◆ つらら 
「ogihara.com」2008.2 


くるまれてやわらかくなる内臓をふゆの岸辺にひからせている
あかいもの花のかたちに抜いているおんなのひとをよろこばせたい
ほしいから深く通しておきました 雪をはらってお進みなさい
灯台のおなかを撫でる春風によく似た声でわたくしを呼ぶ
よいつらら育つ真冬をありがとう ひどいことたくさんありがとう


 ◆ あかねの軽さ 
「短歌ヴァーサス」011号 


あおむけの薄いからだを野に置いて少女は願う天のほころび
みずからをととのえながら立っている樹木まったきかたちを見せて
ならないと決めて見上げる楡の木の、あるいは爾後というなつかしさ
火をさらにあたらしい火がつつみこむ屈託として午後の焚き火は
内側に熱ひとつかみ投げ入れてハイタカの物語を読みつぐ
失ったことのない手にわたすとき小石たしかな冷えをふくんで
風上に舌をざらりと突き出して何をたしかめたいのおまえは
もういない誰かのためにまもられる百葉箱の奥のくらがり
遠いものだけが恋しいあかときの川のほとりで目をひらくとき
差し入れたゆびにまつわる小魚に肝あればそのあかねの軽さ
水、つよくせきとめられていっしんに背き合うときちからはきれい
滾々とねむりは湧いてゆめに来るおおかわうその髭がさびしい
中空の秩序みだして飛んでいる鳥のおなかはやわらかいかな
まねかれてゆく朝ならばていねいにみがいておくよ水の器も
あまえたがるからだを風にあてながら待ちましょうこのすずしい穢土で


 ◆ Untitled 9 
「きりんむすび」2006.12 


夢に顕つ庭のまぼろしあかるくて、あかるくて少しだけいやになる
落ちてくるものの白さを(とけてゆくさむいひかりを)こわさぬように
またすこしふるくなるからいちまいの空をたいせつに折りたたむ
波と波ふかく咬みあう真夜中の海のようだねあなたのここは
水を裂く舳先どこまであいしてもあいしてもあいしてもたりない
(くりかえし)あなたにひかる金の糸(遠くまで)わたしに銀の糸
もう夏を思いはじめる 砂浜にささやかな火をこしらえながら
なにひとつ願ったことのない森にふゆの火柱ひとつ捧げて
こうやって小鳥一羽の重さだけ引き受けてゆこうと思うのです


 ◆ とてもしずかな心臓ふたつ 
「短歌ヴァーサス」008号 


   秋のはじめに出会ったその子には名前というものがなかった。
   わたしは彼女をメアリーと名づけ、一緒に暮らしはじめた。
こんにちはメアリー ゆきを待ちながら こんにちはこんにちはメアリー
遠い国のおんがくばかり聴いていた循環バスの後部座席に
街路樹を順に見送る どの木にもよく似た傷がつけられている
ね、ここ、いい? どこからかひどくなつかしい声だけが先に降ってくる 誰?
藤色のひとみの奥に雷(いかずち)が見えている(あなたにさわりたい)
ついてくるつもりの薄いくちびるがアイスミルクを吸い上げている
火星(マース)からやってきましたオムレツを食べますここはとってもさむい
フェルト地の巻きスカートを〈お利口な衣装〉と呼んでとても気に入る
でたらめなことばかり言うくちぴるもお尻もつるつるのセルロイド
おしょくじの前にみじかいおいのりを かみさまがいてもいなくっても
初霜の匂い/わたしの足だけがいつも遅れる/息が見えるね
キスをすることをおぼえたごほうびに葡萄の蔓で編む首飾り
岬から岬へわたる濡れた風舐めているとてもよくうごく舌
明け方に泉を産めば泣きながら「きれいね」と言う そうね、きれいね
まだ森を見たことがない(ほんとうに?)まだ森を見たことのない目だ
鉄塔にカササギが巣をかけたのでメアリーは朝から泣いている
罵りのことばいくつも吐きながら食べているあかいくろい木の実を
火をくくる火をくぐる火をくるわせる 部屋いっぱいにひろがる呪い
諍いの飛沫きれいに拭き取って組み立て直す 腕 あたま 足
眼球に刻まれている七桁の メアリーこれがあなたの名前?
濁点のような睫毛をふせながら〈ゆいごん〉をまた書きかえている
いつのまにか冬はきていて湯に浸すネルドリップのネルやわらかい
きみどりのマフラー濡らすしろいもの見つめているね それはゆきです
寝坊した朝のくるぶしやさしくてもうぜんぶこわしてしまいたい
抱きしめて名前を呼べばよろこんでからだをひらくどこまでもひらく
(だけどそんなにひらいてはだめ わかってる もういい ちゃんとわかってるから)
ゆっくりとからだを揺らす 一艘の舟、一枚の布になるまで
9と9になってねむろう梢からこぼれたものをまぶたに塗って
背から抜く赤乾電池 メアリーのとてもしずかな心臓ふたつ
靴下と鳥をかばんに詰めこんで(おやすみなさい、うんとおやすみ)


