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近所の専門店の前を通りかかった際に衝動買いする。私は、コーヒー豆は挽いたものを買い求めることが多い。ウチのコーヒーミルは、柱にがっちりネジ留めしている。長いハンドルをガリガリ手回しすると、壁の背後の隣室でも、少なからず煩いに違いない。で、その遠慮から、自然と挽いたものに手が伸びるのだ。
しかし、豆のままで買っても、日中に夜の分も挽いておかない限り、あたりの静寂を破ってまでコーヒーを飲みたいとは思わないだろう。それでなくとも、最近、摂り過ぎが気になっている。久々に粒で買うのも悪くはない。
このコーヒーを落とす作業で、今回、思いがけない発見があった。ここ5年ばかり、我が部屋はガスが止まっている。電気ポットや炊飯器、ホットプレート、電子レンジもなく、一切の煮炊きはカセット・コンロが頼りだ。ほぼこれ1台で、自炊中心の食生活(外食は月に2〜4回)を営んでいるけれど、それでもカセットボンベ代は都市ガスの基本料金に達しない。
カセットコンロ使用には、『空き缶が出る』という後ろめたさがある。その反面、自然に燃料をケチるようになってしまう、という長所もある。漫然と使っていると忽ちカラになる一方で、ちょっとした工夫次第で燃費が大幅に向上するからだ。お蔭で、「湯は、必要な量だけをキチッと量って沸かす」という、都市ガスを使っていた頃は思いもしなかった習慣も身に付いた。キャンプ生活なら、フツーに実行していた事なのだが。
云うまでもなく、湯はまとめて沸かした方が効率が良い。ウチでは、朝、コーヒー1杯分、ダシ用、洗面用を一括して作る。ダシ用は約半リットルで、出し昆布と雑節を入れた魔法瓶に注ぎ込む。こうしておけば、昼頃には濃厚にして上品なダシが出来上がっている。メシを作ろうとする時に、既に美味しいダシスープがスタンバっていると、それだけでモノグサな私の気分は軽くなる。
さて、『まとめ沸かし』で厄介なのは、ドリップでコーヒーを落とす時、注ぎ入れる湯量の加減が難しい点だ。カンが大きく狂うことは少ないものの、時としてカップから溢れ出す。それでなくとも仕事場兼用の机の上は散らかっており、畳んだノートパソコンがランチョンマット替わりの日もあり、水濡れは嬉しくない。
そこで一計を案じる。デジタル料理秤を用意し、ドリッパーをセットしたカップを、そのまま載せてしまう。そして目盛りを頼りに湯を注げば、決して失敗はない。我ながら、上手い思いつきではないか。と、コーヒーが落ちるのを眺めていたら、ふいに、デジタル目盛りの数字「188」が、「187」に変わった。えっ? 総量は同じなのに、どうして!?
なおも見守っていると、また1g‥。あっ、そうか。蒸発分か! グラグラ煮立っている訳ではないから、湯気もノドカに立ち上るだけだが、それでもこの速度で空中に逃げてゆくのだ。
結局、コーヒーが落ち止まった時、目盛りは「184」まで下がっていた。デジタル表示だから最大1gの幅があるけれど、最少でも3g減ったことになる。確か、4℃の水1ccが1g。ってことは、3立方センチメートルは蒸発してしまった勘定だ。これは結構大きな数字ではないか。同量の水を香水用のアトマイザーに入れ、霧に吹いてみれば判る。少なからぬ「お湿り」なのだ。
あれこれの工夫に迫られるビンボー暮らし。しかし、ディテールに拘れば、日常生活のそこここに、様々な発見が待っている。びんぼの細部に潜んでいるのは真理か神か!? 息を詰め、ジッと目を凝らす。と‥。なんだ、『宿り給う』たのは、やっぱり貧乏神じゃないか。