アブサン/苦艾酒

" absinthe, absinth, absynthe ,absenta, absint, and absenth "

古典的な飲み方はこんな感じです(要・笑顔?)

・「緑の妖精」、「緑の美神」そして「緑の悪魔」との異名を持ち、多くの人の不幸を生むと同時に、文芸・芸術にも寄与した<世紀末のシンボル>ともいえる禁断の酒です。フランス人が偏愛してやまない緑色のミント酒にも似た鮮やかな色で、加水すると白く濁る錬金術的な有様は、産業革命による近代化で激変したヨーロッパの姿を象徴するかの様です。20世紀初頭に各国で禁止され長らく地下に潜伏していましたが、1981年の解禁により再びシャバの空気を吸える様になりました。しかし、世間の趣向は様変わりが激しく、極一部の数寄者すきもののみが歓喜喝采しただけで、多くの人達はその存在すら忘れ果てています。

<アブサンのイメージ>
<アブサンに使用されるハーブ類>
<Why 高アルコール濃度?>
<Why 白濁 ?>
<悪魔 と 美神>
<ツヨン(Thujone)>

<緑の美神 と 芸術家達 と ベル・エポック>

<アレイスター・クロウリー>
<昔の映画>

<アブサンの起源>
<錬金術による蒸留技術の発展>
<近代アブサンの始まり、18世紀中頃>
<アブサンの量産化へ、19世紀初頭>
<アブサンの一般化、19世紀中〜後期>
<アブサンの大流行、19世紀末>

<アブサン in アメリカ>
<アブサン in 占有・領有国>
<アブサンの禁制化へ>
<禁制化への政治的背景>
<禁制化>
<パスティス・アブサンの代用品>
<非禁止国>
<La Bleue・密造アブサンの王者>
<アブサン魂>
<アブサン用小型蒸留器>
<解禁?規制緩和!>

<ビンテージ・アブサン>
<アブサンの銘柄数?>
<新趣向>
<アブサンティアーデ>
<アブサン百科事典>

<飲み方>
<角砂糖はお使いになりますか?>
<水はどれ位入れるの?>

<アブサンスプーン>
<アブサングラス>
<アブサン・ソーサー>
<アブサン・カラフェ/ピッチャー>
<アブサン・ティペット?>
<アブサン・ファウンテン>
<アブサン・ブロウラー(brouilleur)>

<ナ、何じゃコリャ〜!>

<アブサン・トレイ>
<偽者のアブサン・グッズ>
<海外通販悲話>

<参考にしたサイト>

<当店で飲めるアブサン>

<アブサンのイメージ・補足>

<アブサン番外地>

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< アブサンのイメージ > 「ダメ人間になっちゃう、ヤバイ酒なんでしょう?」、「ラクの仲間だと思う」、「非合法で売ってないんじゃなかったっけ?」、「漫画の野球選手!酔っ払らわないと打てない酔拳みたいな人」、「ペルノーの濃いヤツでしょ?」、「昔は芸術家専用酒だったらしいです」、「大丈夫?」、「黄色く濁った変な匂いのヤツ・・・マズかったからもう飲まん」、「あ〜、知ってる、麻薬入りの酒でしょ」、「今日はφφしたくないからアブサンにしようかな」、「西海隆子の歌集ですよね」、「えっ!あるんすか?レモンハートのマスターも見つけられなかったのに・・本当に本物?」、「だいたい何杯くらい飲めば飛べるんですか?」、「確か太宰や安吾や朔太郎が飲んでたんだよな」、「例のヤツ?マジっ!」、「ほかの人から見える所で堂々と飲んでもいいの?」、「自殺行為でしょ、やっぱコレは」、「こんなの普通に飲むなんて、フランス人の舌は絶対おかしい」、「村松友視のエッセー集の題名だったような・・」、「へぇ〜、コレがそうなんだ、へぇ〜、スッゲー、へぇ〜」、「緑色のシャトリューズにブレンドする酒だって青山のバーで聞いたことある」、「火つけて飲むお酒」、「ゴッホが耳切ったり自殺した時、コレ飲んでたんだよね」、「『人間失格』で飲みながら悩んでた酒」、「何かが変わっちゃいますかね?」、「ほかのと全然違う酔い方するから覚悟して」などなど、30年近くこの商売をやってきて、お客様や同業者から聞いたコメントはこんな感じでした。正しいのもありますが、断片情報による妄想も混在してますね。

(上記のコメントに対して私が思った内容はこちらで御確認下さい)

・一言で言うとニガヨモギが主原料のクセのある特殊な存在のハーブ系リキュールで、、水で割って薄めて飲むのが作法なので比較的アルコール度数が高く向精神作用を持つ成分は無きにしもあらずですが微量すぎて問題は無く、国によっては政治的理由などで禁止されていた時代も長く、アニスにより加水すると白(黄)く濁るものが多いです」ってな感じでしょうか。一言にしてはクドくて長い?

< アブサンに使用されるハーブ類 > 複雑な風味が特徴のアブサンは10種類以上の香草や薬草が使用される事もあり、アニス的な芳香を持つ事が多いです。アニス無使用でリコリス的風味を持たず白濁もしない銘柄も有るにもかかわらず、アブサンと言えばアニス系リキュールの特殊な別ジャンルという印象になっています。しかし、何といってもニガヨモギこそがアブサンのアイデンティティーを支えており、特有成分のツヨンが他のアニス酒と違う突出した存在感の源です。

・何百種もあるヨモギ属(Artemisia)の内、何でもいい訳ではありません。伝統的な本物のアブサン(genuine absinthe)のメイン・ハーブに使われるのは、もちろんニガヨモギつまり“Artemisia Absinthium(アルテミシア・アプサントゥム)”でなくてはなりません。“ Common Wormwood ”、“Grande Wormwood ”とも呼ばれ、アブサンの魂とも云える品種です。

Artemisia absinthium(アルテミシア・アプサントゥム)の種名は、「聖なる草」を意味するエルブ・アブサントに由来しています。中世以前にもアブサンと近似する名称のニガヨモギ酒(ワインなどの醸造酒に浸透)の記録が点在するようで、古代ギリシャの「apsinthion」、古代ローマの「apsinthium」などが知られ、マイナーながらも薬用酒として普及していた様です(こちら)。高濃度の蒸留アルコールで抽出・蒸出されたのは、修道院などに蒸留技術が伝わり薬用リキュールが造られ始めた中世末期(15世紀)以降と思われます。

・同じヨモギ属の“Artemisia Pontica(アルテミシア・ポンティカ)”もアブサンの自然な色づけ(the coloring step)に必要なハーブでそ。通称は“ Roman Wormwood ” ですが、ニガヨモギではないのにかかわらず“Petite Absinthe(小ニガヨモギ)”などとも呼ばれます。

・最上のニガヨモギ原料は、日当たりの良い高地で有機栽培されたArtemisia absinthium(アルテミシア・アプサントゥム)で、ツヨン含有量が最高値になる花が咲く直前に収穫され、ツヨンの消失を防ぐため直後に天日干しされたものだそうです。この条件を満たすのは容易ではなく、多くの銘柄ではトルコなどからの安い乾燥ニガヨモギを使用しているそうで、地産のニガヨモギを使用したアブサンは高級品のみです。


左から、ニガヨモギを筆頭に、グリーン・アニス、フェンネルの三役です。

<聖なる三草、又は三位一体> 伝統的にはニガヨモギ (Artemisia absinthium)グリーン・アニス (Pimpinella anisum)フェンネル(ウイキョウ/Foeniculum vulgare)が“聖なる三草”とか"Holy Trinity (三位一体)"なと呼ばれ、必須原料として尊ばれてきました。この三草とも向精神作用を持つ成分(ツヨン、アネトール)を含んでおり、現在では含有量が制限されています。味じゃなくてコッチの要素でのスリー・トップだったんですか?アセロンを含むカラムス(菖蒲)も次席に控えてますしね・・

<ニガヨモギ (Artemisia absinthium) > ヨーロッパ原産のキク科の多年草で、英名のワームウッド(wormwood)は虫除けに使われた事に由来し、独名のヴェルムート(wermut)は、ワインリキュールのヴェルモットの語源 になっています。特徴的な苦味と青臭い芳香はアブサンのアイデンティティーともいえる唯一無二の個性です。(この人はジョン・レノンです。)

<アニス (Pimpinella anisum) > 全く別品種のスターアニスとの混乱を避ける為、通常はグリーン・アニスと呼ばれる事が多い、地中海東部原産のセリ科の一年草です。リコリスにも似たトロ甘い風味と鋭い芳香が特徴で、アブサンの象徴的アジテーションとも言える「LOUCHE ACTION(白濁現象)」もアニスの精油によって現出する事が多いです。ヨーロッパ各地では料理やお菓子にも普通に使われ、数多くのアニス酒も愛されていますが、その特徴的味わいが日本人の味覚習慣の前に立ちふさがる最大の壁となっています。(この人はポール・マッカートニーです。)

・ヨーロッパ人でもアニスの持つリコリス的な風味を嫌う人も多い様で、わざわざ< who do not like the licorice flavor.> な人向けに<without anise>ページが設けてある海外の販売サイトが印象に残っています。チェコ産のアブサンには伝統的にアニス未使用銘柄が多いです。

<フェンネル(ウイキョウ /茴香)> 地中海沿岸が原産とされ、古代エジプトや古代ローマでも栽培されていたセリ科のハーブで、甘い香りと苦味を持ち、イタリア産のフレンツェ・フェンネルが最高とされています。アブサン界ではニガヨモギとアニスというクセ者達の仲を取り持ち、両極端な個性や主張がぶつかり合うのを緩和しつつ、新次元での調和へと誘い込むキューピット的な存在です。(つまり、この人はリンゴ・スターです。)

・フランスにはフェンネルの使用を1gに対して5mg以下との基準(★)があるようです。スペイン産はフランス直系の同タイプながら規制が無い為、相対的にフェンネル強めの傾向を持つものが多いです。

(★)フェンネルにはアニス同様にアネトールが含まれており、この量を制限するための規定の様です。 アネトールはパラメトキシアンフェタミン(PMA) の前駆体であり、PMAはエクスタシー(錠剤型麻薬の総称)に含まれる事もあるため、過剰なドラッグ渦に悩み続けるフランスならではの規制と思われます。

・昔も今もグリーンアニスの生産はスペインとフランス南部が主要生産地です。フェンネルもプロヴァンスやイタリアなどの地中海沿岸が名産地なので、クーヴェ村時代の最初期は未使用か量が少なかったかもしれません。(参照

・この<聖なる三草>に次ぐ重要ハーブは後述のヒソップス(ヤナギハッカ)とアルテミシア・ポンティカ(小ニガヤモギ)だそうです。余談ですが、ブラジルの方がブログで「我が国にはヒソップスが自生していないので良いアブサンを作るのが困難なんだ・・・他はなんとかなるんだけどね。」と苦労を語っており、その重要性を認識しました。

<味を司るハーブ達 ・TASTE-ENHANCING HERBS > 蒸留する前に上記の“聖なる三草と共に高濃度のアルコール(主にサトウダイコン原料)にて浸透・抽出され、アブサンのベーシックな味わいを構築する基本ハーブ達です。蒸留という過酷な魔術を経て変化・残留した様々な成分はアブサンの根幹を支え、風味・芳香を深い階層で決定付けます。銘柄により使用するハーブや量は異なり、蒸留法も含めた多くの選択肢が個性を作っていきます。現在では、この時点で作業を終えるシリアスな銘柄も存在します。(後述の「AROMA & COLOUR-ENHANCING HERBS」として使われる事もあります。)

<ヒソップス (ヤナギハッカ)> 濃い色の青い花を咲かすシソ科の植物で、二ガヨモギとは異なる苦味を加え多重的な味をかもし出すと共に、ヴァニラの様な香りを暗示させる重要ハーブです。基本となる緑色を溶出する点も見逃せません。血管の緊張をほぐすリラックス・ハーブとしても知られています。

<カラムス (しょうぶ/菖蒲)> 「緑の妖精に翼を授けるハーブ」と称され「sweet flag 」の別名も持つ、甘い香りと強い苦味が特徴のハーブです。微量のアセロンを含み、世界各地で宗教的な聖薬(幻覚剤)として重んじられてきました。でも、サトイモ科なんですね・・ 鎮痛、鎮静、健胃、駆虫作用があります。私達が連想する(花屋さんにある)ショウブは別の品種でアヤメ科の<花ショウブ>です。(この人はジョージ・ハリスンです。)

<アンジェリカ (セイヨウトウキ)> セリ科の植物で、ジンに使われるジュニパーベリーに例えられる事が多く、独特の味と香りがアブサンにキックを与えます。しかし、黒子の様に後ろから支える役割で、自らの個性は表に出さないバックグラウンド・ハーブです。 緑の花を咲かすこの植物は世界中に生育し、ヨーロッパでは「Holy Ghost (聖霊)」の異名で尊ばれ、アメリカ大陸ではネイティブアメリカンの宗教儀式にも使われる特別な草です。軽度の麻酔効果があるため治療ハーブとしての歴史も長く、ペスト渦の時には大活躍しました。

<コリアンダー (カメムシソウ)> セリ科の植物で、新鮮な花の様な香りを生かしアブサンのスパイシーな要素を引き立たせる役割を担うバックグラウンド・ハーブです。ヒソップスの美点を前に押し出すコンビネーションにも定評があり、豊かな香りの要因として欠かせません。バビロニアの頃から抗欝うつ剤として使用されてきました。

<スターアニス (badiane/トウシキミ)> シキミ科の植物で、グリーン・アニスの代用品としてアブサン界の“味の素”とも云える微妙な存在です。もし使わないとしたら、大変な手間と経費が掛かり高級品になるのは確実ですが、良心と技術の裏づけがあり程良い量なら、安価で美味しいアブサンが可能になります。しかし、入れすぎると全てを台無しにする危険な存在と言えるでしょう。問題児すぎるので、下に追加項目を設けてみました。<アブサン界のユダ?>?をご覧下さい。

<芳香や色彩を司るハーブ達 ・AROMA & COLOUR-ENHANCING HERBS > 蒸留後に加えられ浸透される「the coloring step」という行程で使用されます。アブサンのトップノートや色合いを補強・演出する役割を持ち、各銘柄の個性を明確に方向付ける人為的な作業は、これらのハーブの使い方かた次第です。(前述の「TASTE-ENHANCING HERBS」として使われる事もあります。)

<アルテミシア・ポンティカ (Artemisia Pontica)> 小ニガヨモギとかローマン・ワームウッドなどと呼ばれるヨモギ属の植物で、苦味はさほど強くありません。アブサンの魂とも言えるニガヨモギ (Artemisia absinthium) の風味をグィッと前に押し出す名脇役ですが、なんといっても独特の緑色(Verte)を演出してくれるハーブとして欠かせません。

<メリッサ(レモン・バーム)> シトラス風味を加えてくれるだけでなく、緑色の輝きを得るための主要なハーブです。有名な癒し系ハーブでもあり、アロマテラピー界の大物です。日本ではセイヨウヤマハッカとして知られるシソ科の多年草で、たくさんのミツバチ(ギリシャ語でメリッサ)を引き寄せる白い小さな花を咲かせます。

<ローマン・カモミール> ニガヨモギと同じキク科の多年草で、花や茎から甘酸っぱいリンゴの香りを放ち、独特の苦味を持ちます。コリアンダーとのコンビネーションでアブサン劇場の舞台背景を司る、メインのバックグラウンド・ハーブです。スパイシー大将でもあり、裏方の主役とも言えるでしょう。最も古い薬草の一つで、15世紀にはニガヨモギにも含まれるアズレン(抗炎症作用)が抽出されており、その精油は濃青色だったそうです。メリッサ同様に弛緩・沈静効果に定評のある薬草です。(ハーブティーに使われるのは、苦味の少ないジャーマンカモミールです。)

<ミント> シソ科の多年草。ほんの少量のミントがもたらす劇的な品位向上の効果は、決しておざなりにはされません。

<ヴェロニカ (クワガタソウ)> ゴマノハグサ科。 軽やかでスパイシーな浮遊感と、さらに深みのある緑色のために加えられます。

<ホウレンソウ> ”La Fee Parisian 68”などがホウレンソウの葉緑素による色付けを公開しています。オルディネール博士の処方にもあり、伝統的な手法なんですね。

・ほぼ必ず使われるであろうのは、ニガヨモギ、グリーンアニス、フェンネル、ヒソップス、小ニガヨモギ、メリッサ、の6種です。

・その他、リコリス(スペイン甘草・マメ科)レモンバーベナ(Verveine Citronnee)ジェネピ(アルプスヨモギ)ネトル(西洋イラクサ)タラゴンディルハジルバニラグローブ、などのハーブ類が銘柄や産地による様々な個性を演出しています。全体の印象では、セリ科、シソ科、キク科の植物が多いですね。


Alpine genepi

<アブサン界のユダ?> スターアニス(badiane/バディアン)はグリーンアニスの代用品的役割を持つ下級品の様で、植物学上の品種も全く異なります。黒猫の広告ポスターで有名な Absinthe Bourgeois の瓶ラベル下部(中央)にも、"sans badiane (スター・アニス未使用で)" と誇らしげに書いてあり、当時も明確に区別されていた事が分かりますね。自家製アブサンを作るためのハーブ・セットにもスターアニスが入っている様ですが、この手の商品に対するアブサニスト達の評価は異様に低いです(もちろん、浸透法ですよ)。

・ちなみに下右は、ポンタリオ・グラス命名のきっかけになった Pernod Fils 社の広告額で、ほとんどのバーやカフェに掛けてあったそうです。両方のポスター(油絵風加工)の手前にはポンタリオの新聞が(わざとらしく)さりげに置いてあり、地域の特産品である事を強引にアッピールしています。発祥の地と言えるスイスの本家ボバレス(クーヴェ村)からお株を奪おうとして、印象情報の操作を目論んでいた様子が伺えます。

    

<ハーブによる自然な甘味> 砂糖に対して、アネトール(アニスの主成分)は13倍、グリチルリチン(リコリスの主成分)は50倍の甘味を持ちます。無加糖タイプのアブサンやアニス酒でも自然な甘味を感じるのはそのせいです。砂糖を使わない事でアルコールの溶解効率が上がり、他成分の含有が容易になる利点もあるだけでなく、グリチルリチンの甘さは砂糖より遅く立ち上がり後に引くため、砂糖の甘さとは異なる味わいを演出するそうです。又、リコリスはEU規格上のパスティス必須成分でもあり、コレを含まない“ペルノー”が普通のアニス酒に分類される理由にもなっています。つまり、スターアニスはグリーンアニスの下級品というだけではなく、リコリスの代用品的役割も果たしている安くて便利なアイテムなんですね。ちなみに、インフルエンザ治療薬タミフルの重要な媒体原料と云う顔も持ちます。

・甘味料としてのリコリスは我々日本人にはあまりピンときませんよね。でも、アブサンのレヴューで「like the licorice flavor」とか「 only little licorice taste」などの記述は非常に多く、かの地では共通味覚要素の様です。ヨーロッパ全域や北アメリカでは各種のリコリス菓子が普及して根強い人気を誇っており、日本人旅行者をビビらせてきました。「とんでもなく薬臭くてグニュグニュしてる」とか「古タイヤを三日三晩砂糖で煮含めたようなお味」とか「アンモニアの匂いにむせた」とか「2メーターもある紐状のグミ、マズイ!」などと賞賛されるリコリス菓子達は、パスティス同様に日本人の味覚習慣を蹴散らし続けています。お菓子ですが、納豆の様な存在かも知れません。北欧のサッルミアッキ、リコリッシュ、ドイツやデンマークのラクリッツ、オランダのドロッピェ(ドロップの語源です)、米英豪のレッドヴァインズなどです。特にサッルミアッキは塩化アンモニウムを添加してあり(何故?)、ダントツの味わいらしいですよ・・(参照)黒い色でドロッとして甘さが非常に強いリコリス酒などもあり、フィンランドの“ サッルミアッキ・コスケンコルヴァ ”は有名です。

   
左は英語圏タイプのレッドヴァインズ、中央は通常サイズと延ばして2mにもなる巨大ラクリッツ、デカッ!ナガッ!でも、赤と黒しかないんですかね?


