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from the death of Buddha to Bob Marley
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2012年5月24日Thursday 晴れ
来客あり。
富士市から先祖のことを尋ねて佐田さん夫婦来山。小林家から継承する者のなくなった佐田家の戸主となったようだが、どこの佐田と縁があるのかはわからなかった。過去帳には、昭和35年に親族の50回忌にこの寺を訪れたことが祖父によって記されているが、個人の名前もわからず。「はつがしら」に虫という漢字が戒名に使われているのだが調べたがこんな漢字は出てこないし、見つけることができない。100年前のことなどもう調べようもない。ただ、いくつかのヒントになりそうなことをお二人が調べてきてくれたので、こちらもそれに対しての情報を教えて差し上げた。檀家数などを聞かれ応えると、「どうして維持してますか?」と問われ、サラリーマンを父も僕もしながら護持してきたと話すと、驚いたような表情を見せてはいたが。もうこういう会話には少し飽きてきた。暑い日。草刈り作業などで腰が疲れているので、午後3時過ぎから1時間半ほど境内の草を刈った。次から次に刈りたい場所が出てくる。草の伸びる時期だ。

2012年5月23日Wednesday 晴れ
暑い日になる。
だんだんと暑くなっていいわけだ。5月ももう後半だ。10時過ぎに台所の改修工事の件で、請負業者がそれぞれの仕事の受け持ち業者を連れて見に来る。電気・配管・大工さん。もう大分年月が経過しているので直したい箇所が増えてしまう。庫裏の上がり框も思い切って床板を張り替えてもらうことにした。囲炉裏が残っているのだが、この後これを使うことはもう考えられない。僕自身もこれを使った生活は経験していない。台所とフラットになるよう張り替えてもらうこととした。経費はまあある程度はかかってしまうことになるだろうが、僕も女房も、家を新築するようなことが僕らには必要ないので、これに注ぎ込んでもいいかなと考えている。仮に寺を退くことになっても、どこか別の小さな寺とか、公営住宅に住んでもかまわないという考えも持っている。
午後2時半ごろから本堂の裏を草刈り。アジサイが大きく育ってきた。小さな(密かな)緑化計画の賜物だ。花の時期が待ち遠しい。メダカの孵化続く。

2012年5月22日Tuesday くもり
のんびりと過ごす。
今日は天候が悪く雨も降ったり。墓地の草刈り後の草を燃すにはちょうどいい日だったので午前中精を出す。大峰山に行くので、地下足袋を慣らしておこうと履いて作業する。風も穏やかで、陽射しもなく体を動かすのも気持ちがいい。11時を過ぎてポツポツと雨が落ちてきたが大したことはなく、頭で描いた作業は終了。庫裏に戻ると電話が鳴るのでとる。富士市の方から自分たちの先祖がこの寺に関係があるのではないかと問い合わせがある。FAXで先方の情報を送ってもらい午後はそれを調べる。祖父の残した過去帳の中に尋ねたい人の名前を見つけることができた。一応わかったということだけ夕方連絡する。明後日午前中に寺に来るとのこと。

2012年5月21日Monday 晴れ
旅行二日目。
金環日食のある朝。7時半前に朝食会場へ行く。日食が始まっている。外は少しずつ薄暗くなってくる。ホテルからは明日オープンとなるスカイツリーが大きく見える。9時ホテルを出る。築地で昼食。以下に僕はあまり歩いたことがないのかということを実感する。葛飾柴又も築地も初めての場所であった。月曜だというのに賑わいは田舎に日中外に人を見かけることのない場所に住む僕には「まるで今日は休日か?」と思えてしまう。軒を並べて並ぶ食堂はどこもみな旨そう。僕らの昼食は寿司。寿司食いながら八海山呑む。今日は今日で飲める。午後、大江戸温泉物語という風呂へ行く。こういう場所も初めての体験。館内はどちらかというと若者のほうが多い。外国人客も多い。集合時間の1時間前に再び風呂に入り汗をかく。高速の事故の影響で1時間ほど予定時間を超えたが無事帰還。下山のラーメン屋で反省会。ここまできっちりとやれば申し分なし。消防団の旅行の王道を見させてもらって大満足。土産も何もなしで手ぶらで帰る。

