ネットバブルは政策結果に過ぎない

 

はじめに

 例のライブドアの堀江容疑者が逮捕された事件頃から、ネットバブルという言葉がようやく使われはじめた。日本社会でバブルという言葉を耳にするのはこれで2回目だ。1回目は80年代から90年代の後半までの銀行の土地バブルだ。土地バブルも解明されつくしたとは言えないが、ネットバブルも堀江容疑者の逮捕で終わったわけではない。バブルのような社会現象は当然仕掛けたものが居るからはじまり、乗せられるものがいるから広がる。  ネットバブルというからには、PCネットワークがまず存在するわけだ。しかしこれだけではバブルにはならずまた広がらない。バブルを仕掛けた張本人がいる。その張本人は21世紀早々の日本政府の政策だ。PCは今や日常的に使われる道具になったが、わずか30年以前には存在すらしなかった。そんな時代を知らない世代も出現していることだ。まずこの事を先に見ておこう。  

前編:マシンの部

 

1. 「パソコンという思想」は対抗文化から生まれた

 犬仲間のある若い方から『Free & Easy』という雑誌を見せて戴いた。面白そうな雑誌だったので、ぼくも文教堂オンラインで2月号を買った。送料をタダにする付け合わせに、塩野七生『ローマ人の物語XIV』を選んだ。
 雑誌を開くと、この時代にまだ学生気分が抜けない新米大学教師として体験した対抗文化のあれこれがほとんど網羅されていた。その頃ぼく新米教師は対抗文化を研究対象にしていたから、そのすべてを体験した。バイクだけ例外だ。大学紛争のおりに紙一重差で教師側だったから、徹夜のためにバイク免許を捨てる羽目になったからだが、それは70年代より60年代末のことだった。
 しかしページをめくっているうちに、2月号に何か足りないものがあるような気がして仕方なくなった。気になりながら一晩たって、急に足りないのが何だったかに気がついた。パソコンだ。これは70年代に絶対欠かせないアイテムだ。
 70年代は「パソコンという思想」が対抗文化のなかから生まれた時代だ。それはいち早く日本にも到着した。ぼくがこれに接したのは70年代のちょうど半ばだ。場所も、六本木などという「キモい」場所とはなんの関係もない、秋葉原のラジオショップの中だ。
 76年にはAPPLEの名を冠した現物も届いていた。「箱を開くとウサギの糞が一緒に出てくる」といわれた代物だ。スタンフォードやUCバークレーの学生たちが納屋で手作りしたことから出来上がった逸話だ。マックのパソコンにはいまだに囓りかけのリンゴがIDとして付いている。これはただのデザインだと思わない方がいい。学生達がリンゴを囓りながら遊び心で組み立てた名残りだ。アップルをカッコいいと思うなら、このドロップアウトぶりをカッコいいと思うべきだ。
 76年はぼくがパソコンを購入し研究用に使用しはじめた年だ。ただしアップルでなくSORD(ソード)という名称の国産メーカーの作品をだ。仕事の都合上、半角カナ文字がどうしても必要だったから国産にした。SORDの創業者は、後に某放送局の取材にたいしてパソコンの作り手はハードウエアの箱だけを売るべきだと思っていたと語った。そう。これが通常の人々の理解というものだった。
 使用しはじめたといっても、動かせるプログラムなどあるわけがない。この頃彗星のように登場したBASICというパソコンの専用言語を使い、自分でプログラムを組むしかない。教授会の最中でも耳は議事に傾けながらせっせと書いた。今も昔も、理系の計算に比べれば文系の扱うデータや計算はものの数じゃない。ループさえ使えればクロス集計のプログラムなど容易に組める。要素間の相関係数などは計算結果を公式に押し込めばよい。最後にデータ全部を整形して印字出力すればよい。
 

