていて驚いた。このさやかはガキの頃からキカナイやつで
保育所の頃から、小学生を呼び捨てにして、命令を出していたのだ。
そのせいで可哀相に兄貴の遵は同級生から文句を言われまくりだったそうだ。
このさやかは札幌の大学で写真部に入っているという。
少し、見せてもらったが、始めたばかりであるからまあ、、、、。
ただ、氷を撮った写真は美しかった。
で、この冬は氷を撮ろうと思った。昨年のつららは今ひとつだったからでもあるが。
それにしても、あのさやかが写真をやっているとは本当に嬉しく思った。
お古だが、昨日、貰ったばかりの引き伸ばし機があったのでプリントとプレゼント。
北海道では良い写真を見れることは少ない。そこで図書館である。図書館にある
写真集は良い物が多い。本屋なぞ、知床とフラノと犬猫ばかりであった。
おまけに図書館だからタダナノデアル。とにかく良い物を見ないと駄目である。
レベルの低い物を見てもな〜んも勉強にならないからである。
そして、他のジャンルを見たほうが勉強になる場合がある。
私は嫁ハンもいないが、娘が出来たようで幸せな気分になった。
「写真集」(「写真集2」も書きました)
写真集が出来た。取材もあり、出来てどう思うかと聞かれた。
しかし、正直言って何の感慨もない。
延期の繰り返しで、もう疲れきってしまったのだ。経済的なこともあるが、
今年と来年半分の予定が立てられなくなっているのでもある。
だから、届いた時も感情高ぶる事はなく、
ただ、印刷ミスがないか確認しただけである。
見せた人からは物凄く評判も良いし、有名な写真賞の二つにノミネートしてくれると
いう人もいる。5千円の値段は高いかも知れないが、写真集の相場を知っている人
には安いと言われている(出版社は当初1万円の値段をつける予定だったが下げ
させた)それらの事は嬉しいのだが。疲れてしまっていたのだ。
それが正直な所である。出来れば買って欲しい。
炭鉱遺産散歩も安くするため、印税なしの大赤字だ。
夕張は広がって欲しい。
「写真集2」
写真集の感想を送ってくれた人がいる。
「予想をはるかに超えて、素晴らしい出来です。なんらかの話題に上がるのは
確かだと思う。須田さんの「人間の記憶」と肩を並べていると思います。
もちろん鈴木一誌さんのデザインの力も大きいが、やはり廃墟男の00とか、
表層ロマンの炭鉱写真家を突き放すだけの説得力があります。
なんだか他人の写真集なのに、自分のものができたようなうれしさがこみ上げて
きます。そして、私もモノクロをしっかり形にしようという勇気が生まれてきました。
ほんとうにいい写真集になりました。よかった、よかった。」
この方の写真は私も高く評価している。写真をやっている人なら誰でも知っている
人である。権威や自慢ぽいが、正直言ってここまで思ってくれて、本当に嬉しい。
(須田さんの「人間の記憶」は見ようと思う)
「写真集3」
私は体のこともあるので、大勢の人に生かさせてもらってきたと思っている。
しかし、激しい気性もあり、器用に生きることはできず、情けない思いもする。
今度の写真集は持ち出し自費出版が当たり前の出版界で持ち出しなしで、
出してくれた札幌の寿郎社の力による所がすべてである。
この寿郎社は借金があるくせに、優れた素材を見つけて良いものを作り、
その作家がブレイクする事も少なくない。山田深夜も寿郎社から出したのが
注目され、大手からの出版が決まったそうだ。山田さんの物は寿郎社の一冊
しか読んでいないが、お薦めする。他の本も薦められるし、寿郎社のファンも
多いのだ。私自身正直言って、金にならないものを撮っているせいもあり、
賞は欲しい(賞金はもっと欲しいが)。しかし、今回は寿郎社の為にも絶対に
欲しいと思っている。北海道のプラスになりたいという人は多い。
しかし、口だけか、もしくはHPを作るのがせいぜいである。
借金までやって頑張っているものは少ないのだ。
社長の土肥も私も延期の連続で本が出来た時も、疲れ果てていて、大きな
喜びはなかった。増刷か賞を獲った時は死ぬまで飲もうと思っている。
(こんな寿郎社だからそこに集まるやつはオモロくて、本物の男と女ばかりだ。
土肥も借金はあるが幸福を持っていると思う)
「35ミリ現像」
久しぶりに35のプリントを焼いた。サイズは六つ切りでトリミングなしの、フルフレ
ームで焼いた。しかし、全然面白くない。拡大率は小さいのだが粒状が、汚く感じ
るのである。67に較べ、粒状が劣るのは当たり前だが、、、、。
素粒子作品以外は35は使いたくないと思った。
「免許証」
色々あり、イラついていた。免許の更新の受付に行った。
知人の写真屋は臨時休業。仕方ない。
警察付近にはあと、2軒写真屋があるが、、、、。
一軒は「ただいま病院に行ってます」の張り紙。
もう一軒は「フィルムが切れていて撮れません」だった。
同じ夕張市内とはいえ10キロ近く離れており、隣町の感覚なのである。
清水沢の店により、もう一度本町に行く気はなくなっていた。
もっとも、昨日はヨドバシに行っていたのだ。
証明写真の安いセルフの撮影機はあったのだ。
見事なアホである。
「本屋の写真集」
紀伊国屋の写真集コーナーを見る。
夕張の山の中にいるので、癒しがブームというのは実感できなかった。
しかし、写真集コーナーには絵葉書に使えそうなきれいな風景と犬猫ばかりだった。
写真集という言葉より癒しコーナーと変えたほうが良いと思った。
売れるから出しているせいか、どれも同じようなものばかりに思えた。
しかし、まともな写真集はまだ出ていない私としては羨ましい部分もある。
「蛍」
昨日、プリントをしていたら、露光中の印画紙の上に蝿が止まった。
3分の2以上の時間だがら、見事に白い蝿の跡。