3×150cmの徳用超巨大ラクリッツはレジ横で売ってたそうです・・・

< Why 高アルコール濃度? > アブサンのアルコール濃度は、現在でもかなり高めで(低くても45度)80度を越える物も珍しくありません。伝統的な基準値はPernod Fils社が設定したと思われる68度です。この数値には幾つか理由があるようです。ニガヨモギやグリーン・アニスの色素(葉緑素)や精油成分を保持するのに程良い濃度()が必要であり、遠方への輸送経費的にも度数の高さは有利でした。税制も大いに関係していた事を示唆する記述もありました。様々な要素の絡み合いで68度に落ち着いたのでしょう。しかし、当時の安全管理や容器の密閉性(コルクや蝋栓)には問題があり、度数が高すぎると引火による火災の危険性(下写真)や過蒸発による不都合もあった様です。今もこの数値は再現アブサンなどには当然の様に反映されています。

)現代の技術レベルにおいてもハーブ類の精油成分を溶解・保持するのには、最低でもアルコール濃度45度以上が必要との事です。もちろん含まれるハーブにより条件は変化しますが、人工色着色料を含む場合は色素の分子が精油の表出を促す為、さらに濃い50度以上が必要になるそうです。

<ペルノー・フィルスの大火災> ペルノー・フィルス社は1901年の大火災(下写真)で工場を焼失しました。落雷による惨事だったそうで、盛り上がっていたアンチ・アブサン勢からは「ついに神の鉄槌が打ち下ろされたか!」などと喧伝されます。しかし、400万フランの保険金を得てポンタリオ工場を最新設備で新設したばかりでなく、二番目の工場をスペインのタラゴナに造りました。<災い転じて福と成す>感じで、後の発展への好機となります。幸運にもスペインでアブサンは禁止されず、ペルノー社は1950年代後半までアブサンの生産を続ける事ができました。その間に多角的な酒類製造・販売会社への方向転換に成功し、禁止措置で致命的打撃を受けたアブサン業界では唯一の生き残りになりました。

  
アルコール引火による工場火災で炎上するペルノー・フィルス社のポンタリオ工場と熱でドロドロに溶けたアブサンボトル

・機転が利く従事者がいたらしく、被害の拡大を防ぐためにタンク在庫のアブサンを排水槽に放ったそうです。流れ出した大量のアブサンにより傍かたわらを流れる ドゥー川は数マイルにわたって白濁しました。人類史上最大の「LOUCHE ACTION (いかがわしい動作)」で、魚類史上最大のアブサン大宴会でした。

<O・P・F> この事故の後に設備を刷新し近代化して生産効率を上げたため、ペルノーアブサンの味は変わってしまったそうです。従って「1901年までが本来の味わいを誇るオリジナルのペルノー・フィルス(O・P・F)であり、洗練を極めた1901年のボトルこそが最高峰のアブサンだ。」と語られ、アブサン愛好家の妄想を掻き立て続けています。コレクター諸氏的には、どんなに珍しい“ Vintage Absinthe from the Pre-ban Era”が手元にあったとしても O・P・F の無いコレクションは<画龍点描を欠く>感じらしいです。スーパー・マスト・アイテム!価格もスーパーなので庶民には縁の無い話ですが・・・・

・1870年代から稼動していた焼け残りの旧式蒸留器は売却されました。その内の1100g器2台がCombier Distilleryのメインボイラーとして稼動しており、T.A. Breaux氏がプロデュースする「Jade Liqueurs」の初銘柄“PF1901”の命名由来になっています。8台のサブボイラーの由来も古く、1894年から使われ続けている古武者だそうです。(参照

「アブサンはアルコール度数が異様に高い強い酒だから、やめておこう・・」と思われてしまうのも無理はありません。68度とか書いてあったら逃げ腰になってしまいますよね。でも、水で薄めて飲むのを大前提に造られてきた珍しいタイプの酒類なんですよ。とりあえず、カルピスと同じ処方の飲料だと思って頂ければ感じがつかみ易いかもしれません。他の蒸留酒などよりは実際のアルコール摂取量はかなり弱めになります。皆さん、御安心下さい。よほどの経験や確信がある人以外でも、チャレンジが信条の人、誰かに○○と思われたい人などはロックやストレートも良いか、とは思います。楽しみ方は個人の自由ですから。(後述の<水はどれ位入れるの?>もご覧下さい。)

・「As you blend an Absinthe with cold water, a prepared Absinthe contains approximately 14%. 」と明確に希釈度を示している記述もあり、メーカーの最終テイスティングなども15度前後に割水した状態で行う事が多いそうです。この位で美味しくないと×なんですね。やはり、ワインの度数がフランス人の適正濃度なんでしょうか?(ヴェルサントの試験室の様子はこちら

<グレープ・スピリッツ> 当時のトップ・ブランドだったペルノー・フィルス社を筆頭に、高級な銘柄は単式蒸留によるグレープ・スピリッツ(透明なブランデー)をベースとして使っていたそうです。それに対して、安価なアブサンを作っていた生産者が連続複式蒸留で大量に生産できる粗悪なアルコールを使用していた事は容易に推測できますね。こちらの原料は砂糖ダイコンや廃糖などで、味の差は歴然としていた事でしょう。しかし、貧困層である芸術家や一般庶民が日常的に口にできるアブサンが後者だったの疑いようがありません。数々の悪名と伝説を彩ったのは、むしろ粗悪品の方でした。

・と言うわけで、高級グレード品では<グレープ・スピリッツ(透明なブランデー)の使用>を強調する事が多いです。他には、<スターアニス未使用>とか<上質で新鮮なハーブ使用>とか<職人による完全な手作業>とか<○○年のレシピで再現>などの表現が多すぎて食傷気味になってきました。そんな謳い文句の割には安価すぎる怪しい銘柄も出没し始めており、等級分けなどの統一規格が必要になるのではないでしょうか?2009年からアブサンティアーデのコンテスト・カテゴリーが変更され、Mixed & Macerated タイプが対象外になったのもその一端かもしれません。スペイン勢がヤバいですね・・・・(参照

<霊数・68> アブサンにとってシンボリックな68という数字は、漢易などでは特別な意味を持ちます。10の68乗 を「無量大数」と言い漢字圏の数字で表現できる最大数値で、別名を「不可思議」とも呼びました。同様の扱いをされる事もありますが「無限大」とは別の概念です。東洋思想に影響されていた当時の西洋知識人やオカルティスト達にとっては気になる霊数だった事は間違いありません。キリスト教的世界観で長らく否定され続けていたー(マイナス)や0(零)とは逆に、不可知数の象徴でもある∞(無限大)とは神そのものを示す概念だったからです。そして「人(1)と神(∞)の間に立つ、神の子キリストを示す数字こそコレ(下)ではないか!」と閃いた超鋭い勘違い学者がいたのも無理はありません・・・

( 100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000 )

< Why 白濁 ? > アブサンを印象づける魔術のような現象があります。水を垂らしていくとモワモワと白い濁りが生じ、最後にはカルピスのようになるんですね。白(黄)濁するのは、アルコール濃度が水によって低下し、溶解していたアニス由来の精油成分が不安定になり周囲に膜を形成し、微粒子状に表出して入射光を乱反射するからです。水を加えるだけで起こるこの錬金術的な現象は、私達の幼心を刺激し引き付けて止みません。これを楽しむための面白い道具達が考案され、いまでもレプリカが入手できます。アブサン・ファウンテン(給水器)、アブサン・ブロウラー (Absinthe Brouilleurs) などのファンタスティックな古式器具達(後述)はモ〜堪りませんです。(ランボーが「琅奸の円柱、緑なす」と詠んだ、美しい白濁の変化の様子はこちら

・濁化しないタイプの銘柄も比較的多く、カクテル用に造られている銘柄や、コアなマニア向け、チェコ製アブサンなどに多く見られます。スター・アニス特有のリコリス風味を回避しており、ニガヨモギ風味が強く苦めの銘柄が多い様です。わざわざ< who do not like the licorice flavor.> な人ために<without anise>ページが設けてある海外の販売サイトが印象に残っています。

・アニス酒のほとんどは、アブサン同様に濁化します。フランスのパスティス、ギリシャのウゾ、トルコのラク/ラキ、地中海沿岸のアニゼット(アラブ世界でも原理主義が台頭するまで は主要な酒でした)、オリエント以西のアラック(インドや東南アジアの同名酒は別物)、などアニス入りの蒸留酒はラテン、イスラム圏で広く親しまれています。ヨーロッパ人だけが白濁現象にココまで拘こだわり楽しもうとするのは、錬金術的伝統やエキゾチズムからくるのでしょうか?

・アブサン評価サイトでは白濁度や白濁色の変化や美しさにまでポイントを点けています。これを「LOUCHE ACTION」と呼んでいますが、直訳すると「いかがわしい動作」になるんですね。ちなみに、いかがわしさ満点(10/10)銘柄は、アブサン作法の実演映像でよく見かける“Belle Amie/美貌の淑女”というフランスの銘柄で「Vert d'Absinthe」という有名なマニア向けショップの特注品らしいです(中央)。左の写真は“1870”と呼ばれるいかがわしさ満点のグラスで、白濁の変化を楽しむためだけにアブサン・リザーバー部(バブル・ステム)と上部の間を極端に括くびれさせてあります。で、「The blown bubble in the stem gives a unique slow-motion louche of surpassing beauty. 」との説明がグッとくる上に、「An essential item for any absintheur.」とダメ押ししてあります。う〜ん、全てのアブサン愛好家の基本アイテムか・・と、思わず購入してしまいましたが、洗う時はどうすんの?って疑問は解決していません。ひたすら水で洗い流すしかないんですかね。(“Belle Amie”と、この”1870”による最強コンビが行う、恥ずかしくも“いかがわしい共同作業”を見たい方はこちら。梨オヤジはスケジュールが合わず不参加ですが、代理で可愛いトラ猫君が登場しています。一分過ぎたあたりに注目!)(当店でもトラ猫君抜きでなら実演?可能です。)

      
いかがわしいさ No1グラスと、いかがわしいさ No1銘柄と、いかがわしいさ No1梨オヤジ

< 悪魔 と 美神 > アブサンは向精神作用による幻覚や錯乱を引き起こす上、強い習慣性を持つと信じられていました。厳しい社会情勢に翻弄され、現実逃避傾向が強くなりがちな貧困層の安易な選択肢(悪魔)となる一方、貧しいながらも希望と志に燃える革新的な芸術家や文化人などにとっては美的霊感を呼ぶミューズ(美神)として賛美の対象にもなりました。不安に満ちた転換期に生きる人々の足元を、怪しげな緑色の明かりで照らす<決してたどり着けない灯台>の様な存在だったのでしょうか。

    

<ツヨン(Thujone)>はツジョン、又はティンヌとも読み、ニガヨモギ、ヨモギ、セージなどに特有の精油成分。アブサン特有の苦味を演出するだけでなく、薬用酒としての効用を担になう必要不可欠な要素です。19世紀後半、異常な過飲環境が呼んだ悪しき風評から、中毒作用の原因成分と断定された後に規制の対象として糾弾されました。魔女の証と言われた<悪魔の体内を逆流する緑色の血液>の様に、美しくも怪しくマガマガしい世紀末の象徴として斬首台(ギロチン)に送られました。それ以前はニガヨモギと共に超マイナーな存在だったんですけど・・・

・近年でも「ツヨンはマリファナの主成分テトラヒドロカンナビノール(THC) に似た化学構造 を持つ二環式モノテルペンで、両者は中枢神経(つまり脳)内の共通の受容体に作用する(Nature誌)」という有名な論文があります。しかし、数10Kg分のニガヨモギ含有量を摂取しての効果作用なのが事実の様で、10ppm(1ppm=0.0001%)のアブサン750mlで400本に相当します。19世紀末のアブサン中毒と思われた症状は、むしろアルコールの実害の方が主だったと考えるのが自然なのでは?と言われています。

・海外にはキャナビス(大麻)リキュールもたくさんあります。個人消費なら特に違法ではないんですが、日本ではあまり見かけませんね。<○ary ○ane>という角田ヒロ的な隠語を見かけたら可能性が高いです。知る限りでは20銘柄以上は流通しているらしく、ジン、ウォッカ、パスティスなどに浸透させている様です。アブサン+キャナビスという社会性ゼロの強力極悪イメージ銘柄もあったりします。念のため申し上げますが、清廉潔白な当店に期待するのは無駄ですよ・・・・

・アブサンにはツヨン以外にも向精神物質が含まれているのも確かです。鎮静作用のあるアネトール(アニス、フェンネル)、幻覚性のあるアサロン(カラムス)、覚醒作用のあるカルボン(ディル、スペアミント、キャラウェイ)、その他にも抗鬱作用や殺菌作用のあるケトン類を含む芳香性植物も使用されています。無害なのも確かですが、酔い心地が違うのも確かかと思います。ご確認ください。

    

・ とある種類のヨモギはロシアではチェルノブイリ(黒い草) と言う事とか。聖書のヨハネの黙示録8章の「ニガヨモギという星が落ちて多くの人が死ぬ」という聖文からの連想で、例の原発事故が起こった時には「ついに世の終わりが来た」と覚悟した聖職者は多かったそうです(アブサンに使う品種とは違う様ですが・・・)。又、バイキングの間では、ニガヨモギは死の象徴とされていたり、エデンの園から追放されたヘビの這った後に生えた草であるという逸話も有名で、禍々まがまがしい話が多いですね。

<ツヨン含有率が気になりますか?> アブサンが実際に復興してからまだ10年ほどです。今でも怪しげな成分への関心が強く、高ツヨン銘柄をありがたがる傾向がありますね。暗い顔のゴッホ・ラベル“ King Of Spirits(下)なんかは「スッゲー!ヤッバー!モ〜イックぅ〜」のスゥート・スポットにズッポリの注目アイテムです(チェコ銘柄は売り方を考えてますね)。 やはりギルティーな効果を期待する人がいるのは無理もないんでしょうが、そんな方向性の興味など長続きする訳がありません。アブサンという未開拓ジャンルにおいては、その特殊な味わいの理解や文化的存在感への興味などの方が大いに重要なのではないでしょうか?真面目な生産者側の姿勢にも、それが表れています。クロード・アラン氏の<アルテミジア>シリーズは [Bitter Spirituose] の表示があるので高ツヨンのはずですが、それに関するアピールなどは一切無し!味だけで勝負しているのは御存知の通りです。復刻アブサンの雄 「Jade Liqueurs」 などはテイスティングの結果なのか比較的低いツヨン濃度でリリースしている様で、逆に再現性への信頼感が高まった感じがします。ノーツヨン銘柄 (“Absente 55”の立場はどうなるの?)をアブサンと呼ぶ訳にはいきませんが、高濃度というだけで歓声があがるロマンティックな時代は終わったのではないでしょうか?

沈殿しているニガヨモギから成分が浸出して、規制値よりツヨン濃度が上がるのが売りです。

・「でもでも、とうしても高ツヨン体験したい!」って方にはアブサン・エッセンス(下)という裏技もあります。これはMixed & Macerated 法に使うハーブ精油を通販(海外での話ですよ)している闇アイテムで、北欧の精神的ヒッピー国の製品という点が妙に納得・・35ppmを遥かに超えたアブサンが瞬時(本当は2〜3日)に作成可能で、直に飲めば3000ppm以上の<見果てぬ夢>に突入ですよ。でも、万が一の事故が起きた時に誰も責任をとってくれないのは言うまでもありませんし、苦労して個人輸入した割りには美味しい訳ないのでスグに飽きると思いますけど・・・「妄想の花は枯れやすい」ので、お勧めいたしません。


やっぱ、ゴッホかよ・・

< 緑の美神 芸術家達 ベル・エポック > アブサンと共に<美の迷宮>をさ迷い、美神の微笑みを授かった人々は多くに渡ります。 ピカソ、ゴッホ、ゴーギャン、ドガ、モネ、ルソー、ロートレック、ドーソン、バタイユ、モーパッサン、ヴォードレール、ゾラ、ヴェルレーヌ、ランボー、アポリネール、ヘミングウェイなどが「世紀末の緑美派(サイケデリア)」でした。耽美傾向の強い人が多いですね。幻視者オスカー・ワイルドは「足にチューリップが生えてる様な酔いだ」とキュートな表現をし、「The Green Fairy/緑の妖精」という名の啓示者として知られます。 アブサンが華やかに彩ったのは、いわゆるベル・エポック(良き時代)と呼ばれた頃のパリです。 (この時代のパリの映像はこちらです。ついでにこちらこちらこちらこちらに当時の面白い芸能各種をリンクしてみました。)

産業革命による急激なパラダイム・シフト(価値観の転換)を迫られた旧然たるヨーロッパ社会にとって、19世紀末は「頽廃の時代」の到来と言われていました。パリにはハッシーシュ(大麻)とアブサンが、ロンドンにはオピウム(阿片)とジンが甘美で危険な夢と毒を撒き散らしつつ蔓延し、行き詰った「旧き善き時代」に終焉のラッパを吹き鳴らし廻っていました。逆に19世紀末から第一次世界大戦勃発の1914年まで、耽美都市パリはかつて無い程に繁栄した華やかな時代を享受します。その頃の文化・芸術を回顧して後にベル・エポック(良き時代)と称され憧憬の対象にもなりました。1900年の第5回 パリ万国博覧会やアール・ヌーヴォーなどはその象徴と云えます。

・ 19世紀末のパリに集まった芸術家や文学者達は、古いモラルやアカデミズムに対する反発から、自由な生き方に憧れてボヘミアン的な生活を夢見ていたそうです。彼らが集うカフェでは、アブサンを酌み交わし語り合うサロン的な慣習が流行しました。今にも破裂しそうな芸術的衝動と社会的圧力に対する行き場の無い不満を抱え、熱い議論と高らかな理想を開放しぶつけ合う場だったそうです。どんな会話が交わされていたのでしょうか。ここで得られたインスピレーションを美的霊感として敬ったのかもしれません。

・優柔不断で利己主義者かつ醜男コンプレックスでも有名な高踏派詩人ヴェルレーヌが、恋人で美少年の天才詩人アルチュール・ランボーに別れ話を持ちかけられグチャ揉もめになり2回発砲、負傷させた罪で2年間の投獄生活へ・・・そしてランボーは「地獄の季節」を出版し、20歳で詩壇を引退しました。フランス文芸史上、最も有名な痴話事件もアブサンによって引き起こされた様です。この二人の関係は1995年に 『太陽と月に背いて(Total Eclipse)』と言うエグい映画にもなっていますが、ディカプリオがランボー役ですけど・・・

・アブサンの闇を象徴するアイコンとも言える ゴッホ。彼が起した事件はもっと有名ですね。ある日、お互いをモデルにして書いた絵を見せ合った後、アルルのカフェでアブサン(たぶん)の入ったグラスをゴーギャンに投げつけたそうです。当たったんですかね?翌日、散歩中のゴーギャンを背後からカミソリで襲いましたが、睨みつけられて退散・・自分の耳たぶを切り落とし、娼婦ラシェルの元へ届けて家に戻り、失神しているところをゴーギャンに発見されました。二人はラシェルを取り合っている恋敵だったとかで、これもまた痴話事件的な側面があったのかも知れません。絵が気に入らなかっただけでココまでしたとすれば、相当アブサンにヤラれちゃってたんですかね。(真性アブサニストの ゴーギャンが切り落としたと言う怖い新説もあります)

私は
夢の入り口に腰を掛け、
煙草をくゆらせ、アプサンのグラスを傾けよう
外の世界を気にかけることも無い
この時を愛している
私は
<ゴーギャン>

「喝きの喜劇」
来たれ
酒は大河となって海へと流れ、万波寄せり
天来の「苦味酒」、滝の瀬と山より来る
行かん、賢明なる行路の人よ、琅奸の円柱緑なす「アブサン」国へ
<アルチュール・ランボー>

    
後期印象派のゴーギャン、17歳の美少年ランボーカフェでアブサンを飲むヴェレーヌ幻視者ワイルド、先駆者セヴィニエ夫人

はじめの一杯のあとで、そうあってほしかったことがらを見、
次の一杯のあとで、君はそうでないことがらを見、
最後に君は現実を見、
それがこの世で最悪であることを見るのだ
<オスカー・ワイルド>

人生にはアブサンの残酷な苦みが混ざっている
<セヴィニエ夫人>

・セヴィニエ夫人は17世紀のフランス貴族で、機知に富んだ書簡が公に複写され回し読みされるほどの評判を呼びました。 鮮やかな時代風景をつづった女流随筆家のハシリとも云える才媛です。近代以前のニガヨモギ酒(アブサン)に人生の裏面を象徴させたインスピレーションで、今のアブサニストたちの心をワシ掴みにした数少ない女性アイドルです。

<映画、文学、漫画などにも登場している例はこちら>

<アレイスター・クロウリー> 自らを<大いなる獣666>と名乗った近世の神秘主義者で、20世紀最大の魔術師アレイスター・クロウリー(1875〜1947年)もアブサンの持つバイブレーションに共振した一人です。『La Legende de l'Absinthe (アブサンの伝説)』という詩(1907年)や『The Green Goddess essay 』と呼ばれるアブサン賛美の論文(1908年)など残しました。神秘儀式にセックスとドラッグを多用した彼が妖艶な「緑の妖精」を見逃す訳がありませんね。ニュ-オリンズの「オールド・アブサン・ハウス」にて書かれた『The Green Goddess essay 』の生原稿はクロウリー信者のジミーペイジ(レッドツェッペリンのギタリスト)が所有しているそうです。

・そういえば、オスカー・ワイルドが20歳下のクロウリーについて「私の尊敬すべき人です。」と言ってたそうですね。夫人のタンス・ワイルドは、クロウリーと同様にイギリスの魔術結社「黄金の夜明け」に属していたオカルティストだったので、そのイケイケ振りが気になっていたのでしょうか?

・クローリーは<007シリーズ>の著者イアン・フレミングの紹介でイギリス軍情報部に関わり、ナチスに対抗する呪術儀式(魔女集会)などを行っていました。ドイツ軍のイギリス上陸の阻止やナチス副総統ルドルフ・ヘスの奇行(イギリスへの単独飛行!)などは自分の魔力の成果だと喧伝しています。そして、「Vサイン」=「アポフィスとタイフォンのサイン」を生み出したのも自分である、とその著書で強く主張しています。シルエットが悪魔を暗示する「Vサイン」はペンタグラムの魔力 を応用したもので、悪魔返し的な意味合いがあったそうで、ナチスの繰り出す呪術戦法に対抗する、シンボリックなサインでした。 公の場で「Vサイン」を初めて使ったのはチャーチル首相だそうです。勝利 (Victory)の V じゃなかったんですね・・

  
若き日のクロウリー。中央左下端の写真は手の向きが逆でヤバくないですか? 悪魔のV・・

・ワイルドが名付け親だと云われる「The Green Fairy(緑の妖精)」はフランス語だと「La Fee Verte」で、この名は今も生きています。最初に海外のサイトを見始めた時、すごくよく出てくるので下の現行銘柄 “La Fee ”と混同して混乱しました。それにしてもラベルデザインが錬金術的と云うか秘密結社のシンボルを彷彿とさせますね・・

    

・上記の銘柄は、パリ北部郊外のオヴェール・シュル・オワーズにある私設アブサン博物館( Musee de l'Absinthe)の監修でリリースされた銘柄の様です。この地はゴッホが最後の時間を過ごした場所として有名。館長のマリー・クロード・デゥエラは、アブサン・ルネッサンス最初期(1983年)に画期的な初のアブサン歴史書 " L'Absinthe , histoire de la Fee verte"を世に問うた女傑で、それまでは学術的見地からのアプローチは皆無だったそうです。ラベルに見開かれた<叡智の眼>は、彼女がアブサンの可能性に閃いた先見の明を表しているかの様ですが、やはり怪しげなエリアからの興味がキッカケになっている事は間違いないな・・とも思わせます。

・日本の画家や文学者にとっても、アブサンこそ憧れのベル・エポックを象徴する酒だったようです。日本では有り得ない色と風味のみならず、かの地の芸術家達のアブサニスト振りを耳にするにつけ、身も焦がす程の憧憬の念と焦燥感に駆られた事でしょう。日本文芸・芸術史のあちこちに、どす緑色の血が滲んでいるのがが散見できます。しかし、時間軸的に考えると、一部の裕福な層を除いて実際に<緑の妖精>のグラスを手に出来た人は如何ほどかとも思います。アブサンの登場で有名な『人間失格』を書いた太宰治(1909年生まれ)が成人した頃には既に禁制品ですから、日本に何本くらいあったか疑問です。常連だった銀座のバー「ルパン」にでも残っていたんでしょうか?でも、「ルパン」は創業1928年ですから??ですね。実際に飲んでなくても別にいいんですけど・・・下の写真は有名な「 昭和21年秋、太宰治と坂口安吾(後ろ姿)、ルパンにて」です。

<絵の話が出ると、自分の眼前に、その飲み残した一杯のアブサンがちらついて来て、ああ、あの絵をこのひとに見せてやりたい、そうして、自分の画才を信じさせたい、という焦燥(しょうそう)にもだえるのでした。> 『人間失格』より

<映画、文学、漫画などにも登場している例はこちら>

< 昔の映画 >などでは、普通の人のふりをした正しいクセ者や信念を曲げない素敵な女性の愛飲酒として登場する事があります。ジャン・ルノワール監督(画家ルノワールの息子!)の作品『フレンチ・カンカン(1954)』冒頭で、ムーラン・ルージュの初代小屋主シャルル・ジドラー(ジドレ)を演じるジャン・ギャバンがさりげにキメるシーンは超クールですよ。歌姫エディット・ピアフも出演してて超サプライズな一本!しかし、なんといっても本場の信奉者に評価の高いサイレント映画の4本は、正に世紀末リアルタイムで撮影されており、アブサニストのバイブルと言っても過言ではありません。アブサニスト有志の手でDVD化され、4in1版が25ポンドで販売されています。『La Bonne AbsintheLes(1899)』、『Victimes de l'alcoolisme (1902)』、『Les Victimes de l'alcool (1911)』 、『Absinthe(1913)』です。

・後日、購入しましたがリュージョンが違うので日本のDVDプレイヤーでは見れません。PCなら可です・・・ジャケットも何も無い透明なプラ・ケースに入っている完全手作り仕様(盤面プリントはあり)で、友達がダビングしてくれた感じのブツが届きました。もちろん無声映画ですが、この手は私の得意ジャンルです。コマ間に余計な妄想を膨らませつつ震えながら見ました。字幕がフランス語なので全く理解できない点も飛翔力を授けてくれます。無声映画好きのアブサニストは必見!人数が少なそうなくくり方ですね。(一緒に頼んだアブサン資料のデータ集は、さらに一枚上手のスゴさて、ディスクにマジックで手書きしただけのCD-ROMでした・・・)

