「勉強」というのは、「知識」を身につけるだと思っている人は多いでしょう。
これは、ある意味では正しいです。
「知識」を身につける事は、「勉強」のある側面を表していると言えるでしょう。
ただし、次のことを押さえておく必要があると思います。

知識には「段階」があるのです。

ここでは、知識を3つの段階に分けてみます。
それは
「情報」「知識」「体系」というものです。

まず、この分類は正式なものではない事をお断りしておきます。
自分自身も、誰かに習ったものなのか、本か何かで読んだものなのか、
ちょっと思い出せないのです。
(自分が思いついたものなのかもしれないし。)
ただ、こういう分け方をすると分かりやすくなるので、
便宜的に用いています。
(だから、
 「知識学」みたいなものがあれば、別のちゃんとした分類はあるかもしれないし、
 「もっと、こういう分け方ができる」というご意見もあるでしょう。)


1つ目の段階は「情報」です。
これは、この物の名前は何であるとか、何かの数値はいくらだとか、
そういう単なるデータです。

それに対し、
「知識」というのは少し違うと考えています。

「知識」というのは、「情報」が結びついたものではないか、と。

例えば
「ある物の名前が○○である」
だけなら「情報」ですが、
「それはこういう理由から○○という名前が付いたんだ」となると
「知識」になる。
単に「名前」だけでなく、別の情報と結びつく事で
「知識」になるんだ・・・と。

だから
「知識」を知ることは、
「情報のつながり」を知る事だと言うことができます。

これは、
言葉の定義としては正しくないのかもしれません。
だけど、この2つを区別し、「つながり」を意識して知識を身につけると、
勉強に対する見方がクリアになると思うんです。
色々な「用語」を覚えるときも、単に覚えるのではなく
「どうしてそういう名前になったか」も知っておくと
理解も深まりますし、忘れにくくなるんです。


さて、3つ目の「体系」ですが、
ちょっと説明が難しいな、と思っていたら、
ある時メールで、
社会人になって大学の夜学で勉強している人が、
「勉強が面白くなってきた」と言って、こんな事を書いてくれたんですよ。

勉強ってジグゾーパズルのかけらをひとつひとつあつめて
ひとつの絵がみえてくるよーなかんじです。
ピースが少ないと何がなんだかわからないし、
大きなテーマを追うときは、たくさんの
パズルのかけらが必要なので時間も労力もかかります。

これこそが「体系」なんです。
「情報」がつながって「知識」になり、
それがもっと集まって、つながって、
一つの世界を作るような、一つの絵を描くようなもの、
それを「体系」と言うんです。

子供のころ、
「理科と社会は暗記科目だ」と言われていた事に
「理科と社会は違うのに」と思っていました。
社会は確かに暗記科目だけど
理科は、骨格さえとらえてしまえば、あとはソコに結びつけていけば覚えられるから
というのが理由です。
子供の時の私にとっては、
理科は体系だったけど
社会はそうじゃなかったんですね。
だけど、
理科を体系と思ってなかった人にとっては、
理科も暗記科目だったのでしょう。

単なる「知識」としてごちゃごちゃと覚えているのではなく、
それは「体系」としてまとめる事ができたなら、
ずいぶんと頭の中は整理されます。
頭の中に「体系」が作られれば
その体系の中にある知識はほとんど忘れることはなくなるし
忘れても思い出しやすいし、覚え直すのもすぐでしょう。


学問を勉強する事の意味は
一つは「ちゃんとした体系を身につけること」ではないかな、と思っています。
だから、
何の学問でも良い、一つの学問を、きちんと修める事は
とても意味のあること
なんです。
一つの体系をきちんと身につければ、
別の学問を勉強しやすくなるし、
ひょっとすると色々な物事を体系的に捉えられるようになるかもしれません。

「体系」については、
もっと色々と書きたい事はあるのですが、またの機会に。
とにかく
「知識」の段階を意識すると
勉強に対する考え方が大きくかわるかもしれませんよ。

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