2. パソコンがコンピュータ全体に与えた影響の一例

 この印字出力は、周辺機器とのやり取りになる。それに関連して、70年代の「パソコンという思想」が逆に大型電子計算機にあたえた多くの巨大な影響から、一つだけ抜き出して見よう。
 70年代はおろか、パソコンが使われはじめた1990年初期まで、いっぱしの企業・団体には電子計算機室とかOA企画室などという名称の部署があった。これらの部署が入っている部屋だけ、一年中空調・除湿されて多くの場合「部外者立ち入り禁止」になっていた。見学に行くと、お腹のせり出した総務部長だか広報部長だかが「当社はOAに力を入れてますから...」などと言いながら、ガラス戸の外から覗き見だけさせてくれた。
 覗くとたいてい、ミス会社じゃないかと思いたくなる美人のお嬢さんが、キーボードの倍近くありそうな無骨な物体を前に何かやっているところだけしか見えない仕組みだ。ご本尊はもっと奥に鎮座しているのだ。空調が効いているのはコンピュータが発熱に弱いからだということは、多少でもパソコンに通じている人なら簡単に想像がつく。さらに、お嬢さんが叩いているキーボードの親玉は、コンピュータに繋がっているのじゃなくパンチカード・マシンに繋がっているのだ。
パンチカード
 パンチカードとはこんなものだ:(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia』)。詳しい歴史は『ウィキペディア』にゆずり、これに穴を開ける道具がパンチカード・マシンだ。空調室の中にはパンチカード読取機もあり、コンピュータはプログラムもデータもこれを経由して入力してもらう。つまり覗き見させてくれるのは入力装置と、この入力装置の専属スタッフだけなのだ。
 お分かりだろうか。大型コンピュータは入力を別個のマシンと要員に依存していたのだ。出力も同じだ。計算が終わると、たいてい別室に隔離されている印刷室の連帳用紙に延々と数字と英字が印字される。いいかえると、出力装置も自分とは別個のマシンを使用している。このことを理解してもらえれば、ウサギ小屋を使って遊び心でパソコンを組み立てている学生たちに、入出力のために専属人員を雇おうという発想が生じるはずがないことも理解してもらえるだろう。
 こんにちありとあらゆる種類のコンピュータに付属しているキーボードとディスプレーとは、実はパソコンがあたえた巨大な影響の産物のひとつなのだ。この入出力を総称して標準I/O装置と呼ぶようになった。パソコンはいち早くI/O装置の位置づけに変革をもたらしたのだ。  