2012年5月20日Sunday 晴れ
旅行。
10年振りぐらいになるだろうか?地元の消防の旅行に参加させてもらった。7時出発。もちろん5時前に起きてお勤めは済ませる。朝食も摂る。宿泊先が浅草なので時間的ゆとりは十分にある。13人参加。行けなくなった部員もいるようだ。乗り込めばさっそく乾杯で朝ビール。天気は上々。まず葛飾柴又へ。寅さん記念館を見学してその後老舗のうなぎ屋で昼食。三社祭の最終日で混雑する浅草のホテルへは午後1時半前に到着しチェックイン。いまの時代は大部屋ではなくすべて個室。6時の夕食時間集合まで自由行動。調べてあった下谷までの地図を見ながら歩く。歌人福島泰樹の寺(法昌寺)が目的。「めいわくかけてありがとう。たこ八郎」と刻まれたたこ地蔵、その隣に「虚無への供物」中井英夫供養塔。先月亡くなった公康君は中井英夫の最後の書生であった。中井氏もあの世で公康の死を悼んでおられるかもしれない。夏の日、中井氏の留守宅を預かる公康に同行して氏の家を訪ねた。風呂に入れてもらったように記憶している。寺の裏の墓地に回ると、思いがけず「立松和平之墓」と出会う。ここに建立されていたとは知らなかった。かねてから訪ねたいと思っていた思いがやっとかなった。その後神田に出て街を散策し、長時間歩きながらホテルに戻った。三社祭は、神輿の担ぎ手も半端ではない人数。体中に彫り物をした若者は、締めこみ一丁で腕組みしてカメラの被写体となることを誇っていた。夕食は浅草の天ぷら屋。その後二次会。そして僕はホテルへ戻る。

2012年5月19日Saturday 晴れ
システム・キッチン。
午前中システム・キッチンの展示場へ行く。台所に手を入れようと計画した。まあこれは女房の希望がほぼ全部なのだが。展示場へ行くと最新式のキッチンがいくつも展示されていて目移りしてしまう。でもあらかじめお願いしたい業者に我が家の台所を見てもらってあったので、2案が作ってあったのでそれをもとにさらに検討した。2時間ほどかけて女房の希望を十分に採用してもらった。僕たち家族が寺にこの先何年居られるか、ずっと居ることになるのかわからないけど、これまで切り盛りしてきてくれた女房への感謝でもある。これが成ると、オール電化ということになり、ガスは不要になる。長く利用した地元のガス屋さんには申し訳ないが。これも時代の流れで仕方がない。帰り母を訪ねる。先月の利用料を支払い上の階に上がるとちょうど昼食の最中だった。大分施設の毎日にも慣れたようで、特に帰りたいという言葉はなかった。起伏のある感情も少しずつ希薄になっていくということなのだろうか?夜、八日市の決算報告会ある。

2012年5月18日Friday 晴れ
一日の仕事を終えて、缶ビールぐびっとやったら地震だ。
夕のお勤めを終えて、テレビをつけたら大相撲中継で地震情報を伝えていた。そしたらすぐにここにも来た。書棚のガラスが震え、蛍光灯の傘の紐が揺れた。震源は茨城との事だ。
墓地の草刈り第一弾終了ってとこだ。午前中残りを刈って、午後は早くから雑木などを切ったり、刈り草を燃したり。今日は午後ずっと作業していたので疲れた。まあそれでも外は気持ちがいい。メダカも今日またかなり孵化した。畑にほったらかしのイチゴが数日前から採れ始めた。畑で熟したものを採ればそれはそれなりに甘かったりするのだ。

2012年5月17日Thursday 晴れ
メダカ孵化進む。
今日もまた何匹か孵化した。写真を撮りたいのだが、如何にせん小さすぎる。これからの季節、気温が上昇してくれば、これからもっともっと採卵できてたくさんのメダカが育つのではないか。眺めていると時間の経つのを忘れる。午前中と夕方に近い1時間ほど墓地の草刈り。明日ももう少し残っている。草を刈りながらいろいろなことを考えるのが楽しい。11時の鐘を撞いてから飯富病院にT兄ちゃんを訪ねた。毎日でも行けるのだが、寺のことなどもしているとついつい行きそびれてしまう。ベッドに横たわる兄は小康状態といえるだろう。付き添う姉さんの話を少し聞いてやったりしながら昼前に帰ってきた。昼食後ごろんとなって本を読むもすぐ眠くなってしまう。それでも梁石日読んでしまう。読ませてくれるなぁと言うぐらい面白い。引き込まれて本を閉じれなくなってしまうのだ。昼休みが1時間あっただけの勤めと違って、午後暑ければ体を休めていられるのは、とてもありがたいことだと思い始めている。