で、思い出した。写真関係の冊子に載っていた蛍を使った作品。
蛍の緑っぽい色が飛びつづけている写真は良く見る。
正直、美しいと思った事はない。
蛍が飛び回っている風景は実際に見てるし、美しいと思うが、蛍を撮った写真は
かえって汚く見えると私は思っていた。
閑話休題、この作家は生きている蛍を印画紙の上に置き、コップごと被せた。
蛍の光で印画紙を露光しようといういうものだ。
写真は小さいのしか見ていないが、蝿よりは美しいだろうが、まだ、技法のための
技法にしか見えなかった。と偉そうなことを言っても、私も実際に見た蛍の空間以上
の物を作る自信はない。
私は風を映したシリーズや星のシリーズ他長時間による作品は多いが、高速カメラ
を使って雲が流れる映像(静止ではなく、動画。良くCMで流れるやつです)の方が
美しいと思っている。しかし、乗り越えたいと思っている。
「花火」
コンビニで買ってきた花火を撮ろうと思ったが、フィルムが切れているのと
撮影方法に悩んでいる。三脚を使うとしても眼と両手はカメラに使う。
セットを作って花火を固定すると今ひとつ面白くないと思うのである。
そして、映像を作ると言う意味でも、写真に写る光を自分で操りたいと思っている。
技術的な部分では光量も少ないと思うので開放だと思うし、近距離だろうから、
ピントの問題があるし、悩むのである。
写真集は26日に届く事になっているが、10月に延期になった夢を見た。
飛び起きてしまった。
「花火大会」
腕が悪いせいか、花火が少なかったせいか、花火の写真があまり撮れなかった。
やっぱり、ある程度の数はひつようなのだ。しかし、遠くに行くのもきついし、
行った所で初めての場所でよい物が作れる可能性は低い。
一番良いのは撮影に向く場所で打ち上げてもらう事だが、当然、現実的でない。
で、自分で、花火大会をすることにした。近くのコンビニで線香花火ほかパックの
安い奴を2000円分買ってきた。作品が出来次第アップします。
これだけあると冬にもできる。見たことあるが、冬の花火も綺麗なんですよ。
一応この間の夕張花火大会の写真はアップしました。見てください。
私は金魚が好きなのです。金魚は生きている伝統美術だと思います。
花火もそうだと思います。最新の花火より昔の方が美があったように思えます。
そして自分の目で見たカラーの花火より、写真で捉えたモノクロの方が美しさを
私は感じています。(自慢ではないが、ファイルを見た人は感動している)
「9、11選挙」
下記「女」にも書いたが9、11に選挙が行われる。
昨夜、重大な事に気付いた。写真集がウチに届くのはこの27日の予定である。
その後、札幌で写真展をやる予定であったのだが、選挙報道があるので、
新聞等で取り上げられない可能性がある。予算不足で広告を打てない身としては
新聞は多くの人に知ってもらう大きな武器なのである。
個人的な事情かもしれないが、小泉は選挙や地震で靖国を誤魔化せるし、、、。
「女」
小泉解散で反対派に落下傘候補を出すという。どちらの言い分にも一理はあるが、
あまりに国民を馬鹿にしてるので、どうでもよくなってきた。
おまけに9、11選挙って9、11テロに語呂合わせしている。
落下傘部隊のヒットマンは女である。結果に対する野次馬的興味だけはあるが、
あの女たちは女が馬鹿にされている事に気付かないのだろうか。
(いっそ、モー娘。に議員をさせろっての。それにしても選挙と地震で靖国参拝が
ウヤムヤになって、小泉はツキを持ってるよな。)
まあ、写真だけに限らず女流と言う言葉は芸術の世界ではよくつくのだが。
私は若い女の子が好きである。若い男の子はメカには詳しいが、ナヨナヨと
女の腐ったやつみたいだからだ。女の子の方がさっぱり、きびきびしていて、
行動力、積極性もあるからだ。写真や芸術には積極性が絶対必要だ。
札幌の5大学の有志による炭鉱遺産を活かした町づくりコンペがあり。
さっき2校きた。女5人と男一人。私は夕張や旧産炭地は日本で倒産しそうな
ので道民はもっと頑張って欲しいと思うが、、、。女の子に期待するしかないのか。
ホリエモンが無所属だが、ある意味、自民党?から出るようだ。残念である。
私は夕張市長になって欲しかった。そして、フジで儲けた金で夕張の借金を、、。
「貧乏」
寝ていた。かなり飲んでいたし、、、。
足がムズムズしてた。目を開くと、、、ネズミがいた。
ハム太郎でも、可愛い外来種でもない、、、チト辛い。
(一番哀しいことは実話と言う事だ。数年前には寝ていて頭を齧られた事もある)
今日は風邪で腹と腰が痛いが焼いた。今までの暗室中で最低の状態である。
(おまけに暗室ではなく、温室状態である)
しかし、焼き上げた。写真雑誌に送るやつだが、理由はセコイ。
郵パックのカードが10枚溜まっているのだが、明日で期限が切れるのだ。
そう、11個目は無料で送れるのだ。
貧乏のせいで、テストピースも小さいし、焼き直し率はかなり低いと思う。
現像液も1対1でしかプリントをしたことがない。プリントの失敗には頭に来る。
ゆえにプリント技術が上がったと思う。自分で言うのはなんだが、号数の調整や、
露光時間の調整は凄まじく真剣である。
ただ、私は好きなことをやっているので、幸福だし、貧乏自体は恥ずかしいと
思った事はない。しかし、親も弱っているのに何も出来ない。ただ、貧乏は哀しい。
「アーティスト」
台湾出身で世界中回り、沖縄に住んでるアーティストと東京で活動してた札幌在住
の写真関係者がきた。物が分かる人間で楽しい時を過ごせた。
台湾の女性は日本の名刺社会はわからないと言っていたが(笑)
自分のファイルを出して、見てくれと言った。私と同年齢の女性、いやオバハンで
ある。こっちは暑くて上半身裸の無礼な身だったが、作品フアィルを見てくださいと