3. 映画『スニーカーズ』のなかの善玉と悪玉

 「パソコンという思想」の出現も、だが幸運な歴史ばかりではなかった。ロバート・レッドフォード主演の『スニーカーズ』という映画と同じようなことだ。好きだから磨きがかかるプラス人間と、そっちより金の方が好きになる卑屈なマイナス人間とに分かれてしまうのが、文明社会の宿業だ。若いパソコンのなかでも例外でなかった。パソコンをめぐる今日までの出来事からわずか二つだけだが、プラス面とマイナス面とだけを取り出してみよう。
 まずビル・ゲーツという獅子身中の虫。パソコンは自分の身内から裏切り者を出した。彼が公共資源であるOSに知的所有権を設定して商品化の第一歩をはじめた。彼や、ひいてはマイクロソフトがいつも悪者扱いされる遠因はここにある。
 彼はこのOS私物化をバックにして、マッキントッシュからGUIをパクリ、ロータスから表計算ソフトをパクリ...色々なものをよせ集めて市場占有を進め、今日のようにソフトが高額で市販される素地を形成した。対抗文化から見ると体制化の元凶だろう。
 これにたいして、ハード面ソフト面のさまざまな規格を開発し、これらをパソコン普及のために無償提供して一定の功績を残したのは、むしろ企業体だったIBMだ。この企業は、社名から分かるように元祖がタイプライター屋さんだから、言葉・文字関係には公共財が多いということも熟知していた。IBMが公開によって寄与したことは、逆に囲い込んで金だけ稼いだビル・ゲーツとは逆なのである。
 つぎにネットワーク。これがCERNの物理学者たちが論文交換・検索用にはじまったことは、どの本にも必ず書いてある。さらにこのネットの可能性に目を付けて、早くから今日のブラウザーの元になる技術を開発しかつ公開したのは、ネットスケープ社だった(Netscape は日本語版から現在は撤収し、後をFireFoxやModillaが引き継いで「公開ソフト」として開発を続けている)。こっちは明るい面だ。
 一方、これをパクッたのは実は軍人さんたちだ。中心から放射状につながっている接続は、中心を叩けば末端が全部死ぬ。しかし末端同士を網の目で接続すれば、どこを叩いても末端同士が接続する経路は残れる。米国で産軍学が共同して、ネットワーク規格の開発がはじまった。
 ぼくは1979年は米国にいた。街から『サンフランシスコ・クロニクル』紙を買ってくると、スタンフォード大の某教授が軍からの莫大な補助金を自分の邸宅建設に使い、これに抗議して学生たちが彼の来講をボイコット中だという記事が何度か出ていた。この事件で分かるように、ネットワークの骨子は「産学軍」共同の産物だ。
 産学軍共同は今にはじまったわけではない。爆薬とか航空機とかレーダーとかロケットとか、第二次大戦前後から立て続けにあった。毒ガスやサリンもそうだ。だがこの産学軍共同の深刻な悪影響はすぐ忘れられるし、また産業立国の現代国家はなるべく忘れてもらいたいという本音の方に、人々を誘導する。  それにしても、個人は爆薬やロケットやに通常は用がない。ところがパソコンは個人が日常的に使うものだ。だからネットワークの持っている市民生活への影響は、他の軍事技術とは比較にならぬほど大きい。つまり商業価値がむやみに高いということだ。早速これに目を付けて金儲けの種にしたのは、またしてもマイクロソフトだ。途中を省略するが、最近の米国の司法訴追からもどうやって逃げたのか分からない。大方の専門家が想像するように、米国連邦最高裁まで買収して自社ブラウザー(つまりIE)の抱き合わせを押し通したらしい。
 IEやメールソフトのOutlookのユーザーを非難するわけではない。だがこの人々の中に、タダで付いてくるから得じゃないかと思っておいでの方が結構多いのに気が付いた。その方々へは、「タダだ」という認識が間違いだということだけは知ってもらいたい。ウインドウズは、店頭で買うと3万円近くする、とんでもない高値のソフトだ。この値段の中にはブラウザーやアウトルックの代金も当然入っている。明細にないだけだ。メーカー製のパソコンを買われる方が多いとおもうが、P社とQ社とどっちのパソコンが安くて上等かと比較するときに、実はP社もQ社もこの高いOSの値段だけはしっかり取られていることも考えておいていただきたい。場合によると2社とも貴方の知り合いの人々を人員整理してでも、このOS代を払わされているかも知れない。
 だから、ソフトには金がかかって当然という観念は正しいといえないことを申し上げたい。独占高額ソフトは、喩えていうと日本語を使って文字を書いたら税金を取るぞというのと同じ無法を押しつけるようなものだ。
 守銭奴ビルがどうしても歯が立たなかった分野がある。サーバーの分野だ。ここはサン・マイクロシステムズ社という企業が、事実上制覇している。この企業は、ソフトは元来公開されるべきだという主張を現在も崩していないなかなか貴重な存在だ。業務用だけでなく、市民が使用するソフトも「オープンソフト(公共に開放されたソフト)」であるべきだという主張のもとに、「StarSuite」(現時点のバージョンは 8.0)という名称で、マイクロソフトのバカ高い「オフィス」の互換ソフトを開発し、オフィスのわずか1/4の価格で提供している。ワードやエクセルやアクセスなどとの互換性はかなり高い。
 巷間沢山見られるフリーソフトやシェアウエアも、同じ精神で提供されている。これらはソフトは無料であるべきで、たとえ有料でも手間賃をもらえば十分だという考えだ。このグループの中に、日本のソフトメーカーであるジャストシステムの『一太郎』も加わって健闘していることを言っておきたい。一般には『一太郎』はシェアウエアと思われていないが、性能を考えると安いソフトウエアだ。今のところ日本語処理ではこの社に太刀打ちできるメーカーがいないほどだ。ワードなど寄せ付けない強さである。
 色々書いたが、とにかく個人用のPCが普及し同時に後述のようにネットインフラが日本でもまずまず整って、ネットバブルが起きてもおかしくないハードウエア面の土壌はできあがった。しかし市民がネットを使用することと、ネットバブルとは、完全に別物である。ネットバブルは、何よりも今世紀に入るか入らないかの時代に政権を握っていた与党の「IT戦略」という政策によってはじまった。それも、象徴的なことに高等教育の市場化というかつてサッチャー政権が大失敗した政策を手始めにはじまったものだ。
 つぎにこれを具体的に見る。  

