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コインシャワーとは、何室か並んだボックスタイプのシャワールームで、5分100円ナリの湯を浴びるシステム。要領よくやれば10分200円で足り、銭湯よりも安上がりだが、一般的にボロで不衛生で汚いため、貧乏学生でさえ敬遠する傾向がある。
アパート近所のコインシャワーは、東アジア系、南アジア系の常連が多い。密航華やかなりし頃には、備え付けの屑入れに『上海飛馬標』石鹸の包装紙などが捨てられていた。恐らく、ここで長い航海の垢を落とし、さっぱりした気分で新天地へと飛び出していったのだろう。君たちの、異国での幸多き滞在を祈る!
その気になれば、手ぶらで訪れても何とかなるのがコインシャワーだ。遺棄されたシャンプーやリンスの空容器は、湯を注いでやれば、1、2回分の水溶液は余裕で取れる。各ボックスを一巡すれば、チビた石鹸、手拭、ボディクロス、使い捨ての髭剃り、スポーツ紙、マンガ雑誌などが揃う。
しかし私は、それらの恩恵を一度も活用していない。合成界面活性剤等を含むシャンプー・リンス類は忌避しているし、石鹸も使わないためだ。頭のテッペンから爪先まで、大匙2杯ほどの自然塩があれば、体のヨゴレはきれいに落とせる。無精ヒゲを蓄えているから髭剃りの出番もない。ボックス内の割れてシミだらけの鏡に向かい、アーミーナイフのハサミでチョイチョイと当たれば、ヒゲの手入れは完了する。
そんなことより、散髪スペースとして利用できることの方が、私にとっては有り難い。用意するものはヘアブラシと櫛、梳きバサミと普通のハサミ各1ヶ、新聞紙数枚、ヘアカッター、手鏡2枚、手箒、そして洗濯バサミ。この日も約15分で、アタマはすっきりした。床に新聞紙を敷いての作業だから、もちろんボックス内に痕跡は残さない。
この30年、私は髪を自分の手で切っている。そもそもは、高校時代に散髪屋と揉めたのがキッカケだ。
ナチュラル指向だった私は、整髪料だの何だのを頭に振りかけられるのが我慢ならなかった。仕上げの段になって、何コース(マンダムとか)にするか訊ねられ、「そんなものは要らないからその分値引きしてくれ」と提案したら、なぜかケンカになった。当時の、何でもかでも『腹黒い資本家どもの悪辣な企み』と見る風潮に後押しされて、多少は口のきき方に行き過ぎがあったかも知れない。スッタモンダの挙句に減額は勝ち取ったものの、「金輪際、こんな連中の世話になるもんか」と固くココロに誓った。その決意が、私にしては珍しく今も続いている、という訳だ。
TVによると、都内の原宿・南青山界隈では、『カリスマ美容師』と称する若造が客にタメ口をきいているという。しかし、経験年数から云えば、彼らがオシャブリを咥えていた頃から、私は髪を切り続けている。
もちろん長いキャリアのうちには失敗もある。ならせば4勝1敗というところだろう。しかしそこが自前の散髪の良いところで、失敗しても少しも腹が立たない。それに、上手くゆかないのは、大概が首筋の後ろの部分だから、自分では見えない。つまり、気にならないのだ。唯一の欠点は面倒臭いこと。お蔭で、作業は半年に1回になっている。
この日の散髪は大正解だった。同日の都内の最高気温は37℃。午後を過ごした立川は内陸性の気候だから、さらに3、4℃高かったに違いない。長髪のままだと、熱がこもって大変な思いをしていた筈だ。