友人達への書簡抜粋(原著の梗概)

 

 本書はすでに、左古輝人、挾本佳代、および平野秀秋の三名によって邦訳が完了し、現在ゲラの校正作業が進んでいます。2003年春に法政大学出版局から、正式刊行の予定となっています。刊行時はご購読いただければ幸いです。  (2003年1月加筆)  


 

  スチュウアート・ユーエン 『PR! --世論操作の社会史』(直訳題)
  原題: Stuart Ewen: PR! --A Social History of Spin, 1996 Basic Books.

  1. まず表題について。spinはほぼ完全な現代米語で、著者に照会したところ1996年にコラムニスト Randall Rothenberg が『エスクワイアー』誌にこの現代語を表題にした記事を寄せていることが分かった。

  また、比喩によって説明してほしいという要望に対して、次のような回答があった。
"Part of the fascination of spinning a toy top, is that it provides the sensation of an inanimate object appearing to take on life, seemingly standing by its own power. Correspondingly, spinning an event is an attempt to make an inanimate "reality" assume an aura of true life. Does this analogy help?"(コマを回すと生命のないものが生きて自力で立っているような錯覚に陥る。コマ回しの楽しみの一部ではある。同じように、社会的出来事をスピンするとは、死んだ「現実」にあたかも本当の生命があるような作り物のオーラを付けることを指す。この比喩でよいか?)

  以上を要するに spin の意味は「世論操作」である。「spin doctor 世論操作屋」のように使用する。

  なお、著者ユーエンは1945年生まれ(たしか)。つまり、米国の1960'sが生んだ数少ない本格派社会学者。

  2. 本の梗概は以下の通り。
  第1部は著者自身の実際の体験談。ニューヨークで隣人にエドワード・バーネーズの研究をしていると話したところ、故人と思っていた彼の住所を教わることになる。訪問すると、何を研究しているかと尋ねられる。前著(『浪費の政治学』 平野秀秋・中江桂子訳 晶文社)を示して「イメージ」についてと答えたところ、たかがイメージかと嗤われる。彼自身も同じではないかと応酬すると、俺のは「リアリティ」だと、90歳のバーネーズは傲然と答える。例えば、と前著を手に取りこれを売って見せてやろうと告げられる。老人の妄想と考え数週間忘れていると、突然マスコミに追われる羽目になる。それを何とか逆用しようと....

    第2部は「真理は生起するもの」(1907)というウイリアム・ジェームズの言葉をタイトルに使用した章から始まる。以下、パブリシティの誕生期の歴史が辿られる。すでに1910年代前半には、わずか70年前にトックヴィルを感激させたアメリカの民主主義の未来を危ぶむ声が上がりはじめた。大量生産工業の登場による移民の増加、労働争議の過激化、有閑階級と国民との遊離などである。パブリシティの登場の温床となったのは、意外なことにアメリカ社会の解体を憂えた進歩的インテリ層であった。後世広告業界の大黒幕となった、上記のエドワード・バーネーズもその影響下に育った。彼らの意図は、「革命の手法」にも学びつつ大衆を教育することにあった。啓蒙主義の「ゾンビ」(「ゾンビ」は私のもので著者のものではない)が今世紀に肥大する有り様が叙述される。

  第3部からは、膨大なATTの原資料をはじめとする生々しい史料を駆使した歴史叙述がなされる。進歩的インテリの訴えに答えてそれを具体化する道具立てとなったのは、大衆新聞・ラジオなどのメディアの発達、心理学と社会心理学の流行、そしてパブリシティの専門家集団(世論操作屋)の形成であった。とりわけこの専門家集団は、ヴェブレンが叙述した大量生産工場の技術者集団のように、何かの要求に応えて舞台を切り回しつつ、しかし舞台の裏に隠れて見えない人々であった。実はこのパブリシティを必要としたのは、第一次大戦によって世界史に華々しく登場した米国の国民国家である。驚くべきことに、フーバーの時代以前に主要な舞台装置は出来上がっていた。連邦政府が「広報委員会(CPI)」を作ったのは1917年であり、米国が大戦に参戦した1週間後であった。(両次にわたる世界大戦の流血が20世紀国民国家の揺籃を形成した大きな事例の一つである。)