後編:政策の部

 

4. パブリック・ドメイン

 その前に、大型コンピュータはどこに行ったという興味深い問題に気付く方がおられると思う。サーバーではないかと答えられる方もおいでかも知れない。でもそうではない。サーバーと民生用に使用されているパソコンとに、巨大で桁違いの差があるわけではない。では巨大な桁違いの大型機は、ということを書き出すと長くなる。当面のネットバブルにも遠くなる。この興味深い話題には立ち入らないことにする。
 その代り、パブリック・ドメインという問題を掘り下げて見たい。相変わらずカタカナ用語だが、訳せば「公共資源」ということになるだろう。
 一見無縁な設問のように思われるかも知れないが、「パブリック・ドメイン」の代表格である「義務教育」はなぜ無償かを考えて見てほしい。義務教育は大昔からあったわけではない。もともと教育(教える)という考え自体も新しい。子供は自然に真似ぶ(学ぶ)存在なのだ。年長者から吸収する能力を持って生まれてくる。
 子供が「親の世代」の持つ、また「親の親の世代」の持つ、ひいては人類誕生以来の先祖たちが残した英知を吸収することは、両親を通じ、あるいは郷里など共同体の中にいる識者を通じて行われていた。しかしこうしたことが出来るためには、親をはじめとする年長の世代の誰もがまず身近に共に暮らしており、さらに生きてゆくためのすべての労働を日々実行する、いわば全人としての生活者である必要がある。これは農・漁業のような自給自足経済のもとでは可能だが、近代社会では不可能なものだ。近代社会はこのような全人としての暮らしと対立する生活形態を人間に強制した。雇われて働く勤労者(つまりわたしたちの社会のほとんどの人々)の生活には、子供が学習し自然に吸収する大部分の要素が欠けているのだ。
 近代社会はこのように尋常でない社会だから、このまま放置すると学ぶことに一番向いている年齢なのに何も学べなかった子供が社会に溢れかえる状態が出現する。近代社会の主軸であった工業資本にとって、この状態がかえって都合よかった時期もある。このように溢れかえった人口層は、低賃金労働力の調達にもってこいの貯蔵庫だからだ。  だが、ここまで書けばお分かりのように、この状態は治安の点で危険きわまりない社会をつくり出す。この先の詳しいことは、それこそ「歴史」などの科目で学ぶとおりだから、省略しても大丈夫だろう。こうした人口の大部分を、一部の特権階級だけのものであった学校の中に収容して「教育」しないと危ないという意識が、上流階級からなる為政者のなかに出来上がる。これが、近代の「教育」のそもそもの起こりである。日本では「教育」するほうが尋常なことと考えられて「尋常小学校」が出来たのは明治時代の初め、すなわち19世紀の後半である。世界中に義務教育という思想が波及するのもやはり19世紀である(詳細は『ウィキペディア』の「義務教育」の項などに譲る)。
 要約しよう。「義務教育」という思想と制度は、為政者から見ると危険回避のやむを得ない譲歩として、また国民側から見ると「勝ち取ったもの」として成立した。最大の対象は、農村を追い出されて都市に出ざるを得なくなった巨大な下層社会の子弟たちだ。「学校」に囲い込むには、教育費支出が不要でなければ不可能だ。こうして成立した「義務教育無償の原則」は、為政者(政府)が教育に費用が必要でない措置を講じることを、自明の前提としているのだ。義務教育の「義務」とは、きっぱりと為政者が負うべき義務を意味するものだ。就学させない親への罰則があるから市民側の義務だという詭弁があるが、この罰則は就学させないで労働させる行為を禁じるためであることは、歴史を見れば分かる。
 学校制度は初等・中等教育から中等後期(高校)や大学に広がったが、すくなくとも15才までの児童に「学習」の場を提供することは、社会が市民から奪ったものの代償を無償で提供するという意味で、「公共資源」の最大のものというべきだ。教育は典型的な「パブリック・ドメイン」なのである。企業化、市場化してはならない分野だ。