いうという姿勢が気に入った。
(見てくださいと言われた事を自慢するわけではない。私も結構歳だが、
先輩達に見てくれと送っているのだ。)
良いですよ。作家はやはりこうでないと。写真だけでなく、インスタレーションもして
いると言い、その作品も見せてくれた。正直言って共に詰めの甘さが合ったが、
私はこういう人は好きである。私は炭鉱遺産の専門家と思われているらしいが
夕張のこの広い家と回りの公園の環境の中で創作をしたいと移り住んだのだ。
書や平面、立体、作曲をしたかったのだ。チト、事情があり、評価の高かった写真
をやっているが、、、。
口先では語るのに作品が駄目な人も結構いる。
作家は作品以上でも以下でもない。
北海道はいろんな人がいるが、こういう人のワークショップこそ開くべきだ。
「リーフ」
ギャラリーに植物紀がある。撮影地である夕張市内の鹿島地区は三菱の城下町
とも言われ2万人ぐらいが住んでいた。しかし、閉山後、人口は激減して数年前
には500人ほどが静かな暮らす町になっていた。この鹿島地区は北炭系の夕張
より大きくなろうと大夕張と呼ばれ、独特の地域であった。しかし、ダム計画により、
住民は移住していった。このダムは開発局が統合?されるのでその前に大きな
プロジェクトを残しておきたいとの願いにより計画された。もちろんダムの必要性は
ないが、田舎では役人は神様だし、北海道は官依存が強いので、マスコミを始め
反対は少なかった。住民500人の内、反対したのは数人だった。
現在、は無人の荒野となっている。北海道は冬が長く、植物が生える期間は短い。
しかし、雑草ゆえ、生命力は強い。人間の欲望、権力の横暴なぞお構いなしに
増殖している
「花火」
2回目の花火の写真を撮った。撮るには撮った。しかし、花火が少ないと思った。
夕張夏祭りだが、新聞には千発と書いてあったので、かなり期待したのだが、
アットいうまだった。間延びして打っていても、30分ぐらいだった。
用意したフィルムの半分も使わなかったし、4本持っていったレンズも2本しか
使わなかった。周りにいた人も絶対千発ないと言っていた。
しかし、役人に聞くとスターマイン?だかは一区切りに50発ぐらいに
なるのであれで千発という。嘘ではないらしいが、、、、。実感は300発ぐらい?
期待していた柳のような物もなく、ガックリ、、、。
(構成も悪いと思った、過去人口7千の東川の花火を見て来たが、満足度は
東川の3分の1以下である。東川も30分あるかないかだが、終わった後、誰もが
拍手をするぐらいに良かったのだ。)
1時間ぐらいで4千発ぐらいでないと迫力がないように思える。
とはいえ、数年前、初めて私の住む清水沢地区の花火大会に撮影に行ったの
だが、予算の関係でしょぼかった。音は10回程しか聞こえなかったのだ。
(間違いなく2〜3分だった)シャッターは4、5回しか押せなかった。
あれには参った。怒るよりポカンとなってしまった。
私のカメラは6X7なので重いし、三脚も担いでいったのに、、、。
確かに小さな記事だったが、花火大会と新聞に書いてあったのだ。
誰だって2〜30分ぐらいはやると思うわな〜。詐欺だよアレは。
とはいえ、満足できるカット数が揃うのは何年かかるやら、、、。
「花火2」
一応、花火は撮った。(まだ、現像していないが)フィルムはモノクロでフジの
400である。(戦争が好きで、実験のために原爆を落としやがったアメリカの
製品は使わないのだ)デジタルではないので現像してみないとどうなってるか
分からない。ちなみに6X7で75ミリの広角と135ミリの中望遠の玉だ。
露光は共に開放(F3、5とF4、5)で無遠限で速度はBだ。だいたい2〜5秒ぐら
いが多かったと思う。前回でもあり初めて撮ったときは4枚しか撮れなかったので
正確なデータはない。おまけに一眼レフだから撮影中はファインダーは見えない。
その間は風も吹くだろうし、変化はするだろう。で、現像してみないと分からない。
「川の記憶」「星の啼く街」「風を映した街」も上げてみないと分からなかった。
それゆえ、かなりドキドキした。1枚を撮るのにもかなり時間がかかる、そのくせ
気に入った物になる確率は低い。(熊にビビリながらも撮ったものもあり、正直、
もう撮りたくない)
「leaf」という葉を写した物もある。自分で言うのは変だが、プリントをしていて、
凄いと思った。構図を決め露出をあわせ、撮っただけのものである。
しかし、その一瞬に多くの葉っぱが写っている。数える気力もなくなるぐらいの
多さ、いや凄さだ。写真というかカメラの凄さに思えた。絵に描いたらどれだけ
かかるのだろうか。同じカメラを使い、プリントしているが、えらい違いである。
私は空知地方の炭鉱遺産の専門家のように思われているらしいが、
実際は違う。今度出る写真集のあとがきにも書いたが、炭鉱を撮るために、
夕張に住んだわけではない。また、炭鉱施設は風化していて絵になりやすく、
そんな物を撮るのは安易だと思ってカメラを質屋に入れ、酒ばかり飲んでいた。
炭鉱遺産の表面は錆びているし、それを超広角や粗粒子とかで強調すると
誰でも簡単に表面的に迫力ある写真が撮れる。
写るということと、写すということ、また、カメラ、写真機材を使って作品として
表現する事はかなり違うと感じる。
しかし、感動という部分において、些少な方法論は小さな問題ではある。
しかし、その小さな問題にこだわっているのが、作家の仕事のように思えた。
それにしても、もっと花火を上げて欲しかった、、、、。
回りの露天も市民が出しているものばかりでつまらない。
私の好きな金魚すくいが、、、、。
「夜空」
久しぶりに星がきれいに出ていたので撮りに行った。
