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仕事場近辺でそこそこ飲んだ後、まっすぐ帰るつもりが、フラフラと途中下車。駅裏の馴染みの店に吸い込まれる。もちろん、すでに肝臓はフル稼働中。それをイタワるべく、この店名物の、さまざまな薬草類を漬け込んだ『健康酒』を服用するのが目的だ。だから長居はせず、きっぱりと2杯で席を立つ。
精算も済ませ、用を足してトイレから出ようとした時、女性客2人がもつれるように雪崩れ込んできた。女の連れションか?
顔をしかめつつ身をかわす。と、その一人が、「この人、吐きそうなんで‥」と言い訳した。なるほど抱きかかえられた方は、完全に前後不覚の状態だ。そして、狭い空間で我々が場所を入れ替わろうとした刹那、彼女が崩れ始めた。慌てて支えたものの、腰が抜けたようにズルズル滑り落ちる。それを背後から何とか抱き起こし、2人がかりで便器の上に屈ませた。
歳の頃は20代後半のOL風。何が原因かは知らないけれど、酔い潰れたくなることだってあるだろう。全て吐き出してしまった方がスッキリする。後をまかせ、私は個室を出た。が、しばらくしてトイレの扉が開いた時、泥酔娘は床の上にだらしなくダウンしていた。連れの女の力だけではどうにもならず、他の常連客の手も借り、とりあえず小上がりまで運んで仰向けに寝かせる。
さて、これからどうしたものか。店の閉店時刻も迫っている。このまま、復活まで寝かせておくワケにはゆかない。付き添っている女性の話では、直前まで普通に話していたのが、突然おかしくなったと云う。それを聞いた客の一人が、ボソッと呟いた。「こりゃ、急性アル中だな」「えっ、急にこんな風になるんですか?」「うん、何度も見た」「放っとくとマズイんじゃあ‥」「死ぬこともあるよ」
そう云われると、横たわったまま微動だにしないし、このまま息絶えてしまうのでは、と怖くなってくる。他の客たちも俄かにザワついた。「救急車を呼んだほうがいいな」の声で、一人が店の外に出て、ケータイを掛け始めた。何分くらいで来てくれるのだろう。それまでに死にはしないか。待っている間に何か出来ることはないか。
ところで私は、プロの手ほどきをキッカケに、指圧のマネゴトをやっている。シロウトだから、今のところ掌と足裏限定だけど、それが意外に酔い覚ましに効くのだ。僅かな刺激でも、血行が良くなって、肝臓のアルコール処理能力がアップするのかも知れない。他に蘇生法も思いつかないし、拱手傍観のまま死なれては後味が悪い。お店だって迷惑だ。そこで、ダメモトで指圧を試してみることにする。
左の掌から始め、せっせと揉む。少し血色が戻ってきたのでは‥。と顔色を窺って、ふと気付いた。首にスカーフが巻き付いているではないか。酔っていなくたって、これでは苦しい。早く外してやらねば‥。
ところが、これがどうにも取れないのだ。生地はゴワゴワと硬く、オマケに色がゴールド。「なんと趣味の悪い‥」と良く良く見たら、うわっ、これはスカーフなんかじゃないぞ。ブラジャーではないか! トイレで後ろから抱きかかえ、力ずくで引き起こした時、どこがどう外れたのか、そのままズリ上がったらしい。こんなものを脱がせたら、救急車の後から、パトカーまでお迎えに来てしまうではないか。狼狽した私は、その布地を慌てて上着の中に押し込んだ。
何とかその場を取り繕い、掌から足裏へとなおも指圧を続けるうちに、ようやく彼女に反応が戻って来た。ゆるゆると片手を上げたかと見ると、無言のまま、もう片方の足を指差している。ははぁ、こちらも揉めということか。はいはい。指示通りに、私は反対の足も揉み続けた。
ようやく救急車がやって来た。寒い戸外で待っていた常連たちと共に、隊員が入ってくる。隊長らしき一人が我々に経緯を訊ね、少しばかり意識の戻った彼女にも2、3質問する。が、ストレッチャーで彼女を車内に移した後も、なかなか動こうとはしない。受け入れ病院の手配に手間取っているのだろうか。症状も、案ずる程ではなかったに違いない。