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熊谷元直列福記念 巡礼ウォーク
今年の6月、萩の殉教者メルキオル熊谷豊前守元直の列福が決定し、萩教会は大きな喜びに包まれました。その列福を記念して11月11日(日)に巡礼ウォークが行われました。巡礼ウォークに先立って感謝の記念ミサが、巡礼ネットワークの肥塚神父とモラレス神父の共同司式で行われました。その中で小嶋信徒会長によって、当時の宣教師がローマに送った熊谷元直の殉教報告書が朗読されました。
巡礼ウォークは益田教会の12名を始め、他教会から多くの参加者を得て、80名近くの巡礼となりました。コースは萩教会から菊ヶ浜の海岸、城下を通り殉教者公園までの約3キロ。途中萩港から、明治の初め「長崎四番崩れ」で萩に流された信徒の苦難を記念して建てられた、鶴江台の十字架を眺めながら宮木さんから当時の話を伺いました。
「キリシタン殉教者記念公園」では祈りと聖歌が捧げられました。当日は天候にも恵まれ、殉教者熊谷元直の遺徳を偲ぶ素晴らしい巡礼ウォークとなりました。たまたまですがスペインからモラレス神父様の姪御さんご夫妻(イネス・アルバレス、マヌエル・カブレラ)が参加され、楽しいウォーキングになりました。
なお萩教会では列福記念として熊谷元直の案内板と小冊子を制作しました。
1.案内板(キリシタン殉教者記念公園内)
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188人日本殉教者列福記念
メルキオル熊谷豊前守元直(1555〜1605)
毛利輝元の重臣。1587年黒田孝高の影響を受けてキリシタンとなり、メルキオルという洗礼名を名乗った。山口から全ての宣教師が追放された後、知行地に教会を建て、不安におののく信徒たちの保護者となった。
教会の崩壊を望んでいた輝元は、指月城築城の際の紛争「五郎太石事件」を口実に、元直とその一族の処刑を決め、1605年8月16日未明、萩の屋敷を包囲した。元直は自死を禁じるキリスト教の教えに従って、追手に討たれるべく、片手にロザリオ、片手に荒縄を持って死に向かったと言われる。
元直の殉教の様子は長らく毛利によって伏せられていたが、当時の日本司教セルケイラによってローマ教皇クレメンス八世に送られた殉教報告書で明らかになった。そのため元直の殉教は日本よりもヨーロッパでよく知られていた。
2007年教皇ベネディクト十六世により、188人日本殉教者の一人として福者の称号を与えられた。
2007年11月11日 萩カトリック教会 |
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