  第4部はパブリシティの時代の本格的な幕開けの記述である。上記の舞台装置を問題なく肥大させたのは、大恐慌とそれへの対応であったニューデールである。これを演出したセオドア・ルーズベルトのラジオ放送「炉辺談話」は、従来アメリカデモクラシーの学ぶべき教訓のように世界の人口に膾炙してきたが、この中でユーエンが叙述しているのはその裏舞台がどのように精巧に作られていたかである。この成功はさまざまな副産物を生み出した。いくつか上げると、第一はスタインベックの小説が描き出しているような致命的な貧富の格差によって死に瀕している米国社会を、活力に充満した社会のように思わせたことである。第二にニューディールは、人種差別を隠蔽する傾向があった。もちろんこれは世論操作集団の充分な計算によるものである。第三には、米国社会の生命線が経済にありという主張が私企業の広告への参入を促進したことである。ATTはそれ以前から広告を重視してきたが、このパイオニアはその真価を遺憾なく発揮した。この後は「マネートーク」がパブリシティの本流となっていく。

  第五部はこの結果作られたアメリカ社会が、第二次大戦後に経済至上主義の国アメリカという構図を不動にする歴史である。著者は前述した『浪費の政治学』(原題:All Consuming Images)の中ですでに大戦後のこの社会現象を活写しているが、これは表舞台ではなく裏舞台から見た歴史である。こちらの方が不気味といえる。広告の世界の中で、私企業の活性化にもとづく「物質的繁栄」こそがアメリカ人大衆の「究極の目的 ultimatum」とするイメージが、不動のものとして定着するシナリオが作られていった。こうして、米国史上「ブームタイム」と呼ばれる1950年代が形作られた。この時代への挽歌が名画『アメリカン・グラフィティ』である。

  本書はここで大部の叙述を終わっている。最後に「新しいミレニアムのためのノート」という暫定的結論が付けられている。この中に、ユーエンは歴史叙述を踏まえて次にような設問を書き加えている(日本にも完全にあてはまる問いではないか)。

 *公衆(パブリック)が聴衆へとずたずたに分断されても、民主主義は成立しうるだろうか。公衆はその姿さえ見えないのではないか。
 *公衆がみずから公衆として行動する能力を奪われても、民主主義は成立しうるだろうか。
 *公衆の行動プログラムが絶えず「目に見えない専門家」によってあらかじめ決められていても、民主主義は成立しうるだろうか。
 *公衆の世論が拍手喝采字幕付きの世論調査結果表とすり替えられていても、民主主義は成立しうるだろうか。
 *コミュニケーションの手段が非民主主義的に分配され支配されていても、民主主義は成立しうるだろうか。
 *メディアの内容にたいしてコマーシャルな配慮が圧倒的に優先されていても、民主主義は成立しうるだろうか。
 *感情に訴えることが理性に訴えることに優先し、イメージに訴えることが思考に訴えることに優先する社会でも、民主主義は成立しうるだろうか。
 *この世紀の変わり目に、公衆による民主主義を活性化するどのような変化が起きようとしているのか。人間の人間らしい息吹を操作する権力の戦略を乗り越えるさせるものがあるとすれば、それは何であろうか。
  そしてデューイの「民主主義に対する楽観論にはいま暗雲が立ちこめている」(1927)という言葉を引きながら、「これらの問いは巨大な問いであり、民主主義の理想を良しとするものにとっては未来に向かって問い続けられるものだ」としている。

