電話盗聴事件が、裁判に至るまで20年という歳月を要しました。
大統領府に設置された特別班が、非合法の盗聴を行っていた事件はミッテラン政権の汚点となっています。
この事件の公判が開始し、パリ裁判所は人で溢れかえりました。

クリスチャン・クルトー被告は弁護士・ジャーナリスト・映画俳優などの盗聴を担当していた特別班を率いていました。
1983年テロ対策のためと称し、ミッテラン大統領からこの役を委任されます。
そして、それを支えた人物として避けて通ることの出来ないのがポール・バリル被告で盗聴する立場から、盗聴される立場になりました。
被告席には政治家の姿もあり、ミッテラン大統領の官房長補佐であったジルメナージ氏は 
特別班の作業を監督し、大統領のあらゆる秘密に通じていました。
そして82年から84年にかけモロア内閣の元官房長官であったミッシェル・デルバート被告。 大統領府の裏口から去ることになったルイ・シュベッティー被告も忘れることはできません。
その他現役を退いた元軍人や警察官など12人が被告人として名前を連ねています。
この裁判は20年が経過して、国事をゆり動かすことになるでしょう。
クリスチャン・クルトー被告の弁護士です。「意味のないことですが、出頭を命じられれば、判事の前で答えないわけにはいきません。20年もたった今では時宜を得ていないと思います」

しかし40人あまりの原告にとっては、重要な裁判です。
ルモンド紙のエドウィー・プルネー被告などジャーナリストが多数私生活など職業生活など侵害されました。報道の自由が侵されたのです。
ジャーナリストのブル・ジニーさんです
「裁判を通じて共和国というものは何なのかということを明らかにしてほしいですね。」
「自由や報道、人の公明正大をどう捉えているのかということです」
三面事件的でありながら国の一大事となりうる事件です。
長期戦となったこの国家の暴走を扱う裁判は3カ月続きますが、被告に課せられるのは一年の禁固刑と4500ユーロの罰金という軽い刑罰です。

フランス版のウォーターゲート事件との声もありますが、この特別班は当初テロ対策が目的として設置されましたが、その後は特に大統領のために働く警察に等しい役割を果たしました。


女優のキャロル・ブーケさん  作家のジャン・エリナディアさん 弁護士のジャックベルベスジェスさんなど150人がアンバレットにあるこの部屋から盗聴されていました。



大統領府の特別班は83〜86年にかけ、20個のテープレコーダーで膨大の数の個人的会話を録音していましたが、逸脱行為は82年から始まっていました。

大統領府は国際テロリストの逮捕を二件発表します。
設置されたばかりの大統領府のテロ対策班にとって最初の快挙でした。
3人のアイルランド人が逮捕され、バンセンヌの自宅から爆発物や武器が発見されます。しかし間もなくこれに疑問を呈する記事が書かれます。

発見された証拠品は、特別班のNo2であったポール・バレルが現場に意図的に持ち込んだとする内容です。
言語道断と判断されたジャーナリストと、アイルランド人の弁護士が盗聴の対象とされます。

国土監視局の元部長です。
「その後特別班は行った行為から自分を守るために利用しされていき、大統領の身の安全を守るために利用されるようになります。
大統領のイメージや評判や私生活を守るために利用されていったのです。」
私生活とは大統領の隠し子マザリーさんの事でした。
存在を知る作家やその周辺、その出版社そしてお気に入りのレストランの公衆電話にいたるまで特別班は盗聴を仕掛けます


政治レベルではパスクア氏の野党の政治家に対して盗聴が行われました。
これがミッテラン大統領の手法だったのです。

元内相のパスクア氏です。彼自身も内相を勤めたことがあります。

「おそらく当時は秘密にしておきたいことがあったうえに、側近に信頼を置いていなかったのでしょう」
ミッテラン大統領は本来使用すべき組織を割愛し、より近道となる特別班を利用していたのでした。

93年に盗聴事件が発覚すると、大統領は矢面に立たされます。
「大統領府には盗聴班はありません。盗聴なんて出来る訳がないでしょう」ミッテラン氏
「大統領のテロ対策班の指令を受けた盗聴でしたよね。」
「強調しておきますよ。許可もなしに質問するあなたに答えるつもりはありません」ミッテラン氏
質問をしたのはベルギー人のジャーナリストでした。
その後ミッテラン大統領は自らを正当化することはありませんでした。
「会話は終わりです。お引き取り下さい」ミッテラン氏

この裁判は2月半ばまで続きます。





フイリッピン
盗聴は何の為にあるのか?それは相手を脅す為にある。


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