ただ、単に星を撮る事も経験ないのだが、星を使って作品化しようと思ったが、
チト、無謀な結果だった(泣)。某日本カメラに星を点光源として捉えるのなら
標準レンズで一分だとか書いてあったので、私は信じた。
が、、、、。自分が買っていた本なら抗議しただろう。
自分の作品も掲載になり、送られて来た物の記事だから仕方ないが、その程度の
奴に特集記事を書かせるなよ。(掲載されたこの写真家もどきの作品は酷いし、
美しさ自体もなかったが)1枚作るのに10分はかかるのだぞ。
(良い天気の日は北海道とはいえ、少ないし)
とはいえ勉強不足も面もないではない。星座の名前は多少知っているが、
実際に夜空の星座と名前が合うのは、北斗七星とオリオン座だけである。
おまけにこの時期、北斗七星は見つけられなくて、回転の方向も分からないので
ある、、、、。天候のこともあるし、作品化できるのは何時になるやら、、、、。
おまけに過疎地の夕張とはいえ、国道があるゆえに?街灯が多く光害で撮れる
場所は以外に少ない。(家の周りも街灯と木の多さで駄目なのだ)
しかし、長時間夜空を見ていると多くの流れ星を見ることができる。
チト、幸福を感じる。「良い作品が撮れるように」「世界が平和になりますように」と
願い事を、、、、するはずなどない。
「金持ちになりたい」と現実的な念を送っているのだ。
「ゴミ」
暗室作業の中でもっとも注意するのがネガについたゴミであると思う。
私も1ミリ以下のゴミには苦しめられる。エアーと綿棒でやっているのだが、
いらつく場合が多い。今日は「植物紀」を焼いた。細かい葉っぱがあり、ゴミは
目立ちにくく楽である。しかし、「空」とか「夜想曲」「星の啼く街」等の夜空や空の
部分が多いネガに限ってゴミが多いように思える。これは思い込みでは絶対無い。
本当に毎度頭に来るのである。
暗室が温室状態の時は特に頭に来るのである。
「太陽の季節」
「川の記憶」と「空」を組み合わせて「太陽の季節」と題したファイルを作る。
このやり方は自分としては新しいやり方だが、新鮮に見える。
掲載されるかどうか分からないが、日本カメラに送ろう。
しかし、私にとって送れる雑誌が少ないというのは辛い。
「フィルム現像」
この夏最高の暑さの日に現像をした。2Fの暗室はやはり、暑かった。
製氷皿がないので、氷がなく、温度を下げるのに苦労する。しかし、やはり暑い。
ひさしぶりに前浴をする。フィルムの性能が上がったので、必要ないと言われるが、
不思議な気分になる作業なのである。そもそもの目的はいきなり現像液だと
ムラや気泡が出やすいと言われたからだ。
現像液や停止、定着液はフィルムを通しても無色透明のままである。
しかし、前浴はごく普通の水道水なのだが、その使用液は紫色になるのである。
現像や定着は薬品だから色が変わっても、不思議でないのだが、ただの水が
紫色になるのは不思議に思える。
フィルムによってその色はちがうが、美しくて私は好きなのである。
以前金魚飼っていたが、その時、薬浴に使ったメチレンブルーも美しい。
あれをなんとか作品化できないかと思っている。
200円ぐらいでペットショップで買えるのでぜひ、お試しあれ。
「フィルム現像2」
チョット初めての現像方を試してみた。
わたしは1分の連続攪拌の後、1分ごとに10秒ほど攪拌する。
(ちなみに使っているのはISEのブローニーが3本出来るやつである。MASUKOも
持っていたが、私は手が小さいので合わない。そしてキャップがステンレスなのは
苦手なので、若い者にやった。)
新しいやり方は最初の1分間は連続攪拌して、その後、切り上げる時間まで
そのまま放置する方法である。粒子は細かくなるそうだ。しかし、コントラストが
低くなりそうで、今までやっていない。比較プリントをしないと結果はわからないが、
10分ぐらい何もせずにいられるのは助かる。ゴミを捨てたり、作業後の酒の肴を
作ったり、トイレにも余裕でいける。もちろんその間、ベタ選びや写真作業も
出来る。ぬれたネガだけ見た場合は遜色ない気がする。しかし、これが上手く
行けば、私の暗室作業は大きく変わるだろう。。
ちなみに私は昔、フィルム装填時だけでなく、液の注排水の時も暗黒にしていた。
注ぎ口から、光が入る気がしたからだ。もちろん、その後は注排水の時は明るく
していて物凄く楽になったのだが、、、。しかし、上には上がいる。
伊兵衛賞も受賞した大家が昔、ラボで食おうと写真館を始めたそうな。
現像は素人なので本に書いてある通りにしたそうだ。真っ黒になったそうだ。
いくら現像液の種類や温度、攪拌方法を替えても、ネガは真っ黒だったそうだ。
しかし、これは当たり前なのである。現在では大家になってるド素人はフィルムを
現像タンクに入れる時(リールを巻く時も)部屋の電気をつけっぱなしでやったのだ。
現大家の本には部屋を暗黒にするとは書かれていなかったそうな。
「ニコンとペンタ」
今日は午前中、ニコンの35を使っての人物撮影。
昼にカレーそばの撮影。
午後はペンタの6x7を使っての作品作り。共に天気は今ひとつなので、
チャンスは少ない。交換レンズの交換も多い。で、このニコンとペンタの困る所が
マウントの回転方向が逆なのである。何回間違ったかわからない。
おまけに今年最高の暑さである。おまけにカレーそばが昼食であり、
夕食は昨日の残りのカレーである。次の行動のために体を治す為にも頑張ろう。
「東川の思い出」
結局、風邪と腰痛、おまけに蜂に刺され、旭川と東川には行けなかった。
旭川の友人には悪いし、今年は少なかったが、東川に来る写真関係の知人達には
会いたかったが。
改めて、東川だが、、、、また悪い情報が入ったので、写真編5にも書き、重複
するが、改めて書く。