  3. 本書の特徴の若干について。
  現代人が日常の常識だと考えたがるパブリシティとは、実際には世論操作の歴史が作ったものである。このような事実を本格的に叙述したものは、本書が最初である。もちろんイデオロギー的批判や評論はわずかに存在したが。(おそらくほとんど唯一の例外はヴァルター・ベンヤミンではないか。ただし、著者はベンヤミンの影響を受けているのではない。)
  この史実を語るのに、ある意味で米国ほどふさわしい国は他にない。よくも悪しくもきわめて米国的な思考のもとに書かれた、しかし賞賛すべき意味における歴史書であり、現代の本格的メディア論である。タッチこそ違うが、歴史書としてならその重要性はほとんどHobsbawm: Nations and Nationalism Since 1780, 1992 に匹敵する。

  上の問に対する最近の著者の思考は「修正版 独立宣言」にも見られる(学内用だが邦訳を掲載してある。) また原文掲載ページは米国サイトだが、ここから私のところにも転載した(素っ気ないが学内用なので)。

  裏話だが、別の巻としてでもこの続きをなぜ現代まで書き続けないのかと質問したところ、今世紀全体の網羅的広告映像集の出版を準備しているので到底手が空かない、との回答であった。本書にも若干のニューディール期の写真などが掲載されている。今世紀における世論操作の出現の叙述としては、これで充分なのであるが。
  本題に戻り、本書とそれに先立つAll Consuming Images はどちらも米国でペーパーバック版になり、各16〜18ドルで売られている。<www.amazon.com>のレーティングによる限りでは現時点でもよく買われ読まれているようである。

  以下に<www.amazon.com>からシノプシスと、書評の中のごく一部を掲載する(全体ではブラウザー画面2ページにわたるので大部分を割愛する)。最近になるとクリントン・ルインスキー・スキャンダルに対する米国民の反応に関連あるものが増える傾向が見られる。(だから株価が上がる?)

  As "spin" assumes an omnipresent role in contemporary discourse, chasing out frank or direct speech with buzzwords and carefully weighted terminology, the time is ripe for a study of the industry that started it all. Stuart Ewen has written an exhaustive study of public relations that traces the evolution of PR throughout the 20th century, from the history of early advertising to its role in politics and "corporate communications." PR! is a book not just for industry types or communications majors, it contains thoughtful reflections on the impact of manufactured media on our culture and democracy, topics relevant to all.

   「書評」
The New York Times Book Review, Judith Newman :
Mr. Ewan shows how propaganda machines persuaded Americans to buy everything from a new car to a new war--and how, particularly in our political lives, emotionally laden symbolism has taken the place of critical dialogue.

Midwest Book Review :
This history of public relations and its development as a U. S. industry provides a masterful review of the business of advertising and publicity, representing ten years of research. This examines the forces which influenced public relations concepts and growth in the 20th century, examining social issues and market forces alike. Also included is a biography of key individuals who influenced "PR" developments.

A Reader:
Vance Packard told us. Marshall McLuhan told us. And we all know it in varying degrees of consciousness and intuition: public-relations specialists, in today's terms, "spin doctors," are working constantly and with considerable success to mold our attitudes, opinions, and behavior. Ewen, a communications professor at Hunter College, puts it all in this engaging, heavily researched social history. Beginning with the infancy of PR in the early years of the twentieth century, when the "fear of an empowered public ignited the thinking of the early practitioners," and continuing through the presidency of Ronald Reagan, Ewen chronicles a craft that has ...

A reader from Minneapolis:
Recently there has been a lot of news about AT&T's campaign to establish global domination over the internet. In this book, we learn that AT&T's attempt to gain a monopoly over all forms of communication is a century old. From 1904, Ewen relates, AT&T was already packaging its plan to gain control of all forms of wire communication in the disguise of kindly old " Ma Bell." The section on AT&T, along with the rest of the book, is must reading.

A Reader:
Trying to make sense of the Clinton/Lewinsky scandal, the Republican and Democratic PR strategies, etc., I ran across this book. Though there's no mention of the scandal, it's insights into the history and methods of spin provided me a first clear sense of how the whole thing was played. Great book.

A Reader:
Given recent noise around the White House sex scandal, my undergraduate students were interested in how the spin machine operates. This book gave them a wonderful historical perspective on current events and how they are packaged in order to influence public opinion.