2012年5月16日Wednesday 晴れ
メダカやっと孵化。
4月の末からだから結構日数がかかったが、やっと今日メダカが孵化した。暖かい日や寒いと感じる日が交互にあったりしたので、孵化するまでに時間がかかったのかもしれない。ここ数日水温が低いので、陽の当たる場所に水槽を置いたりして孵化を促していた。水槽といっても特別なものではなく、洗面器やプランターなどだ。10匹余りが孵化した。明日にはもう少し孵ると思う。昨日雨だったので、草刈りの続きを7時半前から始めた。10時過ぎまでして着替えて11時に葬祭ホールに向かう。正午から宝竜寺の葬儀の助法。夏の衣でも葬儀の1時間の間に汗が流れた。正午からの葬儀を僕もしたことがあるが、この時間からだと昼食を用意しなくて済む。少し我慢して1時過ぎには初七日が始められる。経費の削減につながるはずだ。実際昼食を摂ってから1時間ちょっとで初七日の膳についても、豪華なもてなしを前に、ほとんど食べられなかったりすることが多い。僕と叔父は、持ち帰りの料理をいただいて帰り、帰ってから食事をした。帰り、新早川橋の気温計は27度だった。3時半過ぎから草刈りの続きを30分ほどしていると、隣りの兄が誘いに来た。きゃらぶきを午後から煮ていたとのことで、冷えたビール飲みながらその味と食感と季節を味わった。本山から大峰山花供入峰の案内が来たので、行藏院のご住職に通知をメールで送って申し込みをお願いした。

2012年5月15日Tuesday
寒い。
大降りではないが一日しとしとと雨になる。肌寒く感じる。図書館に行く。3人ほどいたがやはり平日の午前中は利用者も少ないようだ。新潮、中央公論の5月号と、他2冊の単行本を借りる。読みかけの梁石日は午後急ぎ読み進め3分の2を終えた。並行して、新潮掲載の綿矢りさ/ひらいても読み始めた。中央公論は、特集記事中、村薫「だからわたくしは仏教に期待する」を読みたかった。雨だったので、今日の午後はのんびりと読書もはかどった。
メールで、役場の広報担当から、「広報みのぶ」の表紙に祭典の火渡りの写真を使いたいがいいだろうかと相談された。ちょうど返事しようかと思っていたところへ直接担当から電話がかかってきたので、了解の返事する。その後、原小の先生から、夏休み中の教職員の研修に大聖寺を拝観して説明を受けたいとの電話があり、こちらも引き受ける。

2012年5月14日Monday 晴れ
草刈る。
墓地の今日は主に竹林周りの草を刈る。とても一日では刈りきれない。まあ焦らずに時間はたっぷりあるのでのんびりとやる。朝8時前から11時半まで刈る。頭を刈って昼食。3時半から5時まで続きをする。これで十分に働いた一日が終わる。明日は雨らしい。午後からは湿り気を帯びた風が強く吹いた。お昼前に宝竜寺から電話あり、16日の葬儀の助法を頼まれる。梁石日/冬の陽炎読み始める。明日雨なら休養日だ。

2012年5月13日Sunday 晴れ
快晴。
11時から佐田正さん宅の屋敷神の祭事。天気も良く汗ばむ天気。午前中は風も凪いでいたので、外の祠の前で20分ほど読経。法螺貝も気持ちよく鳴る。たくさんのお土産をいただいて戻る。3人で梅平のあずみのへ。さすがに日曜の昼なんで店は混んでいた。のど越しのいい冷たいもりそばを大盛りでいただく。満足。娘と女房は冷たいキノコそばで。亡くなったマスターのこだわりだったのだろうか、ここのお手拭はミント入りで手を拭いても顔を拭いても爽快感がある。ミント入りのお手拭には僕はここ以外では使ったことがない。昨日作った部屋の窓辺のカーテンを作り替える。今度はとてもよくできた。この夏を涼しく乗り切れそうだ。

2012年5月12日Saturday 晴れ
なかなかメダカは。
午前中はのんびり。なかなかメダカの卵が孵化しないので外の水温の上がる場所に出してやった。孵化しそうなものがいくつか見られた。ボウフラを見つけて与えると飛びつくように争って食べる。生餌に勝るものはないのかも。極小の蜘蛛なども水面に落とすとぱくつく。メダカの口の中に入れられそうな生き物なら何でもいいのかもしれない。僕らの部屋の外にも今年は緑のカーテンを施してみることにした。一応張ってみたのだが、もう一つ網を買ってきたほうがよさそうだ。

