HOFNER 500/1 (1961年製)

 このベースはポールが手に入れた1本目のもので、通称「キャバーン・ベース」と呼ばれているタイプのもの。
 1961年5月、スチュワート・サトクリフ(初期ビートルズのベーシスト)がグループを去ると、ポールはベースを担当しなければならなくなった。このベースは、1961年4月からの2度目のハンブルク巡業期に、スタインウェイ・ミュージック・ストアで購入され、価格は当時でポールの2週間分のギャラにあたる30ポンドであった。ポールがなぜこのベースを選んだかは諸説はあるが、フェンダーに比べ価格が安かったことと、左利き用のものがたまたまあったから、もしくは特注で左用を作ってくれるモデルが500/1しかなかったから、というのが購入理由だったようだ。

 ポール自身が語るところによると、まず大きな理由は金銭面であったようだ。フェンダーに比べて3分の1ぐらいの値段での購入が可能であったこと。左利きであった彼は、ヘフナーが左右対称のボディを持っていたこと、また、重量が軽いという点も気に入ったようだ。ポールが購入した500/1はもちろん左利き用であるが、これはポールの特注であったと言われている。

 このベースの仕様は次のとおりである。
 バイオリン・シェイプのボディはホロー・ボディで、フィニッシュはややうすいブラウン系のブルーネットである。トップはスプルース材のアーチド・トップで、リム、バックはメープル材でトップ、バックに白いバインディングがある。バックはトップのようなアーチを持たないフラット仕様となっている。

 ネックは真ん中にウォルナット系の材をはさんだメープル材の1ピースであるが、これは右用を流用したものなので、ヘッドは低音弦側が長い。指板はローズウッド材でバインディングはなく、ドッドのマーカーが付くが21フレットだけはマーカーがない。ヘッドにはバーティカル・タイフ゜のロゴが付いている。

 ネック側とミドルに付く2個のピックアップの形状は、上面にポールピースやマグネットが露出せず、ヘフナーのダイヤモンド・ロゴのみが付く1961年独特のもので、ピックアップのマウントであるエスカッションはのちのタイプに比べると小さい。フローティングしたパール柄のピックガードと,同じくパール柄の長方形のコントロール・プレートにはふたつのヘフナー・ノブのボリュームと3つのフリック・アクションと呼ばれるスライド・スイッチが並んでいる。

 高さ調整のできる木製のブリッジには、4個の金属製のサドルが溝に押し込まれていて、テイルピースはのちのタイプより長いトラピーズ・タイプのものだ。ラグビーボール型の白いノブを持つペグは、オープン・タイプの4個独立したものである。

 また、この時期の500/1は座って演奏することを前提に作られたものらしく、ストラップ・ピンがない(立って演奏するときのために、ヘフナーでは特殊なストラップも作っている。)ポールはこのベースを入手した直後は、ストラップの一方をテイルピースに結びつけ、片方をヘッドのナット付近に付けて、立つて演奏していた。その後、ヘッドのナット付近に付けていたはうを、ボディとネックのジョイント部分に巻きつけて使用していた。

 コントロール系は、ヘフナー独特のもので、かなり複雑な機能を持っている。ふたつのへフナー・ノブは各ピックアップのボリュームで、3つのスライド・スイッチのオン/オフによって細かい音量、音質の変化を得ることができる。まずリズム/ソロと書かれたスイッチだが、これは音量を瞬時に切りかえるためのもので、ソロ・ポジションで出力が100パーセントとなり、リズム・ポジションで50パーセントくらいになる。

 あとのふたつのスライド・スイッチはピックアップ・セレクターとトーン・コントロールをかねたものである。それぞれのスイッチの上には、トレプル・オン、ベース・オンと書かれているが、これはスイッチの名称を記しているもので、オンの方向を指しているのではない。

 つまりスライド・スイッチは、トレプル・オン、ベース・オンと書かれている方向とは逆方向でオンになる。トレプル・オン・スイッチをオンにすると、ブリッジ側のピックアップがオンになり、自動的にトーンが10になる。ベース・オン・スイッチをオンにすると、ネック側ピックアップがオンになり、トーンは0(つまりハイ・カットの状態)となる。両方ともオンにすると、スタンパイ・ポジションとなり音は出ず、両方オフにすると、両方のピックアップがトーン10でオンとなり、ふたつのボリュームでバランスのとれる状態となる。

 写真を見ると、ポールはソロ・ポジションでトレプル・オンを入れて(つまり出力100パーセントで、ブリッジ側ピックアップのトーン10の状態)使っていることが多い。その音色だが、1961年〜1962年の音源のべース・パートはすべてこの500/1の音である。
 アンプやレコーディング方法によってもその音色は変化するが、基本的にはアタックやサスティンが弱く、ホロー・ボディとフラット・ワウンド弦独特のあたたかみのあるポコポコした音色だ。

