コーヒー代

300円

09年04月26日


 いつものように行きつけのカフェレストランでシゴトに励んでいると、スタッフが寄って来て囁いた。「××って平気ですか?」 「ん?」 さり気なくそちらに視線を移す。なるほど、本棚の背表紙から背表紙へ、ヒゲを振り振り黒い物体がお散歩している。直近のカップルも気付いたらしく、その行方をご注目の様子。

 これがウチなら、迷わず大判の輪ゴムでブッ飛ばすところだ。でも、ここじゃ少々マズい。バラけた脚だの胴だのが、延長線上のカップルを直撃する恐れがある。かと云って、周りは濡れて困る物ばかりだから、得意の熱湯方式も使えない。手段は場所を選ぶ。ゴルゴ13だって、飛行機の中じゃ銃を使わない。

 ワタシは思案した。ここは他の客に知られぬよう、静かに行動する必要がある。幸い、まだ春先で気温は低く、ターゲットの動きも鈍い。ソロソロと移動し、今は本箱の白い壁面に貼り付いている。

 ゴルゴ13ならどうするだろう。恐らく何か小道具を探すに違いない。そう考えて周囲を見回すと、市販プディングの空容器が目に付いた。これが使えそうだ。早速スタッフを呼び、洗い場のスポンジで洗剤を泡立たせ、それで容器を充たすよう頼む。が、その作業の要領の悪いこと! アタマを使ってね、アタマを。結局はワタシが手を出し、準備完了。ターゲットに近づき、ソッと容器を被せる。これがカラッぽなら中でジタバタもしようが、恐るべしバブル地獄。アッと云う間に姿は消え、シンと静まり返っている。多分、数秒程度で絶命したに違いない。全ては計算通り。様子を見つつ壁との間に紙を1枚差し込み、回収した容器をスタッフに渡す。

 その彼女、今日が誕生日で、「何かプレゼント頂戴!」と堂々のリクエスト。突然云われても困る。ううむ、何がよかろう。ゴルゴ13なら‥。いや、ゴルゴはこの際お呼びではない。と、あたりを見回せば、店内蔵書の文庫本のタイトルが目に入った。『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』か‥。誕生日プレゼントだって、形あるものより、出来るなら知恵を贈りたい。そう考え、今しがた考案したばかりの『泡責メ之術』も含め、計5通りのテクニックをその場でチラシの裏側にしたためる。そして全てを一枚に張り合わせて巻物にし、『秘伝・台所忍法帖』として彼女に手渡す。

 結局、本業より、この巻物作りに熱中して今日という日は終わってしまった。一日が一生のフラクタルだとすれば、本題よか道草に夢中になっているうちに、ワタシの人生にも幕が降りそうだ。ううっ。心配するなら、自分の知恵の方が先ではないか。