 ◆ 春の飴玉 8首 
「短歌四季」2004年6月号 


嬲りつつねぶる遊びはさみしくて春の飴玉すきとおらせる
丁合がみだれています ぬぐってもぬぐってもすぐよごれるからだ
アスタリスクひとつぶ置いて封をするこれでお別れではないけれど
平凡な喩のようにふたり向き合って葛湯を飲めばこぼれるなにか
呼ばれればゆくだろう 水吸いあげる茎のみどりを愛していても
ぬかるんだところを避けて駆けていくなんて小さな踵でしょうか
捨て紙のすみに書かれたお祈りのことばはこわい から もう行くね
あしたにはひとりを運ぶ舟となる一本の樹だ ではごきげんよう


 ◆ かみさまの数え方 30首 
「短歌ヴァーサス」創刊号 


みずうみにゆきましょう次の日曜日 紺色のスパイ手帳を捨てに
あかつきの受信トレイにおちてきた電子メールがまだ濡れている
さかなから歌を教わるはずだった 「ください」と喉ひらけば水泡
吐き出しているのはとても白いもの(だから)そんなに殴ってはだめ
光らせておきましょう 皿におそろしい色の豆料理が盛られても
踵からねむる人です かたわらに犬、その横にわたしを置いて
くろがねはやわらかきものに貫かれ(これはせんそう)(これはせっくす)
ゴーレムがやってくるから砂場では笛を吹いてはいけませんよう
焼き菓子の縁を焦がして泣いているあれはママンのダミーなのかな
理髪師の縦縞のシャツほめているうちに眠ってしまったらしい
その補遺は好きにゆがめていいけれどあなたの背中うつくしくない
西の人しずかにわらう おがくずのなかから百合根とりだすように
長すぎるマフラーにくるまっているリナちゃんとリナちゃんの拡張子
ゆうべあんなにひどいことしたぼくたちの頭上にひかるあれはおひさま
林檎、犬、レコードの針、忘れずに鞄につめて(これはせんそう)
でも砂がこみあげてくる ねえ誰か、かみさまの数え方をおしえて
そうやって待っていたのかカナリアの練り餌を指にはりつけたまま
銀紙を裂いてあげます やさしくて狂いそうです 野蛮なんです
えいえんの三角帽子尖らせてバス停はバスを待つところでしょう?
痙攣をくりかえしくりかえしする春のからだは、ゆでたまご
手になじむ鋏です(ではあなたから)(いえあなたから)ひかりはじいて
ロバの背に塩の袋をくくりつけ死なないように生きてゆくこと
ひらいた足のあいだをくぐるきんぴかの鼓笛隊 最後尾にお前
文鳥をおかしなかたちに折り曲げるようにわたしを赦すつもりか
なつかしい未来 あなたともう一度にくんだりあいしあったりしたい
寝台の下でねむっているあれは狼のたましい(のようなもの)
あんなにも空は呪文のようだからここからはひとりでゆきなさい
夜の斧しんから冷えてもう誰も神様のことを言わなくなった
足首を沼地にしずめ待っているいっせいに歌いだす鳥たちを
ふゆの、蝉の、ねむりの、底の、朽ちてゆく、葉の、湿り ぼくら種子となるまで


 ◆ 春の海 7首 
u「歌壇」2003年7月号 


濁点をいくつも打ってここからはわかりやすいお別れのはじまり
よく通る声をしていた靴紐をきれいにむすぶ指先だった
至急至急と打電しました(死んでゆく螢のように)スグ来ラレタシ
するときはむごい心であたらしい星のうまれる音聴きながら
放たれた火のさみしさを告げにくるあなたの雲雀なんて小さい
ねだられてちぎってみせた ちぎったらふたりになった それきりだった
そしてもう二度とあけない抽斗の奥にひろがる春の海です


 ◆ 今日の一首(12月)                   
Dec.2002. 