 このベースは1963年8月ごろまでポールのメイン・ベースとして活躍したが、そのころから修理によって外観が少し変わる。
 まず1963年7月ごろにネック側ピックアップのエスカッションが破損し、しばらくはビニールテープのようなもので補強して使われていたが、ほどなく2個のピックアップがつながっているように見える大きなタイプのエスカッションに交換された。さらにフィニッシュもフェンダーの3トーン・サンバーストに近い色に再塗装された。そしてノブはヘフナー・ノブからひとまわり小さい細い円筒型のタイプに交換され、ペグもオリジナルのラグビーボール型ノブのものから、2本日の500/1同様の角ばったノブのものに交換されている。

 この修理されて外観の変わった500/1は、1964年〜1965年のツアーでサブ・ベースとしてスタンパイされていたが、1968年9月の‘Revolution’のフィルム・クリップでは久々にメイン・ベースとして使用された。このときにはミュートのためにブリッジとピックアップのあいだにスポンジ状のものが差し込まれていて、ストラップも新しいものがつけられていた。さらに映画“LET IT BE”(‘Maxwell's Silver Hammer’のシーンでのポールのバック・ショット)や、‘The Ballad Of John And Yoko’のクリップにこのベースを弾いているポールの姿を見ることができる。

 少なくとも“LET IT BE”セッションまではこの500/1はポールの手元にあったということである。それ以降、このベースは盗難にあったという説が有力で、現在までに公開されたことはない。

 

HOFNER 500/1 (1963年製)

 このポールの2本目のバイオリン・ベースが一般に「ビートルベース」と呼ばれているタイプだ。ヘフナーではかつて、500/1にポールが親指を立てている写真のタグをつけて、「世界でもっとも有名なベース」というコピーで販売していたことがあった。少々乱暴な言い方をすれば、ポールによってこの500/1が使われていなかったなら、ヘフナーはほかのヨーロッパ圏のギター・メーカーと同様に少々風変わりなギターを作るメーカーで終わっていたかもしれない。

 この2本日の500/1は1本日の500/1の傷みが激しくなったために、1963年9月ごろにヘフナーのイギリスでの代理店であったセルマー社を通じて、イギリス国内で購入された。

 基本的な仕様は1本目と同じだが、細かい点でかなりの違いがある。まずフィニッシュだが、1本目と比べるとやや濃いブラウンのブルーネットである。トップがスプルース材、リム、バックがメープル材であることや、トップ、バックともに白いパインデイングがあることは1本目と同じだ。2本日のほうはバックがアーチ状になっていて、メープル材も上質のトラ目の入ったフレイムド・メープル材が使われている。ネックは1本目が3ピースだったのに対して、2ピースのメープル・ネックで、ローズウッド指板のドット・マーカーも21フレットまで付けられている。

 ヘッドにはパインディングがあり、スクリプト体の金色のロゴがある。1本目と外観上大きく異なるのはピックアップの位置で、2本目はネック側とブリッジにほぽくっつくように付けられたブリッジ側のピックアップを持つ。ピックアップの形状は、4つのポールピースと4つのマグネットが露出したタイプで、エスカッションは1本目同様小さい。

 ピックガード、コントロール系、ブリッジ、ティルピースは1本目とほぼ同じだが、ペグの形状が異なる。1本目のペグがラグビー・ボール型ノブの4個独立した夕イプだったのに対し、2本目は白い長方形ノブの2個ずつがくっついている2連タイプものである。他のメーカーにもよく見られることだが、この2本目の500/1においても1963年のパーツとそれの前にパーツとの混在が見られ、このポール仕様とまったく同じ物を見つけるのは現在非常に困難となっている。

 このベースがポールのメイン・ベースとなるのは1963年9月ごろからであるが、1966年8月のアメリカ公演においてピックガードがはずされて使用されたのを最後に、メイン・ベースの座をリッケンバッカー4001にゆずることとなる。また、1966年以前にコントロール・パネルが180度反転した形にとりつけなおされている。

 そして1969年1月、“LET IT BE”のセッションでふたたびメイン・ベースとなるが、このときはピックガードがはずされていたのに加え、「ベースマン」と書かれたステッカーが貼られていた。さて、ポールはなぜステッカーを貼ったのだろうかそれを解くカギは1966年8月のアメリカ公演にある。同公演のこのベースの鮮明なカラー写真を見ると、トップにかなりクラック(塗装の割れ)が入っているのが確認できる。とくにボディの両肩あたりはひどい状態で、“LET IT BE”のフィルムを撮るにあたって、ポールはそのクラックを少しでも隠したかったのではないだろうか。

