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はじめに

 モン族の最初の難民がタイ国、サンクラブリに着いたのは、1950年1948年のことだった。彼らはビルマ内戦から逃れてきたのだった。ビルマ(ミャンマー)では、現在も中央政府と少数民族の内戦が50年以上続いている。1950年、サンクラブリのモン族難民の人口は3,500人だった。その後、年老いた世代は亡くなり、若い世代は結婚し子どもをもうけた。今やその子どもたちが結婚し、その子どもが生まれている。世代は3世へと移り変わってきており、人口も1997年現在には約8,500人に増えている。だが、彼らはたとえ2世、3世であって、タイ領内で生まれたにもかかわらずタイの市民権をもっていない。タイの国籍制度は生誕地主義ではなく、日本のように血統主義のようだ。
 サンクラブリには元々カレン族が住んでいた。サンクラブリのカレン族には、そこで生まれた人もいれば、1945年のカレン革命以降ビルマから移り住んだ人もいる。カレン革命とはビルマ族主体の政府に対しての、自治権の拡大を求めての活動を意味する。アウンサンスーチー氏の父親、アウンサン氏によって発せられた連邦政策は、彼の死後うまく機能しなかった。カレン族の非武装の活動は、しばしば完全武装のビルマ族兵士によって弾圧された。多くのカレン族が銃弾にたおれた。
 今現在サンクラブリで多数派を占めるのはモン族である。ビルマではモン族武装反政府勢力の新モン国党(New Mon State Party = NMSP)と、カレン族武装反政府勢力のカレン民族同盟(Karen National Union = KNU)、その他多くの少数民族武装反政府勢力が民族民主戦線(National Democratic Front = NDF)という団体を組織し横のつながりをもっている。サンクラブリには、モン族、カレン族、ビルマ族、ラオ族、ムスリム、タイ族など多くの民族が住んでいる。彼らの関係はうまく行っているようだ。
 サンクラブリにはカレン族難民キャンプがあり、サンクラブリと接するビルマ領内、ハロカニにはモン族の難民キャンプがある。このホームページが、彼ら少数民族について考えるきっかけとなればと思っています。

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