|
|
離陸後ほどなく、疲れて寝込んでしまったらしい。気付くと既に着陸間近。この調子なら、午後8時前には町に入れる。名店『パリ16区』の美味しいソフトクリームも待っている。すっかり暮れた地表に瞬く無数の明かり。‥豚丸よ、あれがパリの灯だ。
無事に到着。荷物を受け取ってゲートを出る。さてどっちだっけ、と見回していると、ふいに声を掛けられた。「あのう、ひょっとして‥」 見ればパリッとした服装で、ワタシの周囲では少数派のいでたちだ。人違い? が、なおも彼は「ま、ま‥」と続ける。それを聞いた途端、またまたムッとした。先ほどの一悶着が招いた被害妄想に違いない。「麻薬、持ってんじゃないの」と先読みしたのだ。おいおい、今度は私服が絡んできたのかよ。
実はこの時、荷物の中には白い粉末ーー末端価格にして200エンほどの、パンケーキ用重曹ーーが入っていた。こいつが見つかれば厄介なことになる。別室への連行は必至。そこでコナの素性確認のためにパンケーキを焼かされたら、もう『16区』には間に合わない。ワタシは身構えた。けれど彼が続けるのを聞いて、ガクッと力が抜けた。
「ま、マヤ○○の××です」「なんだ、Tさんじゃないですか。珍しくネクタイなんか締めちゃって、全く判らなかった」
どうやら同じ便だったらしい。一昨年夏以来の再会で、近況を知りたい。しかし、彼も先を急ぐと云う。残念ながら立ち話もそこそこに我々は別れ、ワタシも荷物を担ぎ直して出口に向かう。出発時に付いたケチと不快感は、気が付けば、Tさんとの思わぬ出会いで跡形もなく消え去っていた。めでたしめでたし。夜景の先にはソフトクリームが待っている。急がねば。