『社会学とライプニッツ』(平野秀秋)1)社会学は有機体論として創始された。
有機体論とは、社会と生物との類似に関する主張ではなく、人間が自身生物であり自然と共に群を構成して生きている事実を直視せよ、という意味である。
その模範的事例は、Auguste ComteではなくむしろHerbert Spencerにあった。進化論が人間学の根元に位置づけられたのは、この時からである。
にもかかわらず、この新しい方法論の重要性の認識は、現代にいたるまでまだとても周知徹底しているといえない。社会学はその出発点にこの問題に注目した始祖を持つ事実に照らすと、信じがたいような立ち後れを示している。これに関しては、挾本佳代『社会システム論と自然――スペンサー社会学の現代性』(法大出版から刊行予定)を参照。2)国家は人間社会に不可欠か。
有機体論にとって最大の問題点となるはずなのは、「国家」は果たして人間有機体=社会にとって不可欠の要素と考えるべきかどうか、という問題である。
これに逆説的に言及し、国家とは何かをホッブズとベンサムを機軸に据えて論じたものとして左古輝人『秩序問題の解明』(1998 法大出版)参照。
進化論と有機体論に関連して、学説史上注目すべきユニークな人々(東洋を除く)として、少なくとも次のような人々がいる。
Leibniz, G. W. Montesquieu, C. L. Malthus, R.
Spencer, H. (―>Espinas, A.) Veblen, T. (ほぼ年代順)3)ホッブスとライプニッツ。
ライプニッツの作品に頻出する二つの名前がある。いいかえると、彼の二大論敵 はデカルトとホッブスであるともいえる。Pufendorf、Spinoza、Newtonなどは二次的な存在であった。没年近くになって、Locke, J.に宛てた著作である『人間知性新論』(みすず書房にすぐれた邦訳あり)が書かれている。
ライプニッツが「当代自然学の二大潮流は、ストア派とエピクロス派の再来である」と指摘した断章がある。両者ともに原子論である点は同じである。彼によれば、
*デカルトとの論争点は、主として「原子論的宇宙観」にあった。
*ホッブスとの論争点は、主として「国家は人倫の不可欠の要因か」という点にあった。
二つの論点を統合した唯一の書物が『弁神論』であり、また晩年の『人間知性新論』である。
国家に関するこの論点は、a)モンテスキューと啓蒙主義、b)スペンサーの『人間と国家』(The Man versus the State, 1884)、c)Eduard Meyerとイギリス社会人類学、などの間で時代を超えて争点となってきたものである。Fox, R.著 平野秀秋訳『生殖と世代継承』(法大出版より刊行予定)参照。
また、「国民国家」なるものが人類の死命を事実上制することになった現代でも、依然大きな問題である事実には変化がなく、多元主義に対する重圧となっている。4)「国民国家」の温床。
ライプニッツがホッブスに対して意図した論争の争点を知るには、フランスにおけるブルボン王朝の成立に関するライプニッツのこの態度を視野に入れる必要がある。これは、最初に「国民国家」の温床となった国家であり、その負の遺産を近代に引き継いだ。(フランス革命がこの国民国家を「相続」した。)
この国家は教会を支配下におさめた(ガリカン教会)点でも特筆すべきであり、ローマ帝国―>コンスタンティヌス―>神聖ローマ帝国にいたるプロセスに、そのような形態で新たな問題を引き起こした。
ポール・アザール『ヨーロッパ精神の危機 1680-1715』(法大出版)に見るライプニッツは、主としてボシュエを相手に旧教と新教の和解につとめる人として描かれている。「ライプニッツにとっては二つのセクトの教義のこまごまとした一切に通暁することは容易だった」と書かれている。ライプニッツにとっては、ヨーロッパの人間が当面する重大な危険に比較すればキリスト教が新教だろうが旧教だろうが些細な問題だった。一方、ボシュエは旧教の聖職者でありながら、同時にガリカン教会の中枢に位置することになった人物である。
広い範囲のイエズス会士との交流も、単にアジア(主に中国)や新大陸の事情への関心だけからではなく、このような事情が背景にあったのではないかと推測される。(もちろんこれがライプニッツをこの時代切ってのアジアの消息通としたのは事実である。)