だからってカスタネットの赤と青塗りわけたのは神様じゃない
12/22
火薬庫という火薬庫をいっせいに燃やし真冬のギフトにかえる
12/23
あなたは火わたしは水をそろそろと運ぶしかない聖夜でしたね
12/24
香草をおなかにぎゅっと詰めこんで待っている めりぃ はっぴぃ くりすます
12/25
もう二度と会えないけれどあんぱんの餡のうすむらさきたいせつに
12/26
この森のふかみどり(狂う)樹の根にも水ゆきわたり(しののめ)(すがもり)
12/27
テロップが流れわたしはリゾットの芯を確かめずにいられない
12/28
信号を待ちながら鳥を一羽ずつゆっくりと吐く夢をみていた
12/29
泣きながら眠るしかない夜も?(Yes)破ったままの約束も?(Yes)
12/30
濡れたまま触れる お前が桃色の舌を世界へねじこむ前に
12/31


 ◆ 苺 10首
summer.2002. 


    ※何度か参加したいちご(一語)摘みでの即詠のうちのいくつかです。


ボルヘスを交互に読んでいるようなふたりだ空にほうりだされて

むずかしい顔をしたまま青年が虹をくわえてくる金曜日

目玉くちびる貝殻骨の順番であいさつをかわしあえば朝焼け

一年の半分は雨半分はインパラの眼を濡らすくらがり

あなたに似た木がありますと導かれ置き去られ呼び戻されている

少年ジャンプだらけの部屋で泣いているタチバナを誰も笑えなかった

「腕相撲しようよあたしこう見えて」ミハルが笑う樫の根元で

ざらめ糖こぼした床に少しずつ少しずつ嘘をまぜて少女は

いつになくご機嫌だからカスタードクリームとはもうお別れします

大きく息を吸ってそれから それからはまるで牡丹のようでしたねえ


 ◆ 「歌壇」2月号 7首                   
Jan.2002. 


    
夢の樹              


螺子巻いて(ぎぎぎ)あなたに会いに来た(ぎぎぎ)わたしの螺子どうかしら

窓という窓を濡らして月光は何をそんなに探しているの

鉱石のひとつのように拾われて書物のように解かれてしまう

音もなくマリンスノウは降りつもる僕たちの古い誓いの上に

柊が痛いのはあれはまぼろしの舟に乗りそこねたせいですか

そうやって虹をゆがめてばかりいる君たちが声に出すと、世界は

ゆめの樹の根方あたりにもう一度産毛ひからせ生まれておいで


 ◆ 川柳誌「WE ARE ! 」2号 10首             
Aug.2001. 


    
ひばり              


ひばりひばりどんなに咽喉を裂いたってわたしにはわたしが見えないの

血のにじむ翼が透けてみえるからもういいよもう帰っておいで

たんぶりんぐらんぶりんぐ 歩道橋わたればそこが未来でしょうか

やわらかく殴り合ったりへし折った虹のはしっこくわえてみたり

ほんとうはこわかった まるでぼくたちは噛み合ったまま眠る仔犬だ

ちるるちるる鳥があんなに かみさまは絶望しないなんて嘘だね

猫を吐きたいほどの夜です会いに来てください来ないでくださいどうか

バラ線をくぐって来たね(うつくしいシャツの破れ目)よろしくお前

灰は灰に(どうしようもない)塵は塵に(だけどあなたに会えたんだから)

       *

はみだした落書きのなかくなくなと蘭鋳ゆれて Water? Air!



WE ARE!」のサイトは こちら 


 ◆ メールマガジン「@ラエティティア」9号 5首      
May.2001. 


    空錆びるまで


抱えられ夢に連れもどされていくわたくしのうでみみひざがしら

ひらかなのようなふたりでありました。つたなさに海がふるえるほどの。

はてしないループの中をじゃれあっていたいのいたくないのこのまま

そのまんま眠っていてねバオバブに名前を刻む朝がくるまで

らあらあと空錆びるまでらあらあと歌い続けるぼくたちの咽喉