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やがて搬送先が決まったと見え、連れの女性も乗り込んだ。そして我々が見送る中、ピーポー音と共に、救急車は引き上げていった。その音が消えると、さすがに疲れがドッと出た。店のお母さんもホッとしたらしい。居残った客に、一杯ずつ酒が配られた。
彼女の話では、あの2人は始めての客だという。初っ端があれじゃ、もう顔出せないだろうな。いい店なのに。そんなことを考えつつ、グラスをチビチビ干す。そして、「さて、帰るか」と立ち上がりかけた時、ふいに店に入ってきた者がいる。見ると、先程の救急隊員ではないか。何か聞き漏らした事でもあるのか。あるいは症状が急変し、車内で死んでしまったのか。
「どうしました?」と訊ねた我々に、彼が答えた。「いやぁ、店に忘れ物したって云うんでね」 患者のリクエストに応えて戻ってくる隊員の人の良さには驚いたが、どうやら泥酔娘は正気に返ったらしい。まずはメデタシメデタシである。
隊員ともども、全員で手分けして失せ物を探す。しかし、元々どんなモノだか良く判らないこともあって、それらしき品は見つからない。「もし出てきたら知らせますよ。どこの病院ですか?」「病院にはいません」「えっ? もう退院したんですか?」「いや、途中で元気になって、車を降りて帰ってしまったんです」 一瞬、私は狐につままれた。帰ったって? じゃあ、一体、あの騒ぎは何だったんだ? 気を揉み、焦って救急車を呼んだ我々がバカみたいじゃないか。オマケに、隊員に探し物までさせて。
一連の出来事は、翌日になっても、繰り返しフラッシュバックした。何かが腑に落ちないのだ。何か大切な、あるべき筈のシーンが抜け落ちている気がするのである。なんだろう。う〜む‥。アッ、あの2人、呑み代払ってないじゃないか。これは、もしかして新手の食い逃げ!? 途中下車も、救急車を引き返させたのも、みんな計算通り? だとしたら、幾ら踏み倒したか知らないが、泥酔を装えるに充分な量を心ゆくまで飲み食いしたに違いない。
仕事を済ませると、早速、私は店に駆け付けた。そして、「夕べはお疲れサマ」の挨拶もそこそこに、店のお母さんに疑問をぶつけた。すると、意外にも「払ったよー」の返事。拍子抜けした。なんでもあの2人、入ってきた時点でかなり酔っており、1、2杯傾けたところで、1人が潰れたのだと云う。
推理は振り出しに戻った。ってことは、私の指圧が劇的に効いたのか? そんなバカな。そう云えば、岡本綺堂の『三浦老人昔話』によると、明治の初め頃まで、このあたりではキツネが出没していたらしい。当時の狐狸どもが古巣を訪ね、すっかり変わってしまった町と人を相手に、一勝負、腕試しに及んだのかも知れない。