呑み代

2100円

07年10月23日


 M氏の発案で、街の沖合いに浮かぶ無人島を訪ねる。孤島ではあるが、橋が架かっているから、海を渡って上陸する妙味はない。脇をビュンビュン駆け抜ける大型車に怯えながらのアプローチだ。その、弓なりに反った最高部を越えると、大きく前方が開けた。やっ、あれは何だ。巨大な回教寺院のミナレット、それもアラブ産油国がオイルマネーに飽かせて造ったド派手なやつ、が2本、ゲートウェイよろしく左右に聳えているではないか。しかも、建物本体も、やたらメルヘンチックな装飾を施されている。最果ての島に、これほどアピール度の高い構造物が、人知れず建てられていたとは‥。

 ワタシは面喰った。しかし、この異物は回教寺院などではなく、「人知れず」でもないらしい。地元に詳しいM氏の解説によると、これはゴミ処理場で、しかも税金の無駄使いワーストワンとして、周知されているところだとか。う〜ん。「三セクのドブも一杯になったので、皆さんから預かったカネは、ずばりゴミ溜めに捨てました」ってコト? 確かに、素敵な建物だし、きちんと稼動しているのなら、変なハコモノや開発事業よりマシではあるが。

 ゴミ寺院を過ぎてしまえば、ぽつんぽつんと建物は点在するものの、あとは見渡す限り更地や緑地、そして森が広がっている。この島は東西2km、南北1.5kmもありながら、民家は一軒もない。恐らく、日本でも最大級の無人島ではないか。広大な世界を独り占めする快感にワタシは酔った。

 島の北岸に出て、巨岩が幾つか鎮座する波打ち際に降りる。その岩根を洗う海の水は、意外にも澄み切っていた。すでに日は水平線に迫っている。遊歩道を辿って、我々もそちらを目指す。程よく整備された小道には紙屑一つ落ちておらず、途中のトイレや東屋、展望台も荒れてはいない。殆ど訪問者もないのだろう。島への橋は、海面から30〜40mあろうかと思われた。「普通、こういうベンチでは、必ず老人が将棋を指しているものだが‥」とM氏。「トイレにつきものの落書きもないね」とワタシ。徒歩やチャリが頼りのお年寄り、そして今どきの体力不足の悪ガキ達を、あの巨大橋が結界となって阻んでいる。

 島の西端に辿り着いて間もなく、松の梢越し、水平線上の煙霧帯に夕日が没した。棕櫚の並木もシルエットとなり、ふと、南九州あたりの旅先で一日の終りを迎えるような錯覚に陥る。これから宿に戻ってひと風呂浴び、それからメシか‥。そんな気分だ。
 M氏も同じような感慨に囚われていたらしい。けれど、帰路はまだまだ長い。2人で踵を返し、斜面を登る。と、思いがけず前方に、低層の宿泊施設風建築物が現れた。近づいてみれば、やはり『ロッジ××』という名称が見て取れる。そして傍らに、自家菜園とおぼしき畑まで拓かれているではないか。思わず頭がクラッとした。我々の心を読んだ、狐の仕業ではなかろうか。

 それにしても、何と云う静けさ。この島が浮かぶ湾の岸沿いには、6コほど街が連なり、5、6百万の人々が暮らしている。ワタシの足元から数km先に、猥雑で喧騒に満ちた無秩序な世界がベッタリと広がっている。なのに、ここにそんな気配は微塵もない。のどかな海と広い空。そして緑の緩やかな起伏。ビルもネオンも見当たらない。ロッジのみならず、島全体が狐の作り出した幻影ではあるまいか。

 ワタシは感慨に耽った。両親ともに祖父母の代以前から街で暮らしてきたワタシには、田舎というものがない。なので、子供の頃の自然に対する憧れは、殆ど渇仰の域に達していた。田畑や野っ原、小魚が泳ぐ小川、磯浜、島、林や森、そして山々‥。絵本の中に広がるそれらの光景は、完璧なまでの非現実空間であり、全く夢の世界だった。近所の公園で、周囲の景色や物音を遮断し、意識を池の真ん中の小島のみに集中する。そうやって、どこか山奥の湖畔、あるいは熱帯ジャングルの水辺にワープする。それが子供時代の楽しい遊びだった。

 あの当時、ここに島はなかった。恐らく、ワタシの足元、薄い表土の下には、十数mの厚みでゴミが堆積しているはずだ。沿岸に住む人々の暮らしの残滓が続々と運び込まれ、やがてそれは陸地に変じ、山と化した。その後、地元自治体の長が、このゴミの上に、某・一大イベントの誘致を企画。莫大な税金を投入して整備を進めたものの実現せず、彼らの愚昧の証として、広大で牧歌的な空間だけが残った。

 それにしても何という皮肉だろう。かつてワタシが夢見た世界を、我々自身が出したゴミと、その兄弟分というべき役(立たずの)人たちが叶えてくれるなんて。この人工島の用途は今もって定まらぬようだが、今のままが一番よい。ますます増えるであろう、田舎を持たぬ人々にとって、ここは殆ど唯一の古里となり得るからだ。

 すっかり暮れた中を歩き、例のお化けモスクに差し掛かる。スポット的ライトアップが、ますます中東っぽい。けれど、耳を澄ませても尖塔は沈黙を守っている。当局による、日没のコーランのサービスくらいは欲しかった。

 大橋を渡り、巨大遊園地の脇を通って最寄り駅から電車に乗る。そして途中下車し、ガード下のごちゃごちゃした飲食店街で、M氏と手近の居酒屋に潜り込む。湾岸地帯からここまで帰ってきて、ようやく街のサイズも等身大に戻った。
 とりあえずビールと料理を4、5皿注文し、ふーっと一息つく。腰の万歩計を開いたM氏が、「20km超えたな」と呟いた。だだっ広い島内では距離感が狂うのだろう。数字の、実感以上の大きさにビックリする。
 疲れも体感以上だったとみえる。思いのほか酒が回る。橋を一つ、歩いて渡っただけなのだ。なのに、遠い世界から帰ってきたような気がしてならない。駅裏の雑踏、森や丘、夕日に煙る海、そして巨大橋の上から眺めた無機質な街の夜景‥。今日1日に見たものがゴチャ混ぜになり、何が現実でなにがマボロシだったのか、もはや判然とはしない。

 ‥which is right
  And which is an illusion

 『サテンの夜』の一節が、どこか頭の中でコダマしている。