2012年5月11日Friday くもり
登山。
山登りではない。本山である醍醐寺に登山(とさん)することである。天候が悪い。7時半過ぎに宿を出ると少し雨が舞っていたが、傘が要るほどではない。京都駅へ出て地下街で朝食。朝カレーを食う。醍醐寺直通のバスがあるというので8時半にそれに乗る。所要時間ちょうど30分。バスは醍醐寺が終点で、駐車場で展開する仕組みになっていた。ただ本数が少ない。300円。でもこれは確かに便利。地下鉄で行くと15分ほど歩かなければならない。10時からの会議なので、そのまま境内を散策する。京都と山梨は大分離れていて、ちょくちょく来ることはできないが、やっぱり本山である醍醐寺が僕は好きだ。6月また花供入峰の折に来ることになる。10時から全国宗務所長会議。10時から始まり、11時40分から午後1時まで昼食休憩で、終了が午後2時15分。会議そのものは正味3時間ほどのもの。記念撮影をして僕は帰る。乗りたい新幹線の時刻に間に合うようなバスがないので仕方なく歩いて地下鉄から山科に出て京都駅へ。修学旅行を終えた中学生と思われる団体が、通路の中央にいくつも列をなして座り込んで指示待ちをしていた。そういえば、去年は大震災があり、京都あたりも外国人観光客なんかは激減だったようで、叶屋も客が少なかったらしいが、今年は先週のゴールデンウィークまでものすごく忙しかったらしい。町を歩いていても、大きな荷物を背負った外国の若者、中年夫婦などをもたくさん見かけた。去年は暑い日だったけど、今年は最後まで晴れ間がのぞくことはなかったのがちょっと残念。三宝院の店で念珠を買う。帰りの新幹線と身延線。本(山を走る女/津島佑子)読みながらずっとGRATEFUL DEAD聴く。これもまた、あーいいなぁと深く深く感じ入った。

2012年5月10日Thursday 晴れ
上洛。
真言宗醍醐派全国宗務所長会議のため上洛。午後1時過ぎ京都駅着。駅ビルで寿司ランチ、生ビール。やっぱ生はきめ細かくてうまいなぁと改めて思う。今日は何もなく、西陣の叶屋泊なので、ぶらぶらと散策しながら上京区の宿まで歩きとおした。中古CDやを覗き、川崎燎とTRISTAN HONSINGERのアルバムを買う。川崎燎は大学時代にレコードを持っていたけど、最近は聞いたことがない。後で聞くのが楽しみ。二条城のお堀端を歩いていると和美ちゃんから電話がかかってくる。出ると、予算書のことで教えてほしいという。「人件費分を引いてあるのかもしれない」などと適当に答えるとそれがどんぴしゃり。「今京都に来てるんですよ」と付け加えて切る。サンデー毎日人は気楽でいい。叶屋の近くで不覚にも道に迷う。が、不思議なもので、たまたま出た歩道で後ろから「石田さん」と声かけられる。宿の主人が自転車に乗って僕を認めて声かけてくれた。6時から近くのうどんと惣菜の店で昨年同様飲む。それから銭湯にもいく。空いていてゆっくりと風呂に入る。寝る。

2012年5月9日Wednesday くもり
今日は天気が崩れた。
曇りで、雨もぱらついた。畑の苗にはいい雨だったと思う。トマトの苗床に支柱を立てた。京都行きの準備をした。電車の時刻、着替え、音楽、本など。雨は向こうは大丈夫のようだ。
音楽を取り込むために、Internet Archiveを見たら、Acid Mothers Templeの4月、5月のアメリカ、カナダツアーのライブ音源がたくさんアップしてあったので早速DL。オー久しぶり。これで新幹線で楽しみながら本が読める。京都行きも特段見て回りたいところもない。どうせ一泊だし、叶屋に泊まるので、去年と同じように銭湯に行きたいと思うぐらいだ。銭湯、実にいい心地だった。

