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| 「剣道は武道かスポーツか」 |
まず剣道を語る前にスポーツとはどのように定義付けることができるかである。
私の所見では、「スポーツとは、各々のルールに従い、勝敗を決する競技のことである」と定義する。ここでのキーワードは三つ、(1)ルール(2)勝敗(3)競技(ゲーム)である。
一方の武道はというと、正直言ってよく解らないのである。何故なら武道の源流である古武道というものを体験したことがないので、率直に解らないのだ。そこで今までに会った先生方の話や書物を参考に、私流の定義をしてみたい。
その前に武術について考えてみることにする。少々漢字の勉強になってしまうが、この字を分けると「武」と「術」になる。さらに「武」は「戈」と「止」。「戈(ほこ)」は戦いを表し「止」はまさにとめる。「武」の字は「戦いを止める」の意となる。旺文社の漢和辞典でも「戈で兵乱を止める意」とある。そして「術」はすべ。すなわち方法や手段のことであるから、武術は「戦いをとめる手段」と解釈できる。が、しかしである。この解釈は綺麗すぎないだろうか。元来源流である古武術では、戦いにおいて相手を殺戮する手段であったはず、そこには絶えず生死が存在し、より生きるためにはどんな手段が有効かということを先人達は日々練って己の技としていったに違いない、と考えた方が本能に訴えるものがある。そして柔術は武器を使用するようになり、刀を組み合わせた剣術、槍なら槍術、杖なら杖術などの武術へ派生していったのだとは考えられないだろうか。
話を武道に戻そう。「武」については前段で話したとおりである。それでは「道」についての解釈をしてみよう。ここで再び漢和辞典を見ると「長く通じているみちの意」が字のもつ意味で、さらに「人の守り行うべき正しいすじ道」とある。これは道徳であり教えを意味しているのである。それでは定義をしてみることにしよう、「武道とは、戦いを止める手段を練り鍛え、人として正しい行いをし、みちびくことである」となる。キーワード化すると(1)修練(手段の練り鍛え)(2)方正(心や行いが正しい)(3)教導(おしえみちびく)となるだろう。
ここまでくれば、剣道について話やすくなる。全日本剣道連盟の通達でも、剣道の理念を「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」と記している。前段での解釈もまんざらではないといえよう。
さてこれまでの定義からすると「道」が意味する性質を含んだ剣道は、スポーツにない武道の精神を引き継いだものと言えることから、現代における武道と考えることができる。
次に、スポーツでのキーワードから剣道を考えてみたい。
スポーツの一番目「ルール」について、武道ではどうなのか。これは二番目にある「方正」に包含されるもので、作法と言った方が道らしく聞こえる。ただ武道における作法とは、これから生死を掛けて対峙する相手への礼儀である。だから相手が戦う準備ができていないのに攻撃を仕掛けることは、武士道に反すると最も卑怯とされるところである。逆に礼儀が通っていれば、いかなる技や武器を使ってもいいわけで、この辺りが「ルール」との違いだろう。それでは剣道となると、全日本剣道連盟審判規則及び細則からなるもので規定されており、「ルール」は存在するのである。
次に二番目の「勝敗」と三番目の「競技(ゲーム)」は合わせて話すことにするが、剣道において、これらの要素を持っているのが「試合」である。前出の全日本剣道連盟審判規則及び細則に基づき運営されるのだが、ルールがあるということは、互いに同一の条件下で実施するもので、例をあげると、竹刀の長さ、重さ、有効打突部位等が決まっている。武道の「いかなる技や武器を使ってもいい」ということとは違ってくる。
以上から、スポーツのキーワードに照合した場合、剣道はスポーツという結果になった。
【結論】、
「現代の剣道は、武道の精神を継承したスポーツである」というのが私の答えである。 @SM11/12 |
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