ドーナツセット

350円

06年01月10日


 美味しい手作りドーナツを出す、2人掛けテーブルが1つだけの小さな喫茶店にて。
 ウマいものを出す店の常として、ご主人は味に厳格で、近所の飲食店についての評価も的確だ。たまに帰省する私にとって、ここは、ご近所グルメ情報の窓口でもある。
 この店から少しばかり歩いたところに、プレハブ風の殺風景なうどん屋があり、前々から気になっていた。一般的に、素っ気ない構えのメシ屋の品定めは難しい。アタリでなければ論外。なぜか中庸は少ない。美味探求に一途で他のコトには無関心、さもなくば、味も店構えも手抜きの産物。そのどちらかなのだろう。
 世間話ついでに、その店についてご主人に訊いてみる。すると、いつになく力の篭った声で、英文法で云う『最上級』の形容詞を3つ、4つ並べるではないか。私は驚いた。彼のコメントは大体が控え目で、オススメの店でも『比較級』止まりだからだ。これはアタリか、と思わず身を乗り出す。
 が、逆だった。息が止まるほどマズく、「普通にやったぐらいでは、あそこまで行かんな」「作ろ思たって、あれは作れませんで」というシロモノらしい。そのボロクソな評を聞いているうちに、私は無性に食べてみたくなってきた。中途半端で我慢ならないものは幾らでもあるが、そこまで云わせる究極の味は初めてだ。ご主人も、「そやね。一度、行かはるのもヨロシぃで。試してみる価値あるわ〜」と後押ししてくれる。その時フッと、どこかの呑み屋で、同じような会話を耳にしたのを私は思い出した。 その場に居合せなかった、常連の一人が話題になっていた。

「あの××さんな、ボッタクリ・バー探して、呑みに行くんが趣味なんやて」
「わざわざボッタクられに行くんかい。物好きにもホドがあるで」
「ちゃうちゃう。店に入るやろ、横に女のコが付いても、指1本触れへん。そのコが飲み物欲しがっても相手にせんのや。オーダーも、追加せェへんねん」
「そんなん、楽しいんかい」
「目的がちゃうねん。そやっといて、始めの云い値ポッキリ、はろ(払っ)て出てくるねんて」

 そんな内容だった。私は唸った。飲み屋や酒に、心地良いサービスや寛ぎを求める人たちにとって、そのテの店は、お花畑の中の地雷原だ。それを、スリルや緊張を味わうゲームの場に変えてしまうなんて。
 数年前、この街でも、河口近くの錆色の一角に、巨大なレジャー施設が造られた。ハリウッド映画の見せ場が体験できる、という触れ込みだった。しかし私の周囲で、「行った」という声は殆ど聞かない。どうやら客の大半は、他府県や、遠く海外からの旅行者らしい。
 この街の人々は、日常生活や身の回りを遊び場にして、自分なりのアソビや楽しみ方を見つけ出すことに長けている。出来あいの施設や、お膳立てされた計算通りの演出では、なかなか満足してはもらえない。恐竜が鎌首をもたげようが、火柱が立とうが、一つ間違えばアバラが折れ、全身アザだらけになる台本なしのスリルに較べれば、コドモ騙しだろう。
 例のうどん屋も、半端ではないマズさ故に、潰れずにいるのかも知れない。河口の馬鹿でかいハリボテが消えても、あの店は生き残りそうである。