ABSINTHE - 1913
Produced by the Gem Motion Picture Company
Starring Glen White and Sadie Weston

・「エイリアン4」で有名な鬼才ジャン・ピュエール・ジュネ監督が1989年に撮影した、レトロ映像モノクロ短編 『FOUTAISES(僕のすきなこと、嫌いなこと)』 にも飲む場面 が出てきます。冒頭から2分半くらいのシーンで一瞬ですけど・・でも、これはパスティスかもしれませんね。ヌーヴェルヴァーグ風に撮っていてプチ面白いです。フランスの伊達者達には未だにコノ感じが継承されている事を感じます。題名をクリックして、約7分間のトリップをお楽しみ下さい。

・最近では、先述の レオナルド・ディカプリオ主演の『太陽と月に背いて』、他にはジョニー・デップ主演の『フロムヘル』や二コール・キッドマン主演の『ムーラン・ルージュ』が有名ですけど、コマ間の含蓄が無い現代天然色映画には興味がないので未見です・・

<映画、文学、漫画などにも登場している例はこちら>

 

「いいとこなんだから邪魔しないでよ。」「でも、今からアブサンの歴史のお勉強よ。」

さて、ここからはアブサンの歴史についての紹介です。

< アブサンの起源 > アブサンの祖先とも言える薬用酒は中世以前にも存在していました。ニガヨモギ自体、古代エジプト人、ギリシァ人、ケルト人の間でも薬用植物として使用されており、現存する最古の本草書として知られる「マテリア・メディカ 」(ネロ皇帝の軍医だったディオスコリデスによる1世紀頃の植物誌)にもニガヨモギについての記述があります。強壮・食欲増進・解熱などの薬効が広く知られ、中世までの薬酒商人にとっても重要な薬草だったそうです。近代医療以前の中世においては、薬草類の効用を生かし保存性の確保に有効な薬用酒は欠かせない存在でした。ニガヨモギの生息地域でアブサンの前身といえる酒類が身近だった事は容易に想像できます。中世のレシピは浸透後に発酵させるワイン・リキュールだった様で、今のヴェルモットに近い酒類だったそうです。

・ギリシャの苦くて飲みづらい飲料「apsinthion」は、おそらくニガヨモギをワインに浸透させた薬用酒と思われます。ローマでは戦車競争のチャンピオンを讃え、「apsinthium(ニガヨモギ・ワイン)」を振舞う習慣がありました。チューダー王朝(16世紀頃)のイギリスではニガヨモギで風味付けしたビール(purl)が労働者階級に人気だったそうで、後の17世紀に書かれた有名な「サミュエル・ピープスの日記」にもこの飲み物について記されていることから長く親しまれていた事が分かります。

・有名な哲学者で数学者のピタゴラスは、ワインに浸されたニガヨモギを出産時に服用することを勧めました。ヒポクラテス(中世医療の祖先)は黄疸、リウマチ、貧血、および生理痛に同様の調合を処方したそうです。

< 錬金術による蒸留技術の発展 > 古代エジプトに端を発しアラブ世界で発展した錬金術的科学とヘルメス的神秘思想は、十字軍遠征をキッカケとして後進地域だったヨーロッパに伝わり、新しい世界観を提示しました。これに伴い、14世紀以降には蒸留技術が定着し始めたと思われます。中世・ルネッサンスから産業革命による近代化までの混沌とした時期の残り香は、禁止された事でタイム・カプセル化したアブサンの中に保存されたのかもしれません。他の酒類には見られない特有の作法が、錬金術師達が行っていた呪術的な行為を連想させるのは偶然ではありません。

 ・1469年の本に、ニガヨモギに関する記述があります。

 ・こちらは1667年のニガヨモギに関する本でラテン語。

・錬金術、神秘思想、蒸留技術の発展などに関しては別項にまとめてあります。ヒマな(あ、間違えた)興味のある方はこちらをご覧下さい。

< 近代アブサンの始まり、18世紀中頃 > アンリオ姉妹とオルディネール博士

<アンリオ(Henriod)姉妹ヌューシャテル> 長い間、各地の薬用地酒に過ぎなかったアブサンにも新しい時代が訪れます。 スイスはジュラ山脈トラヴェール渓谷(Val-de-Travers)の湖畔に佇たたずむヌューシャテル(Neuchatel)の町こそ、近代アブサン発祥の地です。ここで生まれたアンリオ姉妹が 地域伝来の薬用酒を基に"Bon Extrait d'Absinthe"なるニガヨモギ酒を販売したのが始まりと云われています。度数の高いアルコールに、ニガヨモギ、、レモンバームなどを使用した万能薬用酒だったそうで、下のラベル?から浸透法ではなく、近代的な蒸留酒だった事が伺えます。1769年に出した新聞広告が残っており、アンリオ姉妹を近代アブサンの祖として讃える信頼性の高い根拠となっています。ちなみに、ヌューシャテルは「新しい城」の意で、風光明媚な観光地として有名な街らしく、お城と冬の樹氷が名物ですよ。

    
ヌューシャテル湖を臨む中世の趣を残す町並みと、そそり立つ樹氷、そして「Extrait d'absinthe de Mlle Henriod 」のラベル?

・「In a newspaper ad of 1769 the two Henriod sisters from Neuchatel, Switzerland, advertised their remedy "Bon Extrait d'Absinthe" which consisted of alcohol, wormwood, aniseed, lemon balm and other herbs. 」 という記述があります。記録によると"Bon Extrait d'Absinthe"は20年ほど継続して販売された地元の人気商品だった様です。アンリ家のデュビエ公爵にレシピを譲渡する際(後述)、姉妹はイヤイヤだったとの記述もありますが、どんな事情だったのかは不明です。企業家による搾取的な取引だったんですかね?譲渡を望まれる内容だった事を考えると、レシピと云うよりは量産化可能なメゾットだったのでしょうか?作業的にも資金的にも、すでに女手二つ?では手に余る状態だったのかも知れません。

 

・上左はアンリオ姉妹の名が付いたスプーンです。[This eccentric "Henriod spoon" is a tribute to the legendary Henriod sisters and their Bon Extrait d'Absinthe, which they invented and sold as a herbal remedy in Neuchatel, Switzerland in 1769. Theirs was the first absinthe ever made.]ですって。このスプーンだけ他とはデザイン概念が根本的に異なるな?と思っていたら、こんな由来があったんですね。古い時代の医療器具の形を継承しているのでは?と思われます。上右は17世紀の病院用スプーン“pap boat”です。病人や幼児に食事や薬を与える時の道具だそうです。

< ピエール・オルディネール(Pierre Ordinaire)博士・クーヴェ村 > 1771年、フランス革命の難を逃れてヌューシャテルから20Kmほどにあるクーヴェ(Couvet)村に亡命して来たオルディネール博士は、地元民がニガヨモギなどを蒸留して造ってきた伝統的な民間薬用酒に注目します。科学的視点で検証してレシピにまとめました1792年。ジンヘッド(蒸し器?)を使った旧式ジンの様な蒸留法で、ジュパニーベリーをニガヨモギに置き換えたと考えて良いようです。蒸留後の行程(coloring step)などは行っておらず、無色透明で無加糖の苦味の強い味だったと思われます。

・薬理効果としては、抗炎症作用、解熱作用、鎮静作用などを謳っていました。1821年(1793年説もあり)に亡くなった時には“Cure-all(万能薬)” として地元では良く知られた薬用酒だったそうです。ニガヨモギの他に コリアンダー、ベロニカ、カモミール、パセリ、アニス、ヒソップ、 dittan? 、カラムス、メリッサ、ホウレンソウなどの使用が記録されています。

・「博士の死後、レシピはオルデネール家の家政婦?兼愛人だったGrand-pierre嬢からHenriod姉妹の手に渡り、アンリ家に売却された」と云う話をよく目にします。海外の記述を見る限り、そんな単純な話では無い様で、たぶんアンリエット姉妹とオルデネール博士の逸話がルーズに交錯して販売業者の解釈で広まったのでは?と思われます。すぐ近所に住んでいた同業者?なので、姉妹と博士の間に何らかの交流があったのは間違いないと思われます。

・クーヴェ村から2Kmほど西にあるボバレスという町で、毎年6月に『La Fete de L´Absinthe』というお祭りが催されています。フランスはポンタリオの『アブサンティアーデ(absinthiades)』が国際的なフェスティバルを指向しているのに対して、極めて地域性の高いトラヴェール渓谷内のお祭りって感じらしいです。かつての密造者達の集いかな?と妄想が膨らみます・・アブサンが "milk from Boveresse(ボバレスのミルク)"と呼ばれた時代もありました。

<創始者などいない?> アブサンの生まれ故郷とも言えるトラヴェール渓谷周辺では、豊富な自生ハーブを使った伝統的薬用酒がそれぞれの家庭でも作られていました。この地の修道院などでも昔から同様の酒が造られていたそうで、いわば地域文化的土壌が近代アブサンを産んだと言えます。創始者と云われるアンリオ(Henriod)姉妹やオルディネール博士も、ジュラ山脈の無形財産を産業として結実させる経済変革のキッカケを担った人達の一部だと考えるのが妥当なのかもしれません。

クーヴェ村から15Kmほど北にある、フランスのMontbenoit修道院にもニガヨモギ薬用酒のレシピが伝えられていたそうで、蒸留法や薬草の効用などを民間に広めたと思われる記述もありました。この地域で薬用酒を作る習慣が定着するキッカケになった可能性が濃厚です。

・1737年の時点で近代アブサンが存在していた、と示唆している幾つかの資料があるそうです。でも、出来のよい自家製アブサンをお金にしようと試みた人は多かったんでしょうから、それを言い出したらキリがないんですよね。だって、ヨーロッパで蒸留器が定着し始めた14世紀以降なら、ニガヨモギを使った蒸留酒が存在した可能性はいくらでもありますから。やはり、量的にも質的にも安定した商品化が可能な生産性とか多数に受け入れられる普遍的で洗練された味わいこそが近代アブサンとしての最低条件ではないでしょうか?

・以上の事を踏まえると、アンリオ(Henriod)姉妹やオルディネール博士を代表とする地域の人々が育んできたきた薬用酒を、近代アブサンの起点として結実させたのは次項のデュビエ・ペアー・フィルス社だったと言えるのかもしれません。そして、産業生産品(商品)としての基盤を確立したのがアンリ・ルイ・ペルノーで、洗練へと続き得る普遍的な基本的処方を案出したのがフリッツ・デュバル(Fritz Duval)だったのではないか?と思います。(個人的な意見です。)

<謎> Henriette Henriod(la Mere Henriod)、Grand-pierre、Suzon Guyenet、Dr Ordinaire、Jean-Jacques Petitpierre、major Daniel-Henri Dubied、以上の6人が、本場スイスのサイトで見かける近代アブサン誕生のカギを握る重要人物らしく、登場する順番もこんな感じです。傍線の名前はお馴染みですが、残りの3人は何者なんでしょうか?フランス語の翻訳ソフトが×なので、謎のままなんです。Mere HenriodとGrandpierreが姉妹、Suzon Guyenetが叔母さんの様です。叔母さんのレシピを姉妹が引き継いで小さな商売にしていたら、Dr Ordinaireと知り合い科学者の視点で助言を得て効率の良い普遍的なレシピが完成したが、何らかの理由で姉妹がデュビエ公爵に譲渡した?って感じですかね・・ちなみに、Jean-Jacques Petitpierreは、major Dubiedと並び称せられた初期アブサン業界のパイオニアらしいです。デュビエ公爵(major Dubied)とレシピを取り合ったんですかね?(途中からは、かなり勝手な想像ですよ・・・)

< アブサンの量産化へ、19世紀初頭 > スイス・クーヴェ村からフランス・ポンタリオ市へ

<デュビエ・ペアー・フィルス社(Dubied Pere et Fils)> 基本的には自家製造規模だったアンリオ姉妹のレシピはデュビエ公爵(major Daniel-Henri Dubied)に売却され(1797年)、実子Marcellinと娘婿のアンリ・ルイ・ペルノー(Henri Louis Pernod)によりスイスのクーヴェ村にデュビエ・ペアー・フィルス社が設立されました(1798年)。その記念すべき最初の商業銘柄が“Extrait d'Absinthe de Fritz Duval” です。先見の明と資金力に溢れたルイは、スイス〜フランス間の関税を回避する必要を感じてクーヴェ村から20Kmほど離れたフランスのポンタリオ市に工場を新設(1805年)。ついに企業的な量産体制が始まります。ポンタリオはトラヴェール渓谷に連なるエリアなので、原材料の調達にも事欠きません。

 
左端はエポックメイキングなクーヴェ村発“デュビエ・ペアー・フィルス”のラベルです(中央は拡大画像)
< フリッツ・デュバル>の名、<1798年創業>と<クーヴェ>の文字が確認できます。

フリッツ・デュバル(Fritz Duval)は近代アブサン最初期のプロデューサー?で、アンリ・ルイ・ペルノーの独立後にデュビエ公爵からデュビエ・ペアー・フィルス(Dubied Pere et Fils)社の経営を引き継いだ、従兄弟いとこと思われる人です。クーヴェ村の頃、彼の提案でアニスが主要ハーブの一つとして使用され始め(★)、白濁を伴う近代アブサンの其根が成立したとの説があります。これが事実なら、フィリッツ・デュュバルこそ近代アブサンの実質的な創出者と言えるかもしれません。この改良が効を成してアニス酒を好んでいたフランスでの需要を呼び起こし、後の大躍進につながったと思われます。クーヴェ村(上)からポンタリオ(下左)に移動したデュビエ・ペアー・フィルス社のアブサンラベルや企業広告(下中)にも彼の名前が大フューチャーされており、重要な人物だったのは間違いありません。後には彼の名を銘柄名にしたパスティス“Duval”が現在も販売されています(下右)。

・1890年に“Emile Pernot”という銘柄を出したのはデュバル家系列の会社と思われ、現在では“Un Emile”というプレミアム・アブサンなどで名声を博すDistillery Emile Pernotとして操業しています。ペルノー・リカール社(旧ペルノー・フィルス社)が巨大企業化してしまい輝きを失った今、古き善き伝統を引き継ぐ唯一のペルノー家系生産者として聖地ポンタリオを守り続けています。(参照

    
ん!72度って書いてある様な気がしますね・・ つまり、すでに複式連続蒸留器を使ってるって事?

(★) 昔も今もグリーンアニスの生産はスペインとフランス南部が主である事は、「スイス・クーヴェ村などでの小規模生産アブサンにはアニスはさほど使用されていなかったのでは?」という推測の根拠となります。フェンネルもプロヴァンスやイタリアなどの地中海沿岸が名産地なので、ポンタリオ以降に主要ハーブになったのではないでしょうか?原材料の遠距離輸送は企業レベルの資本とビジョンがないと成り立ちませんから・・・アニスとフェンネルの組み合わせは、南仏のアニス酒では定番のカップルですから、フランスの需要を狙うとしたら、とても有効で自然なアレンジに思えます。

<ペルノー・フィルス(Pernod et Fils)> アンリ・ルイ・ペルノーは商才に恵まれ、入り婿としては理想的な人物でした。義父が入手したレシピを基にアブサンの生産性・商品性を高めるのに尽力し、1805年のポンタリオ工場新設を機に独立、ペルノー・フィルス社を創始します。陣頭指揮をとったに違いない広報戦略などは今見ても洗練されており、追従する他社の模倣も追い風となってアブサンをフランス中に普及させました。息子達も優秀な経営者で、飛躍的に業績を伸ばしました。1901年の工場火災後にはタラゴナ工場を新設するなど、先見の明も素晴らしい上に幸運の女神(時代)も味方します。ペルノー社はパスティスの時代も含めてアブサン系やリキュールなどの代表企業として君臨してきました。


Henri Louis Pernod

・今ではペルノー・リカール社の名で世界第1位(2008年3月)のワイン・スピリッツ企業としての成功を勝ち取りました。しかし、商業銘柄の元祖とも言えるペルノー・アブサンが、解禁後には完全に輝きを失ってしまったのは周知の事実です。某有力販売サイトでは「一応ペルノーの銘柄だから試してみるのも一興かも・・・・でも、どうせなら○○のほうが・・」的な言い回しで、<お勧め度ゼロ>かつ<正直度満点>の紹介文でした。某有力フォーラムでも「 They shouldn't be allowed to use the name Pernod for this absinthe! (ペルノーの名をこのアブサンに使うのは許されない!)」とか「 It cannot be called authentic in any aspect. (どの様な観点からも、本物という訳にはいかない)」などと厳しい評価を下しています。本家なのにに Distilled 法ではな Mixed & Macerated 法による造り方だと知った時はさすがに驚きましたが、そもそもグリーンアニスを全く使ってないって本当なんですかね・・・

・ペルノー・フィルス(Pernod et Fils)社は、当時のフランスでも最も成功した近代企業だと言われました。 1873年に導入された年金制度を皮切りに、事故補償、失業手当などをも確立した最初期の民主的企業としても評価されています。後述の様に、ペルノー社が起した模倣者に対する商標権訴訟も絶えた事が無く、近代フランス著作権法の基盤を築いた、といわれる程で、今の企業と変わらないレべルの先進性を持っていたようです。

  
1900年頃のペルノー社ポンタリオ工場

<追従者達> ペルノー・フィルス(Pernod et Fils)社の成功は、C.F.Berger(ベルジャ/1830年),Kubler(キュプラー/1863年)など地元追従者の登場を促し、スイスでのアブサン産業が産声うぶごえを挙げます。ポンタリオやフュージュローなどの北東フランスに生産の主力が移行した後でも、スイス産は高級手工銘柄として珍重されたようです。C.F.Bergerはマルセイユにも工場を進出(1874年)させ、ペルノー社と業界を二分する時期もありました。

・「Jade Liqueurs」のT.A.Breaux氏は貴重な未開封の1898年の“C.F.Berger”を基に“VS 1898 (旧名Verte Suisse 65)という復元銘柄をリリースして話題になりました(参照)。状態の良いヴィンテージ・ボトルと優秀な舌を持つ分析者の出会いは、極めて稀な出来事と云えるでしょう。“Kubler”はご存知の様に創始者の孫の手で復興され、日本国内で入手可能な唯一の La Bleue 的銘柄として伝統的なスイス・アブサンを味わえる貴重な存在です。

・スイス産ではないのに「Absinthe Suisse」と表記されたビンテージ・ボトルがあります。「"Absinthe Suisse" is an absinthe of the very highest possible quality, not necessarily one made in Switzerland,」とか「'Swiss-style' absinthes (a term used to describe the manufacturing technique and not necessarily the origin) became the standard for quality,」などの記述から、<スイス的技法>による最高級銘柄には<Suisse>のお墨付きが付けられる習慣があった様です。「Absinthe Suisse」の表記がない中級以下のフランス産でも赤地に白十字の<スイス・クロス>マークが付けられる事は珍しくはありませんでした。産地偽装と言う訳でもなく、アブサンのシンボルマーク的な扱いだったのでしょう。

・運よく良い状態で保管されてきた'Swiss-style'ヴィンテージ・アブサンのほとんどは緑色と云うよりは赤っぽい黄色や茶色です。瓶内熟成による色変化でしょうか?稀にピンクに近い色もあるようですが、“Rosinette”の訳はありません。下左は1890年代前半の "Grande Distillerie Lyonnaise"、下右は1865年の銘柄不明ポンタリオ産でイイ感じに桃濁していますね。

  

・ここで気になるのは、<スイス的技法>を使用していない大量生産アブサンの方です。一般庶民を支えていた低価格帯の銘柄が、どんなイイカゲンな造り方をされていたのか?全盛期のとてつもない生産量を考慮すると、低品質ハーブの精油成分を廃糖アルコールに溶かしこんで緑色に着色しただけだったと推測されます(参照)。<緑の妖精>の命名者オスカー・ワイルドを虜とりこにしたのは安価なアブサンだったに違い有りません・・・高価なアブサンの方だったら<黄の妖精>になってたはずだと思いませんか?私達が思いを馳せる「ベル・エポック期の芸術家達に霊感を与えた<緑の妖精>」は安価な劣悪品の方ですよ、きっと・・

<模倣者達> アブサンの代名詞的存在だったペルノー・フィルス社には追従者だけだはなく多くの模倣者も出現しました。“Permier Fils”、“Pierrot”、“Pere Noe”、“Parot Fils”などはモロですが、他にも“J.Francois Pernot”、“Perrenod et Cie”とか、立場が微妙な“Edouard Pernod”、”Emile Pernot”、”Gempp Pernod”、“Legler Pernod”、“Jules Pernod”などがあり、ラベルを見ただけだとペルノー・フィルス社の製品と勘違いしてしまうデザインや銘柄名です。当時の“Pernod et Fils”がドンダケ突出していたかが良くわかりますね。ペルノー社が起した商標権に対する訴訟は絶えた事が無く、近代フランス著作権法の基盤を築くほどでした。

・この事が分かるまでは、ラベルのデザインや配色も似てるので全部親戚筋とかがやってる銘柄かな?と思っていましたよ・・・でも、本家“Pernod et Fils” は後妻の息子が継いだらしく、“Edouard Pernod” はルイの長男の銘柄、“Gempp Pernod” は“Edouard Pernod”のリュネル支工場が1880年に売却されて起された銘柄、“Emile Pernot” はデュバル家の銘柄らしいです。“Legler Pernod”も親戚筋の様ですね・・“Jules Pernod” は、本家に吸収合併されたそうです。訴訟の中には親者骨肉の争いもあったんでしょうか?