5.科学を破壊した「総合科学技術会議」の役割

 21世紀に入るときに与党が仕掛けたが、日本の投票者は見抜けなかった巨大な政策転換がある。教育の場の陰湿な再編成だ。このことの意味するものを、「義務教育の無償」という原則が崩れかかっているいま現在でも国民は十分に見抜けていない。だが小泉純一郎一流の「構造改革」は、実際はまず教育の場で始まったものだ。
 小渕内閣から自公保連立の森内閣への移行が、日本の20世紀と21世紀とを劃した。小渕内閣当時に法制定されたがやや放置され、森内閣になって俄然公共領域に牙をむき始めた「総合科学技術会議」という組織がある。この記録は政府の公共活動だから公開されており、読むことができる。内閣総理大臣が議長となる直属の諮問会議で、副議長は官房長官がつとめる。いわゆる官邸主導という方式だ。この会議の与党と国民との両方にたいする戦略的意義を、経済不況に喘ぎ「何とかして欲しい」という思考しかできなかった国民は見抜けていなかった。現在の議長・副議長は小泉純一郎・阿部晋三だが、初期の議長・副議長は森 喜朗・福田康夫である。この4人すべて清和会(森派)である。
 自民党独特のややこしいところは、派閥にいつも注意している必要がある点だ。派閥間の相違は、往々政党間の相違を上回る政策の差となる。言い換えれば、自民党という政党は、派閥という名の群小政党の連立に等しいのだ。このなかで長く自民党を主導した経世会は、長年のこの党の経過から良くも悪くも地域主義で地方振興主体の色彩を脱することが難しかった。これにたいして清和会は、特に個性のない弱小集団であったが、このような時期にはかえって身の振り方が易しいという特徴がある。
 歴史上ローマ帝国末期から、あんな重大な時期になぜあんなボンクラが指導者になりえたのかと思える時代がある。20世紀と21世紀をまたぐ時期に政権党であった自民党の派閥交代劇から、清和会が政局の中心となったのは、これによく似ている。
 経世会不振にあたって清和会が選択した路線は、この派閥出身の石原慎太郎を例にあげるとわかるように、スタンドプレイによる都市の浮動票把握であり、政策的内容は露骨なほどの産業界依存である。小泉が折々口にする「自民党をぶっ潰す」云々は、ぼくにはそれほど過激な変貌を遂げないと「政権を握り続けられない」という、のっぴきならない焦りの表現に聞こえる。
 この路線が非常に危険なものであった証拠は、これも国民がおりおり忘れているいわゆる「加藤の乱」、すなわち加藤紘一、山崎 拓らの良識派が野党の内閣不信任案に賛成しようとした事実からも明らかである。加藤紘一は、いまだに自民党内に止まり、地方をよく知らない改革が地方を苦しめているという正論を掲げ続けている。
 あまり政局全体のことに深く立ち入るわけにいかないけど、自民党がそれほどなりふり構わぬ路線変更を必要としていたことは知っておかないと、総合科学技術会議の位置づけが分からなくなる。また、出来れば最低限の国際環境の知識が必要である。それらは最低限触れるとして、ともあれ総合科学技術会議が事実上バックアップ教育政策は、大きなもので2つある。第一が「国立大学の特殊法人化」だ。
 学齢人口の進学率はほぼ50パーセントに達し、入学すればこれまたほとんど卒業できる日本のことだから、大学経験者は半分近くはいる理屈だ。にもかかわらず高等教育は国民にとって一番理解しにくい制度のようだ。義務教育などより数百年古いシステムだ。大学は、すぐ役にたつことを教える場所ではないという重要なことは、大学教授にも分かっていない人士がいるほどだから、子弟の経済的な生活安寧をしか考えていない父兄には、なおさら想像しにくいことなのかも知れない。逆にいうと、財政削減を錦の御旗に掲げて大学を切り捨てる法人化は、一番俗耳に入りやすくやりやすかった突破口だ。実際、これが大した財政削減にならないことは、日本の文教予算の貧弱さを明確に意識している人なら分かる。結局この重要課題は国民的討論の場に登らぬまま、既成事実と化した。日本の高等教育は、「民営化」と同列の釜の中に投げ込まれたのだ。ここから本丸である「義務教育の無償」原則の放棄や、愛国心の導入を盛り込んだ「教育基本法改正」まで目と鼻の距離だ。同時に、交戦権と自衛隊海外派遣を合理化する「憲法改正」までも指呼の間といえる距離にある。よく分からないまま国民に、大学まで民営化されたのだから「義務教育の無償」原則の放棄は仕方ないかと諦めさせる露払いにさせられた可能性が高い。どっちにしても地方自治の「三位一体改革」とやらの生け贄の羊にされたのだろう。
 遠回りをしたようだが、ようやくネットバブルの問題に触れることができる。先に言った通り、総合科学技術会議にはもう一つの重要眼目があった。特殊法人となったからには、大学は自分で研究費を稼げという狙い、もっと分かりやすくいうと大学には産業界に直接役にたつ研究だけをやらせるという目的だ。総理大臣、官房長官、経済閣僚の他には産業界代表しか目立たない総合科学技術会議に、これが異存あろう筈がない。すぐ金になる研究は企業が取り込めば開発費の軽減にはなる。だが、くり返すが大学はそんな研究だけで成立する制度ではない。空前の学問繁栄を見た18世紀ヨーロッパは、それまでに莫大な富を蓄積した貴族階級の奥方たちの保護によって実現した。現代企業はおしなべてそんな余裕も発想もありはしない。とにかく大学の特殊法人化は、国民が問題の核心に注目する前に既成事実になった。外堀が、赤子の手を捻るように埋まったのだ。

