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どういうわけか子供たちは
町内間や校下間の縄張り意識が強かった
他の町のや他校の奴が
用もなくウロウロ 来たりすると
< お前、どこの奴や!何しに来た! > って
脅したり
コズイたり、殴ったり・・・
当然、他の町や他校下へ行ったりすると
同じようにやられる
だから、子供たちは護身用にって
いつも棒やパチンコ、ピストルなんかを
持ち歩いているんだなぁ
やられそうになったら
振り回して逃げるだけなんだけど・・・
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太平洋戦争敗戦後
10〜15年くらいの間が小学生だった
しつこいけど、貧しかったから
普通の子供はカッコウなんか気にせず
着てればイイで、オシャレなんかとは
まったく無縁の世界
たまに買ってくれるのは
長くもたせるのための 2〜3サイズ大き目
弟はアンチャンのオサガリを着る
子供たちは ダブダブ や ツンツルテン
の服を着て遊んでた
靴も同じで、10円のゴム靴でも破れたら
ゴム糊でパッチを貼り補修するし
ズック靴はブカブカのを大事に履く
だからボク等の世代には幅広、甲高の足が多い
一週間に一度くらいしか銭湯に行かず
いっつも汚れてて臭かった、多分
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