電子辞書

30780円

05年11月19日


 当通信をご覧の皆さんは、買い物の内訳から、薄々、「この人物、エンゲル係数が高いのでは?」とお気づきなのではないか。そういったご心配、あるいは励ましの言葉は、まだ一つも届いたことがないけれど、皆さまの気遣いを私は電脳空間の向こうに感じるのだ。伏してお礼申し上げます。
 云うまでもなくエンゲル係数は高い。しかし、たまには、胃腸ではなくオツムを満たすために出費することもある。この電子辞書はその一つ。金額は見ての通り。見栄でゼロを一つ加えたりはしていない。高かった。ヨドバシ価格でこの金額なのだ。当初は1万円代のものを考えていたが、百科辞典や歴史辞典まで入っているのに惹かれ、この機種に決定した。

 本業以外に、助ッ人仕事も引き受けて、私は糊口を凌いでいる。そこでは、広告デザイナーが上げてきたコピーをチェックすることが少なからずあるのだけれど、彼らの言語水準やセンスには、こちらが言葉を失ってしまう。summerがsammerだったり、girlがgarlだったりなんてのは日常茶飯事。ローマ字書きで英語になるのなら、誰もシケ単のお世話になんかならずに済んだ。
 スペルがこのレベルだから、コピーも怖いもの知らず。ファッション紙面の意味不明なカタカナ語の羅列などは、まだ可愛い方だ。一度、紙面にでっかく、「夏だからストリート・ガール」という大タイトルが踊っているのを見て、度肝を抜かれたことがある。衝撃のあまり思考も停止してしまったけれど、ふいに、私の内側でアラームが鳴り響いた。待てよ、ちょっと待て! 単なる無学無教養・無知蒙昧では、とてもこのコピーは書けぬ。もしかしてこれは、『ベネトン』の向こうを張った、超・大胆不敵なアジテーションなのではないか。我々の預かり知らぬところで経営トップの英断が下り、いつもの失語症のデザイナーを外して、凄腕の本職を起用したのではないか。もし、『おいしい生活』の彼が書いたものだとしたら、シモジモが勝手に添削するなんて言語道断。始末書モンである。
 そこで私は責任者と相談し、英和辞典を開いて拡大コピーを取り、「問題はないでしょうか」と書き添えて校正紙に張り付け、クライアントに戻した。数日後、このアナーキーな文章は、当り障りのない文言に差し替えられて返ってきた。どうやら、大御所の作品ではなかったらしい。世に出ていれば社会を震撼させたに違いない名文句も、こうして、人知れず闇から闇へと葬り去られてしまった。

 前置きが長くなったが、そういう理由で、私は頻繁に辞書を引くことになった。ところが、辞書に当り始めると、今度は自分の無知ぶりに唖然とした。人サマの心配をしている場合ではないのだ。「スウィートルーム」は「甘い部屋」ではなかったし、文房具は全然「駅的な」道具ではなかった。私は決心した。よし、電子辞書を買おう、と。
 手に入れてみると、これは素晴らしい知恵袋だった。持ち歩けるから、知りたい時が調べ時。即座に答えが判る。これまではギモンが浮かんでも、後で辞書を手に取ったところで、何が気になっていたのか、すでにそれすら思い出せないのが常だった。
 意外だったのは、『広辞苑』と並んで『漢字源』の出番の多いことだ。この漢和辞典の解説の中には「解字」という項目があり、面白くって、まずそちらに目が行ってしまう。そこでは、漢字1文字をパーツに分解し、それら各々の意味の集合体として、その字の生い立ちや字義が判り易く説明されている。
 「ルーツを遡ってモノゴトの本質を探る」というのは、私の大好きなアプローチ法だ。一度始めると、ネットサーフィンならぬ漢字波乗りに嵌ってしまい、時が過ぎるのも構わず文字から文字へと渡り歩く。仕事に向かう電車内はもちろん、長時間乗り物に揺られる時も、これ1台あれば飽きない。下手な小説より、よっぽど面白いのだ。文芸作品とは云っても、所詮は、この小さな筐体の中身の一部を、順序を置き換えて並べただけではないか。
 「解字」の解説には、取って付けたような、それってコジツケじゃないの、と思えるものもある。数千年の歴史の中で変遷を繰り返してきた訳だから、今となっては良く判らない箇所も少なくない筈だ。なのに、どの字を見ても自信たっぷりの説明がなされている。私は「解説者の類い稀な推理力・想像力の産物か」と怪しんだが、中国のことだ、過去に何冊も研究文献が著されたに違いない。恐らく、『漢字源』の解字もそれに拠っているのだろう。
 いずれにせよ、私は漢字をパーツの複合物として見るようになった。ある時、『酸』の字を眺めていて、ハッとした。なんてこった! 字の右上の『ム』の下は、『尢』じゃなく『儿』ではないか。手書きで仕事をしていた時代、あるいは葉書や手紙などに、イヤというほどこの字を書いた。私は顔が赫くなるのを感じ、仕事を切り上げ、ウチに帰って頭から布団を被りたくなった。