・関係ない話ですが、“La Mene"というふざけた名前の銘柄がありました。英語だと “The Same”です。とあるアブサンを飲んでいた人がウエイターに「同じヤツをくれ」って言うと、この“La Mene (同じヤツ) "が出てくる仕組みになっていて、ウエイターにはマージン(おこずかい)が入ったんですね。なかなか、トンチの利いた話だなぁと思いました。

< アブサンの一般化、19世紀中〜後期 > 当初はブルジュア向けの高価な薬用酒だったアブサンがポピュラリティーを獲得するのには、1830年から始まったアルジェリア侵攻が大きなキッカケになりました。完全領有化直前の1844年、兵士たちは消化器官不全やマラリアの予防薬としてアブサンを携帯する事になります。飲料に数滴加えるだけで効果があると言われていたからです。彼らはフランス本国に帰国すると英雄扱いされ、常に人々の注目を浴びていました。エキゾチックな作法として自慢げにアブサンを飲む士官達の姿が印象的だった事から、<フランスの繁栄>を象徴するスタイリッシュな飲み物として富裕層からの流行が始まります。これを機とした国内需要の爆発に応え生産量()も急増、同時に価格も急下降し1870年代には庶民の酒としても定着した様です。最後のフランス皇帝ナポレオン三世の時代でした。

)当初ペルノーのポンタリオ工場では日産16リットル程だったそうですが、周囲のアドバイスを無視して強気の工場増設を続け、すぐに日産400リットルになりました。ルイが亡くなった1850年頃にはアルジェリア侵攻の戦争需要もあり、26台の蒸留器をフル稼働させて日産2万リットルという数字を叩き出しています。アブサン業界は大いに盛り上がって、フランス中に各社のアブサン工場が(キノコのように)乱立しました。フランスでの規制直前の1914年に、ポンタリオにあった25!の工場だけで一日で15万リッター以上の出荷があったそうです。(1910年の時点でポンタリオの人口は9500人でした。)

  
1930年、フランス軍の帆船がアルジェリアを砲撃! 戦争と害虫(後述)がアブサン流行の原動力でした。

・映画にもなって大ヒットした『ジャッカルの日』という有名な小説があります。フォーサイス先生の名作ですね。アルジェ返還に反対する国粋主義者(OAS)の残党が暗殺者ジャッカルを雇い入れ、ド・ゴール大統領の抹殺を計画し政府転覆を狙う様子が克明に描かれています。アルジェリアというフランス領(実質的には植民地)はフランスにとって、かなり重要な存在だった様で、現地を支配していた軍部勢力と中央政府の権力闘争の歴史を担っていました。OAS(秘密軍事組織)による激しいテロ行為も空しく、1830年から続いたアルジェ支配は1962年に終わりを遂げ、政府が軍部の押さえ込みに成功します。フランスがした近代国家としての安定を得たのはこの時だとも言われたそうです。日本人にはピンと来ない感じで、何か思っていたより遅れてたんですね?と思うのは平和ボケなんでしょうか・・でも、戦後の話ですよ!(ちなみに、ジャッカルのモデルになったテロリスト、カルロス・ザ・ジャッカル(通称)は、1972年の日本赤軍のテルアビブ空港乱射事件にも関与したことでも知られています。)

<フュージュロー(Fougerolles)>  ベル・エポック時代には、フュージュロー市(ポンタリオの北、ドイツ国境近く)でも大規模な生産が行われ、<フレンチ・アブサン第二の地>と云われたそうです。この地は、キルッシュワッサー(サクランボのブランデー)の名産地としても有名なんですが、フィリッツ・デュバルの項で紹介したデュビエ・ペアー・フィルス社の企業広告にはアブサンとキルッシュワッサーがアッピールされていますね。関連性が気になるのは私だけでしょうか?蒸留業が盛んな地域だったのは確かでしょう。クーヴェ、ポンタリオと並んでブリュッセル(bruxelles)の文字も読み取れます。あ〜、これも気になる・・(フュージュロー市では毎年、「チェリー・フェスティバル」というお祭りが開催されています。アブサンの品評会も同時に催されるそうで、地域全体の特産品として定着している様です。)

・全盛期にはポンタリオでの生産が追いつかなくなり、フュージュローから多量のアブサンを樽買いをする技が習慣化したそうです。どこの国でも似たような事が行われているんですね。本場の注文主からは様々なノウハウが得られた事と思います。たぶんペルノー家系列と思われる J.Francois Pernot の名が、この地域の有力なプロデューサーとして記述されているのを見かけます。買い付け要員だったのでしょうか?

・下はフュージュロー銘柄のラベルです。ビンの形にも地域性があり、「フュージュロー産かな・・」と、なんとなく分かったりします。この地のアブサンはワインスピリッツをベースに使用してハーブ別に蒸留してブレンドするなど、手の掛かった高級品が多く、安価で手軽な銘柄(“Coulin”など)でも充分な品質を維持しています。独特の血統と存在感を感じさせる生産地です。

   

前述の“Belle Amie/美貌の淑女/640本限定”と同様に中央左の“La Coquette/浮気女/300本限定”と右の“ L'Enjoleuse/誘惑する女中/300本限定”は、パリのマニア向けセレクトショップ「VdA」の特注限定品(PB)の様です。さすがに、エスプリ満載の小粋な銘柄名ですね。「ベル・エポック期のレシピによる」という触れ込みの再元アブサン銘柄の数は枚挙に暇いとまがありません。しかし、完全な再現などは不可能なのは当然で、??? なモノが多いのも事実の様です。これに不満を抱いていたアラン・ドロン似の店主リュック・サンティアゴ・ロドゥグェ(Luc-Santiago Rodriguez)氏が、“Roquette”と言う古銘柄をイメージベースにして企画した<Les Parisiennes>シリーズのラインナップ達らしいです。Emile Pernot社(ポンタリオの名門)と Paul Devoille社(フュージュローの雄)に特注依頼するなど、かなりの気合と信頼性を感じます。リーズナブルな派生銘柄“Soixante-Cinq”なども登場して目の離せないシリーズですね。しかし、VdAの近所にある「Les Caves du Roy(フランス国内のみ配送)」と自店のみで販売している超限定生産品(おそらく1ポットのみ蒸留)なので入手は極めて困難です。(参照

  

・海外のアブサン評価サイトなどを見ていると<LDF>とか<LdF>なる暗号に出くわす事が多いのですが,「Liqueurs de France」の略だと最近気付きました(参照)。英国のOxygenee Cusenier社傘下の有力な販売代理業者で、個人のアカウントが取れない(輸入業者のみ可)サイトはココが初めてでした。ちょっと敷居が高い雰囲気ではあります。でも、意外なモノが驚きの安値だったり、指定銘柄を多めに買うと割引があるなど、アブサンに対して思い入れの強い他のサイトとは一味違う販売方針です。はさすが英国の流通業者はビジネスに徹してるなって思いました。ちなみに、上記“La Coquette/浮気女”に限り<LdF>をはじめ約4軒で販売されていました。VdA によると「 The batch of Coquette sold on LdF was not approved by us.」とあり無許可蒸留したのは確実な様で、チョッと憤慨している様子が漂っていました。

< アブサンの大流行19世紀末 > アブサンが大ブレイクするのには、フィロキセラ(油虫の一種)が一役買っていたんですね。この、やっかいな害虫はヨーロッパのブドウの樹を壊滅状態に押しやり(1864年)、アルコール飲料の供給が激減しました。安価でアルコール度数も高い(=お得な)酒としてアブサンの需要が爆発し、「紳士淑女のミルク」などと呼ばれ大流行(と言うよりはアルコールなら何でもよかった?)しますが、アブサン中毒患者も大流行?します。それと供に異常犯罪も急増し、殺人・傷害事件の加害者や不可解な自殺者などから独特の芳香がしたと伝わります。アニスの香りに加え沼地の雑草を思わせる爽やかで若く青い香り・・・・この香りの正体がツヨンによるものだったそうですが、真実は藪の中です。

  
こ、恐いんですけど・・・・こんなイメージだったんですかね。

・当時のパリでは仕事を終え疲れきった労働者達が安価なアブサンを求めてカフェなどに集う時間(午後5時からの数時間)を、「緑の時刻 (Heure Verte)」と呼び習わすほどの繁盛ぶりでした。少なすぎる日給では丸ごと一本を買うのは夢の様な話で、日銭の中からカフェでの今日の飲み代を捻出するのが精一杯だったんでしょう。辛い現実を忘れ仲間と酔い語らって楽しく過ごせる「緑の時刻 (Heure Verte)」は、寝て疲れをとるためだけの部屋に帰るまでの唯一の救いでした。その頃、安価な娯楽はほとんど供給されていない上、貧困な労働階級が住める安アパートは狭い上にノミやダニの巣の様な不潔な部屋がほとんどで、ゆっくりと寛くつろげる代物では無かったそうです。下は当時の新聞投稿詩で、作者不明ですが(何故か)ラテン語・・・かなり教養のある人だったのでしょうか?。

あの部屋に帰ると、「憂鬱」と「悲哀」がベッドに横たわって、そっと私に話しかけてくる
小さな小さな声で、ボソボソ、ボソボソと・・・
ウトウトし始めると、「不安」と「諦め」が交代に戸を叩き、ずっと私を探し廻っている
いつまでもいつまでも、コンコン、コンコンと・・・
早く、眠らないといけない
早く、眠らないといけない
早く眠らないと迷って帰れなくなってしまいそうだから
でも、帰れる場所など無いのかもしれない・・・
この黒く冷たいに部屋しか

・1933年なので時代と国はズレますが、「暗い日曜日」というハンガリーの歌の事を思い出しました。初めてラジオで流れた日に自殺者が何百人も出たという有名な逸話をご存知の方は多いと思います。後にフランスでシャンソン歌手のダミアがヒットさせましたが、人々の不安を促すという理由で放送禁止になりました。そして、何故か日本国内でも<呪われた歌>として発禁になったんですが、全く意味が分かりません・・フランス語の歌で自殺する日本人がいたら、他国の文化を深く理解していたスゴイ人だとは思いますけど・・・

・「夜のパリでアブサンの匂いがしない場所を見つけるのは一苦労だった」そうで、我々の想像を超える普及度が想像されます。ワインの供給が途絶えた1870年代のフランスでは、食前にリキュールを飲む習慣が定着しました。衛生上の問題から加熱消毒してない水を飲む事はほとんど無く、薬用リキュールを混ぜる事で水の安全性が高まると信じられたからです。アルコール分と薬草の解毒効果に期待したんですね。1500種もあったリキュール消費の内、90%以上をアブサンが占めていたそうですが、安かったからに違いありません。その頃の圧倒的な普及ぶりを考えると、現代日本の生ビール以上の存在だったのではなでしょうか?

    
左イラストでは左端のオッサンがポタってます、写真の方は真ん中に給水器が・・・ 右は1907年のパリ。

・当時のパリには33000軒の飲み屋(カフェ、バー、ビストロなど)が林立していました。禁酒法のせいでキノコの様に乱立したニューヨークの闇酒場ど同じくらいの数字ですね・・・路地に一軒はあった感じなんでしょうか?この数字には酒類販売店は含まれていないそうです。パン屋の数は17000軒だったそうで、倍近いアルコール補給基地が必要とされていたんですね・・・・

・さて、下層階級の労働者や芸術家達が飲んでいたアブサンはどんな代物だったんでしょうか?もちろん高級品の訳がありません。ペルノー社“Extrait d'Absinthe ”の様なアブサンは、高級グレープスピリッツ、高品質のハーブ原料、(ほぼ)無添加、職人の手作業によるDistilled法、など<スイス的技法参照>による高額商品なのでブルジュアジーにしか買えません。対して普及品は、ビーツや廃糖の工業用アルコールかメタノール(超有害)にハーブエキスを溶かし込んだMixed & Macerated法で大量生産されていただけでなく、緑色にするための銅酢酸塩、白濁を促進する塩化アンチモンなどの有害添加物を多用した粗悪品がほとんどだった様です。もちろん、商売上手な大手高級銘柄生産者達も別ラインで普及銘柄を手掛けていた事は間違い無いと思います・・・そうでないとアノ数字参照は在り得ません。

<アブサン in アメリカ> アブサンは19世紀のアメリカでも人気を博しました。1834年にニューオリンズで<absynthe>の広告が登場。"Green Opal" "Milky Way" "Herbsaint"という名の銘柄達でした(ダサい名前ばっかですね)。その後、サンフランシスコ、ニューオリンズ、シカゴ、ニューヨークでは「アブサン・ハウス」と呼ばれるニュースタイルのカジュアル・レストランが流行したそうです。1912年の規制時には、ほとんどの高級バーでもアブサンが提供されており、様々なカクテルも考案されました。

    
アメリカ輸出仕様は、ラベル下に“GREEN”や“WHITE”の文字があります(US labellings)。右は純アメリカ産の“BUTTERFLY”

・下の写真はニューオリンズはバーボン・ストリートにある、その名も「オールド・アブサン・ハウス」です。 アンドリュー・ジャクソン(後の第7代大統領)と海賊ジャン・ラフィットがイギリス軍を撃退するために作戦を練ったという酒場です。現存するアメリカ最古(1806年創業)のバーと言われており、禁酒法時代(1920〜33年)はモグリで営業していました。2008年5月の時点では解禁直後のせいかアブサンは3銘柄しか置いてなかったとのこと・・(ラフィットが米英戦争の後、略奪品売買用に経営していた「ラフィット鍛冶屋」もバーボン・ストリートにあり、建物が現存しています。1772年以前に建造され、フレンチクオーターに残る数少ないオリジナルのフランス建築だそうです。海賊ラフィットは漫画「ワン・ピース」にも登場してますね・・)

      
左から1903年の店内風景、ほぼ100年使用の現役給水器、1890年の外観(今も変わらず)。そして、もと「ラフィット鍛冶屋」です。
オールド・アブサン・ハウスはアレイスター・クロウリーが "Absinthe - The Green Goddess"を書いた場所としても有名です。

<アブサン in 占有・領有国> アメリカ、カナダ、イギリス以外でも、フランスやスペイン,ポルトガルの駐留白人による需要が多かった支配国、アルジェリア、キュ-バ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ベトナム、マダガスカル、タチヒなどは重要なマーケットでした。輸出だけでなく現地でアブサンの生産を行っていた国もあります。ペルノーはもちろんの事、ベルジャ(Berger)、エドワー(Edouard Pernod)、キューゼニア(Cusenier/Oxygenee)などの有力銘柄による海外戦略でした。

・なんでブラジルに現行アブサン銘柄が存在するの?って疑問が氷解しました。現在ブラジル産は一銘柄だけ正規輸入されています。ちなみに、ブラジルではニガヨモギ、アニス、フェンネル、メリッサなどはポピュラーな植物らしいですが、「重要なヒソップスだけは生えて無い・・」と当地のアブサニストが嘆いていま した。

・フランスの現代作家クリストフ・バタイユに『アブサン・聖なる酒の幻』という小説があります。その中で、19世紀後半に戦場から帰還した登場人物ジャンがアルゼンチンに出稼ぎに行き、その地に定住してアブサンを醸造した、と書いています。私も長らく勘違いしていましたが、 『眼球譚』とか『マダム・エドワルダ』で有名な耽美者にして神秘主義者ジョルジュ・バタイユとは別人ですよ・・ジョルジュがアブサン小説を残していたなんて「さすが〜っ!」って思ってましたが、考えてみたら出来すぎですもんね・・・

    
・左はブエノスから北へ300キロ離れたロザリオの町で作られたアルゼンチン産アブサンンのラベル。
スペイン人オーナーの孫の証言から、1902〜1914年の間に生産が続けられたと思われています。
・中央はアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイに輸出されたペルノー・ラベル 。下から2行目に記述あり。

・右は1930年頃のキューバ銘柄。未開封で驚きの発見だったそうです。

< アブサンの禁制化へ > 1884年にフランス軍がアブサンを解熱剤として採用した折、服用者に異常が認められ使用禁止になった例があります。大量摂取すると、麻酔作用、嘔吐、幻覚、錯乱、痙攣などに陥いり強い習慣性もあるという説が流布し始めました。そして、庶民の疲れを慰めてくれる安酒から諸悪の根源として大いにクローズアップされる様になっていきました。近年ですら<飲むマリファナ>なんて代名詞が平気でまかり通っているくらいですから19世紀においては無理もないですか。「人は真実より、異な事柄を好む」という情報に対する好みは変わりません。

・「ランフレ事件」として知られる有名な事件があります。1905年に、ジーン・ランフレというフランス語圏スイス人の日雇い農夫が妊娠中の妻と二人の幼児を銃殺した後、自殺を図りました。彼を長く知る人には信じられない事件だったとの事です。凶行直前に飲んでいた大量のワインなどは無視され、残されていたアブサンの匂いがするグラスに全ての罪が被せられました。この地域はワインの生産地らしいですしね・・・絶妙のタイミングで起きたこの事件は、政治的意図も働きアブサン撲滅へのスケープ・ゴードとして当時の新聞などで大いに喧伝されました。ランフレを突き動かした要因が他にも沢山あった事実は無視されました。そして、多くの人が知る好材料として後のアブサン禁止法案などに役立つ最適のアイテムになります。

・1907年、1200組を超えるワイン生産者組合を代表して中央組合連合がアブサンの禁止令を要求、4000人もの組合員がパリに集結して政府に圧力をかけました。アブサンの大流行は都市部に限られており全アルコール消費量の3%を越えた事はありませんでしたが、生産過剰による不良貯蓄に困っていたワイン業界にとってアブサン市場は<こじ開けやすい扉>でした。しかし、本当に重要だったのは全ヨーロッパで急激に広がりつつあった反アルコール運動をかわすのに丁度良いスケープゴードとしての存在だった様です。当時のアンチ・アルコール運動の勢いは、でっち上げられたアンチ・アブサン運動の比ではありません。アルコール禍の全てをアブサンに負わせる事に(なんとなく)成功したフランス酒類業界は北欧や北米などとは異なりアルコールの禁止を免れ、とりわけワイン業界はフィロキセラ禍に続く史上最大の危機を乗り越えました。

    

< 禁制化への政治的背景 > フィロキセラ禍から回復し始めたワイン業界にとってアブサンなどの安価な酒は邪魔な存在となり、政治力を借りた本格的な麻薬性・反社会性キャンペーン(Anti-Absinthe)が始まります。当時でもツヨンの毒性に対しては疑問の声もあった様ですが当然の様に無視されてしまいます。アルコール中毒による社会被害の責任をアブサンだけに被せようという意図も働き、フランスの酒類業界全体が敵に廻った感もありました。特にビール業界は積極的に加担したそうです。ワイン生産量が回復し余剰貯蓄の増加に危機感を感じ始めたワイン業界の政治家への圧力(献金)は急激に増していき、アブサンに対する世間的評判は悪化の一路をたどります。そして当時の世界的な政治状況も不安感を誘い、ほとんどの先進国で「アブサン」に対して振り下ろす鉄槌てっついの準備が整っていきました。

  
悪徳神父(左)、汚職に満ちた官僚(右)などど同列に告発されていたアブサン君(中)です。

< 禁制化 > 1898年に コンゴ自由国(ベルギーの植民地)で禁止されたのが最初です。その後、第一次大戦(1914〜8年)前夜の政治的混乱をキッカケに各国でアブサンの禁止がドミノ倒しのように可決されていきました。1905年のベルギーを皮切りに、1908年スイスの一部、1909年オランダ、1910年スイス全国、1912年アメリカ、1913年イタリア、1914年モロッコ、1915年フランス、1923年戦後ドイツ・オーストリアなど主な西欧先進国(英国、スペイン、ポルトガルは除く)で非合法化されます。

・本場フランスでの規制が遅かったのは、アブサンが確実に生み出す莫大な酒税(約4500万フラン)とワイン業界の要請・圧力とが鬩せめぎ合い、その落とし所が難しかったから、との事です。1874年で70万g、1910年で3600万g フランス禁制化直前の1912年には2億2千gを超えたる途方もない消費量の増加でした。ワイン業界が政治的謀略に訴えても、このマーケットを我が物にしたかったのは当然かと思います。アルコール度数で変換すると約5倍の液量ですから・・もちろんアブサン業界も猛烈な抵抗戦を繰り広げましたが、長年に渡るワイン業界の政界へのコネクションには太刀打ちできません。しかし、政府が重い腰をあげ禁止令を施行した1914年には第一次世界大戦に参入し、世情はそれどころではなくなっていました。

・1908年にヌーシャテル州とジュネーブ州で販売・輸出が禁止され、1910年にスイス全国での製造も禁止されました。全盛期のトラヴェール渓谷周辺には15もの蒸留所が稼動していました。40以上のハーブ専用農園と数え切れない程の乾燥ハーブ用保管倉庫もあり、この地域の大きな収入源だった様です。地元民にはさほど功徳のない時計産業以外にはコレといった収入源のない地域ですから、密造アブサンの聖地になってしまうのも無理はありません。スイスで合法化されたのは2005年と遅いです。

<アメリカの禁酒法> 1912年のアブサン禁止のみならず、1920年から14年間施行された禁酒法(ヴォルステッド法)はアメリカ人のアルコール類に対する社会概念を変えてしまいました(今でもドラッグとしての側面を過剰に意識している人が多いそうです)。禁酒法施行前、ニューヨークには15000軒のバーが営業していましたが、禁酒時代には32000軒もの闇バーが乱立したそうです。これを機に、マフィア(アル・カポネが有名ですね)を筆頭とするアメリカ闇勢力が、酒の密造や闇バーの仕切りなどによるアブク銭で地盤を確立したのはご存知の通りです。あまりにも説得性の無い禁酒法の施行により、正義に対する概念がブレまくってしまった警察菅や裁判官の買収などは容易になった末に長らく習慣化するなど、アメリカ社会の公的モラルも滅茶苦茶になってしまいました。(アブサン解禁後のアメリカでの、他国と異なる状況はこちら

・ピューリタン(清教徒)の影響が強かった当時のアメリカでは、アルコールに対する嫌悪感が根強く、1851年にメイン州で最初の禁酒法が制定されたのを皮切りに、20世紀初頭までに(当時47州の内)18州で禁酒法が実施されていました。第一次世界大戦の開始に伴い戦時の穀物不足を予防するという経済的な動機も出現し、全国的な禁酒法制定への機運が盛り上がります。しかし、そこには酒造・酒販業界を牛耳るドイツ・東欧系ユダヤ人への反発感情があったそうで、ロックフェラー家を代表とするWASP(アングロサクソン系アメリカ人)の政治的策略との説が定着しています。財閥の創始者である石油王ジョン・D・ロックフェラーは、この頃の人です。(参照

・アル・カポネの年収は全盛期には1億ドル!を超えていたと推定されています。又、民間人で初めて(1945年)ペニシリンを投与された人物としても有名だそうですよ。梅毒治療のためだったそうですが、症状が進みすぎていて効果が無かったとか・・・2年後に亡くなりました。

  
地球儀や葉巻の中に隠してまでして、お酒を楽しむ禁酒法時代、でも 違反者は初犯でも罰金1000ドル、禁固6ヶ月という大重罪でした。

・メイン州がアメリカで初めてアルコールの販売を禁止すると、店主たちはクラッカーを五セントで売り、そのオマケとして無料のラム酒を一杯付けました。酒を売ってはいないのだから犯罪にはなりません。禁酒法が施行されるとシカゴだけでも5700軒の薬屋が「医療用」のアルコール販売免許を申請し、すぐにウィスキーは痛風から腰痛までありとあらゆる病気に欠かせない万能治療薬として販売されました。中でもナパ・バレーのワイン醸造業者が編み出したアイデアは秀逸です。彼は干しぶどうやレーズンケーキを作り、食料品店にいる宣伝係は客にわざとらしく、コルクでふたをしたジャグの中で水に潰けてそのまま三週間ほうっておいてはいけないと説明したそうです。発酵が始まってしまうかもしれないから、と。さらにもう一押しが必要な者のために、ケーキにはこんなラベルがついていました。「注意:発酵するとワインになります」

 

・フィロキセラ禍が呼んだ時代のアダ花は地下深く潜入することになり、ある種の人々にとっては<深層意識下に秘かに眠る大切な種>として、忘れられない存在になりました。フランス語で「absence」が、「存在しない」という意味なのも象徴的ですね。

 

< パスティス・アブサンの代用品 > ロミオとジュリェットの時代から、禁じられればこそ求めてしまうのは人の常です。なんとかアブサンの味わいや雰囲気を楽しもうとする欲望が生み出したのがパスティスという一群のアニス系リキュール達です。se pastiser(似せる)という言葉由来の悲しい名前は、他人事ながらカワイソすぎませんか?<まがい物>って意味ですよ・・・。旧来のアニス酒まで、この中に放り込まれてしまい、やるせない想いをした事でしょう。それでも光のあたる時もあります。近年「南仏プロヴァンズの12ヶ月」と言うベストセラー・エッセイで紹介された事がキッカケとなり、オシャレな日本女性の間でパスティスのプチ・ブームが起こります。そして、憧れのヨーロッパ味覚文化との深い溝に直面し、「やっぱり自分は日本人なんだ」と再認識させてくれたそうです。

・1932年、ポール・リカールが発売した銘柄“リカール”が後にパスティスと呼ばれた酒類の始まりと言われています。意外と歴史は短いんですね。大量にあったであろうアブサンの在庫が切れ始めた頃だったんでしょうか?旧来のアニス酒が「代用品」の役目を果たせなかったのは、アブサンの流行で変化・洗練された嗜好要求を満たせなかったからと推測されます。そして、安価ながらもお洒落で複雑な新しい風味が求められ、マーケットを完全に失った幾つかのアブサンメーカーが必死に応えたのも要因ではないでしょうか?

