復元した平安時代の香道具「二階棚一具」(所蔵品)



古代エジプトで発祥した薫物は2千年の歴史

 クレオパトラをも魅了したキフィという薫物をご存知ですか。これは少なくとも16種類以上の香や材料を用いて蜜で練り合わせた、まさに薫物のルーツなのです。キフィは神に捧げる薫物であり、人々の心に安らぎをもたらす薫物でした。
 古代エジプトで発祥した薫物文化は、アラビア半島に伝わり、現在でもアラブ諸国では乳香、没薬(もつやく)、沈香などを合わせるバフールという名の薫物が人々に愛されています。そして、インドに伝わった薫物は仏教と共に中国に伝わり、日本へは奈良時代末に遣唐使によって医薬書『千金方』と共にその形式が伝わり、最初の香道家・藤原冬嗣(ふゆつぐ。775-826)によって開花します。



香道とは

 香道は、歴史的に二つ方法に大別されます。一つは、『源氏物語』にも多くの場面で登場し、徳川家康が愛した薫物(たきもの)という香をブレンドする方法で、平安時代初期から江戸時代中期までの「千年の歴史」があります。もう一つは、沈香の木片だけを焚く方法で、室町時代から今日までの500年の歴史があります。

 両者は、木片香道の祖とされる三条西実隆(さんじょうにしさねたか)の家伝の書が『四辻家薫物書』であることからも分かるように、本来は同じ芸道でした。両者の大きな違いは、薫物香道が日常的嗜(たしな)みであるのに対し、木片香道は非日常的ゲームであることです。



大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の香道描写

 木片香道が非日常的ゲームであるのは、そのルーツがギャンブルであったことによります。したがって、格式が高いのは平安朝宮中様式である薫物香道でした。
 徳川家康は格式を重んじた人物であり、薫物を愛し『香の覚え』という薫物のレシピを書き記したほどでした。『香の覚え』には、家康が考案した「千年菊方」という貴重な薫物のレシピが記されているのですが、そこには不老長寿を願った家康の想いが込められていました。

 さらに、家康の次女である督姫も「千種(ちぐさ)」という薫物を考案しており、明らかに薫物は武家の嗜みだったのです。
 ですから、平成23年に放送されたNHKの大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」における香道描写は、近世の木片香道の形式ではなく、阿古陀(あこだ)香炉を用いた薫物香道の形式で描写して欲しかったところなのです。

【千種の方】
 沈五両 丁子二両 甲香一両 白檀一両 薫陸一両 鬱金一分 甘松二分 麝香二分




当道の祖、藤原範兼

 君が代にあへるは誰もうれしきを
  花は色にも出でにけるかな
  (『新古今和歌集』巻第七、賀歌より)

 これは、土御門天皇の曽祖父で、紫式部の血胤(来孫)である平安末期随一の文化人・知識人、藤原範兼(ふじわらののりかね)が詠んだ歌です。
 当道の祖である範兼が、長寛年間(1163~65)に二条天皇の勅命により編纂したのが勅撰『薫集類抄』であり、歌中の「君が代」とは二条天皇の御代のことです。
 この勅撰『薫集類抄』は、わが国に現存する最古の薫物指南書であり、当道の原典(拠り所となる書物)と位置づけています。




薫物とは

 平安朝薫物は秘法などを用い、沈香を主体として最小4種、最大12種の香の粉末などを、蜜または甘葛(あまづら)で練り合わせて作り、その優雅で深遠、そして複雑で変化に富む薫りを楽しむものでした。
 その代表的なものに六種の薫物(むくさのたきもの)と呼ばれる黒方(くろぼう)、梅花(ばいか)、荷葉(かよう)、侍従(じじゅう)、菊花(きっか)、落葉(らくよう)という6種類の空薫物(そらだきもの。薫りを空間に解き放つ物。)がありました。

 薫物の奏香は嗜みとしてだけでなく、『源氏物語』の梅枝の帖に書かれているように、最も古い香道の形式である「薫物合わせ」という行事があり、判者(はんじゃ、判定者)が判詞(はんし、判定の言葉)を述べるなどの作法が確立されていました。
 このように、薫物には秘法を含む確固たる形式があり、また行事作法も備えていただけでなく、千年もの長き間受け継がれた貴重な日本文化なのです。



平安の薫りはフレグランス

 映画「パフューム ある人殺しの物語」(2006年、パトリック・ジュースキント原作)は、中世ヨーロッパを舞台にした調香師の物語ですが、この中で登場する香水の調合に蘇合香(そごうこう)が含まれていました。
 蘇合香は平安時代においても重要な香なのですが、この蘇合香に限らず平安時代に用いられた香のほとんどが西洋の香水の調合にも用いられているのです。




奏香とは

 当道の師範の一人は、祖父が病の床にあり余命幾ばくという時に、薫香を焚き染(たきし)めた布を枕元に置かれたそうです。病苦に苛(さいな)まれ、見ることも食べることもおぼつかなくなり死期を悟った老人が、その芳香に頬(ほほ)をほころばせたそうです。それが最後の微笑みだったのでしょう。
 また別の門人は、父の四十九日の法要の折に奏香し、蓮を意味する「荷葉(かよう)」という薫物を焚いて故人偲び、また親族の心もお慰めしたそうです。

 当道では、このように「奏香とは人に安らぎをもたらすもの」として、その精神性を大事にしています。
 薫物を室内の芳香として、また人を持て成すために奏香するも良し、薫香に包まれて自らと向き合う時を過ごすも良し、その目的は自由なのです。




誰もが手軽に本格的な平安朝薫物を

 一度は廃れてしまった薫物香道ですが、千年の歴史がある貴重な日本文化を復興し普及することを目的として、当道は平成17年3月27日に活動を開始いたしました。そして、薫物香道の原点であり最盛期の平安朝薫物を広めていくことから、平安朝香道の牌標を掲げることとしました。
 平成18年2月25日、当道の流儀披露目である「燻り初め(くゆりぞめ)」を開催し、当道の流儀のお披露目を行いました。

 さらに、同年4月には600年前に廃れてしまった幻の香「占唐」の復元に初めて成功し(詳しくは
 幻の香「占唐」を復元  をご覧下さい)、翌月には『源氏物語』にも書かれている「承和の秘方」二種も初めて復元いたしました。(詳しくは  「承和の秘方」を復元  をご覧下さい)また、12月には『源氏物語』を代表する香りである「百歩香」の復元いたしました。(詳しくは  「承和百歩香」を復元  をご覧下さい)

 これらの成果に基づき、多くの方に平安朝の薫物の素晴らしさを知っていただくため門戸を開きましたが、優雅で奥深い薫物だけでなく、掛香(かけこう)、訶梨勒(かりろく)、衣香(えこう)などの稽古も行っています。(詳しくは  入門  をご覧下さい)

 当道では「伝統文化の復興」という公益的観点から流儀の普及活動を行っているため、資格認定を無料で行っています。
 また当道では、誰もが手軽に本格的な平安朝薫物を作ることを目標とし、古方に学び楽しむだけでなく、その思想に基づいて薫物の創作を行い、毎年開催する「薫物合わせ」、季節毎に行う「四季の御題合わせ」で披露しています。



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