今年の東川フォトフェスタだが、不景気のせいもあるが(?)、町民に不人気なの
で写真の予算も削られ、今年は写真の星座という、私にとってはフェスタの中で
目玉と思う公式スライドショーがなくなった。ゲスト写真家のギャラやアゴ足代節約
が目的だそうだ。スライドショーが不興で中止になり、ゲストが減るのならまだ
納得する。
また、スライドショーの廃止だが、少ない予算で出来る方法はあったと思う。
私も出品した事があるが、戸惑った。即興音楽家が音楽をつけるのだが、
まず、ウルサイ。私も作曲はしてたので、音楽は好きだが、
勝手に音を押し付けられるのは、一表現者として不愉快であった。
音が邪魔と言う写真家は少なくないし、写真家が事前に音を聞くわけではない。
コラボレーションという言葉は流行でかっこよいらしいが、その意味は共同作業と
いう意味である。多くのスライドショーは写真にあわせて、ミュージシャンが曲を
演奏するだけでは、共同作業というものには程遠いものにしか思えない。
少なくても、フォトフェスタでは写真を主役にすべきだし、コラボもどきでは哀しい。
ゲストが少ないと言うことは大きな魅力がなくなったと思う。
東京で写真展を開催しても、著名な写真家や評論家が見にくる事は稀だろう。
ましてや、北海道で写真表現を志す人間には数少ない大きな機会だと思う。
フェスタで展示することによって、写真展や専門誌掲載、写真集発行に声を
掛けられた者も少なくないのだ。私はやる気のある若者にはファイルを持って
きて、多くの人に見てもらうよう言っている。だから、ゲストが少なくなるの辛い。
もちろんゲストの来ても手持ち無沙汰になり、する事がないという声も聞いている。
そういう人は東京大阪に戻って、東川の悪口を言う。しかし、それは企画者側の
責任であると思う。たとえ小さい規模でも、ワークショップとか実施すべきである。
今年はある若者がワークショップの開催を提案したが、駄目だった。
東川における写真家のギャラは3万円である。(スライド制作費を含む)
それほど高い金額ではないと思うが、せっかく来るゲストなのだ、ボランテアで
やってくる写真家志望の若者も20人ぐらいはいる。有効に使うべきである。
私は高校生の時、写真誌の高校の部に載っていたが、成人して初めて載ったのは
93年のアンデパンダン展で認められ日本カメラに載ったのだ。
毎年、フェスタのアンパン(現在はインディペンデンス展という)から優秀な作品は
日本カメラに掲載される。これは若者にとって大きな励みになっていたと思う。
しかし、今年から日本カメラでは掲載されない。詳しい事情はここには書けないが、
今後も無理だろう。写真家を志す若者にとっては大きな魅力がなくなったと思う。
ゲストも少ないので、インディ展に展示しても講評自体が出来るのであろうか?
来年から参加者は集まるのだろうか?
過去、出品だけして講評に参加しない人間も多かった。私は出す意味がないと思う
し、何のために出品しているのか理解出来ない。今年からは講評に出席しない人は
出品を遠慮してもらうという事をしたそうだが、時すでに遅しの感がある。
あと、写真家志望の若者に魅力なのはニコンユーナである。ここで認められれば、
新宿ニコンで無料で展を開く事が出来る。おまけにDMも無料だし、制作費として
5万円もらえる。しかし、今年の参加者はほとんど内地から来たボランテアだった
そうだ。アンパンもそのボランテアが多かったと聞いた。
私は上記のことも考え、ニコンユーナは札幌でしたほうが良いと考えていたが、
道民の参加がないのならユーナやアンパンを北海道でやっても、
意味がないように感じる。
今年の東川は予算削減の他に、写真の町を提案し、関わってきたゼブラと言う会社
の倒産があった。
東川の写真の担当はほぼ、2年ごとに変わる。だから、写真に詳しくなる頃には
異動になる。で、このゼブラにマル投げの部分が大きかった。
ただ、写真担当の前任者は首になったわけでも、事故で死んだわけでもない。
違う仕事かも知れないが、同じ役場内で仕事をしているのだ。同じ職員なのだから
もっとうまく出来なかったのかと思う。
このことが20年続けていても進化がなかった原因だと思う。
どこの家というより、どの携帯にもカメラはついている時代である。また、多くの日本
人は風景や動物が好きだけど、表現としての写真は難しいせいか、人気は少ない
かもしれない。だから客は少なかったかも知れない。東川は写真の町ということで
写真で町おこしという部分も大きかったと思う。しかし、写真甲子園で知名度が
上がったとはいえ、行政や町民が求める実質的効果がなかったのかも知れない。
今年は多くの札幌の大学写真部や若者がストリートに展示していたそうな。
担当は大学生達はよくやってくれていると言った。予算もかからず多くの人数が
集まるのだから当然、町は喜ぶ。
ただ、しかし、それは写真をよくやっているのか、町おこしをよくやってくれている
のか。
役場の担当は2年で替わると書いたが、学生の実行委員も替わるので
不安である。
町民の金を使って、町民に不評な物はしないほうがという若者もいる。
それなら、レッサーパンダの風太君を連れて来るべきだし、町民が当初から
言っていた知らない外人に金やるぐらいなら橋や道路を作って欲しいと
いうことになる。安易で幼稚な発想でしかない。
札幌だったら、安いとこで簡単に展をして、若手写真家と扱われ、その気になる。
しかし、東川には本州の人も来るのである。北海道ってレベル低いなと思われ
ないように頑張って欲しい。北海道写真月間と名乗り、展示しているのだから、
良い作品を作っていることと思うが、単にサークル活動で楽しかったという結果
だけを見せられるのも辛い。
