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長年の旅のブランクの間に、東南アジアはすっかり変わっていた。同時に、バックパッカーの旅のスタイルも変化した。一昔前まで、安宿のテラスや旅行者が溜まる喫茶店には、絵葉書や手紙をしたためる彼らの姿がつきものだった。それが見事に消えてしまったのだ。云うまでもなく、インターネットの普及が原因だ。
朝、目覚めると、まずインターネット屋に出掛けてメールをチェック。ついでに、母国のニュースや、贔屓チームの試合結果などにも目を通す。それが旅行者の日課になってしまった。インターネットが使えれば、次に向かう土地の情報だって拾えるし、途中で出会った旅行者とも、その後の様子をメールで伝え合うことが出来る。一昔前からは想像もつかないほど便利になった。
その昔は、郵便物だけが殆ど唯一の通信手段だった。ビンボー旅行者にとって高嶺の花の国際電話も、国によっては聴き取り不能なほど音質が悪かった。また、午前中に通話を申し込んで、繋がるのは夕方か夜、という土地も珍しくはなかった。
電話やメールと違って、郵便物は遣り取りに時間がかかる。エアメールで出したのに、なぜか、何週間もかけて相手に届くこともあった。半年後に着いた、という話も聞いた。だから、故国の友人に便りを頼む場合、少なくとも1ヶ月は余裕を見て、その頃に滞在しているであろう土地や国のGPO(中央郵便局)、あるいは日本大使館気付けで出してもらう。そして、ボロバス、トラックの荷台、鉄道、飛行機、船などに揺られ、その町や土地、国に入ると、宿の確保もそこそこに郵便物のチェックに出かけた。云うまでもなく、旅先で受け取る手紙ほど嬉しいものはない。
新たな土地に入るワクワク感には、待っているかも知れない故国からの便り、というニンジン効果も働いていたのだ。それだけに、乗り物が遅れてGPOや大使館の閉館時刻が迫って来ると、本当にヤキモキさせられた。郵便物は、職員が調べて手渡ししてくれる場合もあれば、ボックスをセルフサービスで探すところもある。名前のイニシャルで見つからなければ、苗字でも当たってみる。そして、自分宛ての便りを手にした瞬間、どんなに辛い移動であっても、その苦労や疲れは雲散霧消してしまうのだった。
タイ人自身が「辺境」というこのナーンの町にも、インターネット屋が、少なくとも3軒はある。ただ、気が遠くなるほどノロマで、スタートから真っ直ぐホットメールを読みに行っても、1通目を開くのに20分近くかかったりした。てっきりフリーズだと思い込み、何度もマウスをクリックしてマシンの足を引っ張って、1時間にメール1通を片付けるのがやっとこさ、ということもあった。
この日、町の名門ホテル「NANFAH」のロビーで絵葉書を買い、同じフロアの喫茶店に入る。日本までの切手代を含めれば、1枚につき22バーツだ。インターネットなら、1時間で20バーツ。コストの面でも太刀打ちはできない。私は珈琲を注文し、ペンと、手相見のような大きなルーペを取り出した。昔は裸眼で、旅のあれこれを細かい文字でビッシリ書き連ねたものだった。しかし今では、これがなければ読み書きもままならない。長年のブランクの間に、私の目もまた、変化してしまったのだ。