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内容は、1等検と2等検を1パックずつ。これは私の買い物ではなく、シショーに頼まれての使い走りだ。白口元揃え天然真昆布を切らして以降、「早く買ってきてくれ」「富士スーパーの昆布じゃ味が違う」と、度々メールでせっつかれていた。彼にダシの甘美な世界を教えたのは私だから、パシリは当然の報いと諦める。
それにしても、昆布の威力は凄い。最初、頼まれもしないのに2等検を1パック買って帰り、購入価格で押し付けた時はロコツに迷惑顔だった。それが僅か数ヶ月で、禁断症状を呈している。
ところで、大阪市内某駅裏手のこの老舗の昆布屋は、訪問に際して多少の心構えを要す。客あしらいが素っ気ないのだ。しかし、決して不親切な訳ではない。それどころか、非常に良心的な店である。私などが1等検3000円ナリのパックに手を伸ばすと、「家でふつうに使うんやったら、これで充分や」と3等検1500円の包みを奨めてくれる。ピュアなくらいに素っ気ないだけの話なのだ。
5時閉店の15分前に余裕で駆け込んだ時のこと、何気なく、かねてよりの昆布に関する疑問を1つ2つ問うてみた。途端に、オヤジが横を向いて呟いた。「うるさい客が来よった。今日は、もう店仕舞いや」 私はギャグだと思ってフフフと笑った。ところがオヤジは、店頭に並べた売り台の商品をバタバタ片付け、あれよあれよという間に戸締りを始めたのだ。これにはマイった。
こんなこともあった。天然物の真昆布は、年によって品質にかなりの差が出るものらしい。それを知らなかった私は、ある時購入した品が、前年のものに較べてかなり質落ちするのに疑念と不満を覚え、両者のサンプルを同封して、問い合わせの手紙を出した。
1、2日後、電話がきた。受話器を取ると、何やら名乗ったが、息がハアハア荒くて聴き取れない。その時は、「こちらからのコールで駆けつけたのなら兎も角、そっちから掛けてきてなぜハアハアなんだ?」という疑問と、昆布の返事は数日後に手紙で来るだろう、という思い込みがクロスし、咄嗟には思い至らなかったのだ。
電話は昆布屋からだった。発言の間に挟まるフイゴのようなノイズも、興奮したオヤジの鼻息が送話口を叩いていたためだ。どうやら、私が手紙で商品にケチをつけた、と取ったらしい。開封、一読するや否や、受話器に手を伸ばした姿が目に浮かんだ。
その電話での遣り取りで、私は、できるだけ筋道立てて質問したと思う。けれどオヤジの熱弁は、トンチンカンなばかりで全く要領を得ない。約半時間ばかりも質疑応答を繰り返したが、結局のところ私の疑念はそのまま残り、オヤジの憤懣も治まらなかった。
それにしても、扱い商品の説明一つ満足に出来ない人物が店のあるじで、どうして商いが成り立つと云うのだ。しかも老舗の店が‥。私は首を傾げた。
が、そのナゾは、後に築地の老舗乾物屋の若社長とメール文通した時、あっけなく解けた。同業者である彼の解説は明快だった。要約すると、次のようになる。
1)問屋や専門店は、客もその道のプロだ。例えば乾物屋の場合、ダシ材料
を買いに来るのは、蕎麦屋や料理屋の主人や職人たち。いずれもが商品
に関する豊富な知識や選択眼を持っている。だから店側も、いちいち品
物の説明をする必要がない。解説の機会なく長年やってきて、突然シロ
ウト客に突っ込まれると、うまく説明が出来ずにウロタエてしまう。
同じ理由で、店の従業員も学生のバイトで事足りる。商品に詳しい人物、
は店の主人一人いれば充分。少しでも人件費を抑え、その分、1円でも
安く商品を出す方が得策なのだ。こういう店で、主人以外の店員をとっ
掴まえてあれこれ訊ねても、もっと心細い答えしか返ってこないだろう。
2)築地などでは、店の主人は口ベタの方が信頼できる、とする空気が同業
者間にある。「良い品なら黙っていても売れる。商品の解説が上手いの
は、品物が悪くて宣伝しなきゃ売れないからだ」と云うリクツである。
また、「シロウト客をちやほやする店は、プロの客に嫌われる」という
思い込みも問屋街では根強い。それゆえ必然的に口ベタになる。
この3代目若社長も、最初のうちは、一般のお客に判りやすく説明するのが苦手だったという。そしてそれに慣れた今も、素人相手に親しく話している時、なんとなく同業者やプロ客の視線を意識してしまうらしい。
もちろん大阪市内にだって、プロを相手にしながら、一般の客にも判り易く説明してくれる老舗の昆布屋は何軒もある。主人の話術が、即、商品の良否のバロメーターになる訳ではない。が、あのタイプの店主にも立派な存在理由がある、というのは大きな発見だった。
という訳で、友人知人をその店に連れてゆく際には、「何一つ質問するな、無用にオヤジを刺激するな」とウルサいほどに注意を与えている。ここは稀少品の上質真昆布がリーズナブルな価格で手に入る、市内でも数少ない貴重な店だ。オヤジが興奮してその身体に万一のことがあったりしては困るのだ。B