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沖縄酒場『山原船(やんばるせん)』に入る100mばかり手前で、横手から突然現れた若い東南アジア系の女の子に、声を掛けられた。ピタリと寄り添うように歩きながら、奇妙なアクセントで彼女はこう囁いた。「アサリいかがですか? 安いよ」
深夜のこの路地は、客引き自体は珍しくない。しかし、アサリ売りと云うのは初めてだ。見たところ、アイスボックスや竹籠など、それらしい道具は見当たらない。摘発を恐れて路地の奥にでも隠しているのだろうか。
「いらない」と断って、そのまま山原船に入ったものの、どうも釈然としない。観光ビザの不法就労者が、当座の生活費に充てるために、多量のアサリを荷物に忍ばせて入国してきたのだろうか。それとも、資金稼ぎのヤクザが、千葉・富津辺りの浜辺で密漁し、灯火を消した高速船で東京湾を突っ切って晴海付近に運び上げ、この路地裏で外国人に売り捌かせているのだろうか。だとすれば、モノは新鮮だ。いや、チョっと待て。アサリの旬は春先ではなかったか? そうか、一般の市場に出しても売れないから、深夜に酔っ払い相手に捌こうとしていたんだな。
そこまで考えて、ふと気付いた。「アサリ」ではなく、「マッサージ」と彼女は云ったのではないか? あの辺りには、そのテの店が増えている。マッサージが東南アジア風に『マサジ』と詰まり、さらにアタマのMを元気なく発音したのだろう。語尾の変化も、スペイン語圏の土地には『リ』と『ジ』を区別できない人々が沢山いる。彼女はフィリピン出身者だったのかも知れない。
ナゾは解けた。それと同時に、アサリの幻影も消えてしまった。