(昨年のストリートは見たが、写真甲子園出場校の提出作品の方が面白かった)
私は過去数年、フェスタで野外展を主催してきた。多くのゲストに言われた事が
ある。「写真の町が写真家を応援するのならわかるが、金もない写真家が自治体
を応援するのは逆ではないか」これは正論だ。しかし、私もそうだが、写真に
関わる者は東川を応援している。しかし、それはあくまでも、写真の町だからだ。
普通の町の町おこしに協力しているわけではない。
以前、写真協会賞だったかの特別賞を写真の町は受賞したが、
あれは写真文化を育んだことについての受賞です。
写真表現という根元のところをきちんと見つめて行かない限り、
東京や大阪などから若い人は集まらないし、写真の町の意味もないように思うのだ。
写真美術館を作りたいと町長が言ったそうなので、核心の部分は大丈夫だと思うが、
現時点では写真家志望の人には、東川まで行く価値はあまり感じられないので
薦められない。
「アクロス」
擦り傷をなくすために久しぶりにドライウェルに漬けただけの自然乾燥をさせる。
当然、ゴミは多くつく。それにしてもいくら粒子が細かくなったとはいえ、ベースが
薄く扱いにくい。
新しく届いた印画紙を使う。同じ物なのに薄くなっている。遮光用の黒袋も薄くなっ
ている。需要が少ないから仕方ないか。納豆だって大豆が高くなって45gになったり
してるもんなあ。(遺伝子組み替え食品は雑草や虫が強くなり、農薬が3倍使われ
ているという報告がある)
ミクロファインだけが切れたので、近くの文房具やで頼む。一個なんと、340円。
ヨドバシで175円ぐらいなので、せいぜい250円くらいと思ったのだが、、、、。
こら参ったなあ。
後日、新しい写真資料を見せてもらったら295円だった。
差額は返してもらったのだが、近くに写真の店が欲しいとつくづく思った。
「ロケット」
ロケットの撮影のために種が島まで行った人が来た。飛び立つ瞬間の写真を自慢
してくれた。あんなもの超望遠レンズがあれば誰でも撮れると思っていたが、
それは大間違いだとわかった。
ちょうど、シャトル打ち上げの映像を何回も見ていた。
発射という言葉はいいが、あんなにゆっくり登っていってよく倒れないなあと思って
いた。シャトル発射で気を使うのは鳥だそうな。エンジンに吸い込む湧わけないのに、
変だなあとも思ってたが、しかし、それは大きな間違い。発射のスピードは凄まじい
物だそうな。テレビの発射シーンは高速カメラで撮ったものをスロー再生にしたもの
だという。実際のロケットは3、2、1、で点火。物凄い閃光と大音声で衝動波がくる
そうな。そして、点火と同時に凄まじい勢いで視界から消えるそうで、
ほとんどの人は発射の瞬間にロケットを写す事が出来ないそうだ。
ちなみに大気圏を飛び出すには1秒に11キロ飛ばないと駄目なそうです。
(ちなみに旅客機の離陸は時速210キロだそうな。秒速0、058キロ。
秒58メートル。台風の瞬間風速と言えば40メートルとか言われ、あまり大した事は
ないと思ったが、これは時速144キロ、車で140出そうとすると怖いよね)
テレビのスロー映像が普通の発射光景だと思っていたので、矢のように飛んで
ゆき、ビデオでも追いきれないそうな。目からウロコです。
一応、ファンやマスコミ、住民が集まる展望スポットには発射のカウントが放送され
るそうな。しかし撮るのは難しいと。確か脳でシャッターを押せと命令しても、どん
なに早くても0.13秒かかるという。一度本物の発射を見てみたい。
しかし、宇宙飛行士にかかるGは飛行機の離陸の比ではないのだろうな。
「困った4」
新たにアクロスで空を撮り現像した。細心の注意を心がけたが、やはり擦り傷が
出た。同時期のアクロスで「川の記憶」を撮ったときは全く傷はないのである。
少ない脳みそで考えても答えは出ない。過去30年近く、モノクロの現像をして
いるが、ゴムスクイジーで荒っぽくやった時以外で擦り傷が出たことはない。
原因が全然わからない。人に聞こうと思って色々考えてたら、フジのプロフェッショ
ナル部に知人がいた事を思い出した。フォルテを開発した男だ。頼りになるだろう。
しかし、思い出した。中越地震の時、新潟の高校写真部にフィルムや紙を送るよう
会社を動かせとゴネたのだ。その事もあるが、自分の事は頼みづらいよなあ。
ちなみにフジでは被災地の写真館とか関係のあるところにはちゃんと厚い応援を
しています。ちなみに高校生が多く使うキャノンにも頼んだが、会社あげて、被災
地に5千万ほどの義援金を送ったという。ちなみにオリエンタルや知り合いのいる
写真学校も動いてくれ、引き伸ばし機を寄贈してくれた。本当に感謝している。
(イルフォも紙を辞める噂もある。心温かなオリエンタルやキャノンを使ってやって
下さい)「困った2」にも書いた山田君のギャラリーだが、このところの撮影で
腰痛が出ている。食器洗いも厳しい。見失った写真集は「夕張」の参考のために
札幌の出版社に送ってあり、戻ってきた。だけど、明日行けるかどうか?なので、
黒猫に頼んだ。見事に重く、持てないので玄関で梱包し、取りに来てもらった。
真剣に写真を考える人には幸福になって欲しいと心から願っている。
「困った3」
写真集の表紙と帯のゲラが来た。
「人間と時代の深奥を印画紙に定着させた奇跡の写真集」
「日本の原風景と炭鉱遺産の一台叙事詩」と大きく書いてある。
もちろん自分でカッコつけようと作った文章ではない。
チトというか、かなり恥ずかしい。
奥ゆかしい?性格であるだけでなく、海外でも高く評価されてる知人
も少なくないので、見せるのが恥ずかしいのである。肩書きをつけたがる人ほど
作品が酷い場合が多いし、作家は作品以上でも以下でもないから、ええカッコしい
