大根

260円

[06年01月16日]


 近所の自然食品店にて購入。他の材料の、ニンジン、黒こんにゃく、酒粕、油揚、ぶなシメジ、鮭切り身(×3)、長ネギなどは既にスタンバッている。これで粕汁の役者が揃った。今年一番の冷え込みの中を帰宅。さっそく調理にかかる。まず、今回の主役、煮こごり状のフィッシュ・ストック(註1)を保存瓶から『はかせ鍋』(註2)に開け、水を加えて火に掛ける。そこに板粕をちぎって入れ、バーミックスでよく溶かす。このハンドタイプのフードプロセッサは、見かけ以上の優れモノだ。僅か2分で、全体がクリームスープのような仕上りになる。そこに、大根、ニンジンなど、火の通りの悪いものから、適当な大きさに切って投げ込んでゆく。
 今回の粕汁は、年を跨いでの懸案だった。先月、ふとした行き掛りでフィッシュ・ストックを引いたのだが、これが意外にナマ臭い。ダルのポタージュに使っても、味噌汁にしても、ニオイが鼻を突く。マイった。やり方に問題があったのか、と再挑戦してみたが、やはり同じ。2リットル半も出来てしまい、簡単には使い切れないので、取り敢えず滅菌処置(註3)を施して保存する。そこで、「さて、何か活路はないか」と思案して閃いたのが粕汁だ。そもそもが鮭のアラをベースにした料理だから、魚のストックとも相性が良いに違いない。
 アイデアは浮かんだものの、今度は酒粕の入手に手間取った。近所の酒屋を廻っても、お目当ての純米酒の絞り粕がないのだ。だからと云って、大手酒造メーカーのマズい品は気が進まない。そのうち、ガラス瓶に保存している魚ストックに変化が現れ始めた。色が濁ってきたと思ったら、液中に無数の白斑が生じ、だんだん成長するではないか。煮凝り状態のスープストックは、細菌検査の寒天培地みたいなもんだ。生き残った菌が増殖しているのかも知れない。ボツリヌス菌だったらアウトである。瓶の横を通るたび、私は目を逸らすようになった。が、いつまでも放置しておく訳にはゆかぬ。仕方なく、正月休みの帰省で『緑川』の板粕を調達、他の食材と一緒に担いで帰ってくる。2kgで480円の、例のお買い得品である。
 中身が沸騰したところで『はかせ鍋』を火から下ろし、約30分の保温後、ワクワクの味見。うん、バッチリだ。酒粕に吸収されたとみえ、ニオイは全く気にならない。調理前のストックの味見でも、白斑そのものに、生物的直感に触れるような、危惧すべき挑発的刺激はなかった。多分、何かの成分が析出し結晶化したのだろう。野菜類にも程よく火が通り、保温調理の威力で、いずれもシャキッとして色鮮やか。見るだけで食欲をそそられる。結局、ドンブリに3杯ほど食べてしまい、腹が苦しくなる。意思の弱い人間に、美味いものは危険である。
 それから1週間後の明け方、腹に違和感を覚えて目が醒めた。始めて経験する奇妙な感覚で、不安になる。暗い天井を眺めながら考える。ボツリヌス菌中毒は発症までが長い。万一、粕汁の魚ストックが原因だとしたら、そろそろ発症の時期だろうか。いやいや、夕べのアジと釜揚げシラスだって疑わしい。共に異臭を放ち始めていたので、酒を振りかけ、じっくり火は通したが、臭みは消えなかった。シラスは完食したものの、アジは途中で挫折した。ともあれ、疑惑材料が計3つだから、可能性は7つ。Aの単独犯か、AとBの共犯か、はたまたABC包囲陣だったのか。判断は難しい。今後、怪しいものを食べる時は、1回1品が賢明だ。

註1:ストックの元のイナダのアラは、仕事場の斜め向かいの、『プロ仕様』を謳うスーパーマーケットで購入。大きなトレイに満載で、通常「1パック300円」のところ、タイムサービスで100円だった。一般の店なら7〜800円はする分量だ。しかも、余裕で2食分の身が取れ、その部分は焼いて食す。養殖モノだから、歓迎せざる物質がストックに溶け出す恐れはある。[自己流 ストックの取り方] アラに塩を擦り込み、汚れと一緒に洗い流した後、1パックに付き1リットルの水と共に、圧力鍋に投入。圧がフルに掛かったところで火力を落とし、15分ばかり加熱。その後、自然減圧させる。測ってみると200cc増しのストックが取れた。魚の身から水分が出たのだろうか。不思議である。骨も、鮭缶のそれのように軟らかになり、その気になれば食べられる。

註2:『はかせ鍋』とは、早稲田大学理工学部の小林寛名誉教授が開発した、適温(保温)調理用の鍋。かれこれ18年ばかり愛用しているが、いまだに毎回、感動する。この鍋について語り始めると、夜が、いや年が明けてしまう。残念ながら、ここでは割愛する。

註3:湯煎方式の滅菌処理でも、理論上は、ブドウ状球菌、サルモネラ菌など、大関クラスの菌は退治できる。怖いのは『カテゴリー5』のボツリヌス菌だ。嫌気性だから、普通に家庭で調理している分には、まず心配はない。しかし、今回のように密封保存する場合、警戒が要る。ただし、完全に殲滅するには120℃の加熱を2度かけるなどの処置が必要で、家庭でこの菌を撲滅するのは、ほぼ不可能に近い。