アニス系の香りや味わいは日本人の味覚感には馴染みづらい様で、海外の食文化を理解するうえで一つのハードルになっています。タイのパクチー、中国の八角(スター・アニス)、香菜、ヨーロッパのフェンネル、コリアンダーなど、同じ芳香成分のアネトール(anethole)を持つセリ科の植物は世界中で愛されており、ギリシャ時代より前からの最古のハーブに属します。アニスを使った伝統的リキュールは地中海周辺を中心とした香草系リキュールの大勢力になっていますが、確かに日本では人気の無いモノばかりですね。とは言え、世界中で愛されている味覚要素に、馴染みがないという理由だけで白旗を揚げるのもモッタイナイというかシャクにさわる感じもしますョ。味の好みこそ安住的偏見の最たるものなので、なんとかクリアしたいですね。

・上記の通り、アニス系の酒は地中海沿岸の国に多く、スペインのアニス・デル・モノ、アニス・マチヤキート、イタリアのサンブーカ、ガリアーノ、アニゼツタ・ステラータ、フランスのアニゼット、オクシー、オクシジュネ、スカンジナビア半島のアクアヴィット、ギリシャのウゾ、トルコのラキ/ラク、など辛口から甘口まで数多くあります。

・実際にはアブサンの製造が禁止されている間、パスティスの風味向上は著しく、<まがい物>の汚名を脱ぎ去るほどになりました。日常的に楽しめる気軽なアルコール飲料としての別ジャンルを確立しています。特に理由のない人にとって、アニス酒でサッパリしたい時には安価なパスティスがあれば充分な感じで、選択できる味の幅もより広いようです。


お洒落さんなパスティス達 左から2番目は カナビス入りでヤバイ・・・

・ちなみに、日本ではパスティス の代表的銘柄と思われている“ペルノー”ですが、今は間違いの様です。EU(ヨーロッパ連合)の定めた規格よると、「アニス、スターアニス、フェンネルなどを使いアルコール40度以上で製造されたものをアニス酒。リコリス、アニス、ディルなどを使いアルコール40度以上のものをパステイスと呼ぶ」という厳密な規定が設定されています。そして、“ペルノー”は成分や風味的にパスティスとアニス酒の中間的な存在ですがリコリスを使用していない為、EU規定的にはアニス酒、フランス国内では習慣的にパスティスとして扱われている様です。(ちなみに40度以下のアニス酒はアニゼットと呼ばれるそうです)

・フランスのマルセイユで作られ、アルコール分45度以上かつ、アニス成分のアネトール(anethole)が1リットルあたり2グラム以上含まれるものは「パステイス・ド・マルセイユ(PASTIS DE MARSEILLE)」という原産地呼称の表記が認められています。御当地料理として有名なBouillabaisse(ブイヤベース)の隠し味としても使われており、この地の名産品としてブイブイ云わせてますよ。

・マルセイユはフランス第二の都市で最大の港湾都市です。地中海に面した有名なリゾート地域の要でもありイタリア国境にも近いので、『ボルサリーノ』、『フレンチ・コネクション』、『マルセイユ特急』など、ギャング映画の舞台に使われる事が多いのは納得ですね・・ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの『地下室のメロディー』も、すぐ近くのカンヌが舞台でした・・・

・パスティスの清涼感は暑い時期の南フランスには欠かせない夏飲料で、カクテルも多彩です。グレナデン・シロップで「トマト」、アーモンド味の「モレスク」、ミント味の「ペロケ」などは、本場マルセイユ、プロヴァンス、ニース、カンヌなどで人気の飲み方だそうです。水で割るときは1:5が標準との事ですよ。

・アイスランド(アイルランドの誤植じゃないですよ)のお酒で「ブレニヴィン/Breni(焼いた)vin(ワイン)」というアニス酒があります。スキっとした爽やかな香りとほのかな甘みを持つ40度程のハーブ・スピリッツとの事。ジャガイモ原料でキャラウェイも使ってるとくれば、文化圏的にも<アクアビットのプリミティブな姿を残す酒>と思って間違いないんじゃないでしょうか?「歴史的にアイスランド人が生き延びてこられたのは、この酒のおかげだよ!」と熱く語る島民の映像が、朝の『めざましテレビ』で放映された事があるそうです。こんなに普及し親しまれている酒なのに別名は「Svart dod」、なんと「黒死(病)=ペスト」という意味なんですね。なんかヤバくないですか?12世紀のヨーロッパ人口を1/2に減らしてしまった凶悪な伝染病と同じ異名を持つ理由とは何なんでしょうね?(ついでですが、アイルランドには「ポチーン」という地域特有の密造蒸留酒(1997年に製造販売解禁)がありますね・・・ poitin, poteen, potcheen, potheen などと綴りが様々なのも15世紀から続く密造酒の歴史が理由の様です。下右端がそうですが、両者とも当店には無いです・・話だけですみません。)

    

< 非禁止国 > 英国、スペイン、ポルトガル、共産圏の国々や北欧・東欧などでは一度も製造禁止にはならず、禁止国へこっそりも持ち込まれていた様ですが、劣悪品、ツヨン0%のまがい物、まがい物ですらないインチキ商品も多く(参照)、アブサン愛好家には受難の日々でした。しかし、数少ないながらも偉大な密造家が禁止国内に点在し、「緑の妖精」に対する執着心には理解しがたい凄みを感じます。アブサンと言う存在は西ヨーロッパ文化の隠された精神性(神秘学的、又は民族的な側面)を象徴している様な気がしてなりません。そのことは他の先進国(アメリカ、日本など)での意識の違いからも感じ取る事ができます。

チェコ共和国 (absinth) はドイツと並ぶ東欧の名産地です。ワイン多産地ドイツとは異なり、アブサンの規制に産業的必要性も無かった上、1989年まで共産党体制だった事情も大きく、スイス・フランス系主流派とは全く異なる独自の発展を遂げました。<Czech Absinthes have their own category. They do not have an herbal taste like typical French Absinthes.>という事らしく、アニスよりはメリッサの使用を好む傾向があります。。着色による鮮やかな色を持ち、キャンディを思わせるノン・ハーバルな味わいの銘柄が一般的な様ですが、ニガヨモギが勝った苦めのツヨン高濃度タイプも多く見られます。アニス成分が少なめで白濁しないためアブサンならではのセールス・ポイントが無い事から、火をつけるボヘミアン・スタイルが生まれた様です。

・日本では一部しか紹介されていませんが銘柄数も多いんですね(参照、7ページあります)。プラハにはアブサン・バーなんてのもあるそうで、30種ほど並んでいたとの見聞記も見かけました。そういえばベヘロフカと言う皇帝御用達の特産ハーブ・リキュールでも有名でしたね。(共産圏ではソビエトやスロベニアの銘柄もあるそうです。)

・チェコと云えばボヘミアン・ガラスが有名ですが、アブサン器具達にもスラブ的美意識が大いに反映されています。グラスやファウンテン(給水器)など、チェコ製品独特の繊細かつ優美なラインにはシビれますね。国勢が弱く職人さん達の人件費が安いのか、極めてコスト・パフォーマンスの高い美品揃いですよ。底の部分に波状の模様を持つ、チェコ脚が目を引きます。おっ、スプーンは“Holy Eye”タイプですか。La Feeのと由来が同じなんでしょうか?って云うか、チェコにもシュガー的概念があったんですね・・

    

 
Czech distillery LOR

スペイン (Absenta) やポルトガルなど、フィロキセラ被害の少なかったワイン生産国も規制されませんでした。特にスペインはこの頃(1870年〜1930年代)の政治状況の混乱(共和制→王政復活→スペイン革命→内戦)も大きな要因だとおもわれます。内戦後はフランコの独裁政権ですから・・・・又、1901年のポンタリオ工場大火災後ペルノー・フィルス社はタラゴナにアブサン工場を新設し、1950年代まで生産を続けていました。様々な理由から、今でもアブサンの生産は盛んで、チェコ同様に銘柄数が多いです(参照、こちらは10ページです・・)。フランス直系ながらも独自の味わいを誇り、フランスでは使用される量が規制(参照)されているフェンネル強めの傾向があります。

・ スペインでアブサンの生産が歴史的に盛んな地域は、バルセロナ、タラゴナ、レリダ、などの州で、フランスとの国境沿いに走るピレネー山脈周辺のスペイン東北部です。このエリアは歴史的にも独立心が強く、スペイン内乱では人民戦線の拠点になりました。2006年に<カタルーニャ自治州・西>として独自の税制や司法権などを確立し、スペイン語よりもカタルーニャア語が優先されて公文書などにも反映されているそうです。GNPの約20%を産出する国内有数の商工業地帯でもあり、文化的にも南仏との繋がりは強い様です。なんとなくですが、カナダ/ケベック州やアメリカ/ルイジアナ州などと似た、フランス文化圏の一部であるかの様な印象を持ちました(参照)。

・スペインの特殊なアブサン事情についてはこちらをご覧下さい。

・下は「タラゴナ・スタイル」と呼ばれるセクシーなラインを持つグラスと、柄の末端がイベリア半島っぽくイスラム的な装飾のスパニッシュ・アブサン・スプーン( Lehmann社)です。

   

・外貨獲得に熱心なブルガリアの銘柄は日本国内でも入手が容易です。細長い“パプスブルグ”シリーズは御馴染みで、72,5〜89.9%もの高いアルコール濃度を持つのが目を引きます。輸送費が安くすむからですかね?でも、 ロンドンのSALES社の依頼でオランダ人のMr. Helfrichがニュージーランドで造っていると思われる“ハプスブルグ・ゴールド・ラベル”などもあり、内情はオブスキャー(よく分からん) な状態です。ほとんどはフランス産のようなので、本当のブルガリア産は日本国内での入手は難しいのかもしれません。ハーブの豊富な国ですがアブサンに使うものはフェンネル、メリッサ、カモミールくらいしか採れないので無理があるんでしょうか?(北欧・東欧ではポーランドやデンマークの銘柄も見かけます。スウェーデンの強力アイテムも見逃せません。)

英国はワインの生産もほとんどなく、基本的に(というか感情的に)フランスと反目しているため規制はありませんでした。国勢が優位であるとの意識が強かった事もあったようですが、当時はアブサンなんかよりジンの引き起こすアルコール被害のほうが問題でした・・栄華を誇った頃から、フランスを含む各国の優れた生産品(ワインなど)の最大消費国としての時代が長くいため流通関係の知識的蓄積とコネクションの強さは相当なモンです。今でもアブサン業界最大指針国としての存在は無視できません。

・現在でもアブサンの生産はしていませんが、PB銘柄はいくつかある様です。アブサン販売サイトの数は意外と多く英ポンド(GBP)表示のサイトはよく見かけます。他の国ではほとんど見かけない厳選された銘柄を扱う貿易会社の一部門的な所もあり、個人のアカウントは取れない事もありました。しかし、何といってもリキュールの名門、Oxygenee/Cusenier社が運営している「ヴァーチャル・アブサン・ミュージアム」の存在は、アブサン流通における英国の特殊なスタンスと歴史を象徴しています。Oxygenee周辺の販売サイトもクセもの揃いの個性派集団を成していて、数多くのヴィンテージ品(アブサン、グッズなど)の購入も可能です。

・最近(2009年10月)の情報では、初のブリティッシュ・アブサンが登場しました。“Nemesinthe absinthe”なる銘柄です。バカルディ社の超プレミアム・ジン“Oxley”で有名なロンドン西北部のTimbermill Distilleryが生産元の様です。ついに出てしまいましたか・・・臥竜窟の様な存在だった英国が動き出すとはヤバいですね。しかも「LdF]とスイスの某有力業者(たぶんMatter-Luginbuhl)による共同企画の低価格帯銘柄と聞くと、どんな思惑おもわくでリリースされたのかが気になります。(古代ギリシャの女神ネメシスは復讐と報復のシンボルだと聞くと、つい深読みをしたくなりますよね?)

同時期に“Matters London Dry Gin”のリリースも発表されたので確実です。「LdF」系のショップにアップされてますしね・・ジンとアブサンには以外と共通項が多く、製造過程も似通っていますし、オルディネール博士がクーヴェ村で近代アブサンの前身を試行した時もジンの蒸留法を参考にした事は良く知られています。それにしても Matter Oliver がジンを手がけるとは・・・・衝撃的なニュースです 。

日本は無論カヤの外ですが、規制が全く無い事から60年代以降にサントリーの手で良質なアブサンが作られていたようです。恐らく海外銘柄の供給・在庫が途絶えた後の需要に応えて国内生産に踏み切ったものと思われ、初ヴァージョンは当然の様に68度です。その後、日本人の体質にあわせたのか税的な問題なのか、58度に変更されました。サントリー・ヘルメスの黒ラベルは、「なかなか良い!」とか「意外な美酒」などと評価も高いんですが、最終バージョンの括くびれボトルはただのアニス酒になってしまい、「日本の恥!」とまでの罵声が浴びせられています。国内最大酒造企業の銘柄だったので利潤追求を優先せねばならず、矜持きょうじを守る事が難しかったのはペルノー・リカール社と同様です・・他には、山梨のモロゾフ酒造/モンデ酒造(72年に社名変更)も70年代前後に短期間ながら独自のアブサンをリリースしていました。超レア品ですが、お味の方は???だそうです。

 
左から、サントリーの黒ラベル(×2)、モロゾフ、モンデ

ヘルメス・アブサンの大まかな変遷 (外観上の変化は太字
68度 金栓 緑瓶 旧黒ラベル 60年代後半  日本初のアブサン・一代目
58度 金栓/従価 緑瓶 旧黒ラベル 60年代末〜70年代初頭  度数が低くなる・二代目
58度 金栓/従価 茶瓶 旧黒ラベル 70年代  (たぶん)紫外線対策で茶瓶に・二代目 ver2
58度 白栓 新茶瓶 新黒ラベル 80年代  瓶の首が短くなり白栓に・二代目 ver3
58度   スリムボトル 分割白ラベル 80年代末〜90年代初頭  10ppm以下にレシピが変更か?・三代目
58度   くびれボトル 白ラベル 90年代半ばまで  四代目の最終ヴァージョン・ノーツヨンで×

・WHOのツヨン濃度規制(1981年)に気付いてレシピを変更したのが90年前後との噂があり、それ以前の黒ラベルは規制値より高い濃度だったのでは?などとも云われています。当時の技術で効率良く作ると、自然に規制以上の高濃度になってしまうのは頷うなづけます。時期を考慮すると、分割ラベル(スリムボトル)からレシピの大幅変更(ツヨン濃度減?または排除)があった可能性が高いです。味はマアマアなんですが、ラベルにはニガヨモギではなくアニスと思おぼしき植物のイラストが・・・・・そして、その次のくびれボトルのイラストも同じですが、こちらは全然×でタダのアニス酒になってしまいました。どちらにせよニガヨモギ未使用の単なるアニス酒をアブサンの名で国内販売する事は、法的には問題無いとしても文化モラル的には×なのは言うまでもありません(日本で一番流通しているノーツヨンの”アブサント55”も同様だと思います)。

・58度・金栓(黒ラベル)のキャップカバーには「従価税率適用」と表記されています。よくオークションなどで<従価>と表記され、古酒?の証となっているのが「従価税率適用」の文字です。 1989年4月に「消費税」と言う税金が新たに発足すると共に酒類に対する「従価税」が全廃されて「従量税」が始まりました。つまり、<従価>ボトルは最低でも20年以上は前のボトリングである事を証明しています。

・何故か68度と58度白栓には「従価税率適用」表示がありません。理由は不明ですが、表記義務が無かったのかもしれません。それとは別の話ですが、58度・金栓と58度・白栓のレシピは同じなの?って点も気になります。おそらく同内容かと思いますが、全く同じ条件で保管されていたボトルで比較検証できる可能性は無いんでしょうね。あ、そんな細かい事どうでもいい?すんません・・・・

・ちょっとっだけ、自慢してもいいですか?当店には<括くびれボトル>以外のヘルメス5種が揃っています。“モロゾフ”はミニチェアボトルで、“モンデ”は菱形の小ペンダントラベル欠品ながらレギュラーサイズを入手しました。一本のみの銘柄は、残念ながらお出しできません。でも80年代の“ヘルメス・黒ラベル・白栓”は思い切って複数本入手しましたので、お試しいただけます。古い日本アブサンの品質ラベル(あ、間違えた・・)レベルに興味のある方はどうぞ・・

ドイツは非禁止国ではありません。しかし、第一次世界大戦の敗戦後に規制が掛けられたという外的事情の為か、他国とは意識が違う様です。文化圏も国民性も全く異なりますしね・・今では、スペイン、チェコと共にアブサン界「キャンディーズ」の一員としてブイブイ云わせており、本場スイス、フランスの「ピンク・レディー」にも迫る勢いで玄人筋の評価も高い様ですよ。ドイツ人らしく、気軽でポピュラーな需要などは全く狙っていないシリアスな銘柄が多い様に感じます(隣国のオーストリアも同様です)。意外と多いドイツの販売サイトを見ると、細やかなサービス、豊富な品揃え、詳しいインフォメーションなど、どれをとっても充実!お勧めです。(ただ、梱包が雑なのには閉口しましたけど・・・こちら

・ ドイツのディープなアブサニスト達が集まる、<Guide.de>という情報サイトがあります。そのフォーラムでの度重たびかさなるデスカッションの結果、「現時点(2006年)、ドイツで市販されているアブサンのほとんどが賛するに値しない」というシリアスな結論に達しました。この事がキッカケになり、意識を高める目的でアブサン研究・処方のコンテストが行われたそうです。ドイツ人らしい発想ですね。入賞した15種類のレシピは小ロット(30g)ながら実際に蒸留されて会員に配布されました。その成果は世界に認められ、蒸留作業を請け負ったバイエルンの Eichelberger Distillery(ドングリの森蒸留所)にて商品化されるに至っています。コンテストの目的は大きな成果をあげた様で、その後のドイツ・アブサンは目覚しい品質向上を遂げました。“Eichelberger”、“Abtshof”、“Neuzeller”などの高級銘柄も注目ですが 、世界でも有数のショップ「ALANDIA」が繰り出すオリジナル商品の展開は凄まじく、ドイツ・アブサン業界の存在感は大きくなってきています。

Eichelberger Distillery は上記 「ALANDIA」のオリジナルラインナップ<ALANDIAシリーズ(下)>も請け負っており、その突出した品質の高さで注目が集まりました。クロード・アラン氏(アルテミジア)との共同作業による<Clandestineシリーズ>と共に強力に響く「2台のターンテーブル」を構成し、うねり続けるグルーブで世界中のアブサニスト達を躍らせまくっています。「えっ、ドイツ産?」という偏見を蹴散らすのも時間の問題と思われ、影のプロデューサーとも言えるピーター氏の圧倒的な力量には脱帽せざるを得ません。


左2本がEichelberge製

・ドイツで上記の様な特殊な様相を呈ていしたのには理由があります。規制が始まってアブサンの供給が途絶えてから、ハーブ大国でもあるドイツの愛好家達の自家製造(密造)が盛んになりました。それらのアブサンは< Hausgemacht (Honemade) >と呼ばれ、個人消費レベルでは連綿と作り続けられてきたそうです。小規模自家製造ではハーブの自由な選択や蒸留ごとの試行が可能になり、個人的な発想を実現化できます。特殊な環境や歴史などに縛られたスイスとは異なり、広い地域で各自の処方が洗練されて多くの優れたバリエーションが確立していたであろう事は容易に推測できます。つまり、本来の意味でアブサン密造の先進国だったんですね。って云うか、ライバル国はほとんどありません。コンテストで競い合った処方は、長年作り続けてきた自慢の<俺レシピ>だったのでしょうか。

< La Bleue ・ 密造アブサンの王者 > アブサンの発祥地スイスのジュラ山脈周辺は優れた密造アブサンの産地として有名でした。フランスとの国境付近という地理条件や民族意識の強さなども背景にあり、規制中も半黙認のかたちで生産され続けた歴史を持ちます。この地の密造品はLa Bleue(青)の通称で知られ高い評価を得ていました。規制解除後の今、新鮮な地ハーブを使用してジュラ独特の職人的作業作法による完全に手作りの少量生産品として、高級スイス銘柄の代名詞になっています。無色透明ながら加水すると青みを帯びたミルク状に白濁(bluish milky louche)するのが特徴で、特にトラヴェール渓谷(Val-de-Travers)の銘柄は特別扱いされているそうです。WHOの基準を守ってるんだし、原産地呼称認定してもらうのは無理なんですかね?(後で分かったんですが、アニス、フェンネルなど地産ではないハーブが必須なので無理な様です。という事はフランス産アブサンのAOC認定も無理って事ですかね・・・)

・蒸留後に一切手を加えない(天然ハーブなどの着色も無し)最初期のレシピを再現した別タイプのアブサンも無色透明ですが、こちらはBlanche(白)と呼ばれています。二者は似て異なるもので透明である理由が全く異なります。1910年にスイスでアブサンの製造が禁止された後、伝統的な飲み物に対する愛着(=アイデンティティー)を諦めきれない人々の手で密造が始まりました。この頃から取り締まりを避けるため、透明なアブサンの作り方が工夫されたそうです。色さえ付いていなければアブサンでは無いと言い張る事ができ、幼馴染でもある現場の税務員達も心情的に見て見ない振りがし易かったからの様です。家庭の台所や地下室での作業は、大量生産品では不可能な個人的で職人的技法(traditional artisan methods)の発展・洗練の源となりました。

・La Bleueは地域への愛情と意地が支える特別なアブサン達です。一例ですが、トラヴェール渓谷のモティエ( Motiers)という小さな町にLa Valoteという名の協同組合(distiller community)があるそうです。数人のLa Bleue職人が各自独独のレシピで自分の銘柄を生産していますが、小さな単式蒸留器(25〜90リッター)3器を共有しているそうです。密造時代から続く仲間意識の賜物でしょうか?ボトルの形と量(1リットル)や栓封の色が同じで、ラベルのセンスにも共通点があり、なんとなくLa Valote銘柄だと分かりますね(下左)。

<キュプラー> La Valoteではありませんが、日本で購入できる唯一のLa Bleue的銘柄は“キュプラー・53 (k) ”のみです。1863年に創業され、規制中はリキュールなどの生産を行ってきた歴史ある蒸留所で、スイス国内のシェアが70%近い生産量(ここが微妙な点ですが・・)を誇るメインブランドとの事。小規模密造者という訳ではないので厳密には La Bleue と扱っていいのかは???と思います。しかし、本当のLa Bleue職人の銘柄は生産量も少ない上に流通しにくく、日本への正規輸入は極めて困難です。残念ながら、日本で合法的に La Bleue 的味わいを体験するには“キュプラー・53 ”しか手は有りません。