6.「IT戦略会議・IT戦略本部合同会議」

 つぎの第二の目標を既成事実化する作業も、総理大臣直属の「IT戦略会議・IT戦略本部合同会議」が担った。内閣総理大臣森 喜朗が主催する直属会議の形だ。この会議で竹中平蔵という半端学者が最初から使い走りに重宝され、やがて小泉内閣の閣僚に成り上がったのはご愛敬だった。いかにも、ボンクラほど使いやすいから重きをなした森派らしい愛嬌だ。ともあれ、この会議はいうまでもなくネット関係のインフラを作り、ネット関係の活動に国家予算を集中することを目的に掲げて設置された。「IT基本法」という国民に耳慣れない法制度も制定され、電子商取引をバックアップする法的基盤となった。森 喜朗と福田康夫というコンビで2000年にはじめたこの会議以後、ITという語が時代の標語のようになりはじめた。ITブームを演出したこの戦略会議こそは、ネットバブルの露払いだった。米国のクリントン・ゴア路線の焼き直し風だと思われる方も多いだろう。たしかに焼き直しではあるが、時代が事柄をそれほど単純なものにしてくれなかった。
 この時代前後から、世界中で起きたことの記憶をぜひ辿ってみてほしい。2000年には、アメリカ合衆国の大統領選挙があった。奇妙な選挙だった。ゴアとブッシュとの選挙人獲得数が拮抗し、フロリダ州での得票「数え直し」という低開発国並みの空前の出来事の結果、ブッシュが勝利したということになった。いまだに色々な八百長説も後を絶っていない。それは措くとしても、米国民がゴア陣営に期待したのは社会・医療保障制度の確立だ。低所得の弱者救済策である。ゴア陣営に成算があったかどうか不明だが。すでに90年代後半から「情報ハイウエー」という美名を掲げてITや半導体関連の投資に狂奔していた米国財界(金融資本グループ)が、これに強硬に反対した。確証があるわけではないが、金融資本がすでに先行投資した対象が「大統領選挙」程度で変化しては、それだけで致命傷になるのだ。
 こうしてみると、米国政治でも日本より先に社会的弱者と社会的強者との闘争が頂点に達し、ぎりぎりの岐路に直面していたことが分かる。どの先進国も同じような状態に直面していたし、ある意味でどの先進国も極論すると市場経済の結果である「格差の拡大」が国家を崩壊させかねない深刻な事情を抱えていた。これは、ある意味で1930年恐慌前夜以来の危機なのだ。
 フロリダ州得票数え直しの結果当選となったブッシュが採用した政策は、周知の通り「ネオコン」と呼ばれる戦争と利権のセットによって政権維持を計るという、地上で最も危険な政策だ。軍事費の危険さは、議会制国家の中で国民の監視をもっとも回避しやすい財政項目だという点にある。軍事機密の錦の御旗が監視を回避する手段になる。こうして何兆ドルという国家予算が支出され、この軍事費が石油やITなどの巨大産業を潤す。日本政府がITブームを演出した時期は、故意とも偶然とも確証がないままに、このブッシュ政権が危険な賭に出る時期とタイミングが合っていたのだ。この時期から日本のネットユーザーは企業系のネットワーク情報が急増したことしか感じられなかったかも知れないが、2001年以降莫大な外資が、もともと米国の軍事費という巨大な浪費政策によって生み出された膨大な外資が世界を駆けめぐり、日本市場にも流入しはじめた。すでに見た教育研究の場の市場化とIT戦略とは、この流入へと門戸を大々的に開放する政策以外の何ものでもなかった。

