ナンピッ・パオ×3(その2)

75バーツ

04年4月22日


「一名様ご案内」で廊下の奥の取調室に通され、さっそく荷物検査が始まった。以前は、警察手帳のようなモノを提示してから取り調べに入ったと記憶しているけれど、今回はそのような儀式はない。プラスチックの大きな箱が用意され、ザックの中から一つ一つ荷物を取り出し、梱包も開いて入念にチェックしてゆく。『あー、またパンツ一枚にされるのか〜』 私は嘆息した。もちろん何も怪しいものは持ち込んでいない。しかし、私が持ち帰ってきた品々は、通常の旅行者のそれとはかなり違う。調味ペースト各種、大木を輪切りにした大きな中華まな板2枚、中華包丁、天然石のクロック、オーイ大小2コ、マイティユン、料理の本、それに、昨夜ラチャニ先生が腕を振るって作ってくれたゲーン・キョワーン(グリーンカレー)などなどだ。オマケに、ナンピッ・パオの瓶のふたが3コとも緩んでいたと見え、ザックの中にオイルが流れ出して、室内にまで香ばしい匂いが充満した。

係員は、
「タイに何をしに行ったのか」
と頻りに訊いてくる。
「料理の勉強ですよ。屋台を食べ歩き、料理の先生にタイ料理を習ってきました」
と私。その説明と、次から次へと現れる荷物の中身が一致したせいか、やがて彼らもだんだん脱力し始めた。
「またどうして、こんな取り調べを受けるんですか」
「おたくの荷物に、麻薬犬が反応したんですよ」
「えっ? いつですか? バゲッジ・クレームに出てくる前に?」
「ええ」
 う〜む。持ち込んでも触ってもいないものが、臭うワケがない。見た目でしょっ引いておいて、イヌ云々は単なる口実ではなかろうか。イヌの気持ちをかなり正確に読める私は、本人(犬)に会わせてくれれば、その真偽を見抜く自信はあるのだが。
「そういうものを荷物に隠し、麻薬犬の鼻を誤魔化すためにニオイの強いものを一緒に入れる場合もあるんですよ」
と係員。はは〜ん。鼻が慣れてしまった私は全く気付かなかったが、アタックザックからは、多量に買い込んだお香や、漏れ出したナンピッ・パオが匂っていた筈だ。イヌではなく、税関のゲートで係員自身がそれを嗅ぎ付けたのではないか。多くのイヌは、香辛料系の匂いをイヤがる筈だ。しかし、機内持ち込みの荷物には目もくれず、調べはアタックザックのみに集中している。やはり、本当にリークしたオイルが麻薬捜査犬を惹き寄せたのか。ナンピッ・パオには、そんな効果があるのか。だとすると、これを混ぜ込めば最高のドッグフードが出来るではないか! その場合、イヌに辛いものは禁物だから、唐辛子成分は取り除いてやらねばならないな。

 そんな事を考えているうちに、荷物の3分の2の調べが終わった。残るはザックの底の衣類と寝袋だけだ。これらは圧縮袋に詰め込んであり、一度開けると再パックが面倒臭い。やれやれだ。が、係員は、「はい、結構です」と取り出したものを戻し始めた。どうやら疑いが解けたものと見える。税関ストリップも免除のようだ。

 思わぬ足止めから解放され、ぐっと気分が軽くなる。おや? そのせいだろうか、合わせて40kg近い荷物まで減量したような感じだ。まさか係員のヤツ、どさくさに紛れて、中華まな板1枚抜いたりしてないだろうな。最近、とみに足腰が衰え、バンコクで重量物をあれこれ買い込みながらも運搬には不安があった。高くつくが、成田エクスプレスかリムジンバスを使うことも覚悟した。が、これなら余裕でいける。足取りも軽く、私は京成電鉄の乗り場に向かった。こんな浮揚効果があるのなら、別室送致も、そう悪いものではない。