<アルテミジア> 聖地クーヴェ村に移り住み、WHO規制解除以降の1989年からアブサン製造を試行し始めたクロード・アランの<アルテミジア・シリーズ>も国内入手可ですが、厳密には密造者ではない感じなので La Bleue には入れていません。私見ですがスイスでの合法化を前提に準備していた様なスタンスに思えます。そして、La Bleueという遺産を引き継ぎ、今後のアブサン界の躍進を担う革新的トラヴェール銘柄だと認識しています。どちらにせよ、地元向けではなく世界市場をターゲットにしている点だけでなく、モダンでクールに洗練された味わいも La Bleue 的でない様な気がします (c)。(<アルテミジア・シリーズ>についてはこちら

・上記の二銘柄に関しての記述は、あたかも否定的な意見に聞こえるかもしれません。しかし、La Bleue とはどんな存在なのか?という点だけを優先した過剰でロマンティックな見方での私見です( ピエール=アンドレ・ドラショー氏の様に・・参照。つまり、La Bleue と言い切れる銘柄は今までには正規輸入されていません。しかし、どちらの銘柄も世界トップクラスの味わいを誇る極めて優れたお勧めアブサンです。本物の La Bleue より、むしろコチラの方にピンとくる方が多いかも、とも思います。是非、お試し下さい。

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かわいいラベルのLa Valote銘柄4種と、アブサンのは白濁を想わせるトラヴェール渓谷の霧、伝統的デザインの“キュプラー”、今様の“クランディスティーヌ”

Bleue(青)、 Blanche(白)に対して、 Verte(緑)と呼ばれるのが「The Green Fairy」の名にふさわしい色付きのアブサンです。蒸留の最終段階に天然ハーブで色づけされ、人工着色料などを使わない(透明では無い)タイプに使われる敬称のようです。実際には、黄みがかった薄緑や薄い黄色、限りなく透明に近い緑や黄色ですが、全てVerteに分類されている様でJaune(黄)という名称は見たことがありませんね・・・・やっぱ緑でしょ!って感じなんですかね?これらの呼称は法的な規定ではなく習慣的な愛称らしく曖昧な使い方をされる事も多い様なので要注意ですが、今のところVerte(緑)の呼称で人工着色されたものは見かけません。しかし、市場が拡大した後にはどうなるかわかりません。La Bleueに関しては間違いはないと思います。

・ちなみに、明らかに緑色の銘柄は間違いなく人工着色料使用だと思われますが、必ずしも×ではありません。本格的な味わいは望めないにしても、それなりの美味しさを楽しめる銘柄も少なくないからです。お酒に限らず何かを楽しめる切り口には様々な要因があり、それぞれが複合的に絡み合って奥深く広がっていきます。一番分かり易い要素とも云える<品質>や<美味しさ>だけを追い求めて<○○道>に迷い込んでしまい、狭い価値観(=権威)に縛られてしまった窮屈な人を見たことありませんか?決まりきった本物(=権威)を追い求めるのは割と簡単です。本筋を押さえた後、初めてスジ者をも楽しめるのでは?と思います。ワザとらしいくらいの華やかな色彩や嘘くさい人工的な味わいも楽しみましょう。清濁併せ持った感覚を持てる様になれば楽しみの幅も飛躍的に拡がります(酎ハイもシャトー物ワインも同じように愛する友人B の見解は信頼できますよ)。でも、誰と一緒に飲むか?という日常的な選択が全ての行方ゆくえを決めてしまうのには抗あらがえませんけど・・・

<現代のフランス銘柄とスイス銘柄の違い> ほぼ完全に禁止されたフランスと違い、La Bleue(青)のように密造という流れながらもスイスのアブサンは継続・進化していました。時代の経過に伴い、かつて同根だったフランスとは異なる傾向が生じてきた様です。まず、アルコール度数の低下が目立った変化です。現在のスイスでは55度程度の銘柄が多く見られるのは、地元消費なので遠距離運搬の必要が無かった事(参照)、ハーブの浸透・保持技術の進化、時代に見合った嗜好性の変化などが原因と思われます。それに伴い、ハーブの使用バランスも変化しました。流通の発達のお陰で、かつて小規模生産者には手に入れにくかったと思われる(参照 )アニスとフェンネルの量が増えて甘味が増し(参照)、角砂糖が要らない銘柄が多い様に感じられます。ほとんど透明なものが多いのは前述の通りです。片や、多くのフランス銘柄は完全に断絶していた為、商品力を求めて古いメーカーのレシピを基にモデファイされる傾向があります。そのままだと苦すぎるので結果的に糖分を加えられて出荷され(例外も多い)ますが、Verte(緑)でアルコール度数・68度が基準のアブサンが多いのは昔のままです。(トラヴェール渓谷に近いポンタリオ産は微妙なスタンスです。)

La Bleueをフランスへ密輸する為の容器!  お腹に隠す為にベルトを通す部分がチャンとある・・・

<La Bleueの問題点> La Bleue銘柄の名声は<揺るがぬ岩の様に堅牢>ですが、一つだけ問題があります。ほとんどの銘柄が高いレベルにあるが故に?味が似通っている事実は否めません。多くのLa Bleue銘柄が狭く密接した地域(※)で作られている為か、原材料や手法が均一化してしまうのかもしれません。有力販売サイトでも「どれを選んでも最高の満足感が得られるだろう。でも味は似た感じだよ・・」って書いてあったりするんですね。大吟醸の味が似てくるのと一緒なんでしょうか?この様な状況に一石を投じようとしているクーヴェ村の新しい生産者達の存在(参照)には目が離せません。

(※)La Bleue銘柄蒸留所のほとんどは、クーヴェ(2755人)、ボバレス(392人)、モティエ( Motiers/825人)、フルリエ( Fleurier/3518人)など、全ての町?村?が半径10km以内で収まる狭い範囲に凝縮して集まっています。同業者ですから、全員が顔見知り(ヘタすると幼馴染)なのは間違いありませんね。ちなみに(人数)は2007年12月時点での人口です。この地域は歴史的に時計産業の方で有名だったんですが、クウォーツに押されてかつての勢いはありません。

<公然の秘密>ですが、La Bleue銘柄のなかにはスターアニスを併用している銘柄が意外と多いです。高級品のグリーン・アニスは地産種ではなく、合法化以前は入手に手間が掛かった事でしょう。そして、スターアニスならではのリコリス的甘味を好む人もいるので程良い使用は必ずしも×ではありません。しかし、安い材料で代用品のイメージが強い為なんとなく内緒で、自ら公言したりはしないらしいです。逆に「オレは使ってないよ・・」と、つい口に出しちゃってる La Bleue 蒸留者もいるくらいです。

< アブサン魂 > 規制によりアブサンの存在はフランス語圏スイス文化の象徴になっていった様です。ドイツ語圏スイス勢力の政治・経済的な優位性がアブサンを通じて垣間見えてきます。

『我々はレジスタントなんだ。そして我々のレジスタンスは一つのキーワードで表現することができる。アブサンだ。アブサンは静かに黙って地下にもぐった。そして私が興味があるのはこの抵抗だ。私達にとって、アブサンは法を犯す喜びであり、意気を示す喜びなんだ。』

・上記はトラヴェール渓谷(Val-de-Travers)住在のアブサン史家 ピエール=アンドレ・ドラショー氏の言葉です。彼はアブサンの合法化に心情的には反対しており、その神秘的な精神性が低下することを危ぶんでいるそうで、対外的に成功した有名な蒸留者達を非難する事も厭わない保守的な姿勢で知られています(参照)。しかし、地元の目線で考えると一点の真実を代表している人物なのは間違いありません。地域文化のグローバル化と希薄化は裏表一体のコインですから・・・

(注:国家・宗教・民族が入り乱れた歴史観を基に成り立つヨーロッパでは、日本とは法に対する感触は異なっています。比較的多くの人達にとって、自らのアイディンチティを守るための戦いにおいて法を犯すことは勇気ある行動であり、許容または尊重される場合が多いのは当然かと思われます。ほぼ単一民族で異様に平和な日本に生まれたのは幸運以外のなにものでもありませんね。)

・スイス国内においても、フランス語圏スイス人(19%、7州)とドイツ語圏スイス人(64%、21州)の関係には微妙な民族意識のズレがある様です。トラヴェール地域がスイスに正式統合される際(1815年)にも住民の多くはフランスへの帰属の方を望んでいたそうで、人々には独立性の高い小さな自治州だった頃の意識が残っている様です。1910年の全面禁止に先立ち、ヌーシャテル州とジュネーブ州(共にフランス語州)でアブサンの販売・輸出が禁止(1908年)された際、ワイン産業を重視するドイツ語圏の意向が強く反映した事は潜在的な民族的遺恨を残す事になりました。

スイスの言語分布

 紫:フランス語、黄:ドイツ語(アレマン語)、緑:イタリア語 赤:ロマンシュ語、青:湖

・スイスに名物的な女流密造家がいました。有名なラ・マロットです。彼女の美味アブサンを目当てに大勢の地元民が訪れ、評判になりすぎてしまった事から裁判所に送検されてしまいます。この時期(1960年代)、酒類審査官がフランス系スイス文化に理解のない出世欲満々のドイツ系官僚だったからだ、という説もあります。国境付近で捕まる密輸・密売人ならイザ知らず、地元消費の個人レベル密造者が告発される事は極めて稀だったそうで、地元の裁判官も大いに困惑した事でしょう。3000フラン(20〜30万?)の罰金支払いを命じられたラ・マロットが、小さな声で判決を下した顔見知りの裁判官に言い放った言葉は今でも語り草になっています。「この罰金は今払うのかい?それとも、アンタが次にアレを買いに来た時に払えばいいのかい?」 彼女がアブサンを作り続けた事は言うまでもありません。

・私見ですが、この問題を逆の方向から象徴していると思われるのが Distillery Matter-Luginbuhl参照)の存在。トラヴェール渓谷と同エリアながらもギリギリ両語圏境界のアレマン語側にある長い歴史を持つ蒸留所です。La Bleue的価値観の呪縛が少ないせいか、英国LDFのプロデュースを抵抗なく実現できる柔軟な姿勢。自由な発想での類を見ない展開で特筆すべき存在です。ヌーシャテルから僅か50kmしか離れていない微妙な位置関係と基盤となる語圏文化の違いが生んだ稀なる感性。過激で個性的なアブサンの数々は高評価を勝ち得て、業界にインパクトを与え続けています。でも、この作り手の個人的な一押しは“Kallnacher”というユルイ銘柄なんですけど・・・ノホホンとした懐古的味わいが逆に個性的です。お試しください。

・ 英語でabsenceは「不在」という意味ですが、仏語でもabsenceは「存在しない」という意味で使われます。この事から規制中のアブサンを「まるで名付けられた時から運命が決まっていたようだ」と暗喩をした人がいるそうです。とてもオシャレな表現ですね。誰の言葉なんでしょうか?

< アブサン用小型蒸留器 > 密造の歴史が長かったヨーロッパ各地では、小規模のアブサン蒸留所や家庭などで幾多もの手造り小型器が秘かに活躍していました。1981年、WHOによるツヨン(※)の含有量限定での「アブサン」名称使用解禁に伴い、そのうちのいくつかはweb上で画像を見ることが可能になりました。(参照

  
家庭の調理ストーブで蒸留可能な小型器、簡単に分解でき気軽に持ち運べる小型器、テーブル・トップの超小型器

< 解禁?規制緩和!> 1981年にWHO(世界保健機関)が、ツヨン残存許容量10ppm以下(ビター類は35ppm以下)なら承認するという画期的な基準を発表し、徐々に禁止国での規制緩和が始まりました(1ppm=0,0001%)。しかし、小規模な生産者(元密造者)の銘柄が表舞台に出た(多少買いやすくなる)のみという有様で、こんな状態は20年程続きます。1988年に解禁になったフランスでも、需要が無いためか企業レベルでの生産が始まったのは2000年頃からです。スイスで販売が解禁されたのはかなり後で、2005年でした(本家だけに複雑な事情があったのでしょうか?)。いかに時代の流れから置き去りにされ忘れ去られてしまっていたかが良く分かりますね。長年培ってきた?ダークなイメージも邪魔になった事と思われます。しかし、今では十分に満足できる銘柄も出揃って「お楽しみはこれからだ!」ですよ。

・とは言え、規制緩和されて30年近くたった今でも、(本場のフランススイスにおいてさえ)モラルに反する非合法品だと思い込んでいる人が大多数だそうで認知度はまだ低いそうです。パスティスの方は普通のカフェなどに置いてあるくらいポピュラーなので「庇ひさしを貸して母屋を取られ」ちゃったんですか?一度でも忘れられるとスポットライトから遠くなるのは芸能界といっしょの様ですね。

<御願い> 現実的に考えると、合法の復活アブサンが最初に流通し始めてから10年弱しか経っていません。主要生産国スイスで合法化されてからは僅か5年くらいしか経っていないんですね・・名前だけはなんとなく知られている割には始まったばかりで、期待できるジャンルと言えるのではないでしょうか?今後は我が国でも普及し拡がっていくのかもしれませんが、あまりにも多くの偏見や誤解が渦巻いています。特に、目の前にあるアブサンを美味しく頂く方法などは昔の作法だけでは魅力を損ねる事が多いでしょう。しかし、私自身も色々と勉強してみて初めて分かった事です。調べた結果をメモ代わりに書き連ねていったら(一本指打法ですよ)知らない内に以外なボリュームになってしまい、自分でも驚きました。知らなかった分だけ量が増えてる訳ですからドンダケ無知だったんだよッ!て感じですね・・そして何より心配なのは、このページの記述にアホらしいくらい大きな勘違いが点在するのは確実と思われる事です。今までにも何度、致命的なミスや勘違いを直したことか・・・冷や汗もんです。と言う訳で。もし間違いや疑問点、事実に反する事などを発見なさった方がおられたら御指摘下さる事を心から希望しております。お手数ですがこちらがメールへのリンクですので宜しく御願い致します。

<厳しいアメリカの状況> 80年以上経ってようやく果たされた欧州での解禁にもかかわらず、ドラッグ王国アメリカの対応は厳しかった様です。2007年3月に合法(輸入可能)となるまで、さらに25年もの年月が必要でした。そして輸入販売するとなると厳しいので有名な政府機関TTB(Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau)の審査を通過する必要があり、400銘柄以上もあるアブサンの内、許可が降りたものは数銘柄だそうです(2008年2月)。初めての通過銘柄はスイスの“キュプラー”だったとか・・州により事情は異なりますが、個人輸入でなら基本的に可能の様です。

・ドイツの某サイトではアメリカにアブサンを内緒で送るための<CAMOUFLAGE SYSTEM>なるオプションを設定していました。ラベルを剥いで(ニセの)ハーブリキュールのラベルを貼って送付し、後に郵便で剥いだラベルを送るそうです。手が込んでますね。規制の厳しい州では必要なんでしょうか?4,20ドルなので良心的?です。

・規制が長かったリアクションか、タブーを破って飲んでいた人々の中には、ギルティ・プレジャー(罪悪感を伴う楽しみ)が無くなったとアブサン離れする人も目立つそうです。一方、アメリカ製アブサンの生産も始まっており、知る限りでは数銘柄(※)が確認できました。でも、何故かは不明ですが、アメリカのアブサン販売サイトではグラスや器具のみの取り扱いで、今だにアブサン自体の販売はされていない事がほとんどです。2008年10月から、ニューヨーク、カリフォルニア、イリノイ、ルイジアナ、ケンタッキー州などでは販売可能なはずですが通販となると扱いが違うのでしょうか?web上で見つけたのはここ位です。しかし、時間の問題かと思われます。

(※) 現行のアメリカ産アブサンとしては、ニューヨーク州の“Delaware Phoenix”、カリフォルニアの.“St,George”、コロラドの“Leopold Bros”、 オレゴンの“Marteau”、ワシントンの“Pacifique”、ペンシルバニアの“Vieux Carre”など各州からのエントリーがあります。アメリカのアブサンフォーラムでは、自国のニューカマーに対して期待と不安が渦巻く中で熱く語られており、「ついに、この時がきた!」って感じがムンムンです。(2009年10月)


左から記述順に勢ぞろいの新大陸アブサン達。

・今世紀になってやっと動き始めた新しいマーケット(アブサン市場)に対して、伝統に縛られる必要の無いアメリカの生産者が革新的な発想の基に大躍進を果たし得ないと誰が断言できるでしょうか?ただでさえ基準が曖昧なジャンルの上に、カルフォリニアワインの例もありますし・・・先端醸造技術には全く問題がないでしょうし、北米でのニガヨモギ分布状況はきわめて良好です。

・色々なサイトを巡っていると、今後の動向を左右するのはアメリカ市場なのは間違いないと思えてきます。今だ未開拓の巨大市場の上、アブサンに対する(良い悪いは別にして)認知度や興味も高く、輸入制限が緩む可能性も見えてきました。流通業者のロビー活動なども成果を上げているのか、マスコミの喧伝も以外と活発なんですね。対して、ヨーロッパ諸国の先進的なアブサン生産者達もアメリカ市場を明らかに意識した銘柄を続々とリリースし始めています。おこぼれ的にですが、アメリカでの厳しい審査を通った銘柄は日本での正規輸入許可も取得し易くなるとも思われ、国内でのアブサン銘柄充実にも期待が持てますね。アメリカ認可第一号銘柄の“キュプラー”なんかはお馴染みですし・・・・

<今でも輸入が禁止されている国々> アブサンの輸入(個人輸入も含む)が禁止されているか事実上不可能な国は今だに多く、とあるサイトで配送不可となっている国は以下の通りです(2009年10月)。先進国では、アメリカと同様に英語圏の国が厳しいようですね。飲酒に厳しい<ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント>が多いからでしょうか?カナダではフランス色の強いケベック州(※)のみOKです。しかし、(特定の銘柄だけで多少のリスクはありますが)困難で複雑な規制をクリアした画期的なサイトが最近出来たようです。オーストラリアは複雑怪奇な規制と高い関税があり、個人輸入は現実的ではありません。500mlのキュプラーが99$(日本の3倍)もします。

オーストラリア、カナダ、ベナン、ブラジル、コスタリカ、グアム、ガイアナ、イラン、ジャマイカ、クウェート、リベリア共和国、モルディブ、マーシャル諸島、モーリタニア、メキシコ、モロッコ、ネパール、ナイジェリア、ノーフォーク島、オマーン、パキスタン、パラグアイ、プエルトリコ、ペルー、フィリピン、カタール、セントビンセントグレナディーン諸島、サウジアラビア、スーダン、スリナム、シリア、ウクライナ、アラブ首長国連邦、米領バージン諸島などですが、イスラム圏などのアルコール飲料の輸入自体が困難な国も多く含まれます。

(※)ケベック州は北米最大の保守的なカトリック教文化圏で、カナダで唯一フランス語のみを公用語とする州です。カナダ連邦政府への反感も根強く、<ケベック解放戦線>によるテロ殺害事件なども起きています。1980年、そして1995年にカナダから独立するか否かの住民投票!が行われ、反対票が約50,6%でギリギリ否決されました。もし3回目の投票が行われたら、新しい国として独立する可能性も高いそうですよ。州都モントリオールでは万博(1967年)やオリンピック(1976年)が開催されているのに、独立を望んでいる人が多いなんて宗教・人種異差などに鈍感な我々日本人には理解しづらい状況ですね。ちなみに、教会の飾りつけが派手で神父(結婚不可)がキリストや聖人を崇めたミサを行うのはカトリック、シンプルな教会で牧師(結婚可)が(キリストが張り付いていない)十字架のみに対して礼拝を行う方はプロテスタントだそうです。

< ビンテージ・アブサン > 規制以前の本物?のアブサンは入手可能か?というと、お金に糸目をつけない方なら可能です(こちら)。でも100年前後も前の、しかも禁止されていた酒類が手頃な値段な訳ないですよね。“ Vintage Absinthe from the Pre-ban Era” と呼ばれる本物達には値段が付いてない「要、お問い合わせ」品が多く、物によっては信じられないない値段(数百万円?)になっていると思われます。純アメリカ産で空きボトルだけが現存する“ Butterfly Absinthe”なんかが未開封で見つかったら幾らするんでしょうね?

・一例として「量り売り」ですが、1904年の“ Edouard Pernod ”が50ml (50ccですよ!)で350ドル(約35000円ですよ!)で売っていました。フルボトル(750ml )だと5250ドルですから、日本円で50万くらいですね。ボトルもラベルも無く珍しい銘柄ではないとは言え有名な“ Edouard Pernod ”ですから相当お買い得ですが、やっぱり高いですね。とは言え、一般庶民が間違いの無い本物を味わえる唯一のルートなのも確かで良心的な売り方なのかもしれません。他では1910年の“Pernod Fils”が50ml で320ドルも安い?です・・・最良と云われる大火災(1901年)以前の O・P・F なんて出てきたら驚愕の値段になるんでしょうね(参照)。フルボトルでは、ラベルのダメージが少なく開栓していない1950年代(禁制以降)の“Pernod Tarragona (スペイン工場産)”が、安くて850ドル、保存状態が良いと3000ユーロ!です。50ml だと70ドル位で、同銘柄のフルラベル空きボトルは350ユーロします。(規制以前の本物についてはこちらこちらこちらこちらです。あと偽造ヴィンテージ・アブサンはこちら


      
発掘?されたヴィンテージ・アブサン達の晴れ姿と、なんとなく憧れてしまうボストン産のバタフライ・アブサン。50mlで320ドルの1910年 P・F。

< アブサンの銘柄数?> 解禁後、各国の極々一部でアブサン熱が盛り上がってきている様ですが、販売されている銘柄数はいかほどなんでしょうか?(知る限りで)最も多くのアブサンを扱っている販売サイトには15ヶ国の項目があり、容量のバリエーションも含みますが、スペインだけで99種が購入可能です。フランスが77種、スイスが58種、ドイツ51種、チェコ68種と主要な5ヶ国だけでとてつもない数で、数える気なんか即消滅ですね。一つのサイトで販売している銘柄だけでコノ調子ですから実際はこんなもんじゃないんですね。 AbsintheWiki によると2009年末の時点で400銘柄を超えているそうです。(このページの最下段に様々な銘柄をメーカーごとにリンクしてあります。ヒマな(じゃなくて)興味のある方はどうぞ・・)

< 新趣向 > 最近、見かけるのが新しい色のアブサンです。しかも黒と赤ですよ。成分の色というよりは色素による着色のようで、<緑の美神>としてのアイデンティティーは何処へ?と思ってしまいますが、バーなどで話の種になるので便利なのかもしれません。海外ではリキュール産業の一分野として差別化戦略を考える必要が生じる時代にまでなった!という事でしょうか?個人的には<緑の美神>のままでいて欲しいんですけど・・・あっ、青もある!

・「Red Absinthe existed in the Belle Epoque as well. This Absinthe is naturally colored with flower extracts.」と言う記述を見つけました。赤系は昔からあったようです。でも、この頃は今と違って人工着色じゃなかったんですね。下の図は1900年頃のロ−ズ・アブサンの広告ポスターで<This is the only know historical reference to a rose absinthe.> との事です。バラの色素で色をつけてる様でオシャレですね。当時のパリジェンヌ達はワクワク気分でピンク色のドレスを買いに走った事でしょう。一枚上手の淑女はバラの香水を忘れません!