7.起きるべくして起きたネットバブル

 ほどなく2001年早々から、森の後を受けた小泉純一郎が外資への門戸開放政策を「規制緩和」「規制緩和」と連呼して自画自賛しはじめた。同時にブッシュ「ネオコン政策」遂行に荷担して、先進国の中でなくてはならぬ二人三脚をはじめた。危険なネオコンに手を貸す海外派兵を、これほど唯々諾々と是認した先進国はすくなかった。
 土地投資が中心であった前回のバブルは国内資本であった上に、まだしも地価という国民の目に映りやすい指標があった。ところがネットバブルは、国債投機や外資系ヘッジファンドなどの活動が主体だから、国民の目に止まりにくい。まして、日本の各銀行の不良債権処理という90年代からの積み残しの後始末とない交ぜになっているから、だれが何をどう売買しているのか実に分かりにくい。金融資本の活動はとっくに実物の売買を捨て去っていた。この時期の動向を指すために「グローバリゼーション」という漠然とした言葉が使われたことが、なおさら日本国民の中に、流れに乗り遅れたくない心理を生んだのかも知れない。
 細かくいうと、自由な市場経済がかならず「グローバリゼーション」を必要とするというのは事実ではない。現物の商品には国籍がある。また輸送も考えねばならない。牛肉に米国産、日本産、豪州産などがあるように、だ。だがお金には、国籍も輸送も必要でない。あなたが何億ドルも持っていてそれをどこかの銀行債にするには、紙に署名するだけでよい。ボタンのクリックですめばなお結構だ。
 というわけだから、空売りの対象を求めて地球上を狂奔する金融資本だけが「グローバリゼーション」を要求する。国境を隔てる障壁を結果する「規制」の緩和を要求する。中東の石油が投資対象にならないのなら、「大量破壊兵器」の隠匿というでたらめをでっち上げてでも、武力で緩和させる。日本の株式や保険や有価証券を買うには、為替自由化の規制緩和さえしてくれれば問題ないのだ。最近になって固定相場制の中国人民元に猛烈な為替自由化圧力を掛けている事情が、この様子を教えてくれるだろう。
 森内閣が「IT戦略会議」を作ってやったことは、『IT基本法』(『高度情報通信ネットワーク社会形成基本法』という分かったような分からないような名称のものだ)の制定である。いろいろ書いてあるが、要するに眼目は政府が直接乗り出して「電子商取引」を保障し活発にしようということだ。ネットバブルの法的背景が整備されたということだ。この時期から、インターネット上で企業が企業イメージを売り込む大規模な企業サイトが急増した。ぼくは1996年頃から、外国の友人と情報を共有するためにインターネットを使用してきたが、この時期からの企業サイトがだんだん目障りになりはじめた経験がある。「電子商取引」の恩恵を受けるのは、残念ながらあなた方やぼくたちではないのだ。
 あとを引き継いだ小泉内閣が、成立から5年後の今2006年3月衆議院予算委員会で、野党からネットバブルを引きおこした原因が放漫な「規制緩和」にあったのではないかという意味の指摘を受けた。それにたいして、「規制緩和で1円でも株式会社が作れるようにしたから、何万というベンチャー企業が可能になったのだ」と、例の耳障りな怒鳴り声で見当外れな答弁をしていた。
 逮捕される前の堀江容疑者はライブドアの資産は7000億に達し、これからも資産世界一の企業を目指す方針だと演説していたはずだ。1円企業が何万と7000億とは、喩えていうとパン屑とパンの大きな固まりほどの大差がある。それにネットバブルの増長に手を貸したのは、粉飾決算をしたライブドアだけではないのだ。このような無責任な答弁が国会で通用すると思うのは、淺知恵としか言いようがないたかをくくった無知無能の精神状態から以外には考えられない。
 小泉内閣支持派のなかに、内政ではよかったが外交は失敗だったという意見がある。これもとんでもない見当違いだ。何でも「民営化」して国際的金融資本に大々的に門戸を開くというのは、文字通り外交政策そのものだ。派兵してブッシュ「ネオコン」に荷担するのと同じ程度に外交政策だ。「ネオコン」荷担の外交政策を「折り込み済み」にして内政を組み立てたのが、森―小泉内閣だったのだ。はじめから特定外交路線に内政が従属させられている。もともと内政より外交の方が難しい。しかしこれらの内閣には、浅はか過ぎて付ける薬がない。こんなことをしておいてぼろ隠しに憲法改正などとは、こういうことを児戯に等しいというのだ。
 