は商売のプラスになろうとも、みっともない事だと思っている。
作品を本当に理解出来る本質的な人は簡単に見抜くし、
尊敬する兄貴分たちとは実力で勝負したいしね。
まあ、出版社もまともな出版社だから厳しい状態だし、赤字にならないで欲しい。
2冊目のことも考えると完売せねばならないので、これで行こうと思った。
う〜ん。でも、恥ずかしい。
「困った2」
旭川の仲間である山田博之君が旭川にギャラリーを開くという。そしてしばらくは
自分の作品だけを展示していくという。旭川という閉鎖的な所で開く意義は私には
理解できないが、その心意気は良し。オープンは7月30日という。ただ、写真集の
延期で金がなく、先輩として、手ぶらで行くわけにも行けないのでどうしようかと
悩んでいた(いくら嫁さんがいて私より幸福な人生を送っているが、私より
10歳も若いのだ。)うちにある写真集プレゼントで勘弁してもらうことになった。
30冊ぐらいしか持っていないが、かなり、貴重な物もあるし、良いやつばかりで
ある。ギャラリーには写真家を志す若者も来るだろうから役に立つと思う。
森山大道の「光と影」もあるぞと言うと喜んでくれた。
バット、しかし、ないのである。いくら捜しても、、。
大道さん他、佐藤時啓「光ー呼吸」土田ヒロミ「砂を数える」、
畠山直哉「ライムワーク」、ウィンバロック、A.アダムス他、
誰かに貸したのだろうか?記憶もない。私は金はないが、飲むと気前が
良くなる事が多く、三重を出る時持ってきた親父が持っていた太宰の印がある
「斜陽」もやったことがある。
写真集は部数も少なく増刷もしないので、ほとんど手に入らないのである。
う〜ん困った。メロンを持っていくしかないか、、、。
オープニングには大西みつぐさん尾中浩二さんも来るという。東川関係だが、
今年は予算削減で東川の温泉ではなく、旭川のホテルに泊まるそうな。
今年は東川に行くつもりはなかったが、帰りに寄ってみようかな。
「困った」
太陽を撮った新作をプリントした。擦り傷ばかりである。愕然としている。
ミスは誰にでもあるから仕方ないが、原因がわからないから困っている。
フィルムは期限の切れたネオパン400(多く残ってたので使えるかどうか、
半分テストだった)とアクロス(新品)。想像できる要因はフィルムを送る部分、
乾燥前のスポンジ作業である。しかし、昨日現像したばかりの古いネオパン
400には何も傷がない。原因がわからないというのは本当に辛い。
そして、こういう時のプリントは数倍疲れるのだ。
「広さ」
私の家はボロイ。ギャラリーの看板をみてやってきても家を見て引き返す人も
少なくない。しかし、ボロイがいいこともある。それは広さである。
私の暗室は2Fにあるのだが、広さは12畳ぐらいある。整理が苦手な私でも本当に
楽である。都会に住んでいたらこういう広さは得られないだろう。
私が東京にいて長かったのは石神井公園の4畳半2間のアパートだった。
だから、押入れも利用して、ひとつの部屋を暗室にしていたので楽だった。
(流しも共同の大きな物があり助かった)
しかし、6畳一間の時はさすがに大変だった。また、うちにはギャラリー部が
20畳程ある。これはファイル作りや写真展の構成を考える時、本当に楽である。
東京にいたら、プリントを並べる作業は大変だと思う。
友人は展の時、どこかの会議室を借りて構成するそうな。やっぱり、実際に近い
形で並べないと駄目だという。リンクからいけるが添野和幸という男である。
「添野和幸のこと」
添野とは東川のフェスタで出会った。この出会いは大いに笑えた事があった。
フェスタと言っても、写真甲子園を除けば、メインは土日の2日である。
私達は毎年、4〜5日滞在して、仲間達と夏と酒を楽しんでいた。
そこへ添野はやってきた。「フェスタというのでもっと一杯盛り上がっているのだと
思ったけど、どこにも写真がないのですね」という。当時、展示していたのは、
ギャラリーと公民館と私達のところだけであるから仕方ない。
で、「まず、飲め」となる。で、彼は車で寝泊りしてると言う事なので、一緒に過ご
す事になる。彼は北海道を撮影しながら旅をしてる途中という。
で、東川の後はどこに行くのかと聞いたら、空知の炭鉱の跡を廻るという。
ある意味私の専門なので、みんな私の顔を見る。で、これも縁なので、
「詳しい情報は持っているのか」と聞いた。
で、添野は「グループ炭坑夫」のHPからダウンロードしたマップを見せて、
「これがあります。これ詳しいですよ」という。
そりゃ詳しいわな。私が監修してるのだから、、、。
「誰と話しているかわかる?」と聞くと、添野は「?」キョトンとしていた。
「俺がそのグループ炭坑夫のリーダーでそのマップを作ったんだ」と言うと本当に
驚いていた。こんな偶然だもん、驚くわな。それ以来の関係である。
彼は造形美術の方から写真に入っているし、アートとして写真表現をしている。
そして、作品も良いし、気に入っている。プリント技術もある。
私は体のこともあるし、なにかあった場合はネガは添野に預けようと思っている。
「民主主義」
郵政関係で選挙になる可能性が高い。小泉さんは支持率が高いから選挙に持って
いくという発想かも知れない。国民も選挙を求めているようだ。ただ、それは小泉
支持のための選挙希望でない気がする。財源垂れ流しを止める為の民営化かも
知れないが、民営化以前に、垂れ流しを先に止めるべきである。
閑話休題、民主主義というのはある意味多数決である。
カメラはほとんどの人が持っている。写真を仕事や趣味にしてる人も多いと思う。
しかし、表現の手段として考えている人はどれだけいるのだろうか?
また、写真作品を買う人はどれだけいるのだろうか?
