だし昆布(×2)

2000円

05年08月02日


 一昨年に続いて、この夏も、北の港町のご主人サマの元で、召し使い業に励む。『ご主人サマ』『召し使い』と云っても、近頃流行りの、暗い目のマニア系青少年と冥土ムスメの、あの薄気味悪い関係ではないからご安心を。彼ら2人は、私の20数年来の友人、そして仕事仲間だ。現在はこの町でNPO団体を立ち上げて活動しており、エアコンを持たない私は、避暑を兼ねて当地に逗留し、その仕事を手伝っている。無給ではあるが、彼らのオフィスの一室で寝起きし、朝・夕の2食もつくという贅沢ぶり。2人とも、フトコロが苦しくとも、食費をケチって食い繋ぐより、美味いものをしっかり食べて餓死する方がよい、というタイプ。だから、外メシ、内メシとも、大変レベルが高い。ただ、最初は『ボランティア』の身分だったが、一度、無断外泊したら『召し使い』に格下げとなり、ご主人サマの許可なくして持ち場を離れられなくなってしまった。ちなみに、この身分で口答えなどすると、次は『奴隷』の待遇が待っている。くわばらくわばら。
 年季が明けたのこの日、昼前から町をぶらぶらする。地元の食通が通う隠れた名店の暖簾をくぐり、いっぱしのツウっぽくシンプルな塩ラーメンを頼み、「ああ、塩は控え目でネ」と付け加える。給金を握り締めて町に出た、奉公明けの丁稚の気分である。‥と云うのはウソで、このラーメン屋には日参している。今夜の列車で当地を離れるが、ここの塩ラーメンに別れを告げるのが一番ツラい。
 昼食後、あちこちの店を覗いて歩く。土地柄、さすがに海産物の店が多い。私は昆布屋を物色した。実はこの町に限らず、産地に近いのに、何処へ行っても「これは!」という昆布に出合わない。江戸時代以来の伝統で、高値で売れる高級品は、全て集積地の大阪へ送られてしまうのだ。生産地の宿命、というヤツである。
 この時も一軒が気になって入ったが、特に期待はしていなかった。だから、せっかくの店員の説明にもナマ返事。何となく申し訳ない。観光客は、佃煮や昆布巻きなどの加工品を主に買ってゆくのだろう。彼の解説もそちらから始まった。が、私は、店の隅に積まれているパック入りダシ昆布が気になった。見ると、巻いた状態のままのブツ切り真昆布だ。私は『おやっ』と思った。
 普通、大都市の昆布屋やスーパーマーケットで売られているダシ昆布は、早煮や三石系を除けば、板状をしている。海から上げて干せば、自然にそうなるものと、私も思っていた。しかしそうではなく、人手を掛けて開いて伸ばした結果であることを、最近になって知った。もちろん、見栄えを良くして商品価値を高めるためである。
 それを教えてくれたのは、富山県内の昆布店だ。仕事場(註1)の室長が『巻いた』昆布を買ってきたことがあり、しかも意外に美味いダシが取れたため、不思議に思ってラベルの連絡先に問い合わせたのである。「手間を掛けない分、値段は安いが、品質に差はない」 そういう回答だった。つまり、巻いた昆布は良心的な品の可能性があるのだ。
 とは云っても、外見で良し悪しを見抜くほど、私はダシ昆布に詳しくはない。この分量で1袋1000円はメチャ安だけど、『ヤスモノ買いの‥』になりはしないか。粗悪な昆布は、5倍の量を投入しても全く使い物にならないのだ。しばしパックの前で思案し、「試食品はないの?」と小声で訊ねてみる。店員は快く一袋を開けてくれたが、それは見た目以上の味だった。
 彼の説明によると、これらは、変色、穴、キズなどの理由で、格付け以前の選別でハネられた品だと云う。例えそれが1等検クラスであっても、ひとたび弾かれると、もはや敗者復活の道はない。そして、一般小売店の店先に並ぶことなく、業務用などに流されるというのだ。
 1等検で落ちたものが2等検に廻る、と思いこんでいた私は驚いた。それに、「キズモノ」といっても、その部分を除けば何ら問題はないし、ザッと見たくらいでは、どこが傷なのか判らない。これはお値打ち品ではないか。

 実は、明日から5日ばかり、さる農園カフェの農場を舞台にした、『開拓実習』を受けることになっている。参加者の大半は近在からの通い組のようで、先方に食事の用意はないらしい。泊り組の私の場合、テント・寝袋に加えて食糧を持参せねばならぬ。ここからは、JR、地下鉄、バスの乗り継ぎが待っている。できれば大きな荷物は避けたい。また、荒れ地相手にツルハシを振るい、疲労困憊した体でセッセと自炊、なんてのもイヤだ。仕方がないから、煮炊き不要のシリアルでも持ち込むか。
 そんな算段をしていた私は、パックを眺めながら考えた。昆布は名案かも知れない。軽いし腹も膨れる。シリアルよりミネラル分のバランスも良さそうだ。ポケットに入れておけば、非常食にもなるだろう。熟考の結果、2袋を購入(註2)し、上機嫌で店を出る。

註1:古色蒼然とした雑居ビル内の仕事場は、『自炊職場』でもある。こちらに越してくる前のビルでは、玄米を炊き、パスタを茹で、煮魚やサラダも作った。私も愛用の調理器具を置き、ラチャニ先生直伝のトム・ヤム・クンや、レー先生伝授のゴイコンを、仕事仲間に披露したりした。その後、忙しくなってしまい、当時ほど本格的な自炊は困難になった。それでも室長は、昆布と鰹節厚削りでダシを引き、こだわりの味噌汁をスタッフ一同にサービスし続けている。
 最新のテクノビルに入っている親会社は、子会社もそこに集約したいらしい。が、室長は果敢に抵抗している。そんなところに入ってしまうと、大っぴらに料理出来なくなってしまうからだ。
 これからはテクノビルの時代ではない。貸しビル会社は、形だけの給湯室ではなく、ちゃんとした調理場と調理器具を備えた自炊ビルを建てるべきだろう。子供を台所に立たせぬ親同様、社員に自炊をさせぬ、あるいはその余裕を与えぬ会社に未来はない。これからの時代を生き抜きたければ、まず、自炊企業になることだ。

註2 実習先では、収穫物や家畜を使ったご馳走が毎回テーブルに並び、非常食に頼らずとも済んだ。が、意外なところで昆布の出番が廻ってきた。実習の一環で製作したゴエモン風呂に流用されたのだ。と云っても、別にみんなで湯豆腐気分に浸った訳ではない。削った太枝に布を巻いただけの栓では、どうしても隙間が空き、巨大な鉄釜の底の排水パイプから、少しずつ水が漏る。こういう場合、水で戻した昆布を巻きつけるとよいと云う。そこで、しっかりした厚みのあるヤツを提供した次第。結局、実習期間中に水を入れ替えて沸かし直す機会がなく、効果の程を確かめることは出来なかったが。