・そう言えば、19世紀にはバラを使ったローズ・ダイエット(何をしたの?)が流行したとか・・ ギリシアの女性詩人サッフォー、皇帝ネロ、クレオパトラ、ルイ14世、ポンパドゥール夫人、マリーアントワネット、ナポレオン皇后ジョセフィーヌなどバラの魅力に取り付かれたトレンド・ヒッターの数は限りがありません。なんと言っても、 愛と美の女神・アフロディーテ(ヴィーナス)が海の泡から出現した時、バラも一緒に生まれたと言われていますから超無敵です。さしづめ<ピンクの美神>と言った所でしょうか。(ボッティッチェリの有名な絵にもピンク色のバラが生まれ散る様子が描かれています。)

      
かわいい色のラベルですね。それにしてもコルセットの締めすぎでは? さらにやりすぎはコレ・・・

< アブサンティアーデ > 近代アブサン発祥の地、ポンタリオ市では、2001年から毎年10月頃に『アブサンティアーデ(absinthiades)』と言うアブサン・コンクールが行われていて、最優秀銘柄は “Golden Spoon”賞の栄誉に輝きます。10人の専任審査員に希望者(専業者・消費者)から抽選で選ばれた24人を加えた34人での試飲選考が行われ、2部門(Blanche/Coloree )にそれぞれ、金、銀、銅のスプーンが選ばれます。地域性が強いためかエントリー銘柄の数も少なく、国際的な権威づけの根拠は薄いかとも思いました。しかし優秀な小規模生産者の参加が多く、有名なフランシシ・ガイやクロード・アランなども深く関わっています。スイス・フランス系主流派の価値観ながら水準値は相当に高い様です。web上の画像を見る限りでは町起しのお祭りみたいな印象で、とても手作り感の強い身内乗りな催しの様ですね。タキシードを着た人なんかいません。企業介入の無い小規模イベントならではの良い雰囲気で、「皆で、アブサンを盛り上げていこうゼ!」って熱い想いが楽しげに伝わってきます。銘柄やグッズの即売会などはポタポタ涎よだれもののアイテムが目白押しで、思わずワープしたくなります!(会場の情報や2009年のコンテスト・チャートはこちら・2008年までは浸透法を加えた3部門でした)

(※)<Blanche>は最後のカラーリング・ステップを行わない透明なタイプで、La Bleueや蒸留直出しのシリアスなタイプです。<Coloree>は蒸留後にハーブなどで色づけや香り付けをする造り方で、ほとんどのアブサンは<Coloree>に含まれます。

・その他の催しとして、スイスのトラヴェール渓谷(Val-de-Travers)にあるボバレス(Boveresse)という町で、毎年6月に行われる『La Fete de L´Absinthe』というお祭りがあります。地元や近郊のアブサン関係者の交流の場になっている様で、野外で開かれる展示会を兼ねたオープンなパーティといった感じです。とは言え、かつての密造アブサン聖地の催しなので、つい最近まで○○だった蒸留職人達の間で交わされる会話や情報交換などは、さぞかし深遠な内容かと妄想が膨らみます。写真ではLa Bleue(前述)のオンパレードで、こちらもポタポタ涎よだれ的な風景です。ボバレスは震源地クーヴェ村から2Kmほどの近所です。

・『Cherry Festival』は、<フレンチ・アブサン第二の町>として有名なフュージュロー(Fougerolles)市で毎年7月に催される祭りです。ポンタリオの北でドイツ国境に近く、キルシュ(サクランボ蒸留酒)の名産地としても知られています。この地のアブサンでグレープ・ブランデーをベースの銘柄が目に付くのは、蒸留技術に関しては独自の流れを持つからでしょうか?フェスティバルではアブサン部門も設けてある様で、フュージュロー・アブサンは要チェックかもと気になります・・・

< アブサン百科事典 > <ヴァーチャル・アブサン・ミュージアム>の監修で、アブサン百科事典とも言い得る 『A Guide to the Lost World of Absinthe and La Fee Verte』 が出されました(2008年末)。1000近くの図版を伴う362ページもの英語本です。今までの(フランス語の詳しすぎて使いづらい)研究本とは異なるアプローチの決定版図鑑で、アブサンとその周辺の総合的な知識を「重箱の隅」まで穿ほじくり返した「マニアのマニアによるマニアの為の」必須本です。私はマニアじゃないので資格がありません。でっ、でも、買わねば・・・・

・かっ、買いました!スゴイです!『ヴァーチャル・アブサン博物館』がそのまんま本になった感じで、とてつもない情報量にタジタジです。図版の量が多すぎて目が眩みそう・・・目くるめく錦絵巻。やっぱ、本の方が見やすいですね。内容と構成はサイトとほぼ同じなので、気になる文章がweb上で手軽に翻訳できる点は他のアブサン本では有り得ない大きなメリットで助かります。赤線も引けるし・・・もったいなくて引けませんけど。

  

 

さて、ここからはアブサンの飲み方や器具についての紹介です。

「いろんな飲み方があるんだよね。」「今日は傘ポタでもやってみようかな。」

< 飲み方 > 基本的には冷水で割りますが、アブサンスプーン(1)と呼ばれる専用器具を使った由緒正しい飲み方をお試し頂きたいです。アブサンを適量入れたグラスの上にスプーンを渡し、角砂糖を乗せます。この上から水を少しづつポタポタ垂らし(2)て、透明なアブサンがモワリモワリと白濁していく(3)のを楽しみながら錬金術師気分で呪文を唱となえ、角砂糖を崩し落とします。後は混ぜすぎない様にして飲み、甘くなっていく感じを楽しみつつ最後のジャリジャリした砂糖をご堪能下さい。これが本来のボンソワールでジャン・ギャバンかつエトワールな飲み方です。(「呪文を唱となえ」の部分はウソです。まさか信じた方はいないでしょうね・・・が、ついヤリたくなります。錬金術については、こちら

(1)  (2)  (3)

(伝統的作法の動画はこちらと、目がイッちゃってる飲み手はこちら

・ちなみに、角砂糖に染み込ませて火を点けるやり方は、ヒル社(チェコのアブサン・メーカー)のセールスマンが1990年代後半に始めたそうです。アニスを使わないため白濁もなく対外的アッピールポイントが乏しかったチェコ製アブサンの販売促進のために、カフェ・ロワイヤルを真似て行なった様で、ボヘミアン・スタイルとかチェコ・スタイルとか呼ばれています。法規制以降に考案された、本来の伝統・風習や味覚向上とは関係の無い営業用パフォーマンスに過ぎませんが、見た目が面白く映画に使われたため有名になり定着してしまったのは最近の事です。でも、ジョニー・ディップ主演の奴なんか時代考証的に?だし、どうせならハートに火を付けて下さい。

・ハイ、「ハートに火を付けて/LIGHT MY FIRE」ときたら、このバンドですかね・・私が始めて買った外タレ(死語?)のレコードがドアーズのマトリックス・ライブ(1967年)海賊版でした。正規版がなかなか手に入らなかった大昔(70年代)の話です。後で知ったんですが初ライブだったらしく、ドロドロしたヤバいムードと幻聴感が満載で、超アシッドかつドン底ノワールな一枚です。この後に聞いた正規版の音は、スッキリまとまりすぎで物足りませんでした。この1967・マトリックス・ライブはCDでも何種か出ましたが、別マイクなのか、デジタル処理のやりすぎなのか、<大切な何か>が欠け落ちた×物です(20世紀以降の音楽を決定づけた<録音>というエフェクティブな魔術の、ある種の好例かと思います)。個人的にはドアーズはこの一枚があれば充分。彼らのリアルな存在感はこのアナログ海賊盤にしか入ってない!と断言しちゃってもいいくらい突出してると思います。それなのにコノ海賊版には肝心の「ハートに火を付けて」は入ってません、というオチなんですけど・・・

  
自分とシェフ所有の2枚しか見た事名無い海賊版と、永遠にお休み中のジム・モリソン

・ジムのロック的血脈を1%だけ継いでいると異様に評価の高いロック芸人でマリリン・マンソンという人がいます。演技の前にアブサンをボトル半分空けてからステージに臨むと豪語しているらしいですが、「今時のシナリオ・ロック・ショウなんだから酔っ払ってたら間違っちゃうよ。どうせバレバレなんだから2〜3本空けるぐらいの駄ボラは吹いて欲しいもんだ・・」と思うのは私だけでしょうか? (でも、マンソン・ブランドのアブサンが出てる様ですね。万が一、本当だったらマリリン・すまんソン・・・)

  

・今後のアブサン業界の発展を担う「LdF」の様な流通業者などは、このボヘミアン・スタイルに対しては拒否反応を示しており、Q&Aのページには「危険なだけでなく不快な焦げたキャラメル味が好きな人以外には、何一つ良い効果を与えません。」との記述があります。

Q : I've seen people setting fire to the sugar on their absinthe spoon before plunging it into their glass - is that traditional?

A : No!
The French certainly never did this in the 19th century - can you imagine the results of several tens of thousands of Frenchmen setting fire to their drinks during the Green Hour? There would not have been any cafes left standing in Paris!
This 'ritual' was created as a marketing stunt in the late 1990's and has been unfortunately accepted by many as an historical fact, especially after being incorporated into some modern films about the Belle Epoque. It does not increase any 'absinthe effects' and only serves to add an unpleasant burnt caramel taste to your drink. Your glass may also break apart due to the heat, and send flaming alcohol across your table or down your arm - so be warned!

・有力なアブサン・フォーラム「The Wormwood Society」などは、わざわざ「アブサン着火、反対」のロゴまで作ってアピールしています。フォーラムの投稿にも「幼稚なガキの遊びだよ!」とか「本当のアブサン好きなら、一回試したら恥ずかしくなるはず。オレはやった事ないよ!・・・ごめん、嘘です・・」とか「侮辱行為」とか、なにしろ超拒否ってますね。でも、ロゴのデザインはダサいと思いませんか?

'No Absinthe Burning' logo courtesy of Hiram: The Wormwood Society

・古典的作法のバリエーションとして、<グラス・イン・グラス>なる手法もありました。大きめのグラスの中に立てた小さなグラスにアブサンを入れ、水を注ぎ溢れさせると、大グラスにて乳白色の水割りの出来上がり・・・と、???な感じですが、手軽に出来る見た目の面白さで流行っただけのお遊びなんでしょうか?それとも日本人には分かりづらい、深い啓示が・・・んっ!<神霊の流出>を表現していると見えなくもないんじゃないですか?つまりヘルメス神秘学の教義を現出させた小宇宙を、自ら飲み干さんとする「壮大にして厳粛かつ神聖なる行為」ってこと?まさかね・・(<神霊の流出>についてはこちら

    
砂糖は使わないタイプの作法です。グラスの脚までお揃いでカワイイですね。

・神聖なる行為はさて置き、当店お勧めの飲み方はアブサン・ソーダ・フロートの「エンジェルズ・フォグ」です。氷入りの炭酸にアブサンを浮かして、スプ−ンを添えてお出しします。見た目の楽しさと初めての方でも(比較的)wellcomeな飲み易さがポイントです。残念ながらアイスクリームは乗ってませんよ・・・

アブサン・ビヤも気軽なトライにはいいかもしれませんね。ちょっとだけ濁る感じも気分ですし、強引な清涼感も魅力だと思います。

・スポーツ前のウォームアップを欠かさないタイプの方にはアブサン・カクテルをお勧めします。高級銘柄(ちょっとモッタイナイ気がするので)以外を、ソーダ、トニック、ジンジャエール、コーラ、オレンジジュースなどで割ってみるのは良いかも知れません。とっつき易いので最初から自然に楽しめると思います。「急がば廻れ」って言いますしね・・・

・一生に一度の体験としてお湯割りをお勧め?します。どんな感じかは御想像におまかせしますが、話の種にもなり、時折よみがえる○○な思い出の一つになるかもしれません。気に入られる方は極々少数なのは確実ですが・・・

<角砂糖はお使いになりますか?> 一番最初にお勧めしておきながら何ですが、伝統的な角砂糖を使った飲み方には少しだけ疑問があります。最初期のアブサンは嗜好品と言うよりは無加糖の薬用酒だったらしく、ハーブの自然な甘味のみで苦味が勝った味わいだったと思われます。復活後のアブサン銘柄は味のバランスをとるため加糖してある場合が多い(参照)ので充分に甘い銘柄が多く、角砂糖を加えると甘すぎになるのでは?とも思いますがどうでしょうか・・・こんな記述(参照)も見かけます。「Absinthe spoons aren't very useful anymore !(アブサンスプーンって、最近あんま使わなくねッ!)」

・ちなみに角砂糖は、1841年南部ボヘミアの砂糖工場の指導官によって発明されました。意外な事にチェコなんですね。後の1870年代にドイツで量産が可能になり、ヨーロッパに広まったそうです。ちょうどアブサンの大流行と足並みを揃えるようなタイミングで、そうとうオシャレなニュー・アイテム同士の組み合わせだったんでしょう。角砂糖自体の糖度は低く、不純物が混ざった雑味のある味わいだったかと想像されます。

・という事は、1880年代以降のベル・エポック・タイプ・アブサンと非精製角砂糖の組み合わせが正解?なんでしょうか。当初から、ペルノー社を筆頭に各大手アブサンメーカーも角砂糖の使用を大プッシュしており、当然の作法として定着した様です。世紀末アブサンのツヨン濃度についての記述はよく見かけますが、糖度については不明です。昔の食料事情を考えると、甘味に対する欲求が現代人より強かった事は確かかもしれません。下左は1910年に撮影された写真の一部ですが、大きい砂糖を3個も乗せてますね!

・専門店で売っているアブサン・シュガーは何が特別なのでしょうか?よく見るのは、普通の角砂糖を二分割したキャラメル型です。それを二個縦に並べ、オシャレな薄い紙に包んだドミノの様な形で売っています。普通の角砂糖一個の量では甘すぎる時には半分のサイズは意外と便利ですよ。形成時のプレス圧も弱めに設定されているそうで、水に溶け易いのも大きなポイントでしょう。でも、やっぱり専用のアブサン・シュガーを使ってるという小さな満足感があり、アブサン儀式がより楽しくなる事が最大の役割なのかもしれません。一回、10円しないくらいのサプライズです・・・用意してありますよ。

   

<はどれ位入れるの?> (もう一度同じイントロで失礼します。)一番最初にお勧めしておきながら何ですが、コレも又、難しい問題です。一言でいえば、カルピスを飲む時と同じ様に考えるのが分かりやすいのかも知れません。濃すぎるとうっとおしいし、薄いと物足らない・・本来は気軽な清涼アルコール飲料なので、元が濃い目にしてあると考えれば、思ったより薄めにするのが良いかも・・・ゴクゴク飲める感じをイメージしてみて下さい

・。フランス人の日常的アルコール濃度をワインが基準だと勝手に仮定すると(参照)、68度のアブサンは大雑把に5〜6倍の水が適当なのかもしれません。やはり、専用グラスは良く出来ていて、1doseに対してアブサン・グラス八分目までの水が適量なのではないでしょうか。メーカー・サイト上では3〜5倍を推奨している例が多い様に思います(例・ As a serving guide, mix with cold, still water at a ratio of 1 part absinthe to 2 to 5 parts water.)。

 ・しかし、当時とはアブサンを飲む理由や嗜好性が違うのも確かでしょう。アブサンに纏まつわる様々な逸話・妄想もツマミの内ですから、より強いインパクトを期待する方は濃い目で試されるのもOKですし、ストレートやロックで飲まれるのも、その方の自由です。今では、ロック専用の銘柄もありますしね。でも、標準的な濃度も試して頂きたいと思います。多分、その方がアブサン君が長く付き合ってくれるのではないでしょうか?そして徐々に体内アブサン因子が増加して、自然と濃い目方向に進んで行ってしまうんでしょうけど・・・

<アブサン・スプーン> 「角砂糖を乗っけてグラスに渡し、水でポタ溶とろかす為だけに作られた為、流用などは全く効かない」点が逆に愛らしい超キュートな専用器具です。多彩で魅力的なデザイン、レプリカ品の多さと手頃な価格、送料の激安ぶり(スプーンだけなら無料の海外サイトもあります)などが災いして、知らないうちに増殖?してしまう爆発キノコ系アイテムだと後で気付きます。しかし、時はすでに遅くスプーン・ホルダー(下右)の一つも(自然と)欲しくなってしまう・・・と云うジュテームな仕組みになっている様です。

・時代、地域、銘柄などで多くの異なる意匠を持ちますが、大まかには厚めの鋳物製(細首)と薄い平板製(平首)に分かれる様です。デザイン的には、ポピュラーなシャベル型(?)、丸いグリル型、先端にスプーン・ヘッドの付いた Cuilleres(スプーン)型に分かれます。下中央のコレクト・ボードの写真にグリル型5個、スプーン型が3本あり、後は全部シャベル型ですね(写真中の上列右から6本目と中列右から8本目などもグリル型の仲間に入れる場合もあるようですけど・・)。ちなみにスプーン型は背の高い大きめの「イースト(仏西部)・グラス」専用との事です。

  

・海外通販で入手し易いレプリカのアブサンスプーンですが、シルエットやプレスなどの忠実度には相当バラつきがあります。全体に厚みがある細首の鋳物スプーンを再現したレプリカは見た事がなく、形が同じでも平板のプレス(平首)で誤魔化しちゃってて「買ったが損」な気分ですよ・・・細工が難しいんでしょうか?(見た目が派手なシルバー製なんかより鋳物でレプリカして欲しいですね。)又、仕上げの良し悪しの差も激しくてガッカリする事も多いです。値段が同じくらいでも、淵の処理が雑で手を切りそうなダメダメ品からホレボレするような美品まであり、荷を解くまで分かりません。web上では判断するのは不可能なので、買ってみて一喜一憂するしか無い様です。ステンレス製は○×ですが、銅に上掛け(メッキ)した物なら安くても大方○です。しかし、工業廃液の規制でメッキ物は減少傾向にあるのは他のジャンルと同じな様です。


“ Les Losanges Etires”、全体に厚みのある鋳物製は細首で超キュート!レプリカ(右)はこんな感じに・・・

 
コレクター垂涎! 1900 World Expo model の“Grande Roue 1900”と、レアな “Absinthe Joanne” の本物・・・

・しかし、近年のアブサンは甘めの傾向が強く、角砂糖 が不要の銘柄が多くなったと思われます。という事は、本来の役割を果たすためのアブサンスプーンは出番が減ってきているのではないでしょうか?当店でも加水後の攪拌用にお出しする事が多いような気がします。(重複しますが)こんな記述(参照)も見かけます。「Absinthe spoons aren't very useful anymore !(アブサンスプーンって、最近あんま使わなくねッ!)」

<アブサン・グラス> グラスも素敵です。ベル・エポックの香り漂うエレガントなラインは堪りません。時代や地域や銘柄などで独自のデザインがあり、今の名称に反映しています。Pontarlier、CordonEast、Tarragona、Versailles、Perigord、Lonchamp、Barnoud、Bistrot Egg、Yvonne-styleBistrot Swirlなどは良く目にするスタイルです。底部にアブサン計量の目安になるマーキングや膨らみ(bubble部)やが付いているモノを総じて Reservoir glassと呼びます。底が丸くなってるタイプなんか「ココに例のヤツ入れとくんだぜ」って感じですね。正にアブサンを飲むためだけの形状がドス緑色の存在感をかもし出しノワール感ムンムンです。(1900年前後のアブサン・グラス・カタログはこちら。このページで各カタログの画像をクリックすると内容の一部が見れます。)


左から二番目は最も有名なタイプでポンタリオ・グラスと呼ばれます。(由来はこちら
(真ん中の写真をクリック!)


高すぎて(一万円超え)買えない憧れのSimon Pearce社グラス 達
(真ん中の写真をクリック!)

<アブサン・ソーサー> 専用の受け皿もあります。水をポタる時、スプーンを伝ってグラスの外に漏れるの受けるのにグラスの下に敷いて使います。水を逃がす溝が切ってありグラスの底に張り付かない様にもなっていて、使用後のスプーンを置いたりもします。値段が書いてあるのを見かけますが、アブサン一杯の値段を示していたそうで、飲み終わったら支払いを皿に乗せておく習慣だったそうです(回転寿司みたいですね)。でも1フランと4フランでは値段の差が大きいような気がします。4フランの皿(右端)は装飾もかわいいので高級銘柄用なんですかね?「1Franc75centimes, that was the bistro price for two glasses of Absinthe back in the 19th century.」との記述もありますが、店や銘柄によって値段が異なるのは当たり前ですもんね。レプリカのソーサーには1F25C表記が多いのでこれくらいが相場だったんでしょうか。

      
高すぎて(一万円前後)買えない当時のソーサー達、右端のオッサンは6杯目だって事ですね・・正に回転寿司 の風景です。

<アブサン・カラフェ/ピッチャー> アブサンを手動で楽しむには、水を適切に垂らせる専用カラフェやピッチャーは欠かせません。形状や口に工夫がしてあり、デザインも素敵ですね。

        

<アブサン・ティペット> ビストロやバーでアブサンを小分けして卓上に提供する為の"Topette"と呼ばれる容器です。2〜12杯分の様々なサイズがあり、お客さんが何杯分飲んだか分かるようになっているそうです。右のタイプは 25(or30)ml /Doseごとに括くびれがあり計量し易くなっていて、その形状から"ミシュラン君型"、つまり"Bibendum style topette"と呼ばれています。"Bouchon゛ とも呼ばれるようで、ガラス工芸が盛んなリヨンでは郷土料理を出す庶民的なレストランのことを指します。昔、 宿屋がレストランを兼ねていた頃には「 bouchon =馬用の藁の束」がお店の目印だったとかで、そこからの擬似形状由来名かもしれません。左のフラスコ・タイプにも計量出来るように薄っすらと目盛りが書いてあるのが分かりますか? (当店にあるのは1860〜90年のアンティ−ク、2doseと6doseです。両方とも"Bibendum style topette"で透明ガラス。緑色のは値段高すぎ・・・)

    

<アブサン・ファウンテン> アブサンを楽しむための本格派必須アイテムは、この給水器です。19世紀のパリのカフェでは大型の給水器を備え、人々が楽しそうにアブサンを酌み交わす姿が見られたそうです。ポタポタ垂れる水が少しずつアブサンを白濁させていく、なんとも錬金術的でクートな有様は、私達の幼心を刺激し引き付けて止みません。だからポタポタ垂らす用の専用器具、アブサン・ファウンテン(給水器)が欲しいです〜!