私は無党派にさえなれず、泡沫候補なのだろうか。自分の居場所は自分で切り
開いていくしかないのはわかっているが、、、、。
ちなみに北海道の田舎にいると合併の不満をよく聞く。「国のツケをまわすな」と
いう意見が多いのだが、国のツケは誰が作ったのだと聞きたい。うちの向かいの
国道には誰も通らないのに歩道がついている。近くに全道一のダムも出来るが、
必要性はまったくない。その事はみんなが知っているのに誰も反対しない。
まあ、国の金だし、税金は落ちるもんな。
北朝鮮ではないが、正論をいうと住めなくなる(笑)
「デジカメ」
海外の水車の村の番組をしていた。水車で有名な村だが、古くなったのでポンプに
変えたそうな。で、燃料代がかかるので、かえって生活が苦しくなったという。
デジカメはフィルム代がかからないし、早いが、それゆえにギャラを叩かれ、
周辺機材に金がかかり大変と聞く。共に本末転倒に見える。
私ももう年である。若くはないし、体の事もある。
残った時間は本当にやりたいことだけをやっていこうと改めて思ってた。
「写真集」
写真集がまた延びた。8月24日が納品というので今度は間違いない?だろうが、
これで何回目の延期だろうか。当初は4月完成予定だから、今年の予定はすでに
滅茶苦茶になっている。来年の予定も立てようがなく、イライラ状態が続いている。
正直言って昨年末に作品をセレクトをした段階でさえ、なんとか4月まで持ちこた
えてくれと言われた体調と経済状態だったが、もう疲れた。
出版社も困っているが、予約を頂いた人には本当に申し訳なく思っている。
「才能」
若い友人から才能があるでしょうかと聞かれた。
もちろん、やる気や自分を信じる事が一番の才能だとか、年がいってから開花する
場合もあるとかの世間的なことをいうのは簡単だし、彼にはその辺の事はすでに
言ってある。しして、彼は大切な友人でもある。もちろん馬鹿ではないから、安易に
才能という言葉は使わない。若いやつだが、ある意味私より大人なのである。
そう、結婚をするのだ。だから、現実的な悩みという部分で聞いたのだ。
最も華の独身?の私に聞くのも、、、、と思ったが友人なので答えた。
私の答えは「才能って何の才能か?」「え、写真に決まってるでしょう」
「だから写真のどの部分の才能なのだ?」「???」
作品を作るのは誰しも一番楽しい時である。しかし、それを発表したり、金に
代えるのは凄まじく難しいと思うからだ。いくら良い作品を作っても、有効に
発表できなかったら、その作品は誰にも知られず無縁墓場に行く事になる。
作品に関してはプロアマの差はないと思う。しかし、自己満足の自称写真家や
プロカメラマンのついでの作品もどきを作ってる輩とプロ作家は雲泥の違いが
あると私は思っている。たとえ、それが金にならなくても差はかなりあると思う。
(ちなみにプロカメラマンもたまに個展をして、俺はプロだからだとプロ作家と同じ
値段をつけている。値段は本人の自由だけれど。カメラマンと写真家は北朝鮮と
韓国ほど違うと思うのだ)
発表、にはギャラリーや雑誌社への営業もある。作品を作れる能力と営業の能力
はまったく違うのだ。炭鉱に関心ある人は暗い人も少なくなく、メールでは多くを語
れるのだが、うちに来ると挨拶も出来ないのもいる。最初は色々、話し掛けてあげ
たが、もう疲れたので話し掛けなかったら、30分も無言のキモイ時間、、、、(汗)
何しにうちに来るのだろうか?友達がいないから来られても、私は病弱なのだ。
彼はそんなオタクではないし、まともであるが、いつか生まれる子供のこともあるし、
嫁さんの協力の度合いにもよって、人生が変わってくるのである。
頑張って自分で切り開いて行って欲しい。自分の居場所は自分で切り開いていく
しかないのである。(正し、これは人を利用して無責任に自分だけのし上がること
ではない。あくまでも基本を忘れず、本質的にね)
「倒産」
デジタルの普及によって、コダックが2万5千人のリストラと新聞に載っていた。
先日はライカがデジタルに乗り遅れて倒産?とか載っていた気がする。
確か、アグファも、、、。3メーカーの製品は使わないので、しょうがないか、
ぐらいで読み流していたのだが。
私のやりたい事は写真と言うより、写真機材を使った表現とその作品販売の
定着だから、機材にはあまり関心がないが、文化、表現としての写真は
どうなっていくのだろうかと少し考えてしまう。
ちなみに私の所も在庫は数億円ほどあるのだが、、、。
「アスベスト」
アスベストが問題になっており、公害という言葉が久しぶりに聞こえた。
私は三重県生まれで四日市が近いので公害という言葉は身近であった。
小学校の頃を思い出した。四日市の小学生は皆白いマスクをかけて通学して
いた。ほとんどの親は公害工場に勤めていたので大きな反対は出来なかった。
しかし、電車に乗っていても四日市になるともう本当に臭くて、住むには地獄だと
思った。社会研究で四日市に行った。数人の班で先生もついてきた。工場の中は
もちろん立入禁止だが、この時に生まれて初めての撮影禁止を言われた。
カメラを構えると門にいる守衛さんが飛んできて、ここは立入禁止だと怒鳴りつけ
られた。私達は四日市のような都会と違って見ただけでわかる田舎もんの小学生
である。カメラは写るんですに毛が生えたような物だし、その工場の道路から見える
ところを撮ったに過ぎないのだ。それでも怒鳴りつける。撮ってはいけないと言われ
ても、道路を歩いていたら見えるものなのだ。子供心に権力の横暴に?頭に来たさ。
くどいようだが、こっちは酒もタバコもやらない小学生だぞ。
今なら、「わかった。そのかわり、ちょっと責任者呼んで来いや」となります。
しかしアスベストを取り上げるマスコミは海外はとっくに禁止されているとか、
鬼の首でも取ったように批判する。海外のマスコミはもっともっとジャーナリズムが
進んでいるぞ〜。