2012年5月8日Tuesday 晴れ
畑する。
ガソリンも買ってきたし、苗も昨日少し買ってきたので、午前中畑を耕す。何も耕作していないので表面は堅いが、何度か管理機を往復するうちに少しずつ深くやわらかになっていくのが気持ちよかった。野菜作りのことなど何もわからないが、昨日たまたま苗物を選んでいるときに、僕が手にしたキュウリの苗が「地這いキュウリ」だった。隣りにいた夫婦が、土地が広いところは「地這い」がいいんだよねという。いまのキュウリは棚を組んで地上に生らせるのだが、これはカボチャやスイカのように地に這わせておけばいいらしい。何となく楽そうなので「地這いキュウリ」を買った。昼食後にまた少し耕して苗を自己流に植えた。もう5時に近く、そろそろ家に入って夕のお勤めをと思っていたところへ、缶ビール片手に隣りの兄が一息入れようと誘いに来た。缶ビールと焼酎の湯割りを飲みながら1時間ほどのんびりと会話しながら過ごした。彼曰く「サンデー毎日」なのだそうだ。でも畑があるから楽しいという。僕もこれから畑のことが楽しくなれるだろうか。昨日猿が来ていたことを二人とも知っていた。猿除けを施すことは今のところ僕の頭にはない。

2012年5月7日Monday 晴れ
母はエレベーターの前に立っていた。
午前中身延駅へ京都行の切符を買いに行く。帰りにコメリによると大変混んでいた。お客さんは皆中高年者で、そのほとんどが苗物を買っているのだった。季節が良くなって皆さん畑に作物を作ることに心躍っているということだ。残りの網戸を入れてしまう。これで夏の準備よし。午後母に会いに行く。女房とエレベータで3階に上がると、開くと目の前に母の顔があった。予感がなかったわけでもないのだが、まさかエレベーターの前に立っているとは。どうも一日の大半をエレベーターの前に立っているらしい。何度か下の階へも降りてしまっているようで、ブラックリストに早速入ったようで、エレベーターの中には新しく貼り紙がしてあった。「面会者の上がってくるエレベータに乗ってしまう方がいますのでご注意ください」みたいなことが書いてあった。ずっと一日立っているということではないようだ。食事やれレクリェーションの時間などは皆さんと一緒にできているようだが、結局自由時間はほかに集中するもの興味のあるものがなく、外に出て歩きたいという気持ちだけが強く、エレベーターの前でそのチャンスを伺っているということなのだ。僕らが帰るときも、連れて帰ってくれとせがむようなこともなく、これはこれで仕方ないことと受け止めてくれているようだ。まあ一安心。

2012年5月6日Sunday くもり
変な天候だ。
昨日は一日夏の日で、風も穏やかで爽やかだったけれど、今日は、9時過ぎくらいから急に風が強まってきて、強い風や午後からは雷が鳴って強い雨になった。昨日の葬儀がこんなだったら外は大変だった。客殿と庫裏には網戸を入れた。甲府の柳沢夫妻来山。旦那はメダカに興味津々。増えたら分けてやろうかなと思う。僕もメダカを見ていると時間を忘れる。3人で病院のT兄を見舞う。日曜なので2人の息子がお姉さんに代わって病室にいた。中野夫妻は東京からすでに病院に来ていた。昨日の夕に見舞ったときは、あまり本人に呼びかけても反応は感じられなかったが、今日は確かな反応があり、声も「うんうん」とかはっきりとこちらの呼びかけに対してあった。本人は意識がしっかりしていて病気と闘っているのだ。僕は僕の祈りを続けていくしかない。

2012年5月5日Saturday 晴れ
こどもの日を葬儀。
朝から抜けるようないい天気。新緑の5月。鯉のぼりもある。こどもの日なのだからこうでなくちゃならない。僕は一日高松家の葬儀。出棺のために8時半に当屋へ。9時15分から火葬。11時前に寺に戻る。大勢の葬儀社の人たちがそれぞれの役割のために準備している。立夏なのだ今日は。不動寺親子正午過ぎに到着して打ち合わせ。今日はもう夏の衣で。午後1時から葬儀。前夜の通夜への会葬者が多かったようで、連休の昼の会葬者は少なかったのかもしれない。終えて、墓地へ納骨も済ませる。隣りの集会所で初七日。経を上げ法話をしてお斎き。暑くてまずビールいただき、その後冷酒。1時間ほどで終え戻る。葬儀社の片付けも終えていた。女性のスタッフが多いとトイレの仲間で気配りがある。スリッパもきれいに揃えられ、トイレットペーパーも引き出しやすいように三角に折ってくれてあった、さすが。今日は葬儀だけでは済まなかった。
身延のT兄ちゃんを女房と病院に見舞う。3月末に退職のあいさつに家に寄ると、台所でしっかりと会話ができていたのに、ベッドに横たわる人はその人とは別人のようになってしまっていた。お姉さんからこの一ヶ月の経過を聞く。油断のならない状況にある。勤めを辞めた4月もなんだか忙しく終わったのだけど、5月の始まりもまた、何かを予感させるような始まりになっている。

