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「常識が覆る」と云う体験は、長い人生の中でも、そう滅多にあるもんじゃない。かつて、鍼灸の先生に云われるまま、一連の動作を行ったら、指先からニョロニョロと数十匹の『疳の虫』が出てきて肝を潰した事がある。今回の出来事は、それ以来の経験かも知れない。
この日、我々のチームは、ホース・トレッキング用の道を拓くため、朝から山中へ分け入り、密生地の伐採に汗を流した。昼頃、他の参加者と合流。車に分乗して、山の裏側の、「ランチセットがお薦め」という食堂へ出掛ける。
さすが南の島だ。屋外、日除けの下にも、当たり前のようにテーブルが並んでいる。そこに席を取り、ワイワイと注文を入れる。前夜のご馳走攻めで胃腸がバテ気味のワタシは、シンプルに沖縄そばを単品で頼む。そして、のんびり出てきた料理を平らげた後も、一同、その場でダラダラと過ごす。それでなくともヤンチャ盛りの子供3人は、はしゃぎ回って賑やかな事この上ない。そのチビちゃん達のお母さん、ヤンママのEさんは、テーブルの端で画伯に『骨格矯正』の術を施している。何ともノドカな光景だ。
15分ほどで、彼女の施術が終わった。「どれどれ」とT氏(本業はカメラマン)のデジカメを覗き込んだ我々は、「ビフォー/アフター」の写真を見較べるなり、「えーっ!?」「うっそー!」「何、これーっ」と絶叫した。誰が見ても、整形手術を受けたとしか思えない劇的な変化! 選挙ポスターの顔と実物の差、と云ってもよい。元来、眉目秀麗で二枚目の画伯が、さらに清々しく爽やかな、ハリウッド・スターのような顔立ちになっている。これがマジックでなければ、一体、何なんだ!?
彼女によれば、エラの張りを取り除いたり、反っ歯を引っ込めたり、「小顔」にすることも、訳なく行えるらしい。切ったり貼ったり削ったりせず、一種の手技だけで、がらりと人相が変わってしまう。しかし、本来の目的は美顔や美容整形などではないと云う。ヒトの顔は、元々はシンメトリーなんだそうだ。それが、とりわけストレスなどによって、骨格に歪みが出てくる。そいつを矯正することで、逆に、ストレスから来る体の不具合を取り除く。矢継ぎ早の我々の質問に、ぽつりぽつりと返ってきた答を寄せ集めると、どうもそう云うコトのようである。
しかし、軽い手当てだけで固い骨が変化するなんて、俄かには信じられない。確かに、頭蓋骨といえど小さな骨の集合体だ。それらが動いて、顔全体の形が変わるのか。そうも考えたが、「そうじゃなく、骨には生きている時だけ存在する溝がある。そこを調整するのだ」との回答。こうなると、もう全く理解の範疇を超えている。
この不思議のワザ。実は、画伯の前にワタシも受けている。最初に指先で丹念に骨に触れて歪みを調べ、後は、優しく揉みほぐすだけ。施術中の痛みや圧迫感など一切なく、ひたすら気持ちよい。
「頭蓋骨が上に開いているので、物忘れが激しいでしょう」との見立て(図星!)で、主にそっち方面を直してもらう。どちらかと云えば前後で変化の小さかったワタシの場合、記録写真を撮らなかったこともあり、「変わった!」というギャラリーの声は別として、客観的な比較は出来なかった。が、1週間ばかり後に、鏡でジックリ我が顔を眺める機会があり、驚いた。「目の下を引っ込めておきました」との彼女の言葉通り、頬骨が引っ込んで、突き出ていた左顎も目立たなくなっている。体調への変化は、1ヵ月後くらいから出てくる、とも云う。その時が楽しみだ。
「美人にも出来れば、ブスにも出来る」と云うこの施術。「ヒトの顔は粘土細工か!?」と叫びたくなるが、素人がうっかり触ったくらいでは骨は動かない。間違って福笑いにしてしまった我が顔を抱え、彼女の元に駆け込む恐れはなさそうだ。