 さて、その音色であるが、1964年期を中心とする音源で聴かれるように、基本的には1本目とそれほど変わらない。ホロー・ボディのペース独特の音色である。1969年の“LET IT BE”セッションではそれまでに比べて極端に低音のきいたサスティンのある音色だがこれはそのときに使用していたフェンダーベースマン・アンプと、黒いナイロンが弦に巻きつけてあるナイロン・テープ・ワウンド弦による音色の変化である。同じベースを使っても、アンプと弦でこれほど音色が変化するというよい例だと思う。

 ビートルズ解散以降、しばらくこの500/1は登場しなかったが、1979年のシングル‘Coming Up’のクリップで久々にこのベースが使われた。これはポール自身が演じるビートルス゛時代のパロディという設定で使われたのだが、これはビジュアルの面だけで実際にレコーディングで500/1は使われてはいない。

 再度このベースが実際に使われたのは、1989年の“FLOWERS IN THE DIRT”からで、当時のパートナーであったエルビス・コステロの、ビートルズ時代のベースのトーンが欲しいという助言があったからであった。ポールはこのベースを再度楽器として使うために大がかりな修理をほどこした。

 まずいちばんの問題であった高音フレットでのピッチの不正確さを改善するために、ブリッジを大きく移動させた。さらにコントロール系では、反転してとりつけられていたコントロール・プレートが、オリジナルの2点留めから4点留めのビス留めに改造された。これによってコントロール系の操作性、信頼性の向上をはかったのである。加えて30年以上というこのベースの使用期間を考慮すれば、少なくとも1回はフレットも打ちなおされていると考えられる。

 1989年〜1990年と1993年のワールド・ツアーでは、久しぶりに500/1が登場し、その独特のトーンを聴かせてくれた。
 そして1999年に発売されたアルバム『ラン・デヴィル・ラン』、2001年に発売されたアルバム『ドライヴィング・レイン』でのベースサウンドはすべて500/1である。

                

 実はワールド・ツアーを行なうにあたり、ポールはバックアップ用として、もう1台まったく同じ仕様の500/1を入手していたらしい。これは関係者の証言によるものだが、東京ドームのバックステージには500/1が2本あったということだ。そしてそのバックアップ用の500/1は‘Off The Ground’のクリップ(500/1が空を飛ぶクリップ)で登場しているらしいのだが、確かにこのクリップを細かく見ていくと、これに登場する500/1はオリジナルに付いているブリッジ側ピックアップ付近やティルピース付近のキズがなく、肩につけられた演奏油リストのセロテープ跡もなく、オリジナルとは別物である可能性が強い。

 さらに1999年12月14日(日本時間15日朝)に行われたキャバーン・クラブでのギグの映像でもバックアップ用の500/1を見ることができる。

 2002年の「DRIVING USA TOUR」、「BACK IN THE U.S. TOUR」、「driving japan 」ツアーでも500/1が使用されたが、どういう理由かは定かではないが肩につけられた演奏油リストがはがされていた。
 
ともあれ、この500/1は現在でもポールのメイン・ベースの1台として使われている。

 

HOFNER 500/1 (1964年製)

 ポールが所有していたとされる3本目の500/1はいちばん謎とされているものである。文献には1964年春ごろに、イギリスでヘフナーの代理店をしていたセルマー社がポールに特別に製作した500/1をプレゼントしたとあるが、実際このベースをポールが使用したかは不明である。ただし、近年のロンドンのオークションで、この特別に製作された500/1がポールの所有していたベースとして競売にかけられ、予想落札価格が7万〜9万ポンドという非常な高額だったためにけっきょく落札されなかったという事実は存在する。

 その仕様はほぼ2本日の500/1と同様だが、異なる点はハードウェアがすべてゴールド・パーツであることに加え、ネックにパインディングがあること、ネックヒールにストラップ・ピンがあること、ヘッドのロゴが1963年製と同じスクリプト体のヘフナー・ロゴであること、ペグが4個独立したカバード・タイプのオランダ製バンゲントのものであることである。オークションの信頼性を考慮すれば、このゴールド・パーツの500/1が1度はポールの手に渡っていたと考えられるのだが、どういう経緯でオークションにかけられたかなど、真相はいぜん謎のままである。

 ある文献では、ポールはこのベースを持ち帰らなかったという。この“幻のビートル・ベース”となった3本目のヴァイオリン・ベースは、さまざまな憶測とともに人々の手を渡り歩き、現在はイギリスのミュージック・グラウンド楽器店にある。