2012年5月4日Friday 晴れ
通夜。
5時少しぐらい前から1時間余り集中豪雨がある。ものすごい雨が降って流れた。今日天気がよくなることもわかっていたし、雨の降りも少し弱くなってきた頃には東の空が明るくなってきていたが、墓地や伽藍の周りの溝などを見て回った。通夜と本葬の準備に葬儀社が来ることになっていたので、早くやんで陽が出て欲しかった。墓地に行ったときにあまりにも草が出ているので、これが道端だけでも刈らなければならんなと、朝食の後30分ほど草刈り機を振るう。汗をかいてそのまま庫裏の風呂場で頭を刈る。諷誦文と戒名のお話などの仕上げが残っていた。やがて葬儀社が来てテント張りなどの外の準備を始める。Fくんはもうかなりこの寺での葬儀に慣れているのでありがたい。自分のこと、葬儀の会場作りのことなど平行しながら午前中で何とか終わる。昼食を終えたとき外に2人の男女の姿が見えた。直子さんと公威君。公康の葬儀から一週間が過ぎて、2人で僕を訪ねてくれた。公威君の所作や声は公康を生き写しだ。女房は話しながら涙ぐんだ。慌しく話し墓参にいくのだと帰っていった。3時から当屋で納棺。夏のような暑さになる。夏衣着用だ。6時から通夜。寺に大勢の人が着てくれるのはうれしい。これが寺の存在するという本来の姿だ。手際よく葬儀社の皆さん後片付けして「また明日」とお帰りになる。夜、洞川の西浦清六商店から、大峰山行き用に頼んだものの件で丁寧な電話いただく。

2012年5月3日Thursday くもり
葬儀になる。
雨なので少しゆっくり起きてのんびり過ごそうかと思っていた。7時ちょうどに電話が鳴る。檀家のTさんからで、「今朝6時半頃に親父が亡くなった。病院から帰ったところでまた連絡を入れるのでよろしく頼む」と。さあ、頭を切り替えて急ぎ飯幡を書いたり、この後の流れを想像してみたりした。Tさんからは「寺(を会場として)で葬儀をしてもらいたい」と伝えられた。お祭りの後片付けが昨日あたりでやっとひと段落した。よかった。客殿の障子は外しておいてもよかったようなもんだと思ったり。そうこうするうちに再び電話があり、「今帰ったので枕経と打ち合わせに来てください」と。傘をさしていく。畳の新しい座敷に少し痩せた風なTさんのお父さん。枕経を上げる。その後組の皆さん、葬祭場の担当者と日程のことなど相談する。寺を使って5月4日通夜と5日の葬儀と決まる。不動寺の親子に助法の僧侶を頼む。午後から戒名・式次第など考え、さっき位牌と塔婆を書き終えた。これから諷誦文の作成。

2012年5月2日Wednesday
雨。
雨の一日となったが、古い障子の張り替えと、住まいと台所を繋ぐ階段の部分を補修したので、そこに新しくカーペットを敷いてもらった。2人の職人が午後6時過ぎまでかかって仕上げてくれた。住まわせてもらっている寺に少し退職した恩を返そうと思っている。名古屋の遠藤夫妻から、公康君の葬儀に立て替えておいた香典ときしめんが届けられた。2人からの手紙も添えられていた。葬儀の翌日が祭典で、後片付けなどして公康のことを考えることのない数日を過ごしていた。冷たく激しく降る雨の外を眺めながら、その死からまだ8日目なのだと、早すぎる鬼籍入りを思った。

2012年5月1日Tuesday くもり
片づけ。
女房と娘は勤め。僕は家にいて片づけなど。お札を届けたりする。前の勤めの所長から筍をいただいたので、その礼に行くも会えず。お父さんに頼んできた。携帯で話す。メーデーなので、前の勤め先にも少し差し入れする。交替で休んでいるのか静かだった。午後便所掃除や送るお札の整理など。少しずつ少しずつ。天候幾分崩れ気味。メダカの採卵する。早いのはもうすぐ孵化しそうだ、楽しみ。