ライプニッツには、ルイ一四世の国家とガリカン教会の癒着を直接批判した遺稿、神聖ローマ帝国における諸国民の慣習法の位置づけに関する歴史資料の集成と考えられる(現在はそれへの長文の序が知られている)Codex Juris Gentiumなどがある。5)国民国家否定の主張。
ライプニッツは、「国民国家」が国家の中でももっとも権力集中度が高く、また人間生活に対する介入・干渉の程度が高くなる最悪の形態であることを、ブルボン王朝台頭期に早くも感じ取ったのである。(国民国家のこの特質について Hobsbawm, Nation and Nationalism Since 1780, CUP 1992 参照)
こうした事情が、ライプニッツをホッブスとの論争に向かわせた動機であると考えられる。具体的な論点は「主権論」や「正義論」などの形をとっている。
また、晩年にシャフツベリーの著作(A Letter concerning Enthusiasm)に関連してコストに宛てた書簡で新大陸からの情報に言及し、「イロコイ族やヒューロン族の生活が、アリストテレスやホッブス氏の説を否定する根拠を提供していることはよろこばしいことだ」と述べている。これに続けて、未開人は国家がなくても善行を行い幸福に生きる上で何の支障もなく、政府による安全(原文のseureteをsureteと読む)の保証も必要としないで暮らしている、と指摘する。
ライプニッツ研究(実質的には今世紀に入ってラッセルによって先鞭を付けられた)の中で、東西を問わず彼のこの国家論の側面がはなはだしく等閑視されている。キリスト教社会に住む研究者にとっては、かれの新・旧合作の真意がよほど計りにくいものであるらしい。6)ライプニッツの体系の諸相。
ライプニッツの学説の体系の全貌を短時間で再構成することは困難であり、またここでの論点でもないから、最後に当たって体系を把握する重要な問題点の若干をを指摘して終わりとしたい。
(a)彼は、部分の集合が全体を構成するという思考を明確に否定している(『弁神論』『人間知性新論』その他)。このことが成立するのはかろうじて数の世界に限られるだろう、とも述べている。これは哲学的には原子論の否定につながる。
また、自然学と数理との根元的異質性は逆説的にラッセルによって発見され、さらにマンデルブロートによるThe Fractal Geometry of Nature(1977)などに引き継がれている。1970年代は、「複雑系」の理論に関する発見のいくつかが相次いだ。ライプニッツは、後世複雑系理論に結びつく原理の発見者であったといえる。
(b)ドイツの物理学者ブレーゲルは「全体が全体の中にもまたどのような部分の中にも存在する。これが、哲学者たちがアニマと呼んだものの正体である」というライプニッツの文の重要性を指摘する。「モナド」の根底にあるものは無限論である。
全体がどのような部分の中にもある、という命題は後世の有機体論の中にも再生することになる。
(c)このようなライプニッツの学説は、文化多元主義につながる。元来、有機体論は文化多元主義に帰着するものである。1990年代に日本語で書かれた名著の一つというべき口蔵幸雄『吹矢と精霊』(1996 東大出版)などを参照。
文化多元主義は、前述した国家論に関するホッブスとの論争の中にも表れている。彼自身は「進化」という事実が意識化された時代の人ではないとはいえ、彼の学説を敷衍してゆくと「進歩」ではなく後世の「進化」がその中から浮き彫りにされるような学者であった。その「偶有世界論」は、このような位置づけで捉えることが適切である。7)ライプニッツは現代にこそ読まれる必要がある。
20世紀末の現代、生殖技術、GMなどの生命操作が日常化しつつある。これは、35億年の生命史への人間技術の介入である。今世紀はじめから、「科学」はけじめなく「科学技術」へと変質した。その折から、3世紀以前に『人間知性新論』において彼が述べた、人間は無限を操作することはできないという指摘を想起する必要がある。8)詳細情報について。
以上の詳細は、つぎのサイトの私の英文論文を参照願いたい。