8.「骨太」というより「淺知恵」

 国会では、早くも教育基本法改正と憲法改正の準備がつぎの政策論議の的となっている。膨大な金融資本が絡んだネットバブルが生み出した、所得格差是正や地方への財源委譲や社会保険・医療保険問題への真剣な対応が焦眉の問題になる前に、市場化による教育の破壊からはじまった教育潰しを小泉首相の任期内に強行し、あわよくば憲法改正までやらせたいという目論見がミエミエだ。
 ぼくが居住している市では、義務教育通学者の10パーセントが学用品や給食代で補助を必要としていると地方新聞が報道している。「義務教育の国庫負担廃止」によって地方に責任を転嫁するとどのような結果になるかの見本だ。「三位一体」という意味不明のスローガンで仕事だけ押しつけられて、財源が確保できない地方公共団体だけが苦しむ重荷になる。格差は広がる一方であること間違いない。「地方自治」は民主主義の根幹だが、この「三位一体」は「地方自治の民営化」と大差ない結果を生む。  こうやって深刻な問題を抱えることが目に見えているから、『教育基本法』を改正して愛国心を強調しようというのだ。この精神構造は、昭和期に入って早々に階層間格差が拡大して深刻な政治問題化したことを「忠君愛国」という愛国心の強調によって抑圧し、自由にものが言えない社会を作った戦前政治と酷似している思想構造だ。金融資本に蹂躙されて問題山積の社会を国民の精神主義によってごまかす政策は、歴史に全く学ばぬ政治感覚で許し難い。
 「総合科学技術会議」以来、高等教育は研究のために研究成果を市場に売り出す以外に研究の継続もままならなくなった。「高等教育の民営化」だ。最近新型の「学術論文ねつ造問題」が頻発しはじめた。東京大学でも神戸大学でも起きている。こんなことをくり返していると、大学の研究者の間に着実に科学の前進に寄与するという気風が薄れてくる。研究で先行きに目途が立たなくなったダメ大学教授たちをナントカ・チルドレンにするのは勝手だが、まともな研究者は育てるのに最低三〇年以上かかることを、「民営化」しか語彙がない淺知恵内閣に分からせる必要がある。早くしないと産業界も共倒れになる。(2006年憲法記念日)