    
左から3番目なんかアブサンも注げる究極?のファウンテンですね。4番目は、一人用・・寂しいですか?あっ、2台ともチェコ脚ですね。

(ファウンテンでの作法の動画はこちら

・その後、ついに入手してしまいました・・・クスス!何をですって?ヴェルサント社のファウンテンをですよ!割と小ぶりの2口のヤツです。もちろん、ご希望の方には(忙しい時じゃなければ)お使いいただきますとも・・蓮根の「BREAD LINE」さん、ありがとうございます。しかも専用グラスまで同時入手ですから、喜びはひとしおで超ブラボー!です。(2009/5/17)

・さらに、ヨーロッパからの個人輸入に挑戦!もちろん、生まれて初めてなんです。しかし、そんなに上手く事が運ぶはずもなく、苦労の連続です・・こちらを御笑覧ください。

<アブサン・ブロウラー(brouilleur)/ドリッパー(dripper)> 大きくて取り回しの悪い給水器を使わずに、気軽に楽しくポタれないの?という御要望への回答が各種のブロウラー達です。(2)は日頃使いにピッタリのシンプルなタイプで、ディスペンサー(dispenser)とかファンネル(funnel/じょうご)などとも呼ばれています。グラスの上に置いて、氷や角砂糖などを入れて水を注ぐと勝手にポタり始めます。(4)にはチャンと砂糖を置く場所も作ってありますね。こんなコンパクトで粋な小道具には面白シビれずには居られませんよ。シンプルなモノから凝った構造のモノまであり、(1)のシーソー運動するヤツ( Oxygenee Cusenier Auto Verseur Brouilleur)なんかは遊び心満載で「ココまですんのかい!」って驚きますよ(動画はこちら)。「普通に水で割ればいいんじゃない?」なんて言いっこなしです。当時の人達が白濁を楽しむ為だけに考えた数々の工夫を無駄にしてはバチが当たります。当店には全てのタイプが用意してありますので、お試しいただけます。

1)2)3)4)

・(3)は ペルノー・タイプ(Perrenod Brouilleur)です。二通りの使い方が紹介されていました。グラスに冷水を入れ、器具でアブサンを注ぐ方法だと完全に混ざる様です。逆にグラスのアブサンに器具で冷水を注ぐと濁りにムラが出来て飲み口の変化を楽しめる、とか・・・あと、円盤部をひっくり返すことでストローの深さも換えられる様です。

<ナ、何じゃコリャ〜!> 謎の器具を発見しました。アブサン用パイプ状吸引具(Bonque)!らしいです。初めて見ました。どうやらアブサンを細い管でチューチュー吸うための専用アイテムらしくて、more fun! な体験ができるそうです。本当ですか?アランディアさん。昔からあったんですかね?真ん中のブツなんか二重構造だとかで謎が深まるばかりですよ・・・(後で判明したんですが、やっぱりチェコの作法だそうです。パイプ・ボウルにアブサンと氷を入れ、時を見計らって吸う・・と書いてありました。 Try it out, it is fun.!ですって・・くどい様ですが、本当ですか?)

    

<アブサン・トレイ> ベル・エポック期にビストロやカフェなどで使われてた金属製のトレイ(お盆)は、「重箱の隅」的な最終アイテムと言えるのではないでしょうか?真鍮(ブラス)に銀色のメッキが施されたズッシリと重いビストロトレイは、薄くて軽いステンレスやプラスティックに慣れきった私達に歴史の重み(我ながら大げさですね・・)を感じさせてくれます。このトレイにアブサン器具達をセッティングすると、かなりの"バッチリOKだぜ!GO!GO!"気分を呼び起こしてくれるんですね。トレイ外周の立ち上がりとアブサン・ソーサーの重なり加減の具合よさには、ちょっとだけ幸せを感じてしまいます(チリも積もれば山となりますから・・・)。

 

<偽物のアンティーク・アブサン・グッズ> やっぱり、あるんですね・・・愛好家を狙ったフェイクの数々・・・グローバルなオークション・サイトの eBay やフランスのフリーマーケット (flea markets)とかで個人出品されているアンティーク・アブサン・グッズの8割が偽物か偽造品(コピー)だそうです。前者は他用途品に法外な値段を付けて騙そうと(又は勘違い)した例で、確かにアブサン・グッズに見えなくもないですね。左から、香水用のディスペンサー、トマト・サーバー、オリーブオイル用ポット。珍しいアイテムとして高額なオファーをされていたんでしょうか?もちろん、規制以前のアブサンも偽造されています。(参照

  

<海外通販悲話> さんざん探しましたが国内で購入可能なアイテムは少なすぎで、何種かの×スプーンくらいしか入手できません。基本中の基本とも言えるアブサン・グラスすら用意できない状況では、せっかくの魅力的な作法の数々をお試し頂けないです。そしてカワイイ器具達を是非とも手元に、との個人的欲求(こっちがメイン?)も押さえ難くなってきました。恐る恐るトライした海外通販でしたが様々なトラブルに襲われ、見事コテンパンにやられました。とは言え命の危険がある訳でもなく、そのうち慣れてくるに違いありませんから、少しづつでも充実させていきます。この手のアイテムや作法が気になる方は御期待下さい。(各種アブサン・グッズの購入顛末はこちらです。)

  
ドイツからなのに、「ケ・セラ・セラ」な梱包で破壊された輸入アイテム達と私の悲しげな指です・・・

 

< 参考にしたサイト >  このページの記述にあたり参考にさせて頂いた主なサイトは以下の通りです。

 蓮根のホラー雑貨&バー「BREAD LINE」さんが主催する「蓮根アブサン協会」のサイトです。ここがキッカケでアブサンの底無し沼に足を踏み入れてしまいました。基本情報から具体情報まで網羅する、情熱にあふれた素晴らしいサイトです。ただでさえ御世話になっている上に、グラスとファウンテンまで「BREAD LINE」さん経由で入手させていただき、もう足を向けては眠れません。上のバナーをクリックして覗いてみましょう。

飲酒連 名古屋のサイトですが、2000年で停止している模様です。リバイバル・アブサンが登場した時期と一致するので、使命が終わったのでしょうか?入手困難な時期の事情や苦労話などは大変貴重で興味深いです。密造アブサンなどのテイスティングなども記載されていてワクワクしながら読みました。

 イギリスのモンスター・サイトです。リキュールの名門、Oxygenee/Cusenier社が運営していおり、「ヴァーチャル・アブサン博物館」の名に相応ふさわしい素晴らしさ!博物学の本場ならではの情熱と情報量には圧倒されて「開いた口が、又、塞がる」ほどの凄さですよ。フランス語だったら超メゲてるとこでしたが、ありがたい事に英語!だからってスラスラは読めませんけど・・・たまに覗いては「おっ!」と新発見しています。正にアブサンの迷宮・・・・又は、増築を重ねて迷路化した温泉宿状態で、以前に見たページが見つからないなんてよくあるくらいのグラマスク・サイトです。。その内容をマンマ本にしちゃった 『A Guide to the Lost World of Absinthe and La Fee Verte』と言うアブサン百貨辞典が2008年末に出版されました。

 

・「こんだけ語っといて、ドギーで飲めんのはこれだけかョ!」と思われますよね。ごめんなさい・・当店にてお出しできる正規輸入品は下の通りです。もし好評になったりしたら調子付いて増やしたりできると思いますので、<アブサン魂>にピンときた方、ナンカ良さそうと思った方、よろしく御願いします。

アブサン自体のアルコール度数は高いですが、水で割るので飲む時はワイン程度の度数になります。

銘柄名
産国
ツヨン濃度
ai%
 由来
 
ユニコーン
フランス
〜10ppm
60度
ミント香と甘みが強めで美しい色・気軽な楽しみ 
600円
カーマン
フランス
3ppm
60度
×
フランス産なのにキャンディー・タイプ・不思議ちゃん 
600円
カーマン・ブラック
フランス
3ppm
60度
×
ミント風味が強く、ドライな印象 
600円
ストロム (通称チェコ)
チェコ
〜10ppm
70度
×
m
意外とドライ、人工的な味わいが魅力のキュートなボヘミアン 
600円
アブサント・55
フランス
〜3ppm
55度
m

超弱ツヨンで安心の復活銘柄第一弾・街の安アブサン・・ 

700円
ヴェルサント
フランス
6〜7ppm
45度
m
本場での評価も高く、完成度も素晴らしいアニス系の良品です・甘め
700円
ユニコーンブラック
フランス
〜10ppm
60度
×
m
リコリス風味の個性派・別系統としてお勧め! 
700円
アブシント・バード
ブラジル
〜10ppm
70,2度
×
m
フルーティな味わいの変り種、甘めで飲み易い 
700円
ペルノー・アブサン
フランス
〜10ppm
68度
m
本家復活・・してないじゃん・・「昔の名前で出ています」的銘柄
800円
ハプスブルグ・ゴールド・ラベル
ニュージーランド
〜10ppm
89度
m
最強アタック!強い苦味と刺激感で特異な存在・ブルガリア系 
800円
ヴェルサント・ラ・ブランシェ
フランス
30〜33ppm
57度
d
アニス風味の強いプロヴァンスの白は、新しい美味しさです 
800円
アブサンティーン
フランス
0,4ppm
50度
m
上品でドライなアニス味、フォーション取り扱いも納得の高級パスティス?
800円
グランド・アブサント・69
フランス
〜10ppm
69度
d
来た〜!汚名返上のシルバースプーン受賞!この値段ならOKです・・(参照
800円
ヘルメス・58・黒ラベル
日本
58度
80年代の国産品は「なかなか、やる!」です・終売品 (参照
1000円
アン・エミル・68
フランス
〜10ppm
68度
d
フランス系の指標銘柄はポンタリオ産のコレ! (参照
1000円
アン・エミル・ラ・ブランシェ
フランス
〜10ppm
68度
d
微妙なツボを突いてLa Bleueを超えたか?傑作! (参照) 
1000円
キュプラー
スイス
〜10ppm
53度
d
La Bleueを感じるならコレ・本場スイスでのシェアNo,1! (参照
1000円
グランディスティーヌ
スイス
〜35ppm
53度
d
名実ともにトップ銘柄・新世代のホープ (参照
1200円
マリアンヌ
スイス
〜35ppm
55度
d
上銘柄のフランス仕様フェンネル抜き・殿堂入りのモンスター・終売に
1200円
P・F 1901 (Jade)
フランス
〜10ppm
68度
d
大火災以前のペルノー(OPF)を再現・決定版か?リッチ! (参照
1600円
V・S 1898 (Jade)
フランス
〜5ppm
65度
d
スイスの古跡 “C.F.Berger”を真剣再現・素晴らしいバランス! (参照
1600円
エドワー (Jade)
フランス
〜3ppm
72度
d
あの“ Edouard ”を真剣再現・エレガンス&パッション! (参照
1600円

が付いた銘柄は個人的に素晴らしいと思います。

・ツヨン濃度、 1ppm=0.0001%です。含有量非公表品もあり、とりあえず〜10ppmと表記してある銘柄もあります。

× は白濁しません  △ は 白濁が少なめです。

<m> はミックス&マチェアード法、<d > は蒸留法

 

左から、フランス(×3)、チェコ、フランス(×3)、ブラジル、フランス、オーストラリア、フランス(×2)、日本、スイスの銘柄達です。

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Manufacturer
Abtshof
Artez
Bairnsfather / Sebor
Baumgartner / eAbsinth
Bugnon / Artemisia
Cami
D. de Monforte Del Cid
D. del Penedes
D. et Dom. de Provence
Delis
Devoille
Distival
Fruko Schulz
Fuchs
Green Utopia
Guy / Pontarlier Anis
Helfrich
Hill's
Huguet / Lohmann
Kubler
L'or
La Rochere
La Vallesana
La Valote
Lehmann
Lemercier
Licores Sinc
Liquoristerie de Provence
Manguin
Mari Mayans
Matter-Luginbuhl
Montana
Nadal
Obsello Absenta
Pernod
Pernot
Persoz
Rauter
Schnapsmuseum Wien
Segarra
Slaur
Stromu
Trul
Ulex
Wild
Wine & Spirit
  

左から、北フランス(×2)、スイス、ドイツ、オーストリア、北フランス(×2)、スペイン、ドイツ、東フランスの銘柄達です(参照)。

 

「ダメ人間になっちゃう、ヤバイ酒なんでしょう?」 △ アブサンに限らず、度を越した酒飲みの方はアル中のダメ人間になやすいです。そして、ダメ人間になるための簡単なメゾットは沢山あり、より取り見取りの選び放題なのはご存知の通りです・・・・

「ラクの仲間だと思う」 △ アニス酒という括くくりに入れても問題がないアブサン銘柄がほとんどで、特にフランス産はその傾向が強いです。でも、特殊なスタンスのチェコ産銘柄の多くを筆頭にアニス未使用のアブサンは意外にあるので、限りなく×に近い△です。文化背景が異なる点を考慮すると、限りなく△に近い×かもしれません・・でも、両方とも未体験の方にはメダカとサンマくらいの差しかないので、同じ仲間に感じられるのは確実ですので○なんですかね。「両方とも細長い魚じゃん?」的にですけど・・・

「非合法で売ってないんじゃなかったっけ?」 × 今では国内で普通に売ってます。ウザッたい自主規制勧告ってヤツが邪魔して選択肢は少ないですが特定の銘柄なら楽天などでも珍しくはないです。でも、心からお勧めできるのは極々少数しかありません。海外からでしたら個人輸入で多彩な銘柄が購入できます。以前ですと、規制中やその影響が残っていた2000年位まででも非禁止国でなら入手は可能なはずでしたが、イリーガルなイメージがあった為か簡単ではなかったのも確かだったようです(参照)。日本では1980年代位まで黒ラベル(1,2代目)のヘルメス・アブサンがチャンとツヨン入りでガンバッていました(参照)から、「非合法じゃないけど売ってない」状態は20年弱はありました。3代目は××でしたけど・・・要するに、我が国にはヨーロッパ諸国の事情も及ばず、厳格に規制された事は無いので非合法だった時期は無いです。

「漫画の野球選手!酔っ払らわないと打てない酔拳みたいな人」 ×、その人は「あぶさん」です。景浦安武という人(キャラクター)です。

「ペルノーの濃いヤツでしょ?」 × パスティスだと勘違いされる事が多いアニス酒“ペルノー”と“ペルノー・アブサン”は別の物ですが、かなり近い存在なのも確かです。ラクよりは仲間度が高いかもしれません。しかし、<アブサンの魂>とも云えるニガヨモギが使われていない“ペルノー”をアブサンのエリアには一瞬たりとも置く事はできません。チョッとでも使ってれば話は別ですけど・・限りなくパスティスに近い存在ですが、“アブサンティーン”などはニガヨモギ使用なのでOKですよ。この銘柄はフォーションや ラフィアットなどの高級食材店でも扱っているほど上品な味わいで、穏やかなる個性派です。(ちなみに、看板が大きすぎる“ペルノー・アブサン”ですが、本場での評価は意外と芳かんばしくありません・・・)

「昔は芸術家専用酒だったらしいです」 × かつてのフランスなどでは愛飲者一万人の内、一人くらいは本物の芸術家がいたかもしれません。でも、アブサンの存在が芸術・文芸を愛でる人達を介して日本に知られたのも事実です。ですから、昔の日本国内に限り○かも知れません。専用酒っていうほど非芸術家?の人々と無縁だったかどうかは不明ですが・・・

「大丈夫?」 ○ 飲みすぎなければ大丈夫なのは他の酒類と一緒ですが、我々日本人にはクセ強く感じるアブサンを大量に飲むのは難しいと思います。ですから、アルコール被害的には超大丈夫なのは間違いありません。特有成分の<怪しげと思われているツヨン>に関しても、効用はありますが人体に害をなすには超微量すぎるので大丈夫です。タバコ、コーヒー、チョコレートなどの明らかに有害な食品と違い、逆に健康に良い要素(薬草類)の方が多いんですね。

「黄色く濁った変な匂いのヤツ・・・マズかったからもう飲まん」 その人にとっては◎、私には×、友人Bには△です。△の人が一番多いかも・・・・・白く濁るヤツや全く濁らないヤツもありますけど細かい事はいいか・・・アブサンの法的基準は定まっておらず、<アブサン>という名称を使用する際のツヨン濃度の上限だけが明確になっています(EU基準)。乱暴な言い方をすれば「無害な量のツヨンを含有する酒なら<アブサン>と称するのも可」って感じですか・・・・とは言え、充分な量の精油成分の溶解・保持のためには自然と45度以上のアルコール濃度が必要になる場合が多いので蒸留酒に限られるはずですが、ヴェルモットの位置づけが問題になってくるかも知れません。

「あ〜、知ってる、麻薬入りの酒でしょ」 × 前述の通り、有害成分は他の日常的な食品(例えば、ニンジン)と同じくらい微量で問題になりません。そもそも、人体に有害な成分が許容量を超えて含有されている酒が(少なくとも日本で)野放しになっている訳がありません(参照)。20世紀初頭の海外における禁制化も、「科学的根拠の薄いツヨンの有害イメージをスケープ・ゴードとした政治的陰謀による」との解釈が定説になっています(参照)。

「今日はφφしたくないからアブサンにしようかな」 ○ そうですね。φφしたくないなら飲むしかないっすね。どんな銘柄が御希望ですか?でもφφしたくないなんて変わった方ですね・・。有り得なくないっスか。

「西海隆子の歌集ですよね」 ◎ 西海隆子の第四歌集が「苦艾酒」です。 <刺すやうな苦艾酒(アブサン)くだりゆき下りうつとり遊べ爪の先まで>と詠んでいます。<刺すような>の言入こといりから、水で薄めずにストレートで飲んだのかな?と思ってしまいました。そして、<苦艾酒(アブサン)>を西洋的美意識の象徴と解釈すれば分かりやすいな・・とも思ってしまいました。遠い日本で薄めて飲んでる場合じゃないんだよ・・・って事なんでしょうか?

「えっ!あるんすか?レモンハートのマスターも見つけられなかったのに・・本当に本物?」 ? 本物の基準によります。100年程前の疑いようの無い本物、“ Vintage Absinthe from the Pre-ban Era”は置いて無いです・・ハンパない値段(1杯10万円くらい?)になりますから。規制解除後のアブサン(本物?)は1杯600円からありますけど・・・レモンハートのマスターが探していた頃は、かなり難しかったんでしょうね。そこで日本の旧ヘルメス・アブサンが登場したんじゃぁネーム(漫画の筋書き)も通りませんしね(参照)。

「だいたい何杯くらい飲めば飛べるんですか?」 × ツヨン成分などのドラッグ的効果を期待するなら、一度に400本飲まなければなりません。つまり、少なく見積もっても6000杯以上ですから間違いなく無理ですね(参照)。一杯600円の銘柄を選んでも、360万円程掛かってしまいますからチョッと高いんじゃないですか?だから、×です・・

「確か太宰や安吾や朔太郎が飲んでたんだよな」 ? 彼らがアブサンという存在に憧れていたのは確かなんでしょうが、本当に飲んだかどうかは不明だと思います。ほんの少しだけヒネクレ者の私は、「日本のギター弾きの人達が大事にしがちな<ブルース魂>みたいなモン?」と、思ってしまいます。他人のフンドシ(DNA)なんですけどね・・・ちなみに、<ブルース好き>の白人1,000人に対して、<ブルース好き>の黒人は1人くらいだそうです。この、いかにもイイカゲンそうなデータでの<ブルース好き>の基準は、ブルースのレコードやCDを最低でも100枚所有している事だそうですが、個人的にオーティス・クレイやスティーブ・レイボーンなんかはカウントして欲しくない!それより、どうやって調べたのか教えて欲しいですね。でも、<ブルース好き>の黒人の数は我が国の<純日本音楽好き>よりは圧倒的に多いのは疑いようがありません。

「例のヤツ?マジっ!」 ◎ そっ、例のヤツです。マジです。マジ、マジ・・・

「ほかの人から見える所で堂々と飲んでもいいの?」 ◎ 全然OKです・・・非合法じゃないし・・・きっと、誰も見てないし・・・まさか、20歳以下って事じゃないですよね?絶対にそうは見えませんから・・・

「自殺行為でしょ、やっぱコレは」 × さほどでもないでしょ、コレは・・・肉汁滴るステーキや大トロの方がヤバいんじゃないですか?コレステロールはツヨンなんかよりも百倍有害だと思います。「人間は体に悪いモノにこそ快楽を見出す」との正しそうな定理を前提にすれば、生理的幸せを求めて生きる事自体がユルやかな自殺行為って事ですから、美味しいモノが大好きな人は「ただ今、自殺進行中」ですよ・・・つまり、漫画の『美味しんぼ』は『自殺んぼ(チョッとつまんないけど、まっ、いいか)』って事になります。

「こんなの普通に飲むなんて、フランス人の舌は絶対おかしい」 ? ニンジンを普通に食うなんて、君の舌もおかしい!それに、納豆君とかクサヤ君とかパクチー君達の立場はどうなるんですか!フランス人の自由なんですから、人の事は放っといた方が世界平和の一助となります。自分と異なる価値観を無闇に否定する事はファシズムの一助となります。でも、極端に狭い視野が故に生き方が強く見えてしまう人達が、やけに幸せそうに見えるのは何故なんでしょうね?やはり、人間の有り様は理屈で成り立つほどには単純ではありません・・・

「村松友視のエッセー集の題名だったような・・」 ○ 「アブサン物語」と「帰ってきたアブサン」ですね。会った事のない猫の名だし、あんまり面白くなかった様な気がします・・・猫は好きなんですけどねぇ・・・犬も大好きです・・・でも話だけじゃねぇ・・・

「へぇ〜、コレがそうなんだ、へぇ〜、スッゲー、へぇ〜」 ◎ 3ヘェ〜ですね・・・そう、コレがそうなんですよ〜

「緑色のシャトリューズにブレンドする酒だって青山のバーで聞いたことある」 × んな訳ないっしょ・・とんでもないデマカセか、勘違いですね。昔の口コミ情報のレベルはそんな感じでした・・・それにしても、伝統的なバーの存在意義が問われ始めています。珍しいお酒も精細な情報もネットでの入手が容易な時代に、バーテンの圧倒的だった優位性が失われつつあります。伝統や雰囲気だけでは生き残れません。どうしましょう・・あっ、当店は伝統的なバーじゃなかったですね。カウンターもないし・・・

「火つけて飲むお酒」 △チェコ産に関してはそんな飲み方もありますね・・・どうせなら、「ハートに火をつけて」ください・・(あっ、ネタのリサイクルだ!)当店にはカウンターが無く安全管理が不安なので行っておりません。ごめんなさい。やっぱり、火ですから・・・他の楽しい作法が用意してありますから、そちらでお楽しみください。ちなみに、世界的にはこんな扱いを受けていたりもします。

「ゴッホが耳切ったり自殺した時、コレ飲んでたんだよね」 ? ゴッホはワイン狂だったそうで、本当のところは不明です・・たぶん、「人は真実や事実などよりも面白そうで楽しい話の方を重視する」という否定できない法則の一例にすぎないかと思われます(参照)。

「『人間失格』で飲みながら悩んでた酒」 △ 確かに登場しますが、飲みながら悩んではいなかったと思います。たぶん・・・そういえば映画化される様ですが、アブサンについて映画製作会社からの問い合わせがありました。「昔の本物を入手する事は可能ですか?」との電話です。黒澤監督みたいな人が回していて、リアリティーを出すために撮影で使うんですかね。その辺に詳しい「BREAD LINE」さんを紹介したんですが、どうなったんでしょうか。ちなみに主演の若手男優?は長年付き合いのある友人Bの知り合いの息子さんだった事が判明し、チョッと驚いたのは最近の事です。

「何かが変わっちゃいますかね?」 × アブサン経験者の烙印を押されてしまいますが、(残念ながら)後ろ指を差されたり、社会から爪弾つまはじきにはしてくれません。その後の人生にも全く変わりはありませんが、<チョッと変わったヤツ>だとか<スノッブでお洒落な人>とかのイタい勘違いをされる可能性は充分にあります。そんなショボ臭いレッテルを貼られたら取り返しがつきませんので、その点だけはお気を付け下さい。

「ほかのと全然違う酔い方するから覚悟して」 ○ もともと薬用酒なので体に良い酔い方をしちゃうかもしれません。キング・オブ・ハーブ・リキュールとも言えるアブサンですから、ハーブ類の含有成分(参照)の効用でポワ〜ッとしたユルい感じで酔うのは確かです。でも、何を覚悟しなきゃなのかは?ですけど・・・こんなセリフの後に「ねっ、マスター」と同意を求められても、跳ばしすぎで落し所が微妙になったら苦労しますから返答に困りました・・・

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